食材のクリエイターたち:クレイン・ウォルナット社
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article:Yuya Okuda
pictures:Noriaki Maeda
生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画
パンやお菓子の副材料として使われることも多く、近年はスーパーフードとして注目されているクルミ。日本に流通しているクルミのほとんどが、カリフォルニア産だということをご存知だろうか。世界的にはクルミの需要は増加しており、世界の人口が増加していく中で、あらゆる食物の供給が懸念されており、カリフォルニア産クルミもその例外ではない。このことをどう考えていくべきなのか。農園を保有するクルミ加工メーカーとして、カリフォルニア最大規模を誇るクレイン・ウォルナット社の社長、チャック・クレイン氏に話を訊いた。
世界的なファミリービジネス
カリフォルニア北部のロスモリノスに本社を置くクレイン・ウォルナット・シェリング(以後CWS)は、カリフォルニアで最大のイングリッシュクルミの農園設備を備え、収穫から保管、出荷に至るまでを一貫して管理している。
一大農業地帯であるセントラルバレーの北部に位置するサクラメントバレー、この地でチャック・クレインの両親は小さなクルミ農園を始め、現在まで60年以上に渡ってカリフォルニアのクルミ産業に貢献してきた。クレイン・ランチ(Crain Ranch)と名付けられた家業はクルミ栽培事業として成長し、1974年には垂直統合型の栽培と殻付きクルミ包装工場へと移行していった。
チャックがCWSを設立したのは1982年のこと。イングリッシュクルミの加工・包装・出荷を主な事業とするCWSだが、もともとは殻むき業者としてクレイン・ランチを補完するために設立された会社だった。今では両社とも、それぞれの分野でカリフォルニアのクルミ市場を牽引する企業に成長している。
ナッツってなんだろう?
そもそもクルミとはどのような食品なのか、ここでおさらいしておこう。古代ペルシャが原産地といわれるクルミは、紀元前7000年から人類が食用にしていた最古のナッツといわれている。ナッツとは硬い殻を持った植物の果実や種の総称で、クルミ以外にもアーモンド、ヘーゼルナッツ、マカデミアナッツ、日本でいえば銀杏などの木の実(このみ)が該当する。
ナッツ類の多くは、食べる部分が果肉ではないため種実類に分類される。クルミならクルミの木(英語ではウォルナットと呼ばれる)、アーモンドならアーモンドの木があり、花を咲かせた後に実を作り、実が成熟してから種実として収穫される。ナッツによって食べる部位は異なり、カシューナッツのような種子をそのまま食べるものや、アーモンドやクルミのように硬い殻を割って種子の中の「仁(じん)」という部分を食べるもの、ヘーゼルナッツなどの「堅果(けんか)」という実の部分を食べるものなど様々。
ナッツに共通して言えるのは、植物の発芽・成長を支える栄養分が豊富に含まれているということ。なかでもクルミは、体内で生成されない必須脂肪酸であるオメガ3脂肪酸(α-リノレン酸=ALA)をナッツの中で唯一豊富に含んでおり、最近の研究では、食事の一部として定期的に摂取することで、心臓病や糖尿病などの健康リスクを軽減できることが確認されている。
クレイン家のイノベーション
クルミの二大産地はアメリカ・カリフォルニア州と中国。カリフォルニア産は世界流通量の約3分の2を担っているほどで、日本国内に流通するクルミもそのほとんどがカリフォルニア産。その理由をチャックは、カリフォルニアがクルミの栽培に最適な気候と生育条件を備えているからだと言う。カリフォルニアは地中海性気候に属し、冬は温暖で雨が多く、夏は高温で乾燥している。そしてセントラルバレー周辺の土壌は、肥沃で水はけの良いローム質(火山性)であることから、クルミ栽培に最適な条件が揃っているのだという。
クルミは苗木から収穫のできる成木に育つまでに6~8年の歳月が必要だが、栽培農家の人々の手で丁寧に育てられたクルミの木は、年間1本あたりおよそ1500もの実を、100年以上にわたってつけるとされる。毎年春に花を咲かせ、秋口に丸々太った緑色の「仮果(かか)」がむけ始めて、中の茶色をした「核果」と呼ばれる種子が見え始めたら収穫が始まる。カリフォルニアでは8月下旬から11月下旬まで収穫作業が続く。
