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食材のクリエイターたち:Co・En Corporation 生産者と消費者をつなぐバニラビーンズ

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article:Rihei Hiraki
pictures:Katsuhisa Takesue

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生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画

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今回話を伺ったのは、マダガスカル産の高品質なバニラビーンズ(茶色い棒状のバニラの鞘)を現地のサプライヤーから輸入・販売している合同会社Co・En Corporation。代表の武末克久さんが現地で直接品質を確かめて仕入れたこだわりのバニラビーンズは、天然素材にこだわったクラフトアイスクリームブランド「ハンデルスベーゲン」をはじめ、多くの本物志向の洋菓子店やメーカー、レストランで扱われている。

昨年夏に1年ぶりにマダガスカルの農場を視察してきたという武末さん。仕入れているバニラの特徴から現地のバニラ作りの工程や実情、事業に込めた思いまで、さまざまなことを訊いた。

持続可能な農業で育てられたバニラ

Co・En Corporationで取り扱うバニラビーンズは他とは違う二つのユニークな特徴がある。ひとつはすべてアグロフォレストリーの農園で栽培されていること。アグロフォレストリーとは農業(Agriculture)と林業(Forestry)が合わさった言葉で、一言で定義するならば「森とともにある農業」と呼ぶのが近いだろうか。その大きな特徴は、さまざまな樹木や果樹を混植してできた森を管理しながら、その中で家畜や農作物の飼育・栽培を行うことにある。それはつまり“森をつくり育てながら農業を行う”ことができるということであり、生物多様性の確保や温室効果ガスの吸収、有機農法など「環境にやさしい」という言葉以上のメリットを自然にもたらす。「持続可能性」を謳う現代において注目を集めている農法だ。

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アグロフォレストリーの農園。多種多様な樹木が植えられており、初見ではこれが農園だとは思えない

武末さんは、初めてマダガスカルでアグロフォレストリーの農園を訪れた時の感動をこう振り返る。

「農園に一歩足を踏み入れると、まさにそこは“森”でした。森林浴のような気持ちよさを感じられる場所だったんです。アグロフォレストリーは基本的に農作物を自然にお任せの状態で育てるのですが、そのメカニズムが上手く作用するためには、小枝を落として光を森の中に入れたり、雑草を刈ったり、丁寧に森を管理しなければなりません。案内してくれた農家のジョセフの農園は本当に綺麗に管理されていて、中を歩いていくとジョセフはバニラの紹介だけじゃなく、『これは胡椒、これはローズペッパーの花だよ』とひとつひとつ説明してくれ、パイナップルをとってバナナの葉に乗せて振る舞ってくれたりもしました。農園の美しさとジョセフの人柄に惹かれて、彼らがつくるバニラを日本の消費者に紹介したいと思うようになりました」

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武末さんにアグロフォレストリーの農園を案内したジョセフさん。彼と出会ったことで、武末さんはバニラの事業を始めようと思い立つ

そしてもうひとつの特徴は、ジョセフさんをはじめ、信頼できるサプライヤーとの公正な取引で仕入れたバニラビーンズだということ。世界的なバニラの生産地としても知られるマダガスカルだが、現場では途上国ゆえの貧困を背景に、コレクターによる買い叩きや児童労働などの問題も報じられている。そうした中でCo・En Corporationは、アグロフォレストリーの農園を営む農家が集まった二つの協同組合と取引をしているが、どちらも武末さんが直接現地に出向き、協同組合の取組や実際に出来上がるバニラビーンズの品質を見極めた上で契約した、信頼に足る団体だ。

「特にジョセフが所属している協同組合は、マダガスカルの中でも成功事例として知られている組合です。栽培から加工、輸出までをすべて組合の中で完結できるので、悪質な仲介業者などが入る隙間はありません。特に輸出許可まで持っているのは、マダガスカルの中でも稀な組合かもしれません。また組合の運営も民主的な体制で行われています」

森林破壊や気候変動などの環境問題、そして貧困や児童労働といった人権に関わる問題は、途上国の農業の現場で確かに起こっている問題であり、グローバル化が進展した現代においてすべての人々が関心を持つべき問題だ。Co・En Corporationが取り扱うバニラビーンズを使うことは、そうした問題の解決に消費者の立場で寄与できることにもつながり、自らの店舗の姿勢を外側に向けて示すことにもつながる。高品質であることはもちろん、社会的意義を内包した製品であることにCo・En Corporationのバニラビーンズの強みはある。

