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食材のクリエイター特別連載:アグリシステム 「未来の子どもたちのために」Vol.1

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Article:Hidehiro Ito

北海道産小麦とライ麦でおなじみのアグリシステムは、北海道十勝の芽室町に本社を構える農を基盤にした会社。近年、国産小麦によるパン作りを日本中に浸透させてきた立役者と言っていいでしょう。生産者の土づくりのパートナーとして、長年にわたって環境や人間にやさしい農産物を生産、製造、販売、流通させてきました。
2019年に伊藤英拓さんが2代目代表取締役に就任すると、農業のみならず医療や教育などのあらゆる社会課題の解決に取り組むようになります。アグリシステムという会社はどんなことを考え、どこへ向かおうとしているのか。
伊藤社長が自らの言葉で綴る不定期連載。

アグリシステムの歩み

パン業界では製粉会社として知られることもあるアグリシステムですが、やっているのは製粉だけではありません。1988年に先代である伊藤英信(現会長)が雑穀卸売業として創業し、北海道内の約500軒の生産者と直接契約栽培を行うことで、農協を介さずに農産物(主に小豆、大豆、小麦、米など)の集荷と卸売を行っています。今期で38期目を迎え、2019年に私が経営を引き継ぎましたが、それまでずっと「生きた土―健全な作物―人間の健康」を理念に掲げ、環境保全型農業(現在は環境再生型農業)の普及に取り組んできた会社です。

製粉事業を開始したのは2008年、小麦の民間流通制度が規制緩和されたことがきっかけです。それまで小麦は、政府を通じた流通しか認められていなかったのです。製粉事業者として認定されたのを機に、アグリシステムは自社製粉工場「麦の風工房」でパン用小麦粉をつくるようになります。契約栽培した小麦を石臼で製粉し、小麦本来の栄養を摂取できるよう全粒粉に特化した製品を作ることで、豆同様に“生産者の顔が見える小麦粉”として全国のベーカリーにお届けできるようになりました。

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北海道産小麦の認識と違和感

私が入社したのは、アグリシステムが新たに製粉事業に参入するタイミングでした。製粉事業担当となって右も左もわからない状態だった私は、全国のベーカリーを一軒一軒訪問して回ってみました。しかし、当時はまだ外国産小麦粉が主流でしたので、パン職人たちに北海道産小麦粉を提案してみても、「北海道産小麦は品質が安定しない」「年度ごとに品質がばらつくので使いづらい」と、返ってくる答えは大抵決まっていました。

一方、北米産小麦は品質が安定しており、大手製粉メーカーの高い技術力も相まって、常に一定の品質が保証されたパン用強力粉が流通していました。その結果、パン職人は吸水量やミキシング時間、発酵時間を標準化し、毎日同じクオリティのパンを焼き上げることが可能であり、その環境に慣れていました。それは大きなメリットではあるものの、そこに私は大きな違和感を覚えました。

私にとって小麦は農産物であり、その品質が地域や気候、さらには畑の土質によって変わるのは当然のことでした。しかし当時は「生産者の顔が見える小麦」と発信したところで、その言葉がパン職人たちに響くことはありませんでした。そんな状況を変えるには、生産者と直接会ってもらい、その思いとともに小麦が育つ背景を知ってもらう機会をつくる必要があると考えるようになりました。

すると、ある2人の若いパン職人がアグリシステムの考えに耳を傾けてくれました。東京のベーカリーで働く彼らは、北米産小麦にまつわる収穫前農薬(プレハーベスト農薬:グリホサート系農薬など)や輸送時に利用される収穫後農薬(ポストハーベスト農薬:マラチオンをはじめとする有機リン系農薬など)、また距離の長い流通、過程の見えないサプライチェーンに対しても当時から関心と懸念を抱いており、自分たちの手に渡る小麦がどのように作られ、どのようなプロセスで届くのかを知りたいと考えていたのです。

北海道十勝への旅

私は彼らを北海道十勝に招き、音更町の生産者である中川泰一さんの小麦畑を訪問しました。中川さんは当時から有機栽培に取り組み、現在では緑肥を活用した自然栽培に移行しています。畑の真ん中に4人でしゃがみ込むと、自然と対話が始まりました。小麦がどのように育つのか、生産者はどのような苦労をしているのか、2人のパン職人は中川さんの話に熱心に耳を傾けるだけでなく、畑の土を摘んで口に含むことで、小麦の根源を感じ取ろうとしていました。

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音更町の生産者である中川泰一さんの小麦畑

後日、東京に戻ったパン職人から1本の電話がありました。
「今まではただの粉としてしか見ていなかった小麦粉が、紙袋にスコップを入れるたびに生産者の顔を思い出すようになりました。これからはもっと小麦粉を大切に扱っていこうと思います」