ツリーシェーカーで木を揺すって地面に落とした実を、今度は収穫機で集めて洗浄し、果皮をむいた後はしっかり乾燥させる。本来ならこの後の工程としては機械で殻を割り、選別作業をしてむき身で保管されるが、CWSの場合は殻付きで保管し、オーダーを受けてから殻を割ることで鮮度を最大限に保っている。
クルミの出荷工程の中でも特に手間がかかるのが選別作業。専用の殻割り機で割った殻と実を選別して取り除いていく。殻は実の色と似ているため、いくつもの機械選別や目視での選別が必要となってくる。世界市場の中でも、品質に特に厳しいとされるのが日本市場。そのためチャックは日本市場の期待に応えるために、殻や異物混入の削減と食品安全基盤の強化に注力し続けてきた。
「数十年にわたり日本市場にサービスを提供してきた経験から、CWSはJ-Specの期待に応えるシステムを設計・開発してきました。現場でのロット選別、受注後殻割制管理、殻付き専用冷蔵保管庫、環境整備、レーザー技術による殻の除去、ファースト・ツー・マーケット・インシェル(キャリーオーバー管理)などの最適化された保管など、数多くの技術を駆使しています」
日本スペックは「ゴールド・スタンダード」と呼ばれ、200ポンド(90.7185kg)中の殻の混入は1殻未満とされているが、CWSのエンジニアリングチームは最先端のレーザー選別機を複数回使用することで、完成品5000ポンド(2268kg)中、平均して殻が1個以下に抑えられるまでになっているという。また、食品安全基準においては国際規格認証であるBRC(英国小売協会)認証グレードAA+を取得するなど、品質管理の面でも高い評価を受けている。
クルミを望むすべての人のために
チャックは、一番下の弟がかつてトヨタ自動車とGMの合弁工場NUMMI(New United Motor Manufacturing, Inc.)で働いていたことからトヨタ式“カイゼンシステム”を知り、長年にわたって最先端技術、自動化、カイゼンに基づくプログラムを導入してきた。
「常に変化する業界において、品質向上のためには常に新しい方法を模索し、試行錯誤し続けることが重要です。変化することを私は良いことだと思っています。冒険せずには何も得られません。私自身、これまで数々の改革に伴って多くの失敗や挫折も味わってきました。ですが、成功するためにはそれも必要です。成功する経営者とそうでない人の違いは、失敗してもそれをすばやく新しい成功へのイノベーションに変えることができるかどうかです」
変化という点においては、近年世界的なクルミの需要増加によって、カリフォルニアのクルミ市場は農園も加工業社も利益が出ない状況が続いており、チャックにそのことについて尋ねると、今後の動向に不安の声をもらす。
「短期的な支援プログラムだけではなく、長期的も安定した供給チェーンを作るための目標を業界や政府は掲げてきましたが、現実問題として、世界の需要と供給が調整される必要があります。厳しい経済環境に加えて規制要件が増えたことで、経済規模の差により小規模農家は不利な立場に置かれています。具体的には、米国FDAが制定した食品安全近代化法(FSMA)により、多くの生産者が商業的供給プールから他の品目への変更や地元の小売店販売へと追いやられる可能性があります」
クルミ市場においてもサステナビリティがとても大切になってきている。CWSは、持続可能性という言葉が使われるようになる遙か以前から、長期的な成長と収益性を促進する戦略として、環境・社会問題をビジネスモデルに取り入れてきた。
チャックにこの先のビジョンについて尋ねると、「持続可能な垂直統合型のクルミ加工事業を発展させること」だと答えてくれた。
「次の世代が働きやすくやりがいのある環境をつくることを私は最も重視しています。社員一人一人の成長を促し、責任ある立場を任せることで、クレイン家のこれまでの成長と成功に寄与してきた核心に触れることができる。そうして品質を向上させ続け、イノベーションを起こしていくモチベーションを得られれば、さらに次の世代のためになるはずです」