出荷までの長い道のり

では実際に、現地ではどのようにバニラビーンズはつくられているのだろうか。昨年夏にもマダガスカルに赴いたという武末さんに現地の様子を伺うと、視察した際の写真を見せながら説明してくれた。

バニラビーンズは収穫、加工、出荷までに非常に長い時間をかけてつくられる香辛料ですが、その過程で一番大事なのは収穫のタイミングですね。このタイミングであまり成熟していないバニラを多く摘んでしまうと、その後の加工でいくら頑張っても良いものはできないと思います」

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成熟したグリーンバニラ。マダガスカルで栽培されている品種はplanifolia。「ブルボン」種とも呼ばれる。

バニラは新芽が花をつけるまでに3年以上かかる。そして香辛料として用いられるバニラビーンズは花に受粉させることで実らせるが、その花の寿命はとても短い。午前中に満開になったかと思えば昼には萎れてしまう。そのわずかなタイミングの間にひとつひとつ手作業で受粉を行う。こうして受粉までなんとか成功して、いざ成熟したバニラ(グリーンバニラ)を収穫しても、そこからの加工の期間も長い。

加工には4~5ヶ月ほどの時間がかかる。収穫したグリーンバニラをドラム缶で沸かしたお湯につけて『加熱』する。これによりバニラの成熟を止め、化学反応を促す。

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収穫したグリーンバニラを加熱している様子。バニラの成熟を止めるため「キリング」とも言われる

そして熱したグリーンバニラは毛布に包み、木箱の中に入れて2日間『寝かす』。この段階で緑色だったバニラは茶色になるという。

その後は『天日干し』のフェーズに移る。1日に数時間ほど天日干しさせ、それが終わればまた毛布で包んで保温する。これを数週間繰り返し、状態が良くなったものから屋内で『陰干し』をしていく。最後は、乾燥させたバニラを束にして木箱の中で寝かせて熟成させ、ようやくバニラビーンズが完成する。

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協同組合では産地ごとに摘んだバニラがパッチ管理されており、最終的に完成した時に出来の良し悪しを農家にフィードバックできる仕組みがある

このように膨大な時間と労力をかけてつくられるバニラビーンズ。Co・En Corporationが取引する二つの協同組合はどちらも高品質のバニラをつくることで現地でも有名だということだが、どのような要素が品質を決めるのだろうか。

「最終的なグレードを分けるのは、香り、見た目と水分含量です。見た目に関しては僕はそこまで気にする必要はないと思いますが、例えばバニラビーンズに一本茶色い線が入っていたりするとグレードが下がったりします。水分含量についてですが、パティシエが好むバニラビーンズはオイリーで、干しぶどうみたいに柔らかくしっとりしているんです。じわじわ乾燥させることでその柔らかさが生まれるのですが、それらのバニラビーンズはブラックやグルメと呼ばれるグレードに分類されます。ただ、欧米の香料メーカーは逆に水分が少ないものを好むので、このグレードだからいいというわけでは決してありません。用途によって、適したバニラビーンズは変わります」

バニラビーンズ加工の段階では、さやが割れてしまったもの(スプリット)やさやが短すぎるものは規格外に分類されてしまうそうだが、最終的にそれらは細かく砕きパウダー状にして製品として出荷される。すべてのバニラビーンズが廃棄されることなく、何かしらの形で製品として使われているという。

国の内情や政治に翻弄される農家たち

バニラビーンズの品質は自然的要因だけでなく、人為的要因によっても大きく左右される。

「例えば2018年はかなり質が低下したと言われた年でした。それはマダガスカル国内でグリーンバニラの盗難が横行し、その被害を恐れた農家がバニラを早く摘んでしまったことが原因でした。ただ、今年のバニラの品質にはすごく期待しています。マダガスカルの政府が取り決めるバニラの取引解禁日が、去年は例年より1ヶ月ほど遅かったんですよね。収穫が後ろにずれた分、成熟したバニラが多く収穫されているので、これから来るバニラビーンズは高品質のものが多いはずです」

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picture:Yuya Okuda

昨年には、また別のバニラ市場に関する大きな決定がマダガスカル政府によって下された。「最低取引価格の撤廃」だ。数年間にわたる最低取引価格の設定により買い控えが生じ、マダガスカルではバニラの在庫が膨らんでいた。そんな中で行われた取引価格の規制撤廃によりバニラの価格が暴落し、多くのバニラ農家が低価格に苦しんだ。このように国の内情や政治に翻弄される農家は、常に弱い立場にある。

しかし、そうした大きな変動の中だからこそ、アグロフォレストリーの強みを実感したこともあったという。

「僕らが仕入れるバニラはすべてアグロフォレストリーの農園でつくられています。彼らはバニラ以外にも多くの農作物をアグロフォレストリーの農園で育てています。去年はバニラの後に、クローブやライチの大型の収穫が控えていたので、バニラで多少損をしても彼らは大ダメージにはなりませんでした。アグロフォレストリーの強さを感じた出来事でしたね」

最低価格の撤廃が決まり、価格が暴落した後でもできるだけ相場より高い価格でバニラを買い取ったという武末さん。このようにCo・En Corporationは現地の農家と公正な取引を行うことを心がけているが、しかしそれは無条件に、そして無制限にできることではない。対等で継続的なビジネスのパートナーだという認識があるからこそ、武末さんはバニラの事業を続けることができるし、続けたいと思えるのだ。その点でアグロフォレストリーの農家の収益構造はひとつの作物に偏っていないため、収益が安定している。これによって取引する武末さん側も自分たちの経営にも気を遣いながら、彼らと商談ができる。ビジネスのうえで対等で継続的な関係性を築きやすいという点も、アグロフォレストリーの強みのひとつと言えるかもしれない。

大事なのは無関心でいないこと

武末さんが事業を通して目指しているのは「その製品を通して生産者と消費者をつなぐこと」。さまざまな製品を扱い、現地で働く人たちのストーリーを伝えていくことで、環境問題や労働問題といった生産者側で起きている問題に、消費者側も関心を持つことにつなげたいと考えている。高品質でありながら環境問題にも、そして農家の収益問題にもメリットをもたらすCo・En Corporationのバニラビーンズは、生産者と消費者をつなぐうえでまさに最適な製品と言える。

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しかし、何かしらの問題に直面しているのはマダガスカルだけではない。持続可能な農業に挑戦している産地とのパイプを新たにつくり、扱う製品を増やしていきたいと考えていた武末さんは今年の2月にはボルネオの森に材料ハンティングに向かったそうだが、そこでも現地の切迫した環境問題を目の当たりにしたという。

「視察したボルネオの森は、百年以上もかけてつくられたとても豊かな森でした。ただ、ボルネオは企業によるパームオイルのためのプランテーション開発が盛んで、オイルパームの人工林がどんどん広がっているんですよね。その森を所有する村にもプランテーションの影は確実に迫っていて、村人たちはどう森を守っていくべきかを話し合っていました。このように、世界にはその土地固有の自然環境が失われるかどうかの瀬戸際に立たされて、かなりの危機感を持ってまさに今問題に取り組んでいる場所が確かにあるんです。そうした事実があるということを知ってもらいたいですね」

大事なのは、無関心でいないこと。とは言っても、普段何気なく口に入れる食材に関心を持つのはなかなか難しい。だからこそ、武末さんは少しでも多くの人に現地の生産者にについて知ってもらうため、Co・En Corporationのホームページには、アグロフォレストリーについてのコラムや、マダガスカルやボルネオを訪れた際のレポートなどが随時更新されている。ぜひ、Co・En Corporationの事業に関心を持った人は覗いてみてほしい。

「もっと多くの日本の消費者に、アグロフォレストリーをはじめとした生産者の取り組みやストーリーを伝えていきたいと思っています。現地の努力や製品のこだわりを知れば、自然と生産者の顔や感謝の気持ちが思い浮かぶようになると思います。それは『現地の生産者たちの物語を味わいながら食事をする』食文化が生まれていくことに繋がっていくでしょう。その文化を少しずつでも広げていけるよう、これからも事業を継続・発展させていきたいです」

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Co・En Corporation
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