パン職人からのこの言葉に背中を押されて、アグリシステムはパン職人向けの小麦畑ツアーを始めるようになります。生産者とつながることの大切さや、小麦畑に実際に立ってみることの意味を伝え続けていくなかで、私たちの思いに共鳴して北海道を訪ねてくださった全国のパン職人たちは、14年間で延べ1100人にのぼります。生産者とともに風に揺れる小麦を見つめ、土の香りを感じる時間。その体験はいつしか彼らにとって原点となり、なかには毎年小麦畑に通うようになった人までいます。

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つながりと対話がもたらす変化

この取り組みはパン職人だけでなく、生産者側にもいい変化をもたらしています。これまでの流通では、生産者は自分たちが育てた小麦がどこでどのように使われているのかを知ることができませんでした。しかし、パン職人たちと直接つながって「作り手の顔が見える」ようになったことで、「もっと良い小麦を作りたい、求められる小麦を作りたい」という大きなモチベーションにつながっているのです。

ある生産者は、パン職人から「全粒粉として使用する際に、窒素肥料が多いとふすま部分のえぐみが強くなる」という意見をもらったことで、翌年からは窒素肥料を4割削減するようになりました。今では作付けが完全になくなっていた「ホクシン」の栽培を復活させることができたのも、職人との対話がきっかけでした。また、甘みと香りの良い「キタノカオリ」という品種を求める職人たちの声に応え、多くの生産者がその作付けの拡大に協力してくれました。

その一方でキタノカオリは穂発芽耐性が弱く、作付けがとても難しい小麦でもあります。収穫期に1日でも雨に当たると小麦が発芽し、酵素活性によってでんぷん粘度が低下する「低アミロ」小麦となってしまいます。低アミロ小麦になってしまうと、本来なら規格外として処理せざるを得ませんでしたが、近年その状況が変わりつつあります。多くのパン職人たちが「低アミロ小麦でもパンにするのが職人の仕事」「低アミロ小麦は製パン性が多少悪くても(でんぷんの糖化により)味は良い」と言ってくれるようになったおかげで、アグリシステムでは低アミロ小麦になった年もそれを「明記」することで製品化できるようになり、結果的に規格外となる基準を大幅に下げることにつながりました。

このように職人と生産者がつながり、互いに尊重し合うものづくりが広がることで、小麦を通じた新しい価値が生まれていっています。これこそが、私たちが「One Table=育てる人、つくる人、食べる人がつながり、対話を通じて相互理解を深めることで新しい豊かさのある食文化や流通を創造していく」に取り組む確信となったのです。そしてそれは「小麦ヌーヴォー」の誕生につながっていきます。

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小麦の“旬”を伝える挑戦

国産小麦初の超強力品種「ゆめちから」が誕生し、2012年にその栽培が本格化したことで、北海道産小麦によるパンづくりの可能性が大きく広がりました。それまで全粒粉しか製品ラインナップになかったアグリシステムも、このゆめちからの登場を契機に、委託製粉を活用したロール挽き小麦粉の開発にも取り組むようになります。

アグリシステムでは多くのパン職人の協力を得て、ゆめちからの特性を早期解明できたおかげで、北海道産小麦をブレンドした商品の開発に成功しました。ゆめちからの持つ優れた伸展性や「きたほなみ」の柔らかさを活かしたブレンド小麦粉が当時既に流通していましたが、製パン性が高い反面、味や香りの弱さをどうにかしたいと感じていました。そこで私たちは、その二つの小麦にキタノカオリをブレンドすることで、加工適正と風味が両立した「十勝ゆめぶれんど」が誕生しました。これによって、アグリシステムの小麦粉は一気にシェアを拡大していきました。

小麦粉の販売が軌道に乗ってくると、北海道産小麦の魅力を、そして農産物である小麦のことをもっと業界内に広めていきたいという思いが益々強まっていきました。そのための鍵となるのは、小麦の“旬”を体験してもらうこと。通常、収穫された小麦は翌年に流通するのが通例ですが、アグリシステムでは収穫から選別、製粉までを一貫して行える独自流通を持つことから、秋に収穫された小麦を年内のうちにベーカリーへ届けることが可能でした。

そこでさっそく当時ブーランジェリー・ラ・テールのシェフだった森田さん(東京・三宿)に協力してもらい、新麦を使ったシンプルな丸パンを試験的に販売してみたところ、1日100個以上売り上げる人気商品に。生活者に対しても、小麦の旬を楽しむという新しい価値を提供できる。その手応えを感じたことで、この取り組みを全国に広げるべく、2013年に「小麦ヌーヴォー」をスタートしました。

小麦ヌーヴォーでは毎年10月上旬の解禁日に、全国の参加ベーカリーが新麦のパンを一斉に販売します。さらに収穫前の7月上旬には産地ツアーも開催しています。参加ベーカリーが一堂に会するこのツアーでは、ヌーヴォー小麦粉となる小麦畑を一緒に体感してもらうことで、生産者だけではなくパン職人同士のつながりが生まれることも狙いです。

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10年目の2023年の時点で、小麦ヌーヴォーには1000軒を超えるベーカリーが参加し、300名もの生産者がこのために栽培してくれた新麦は18000トンにのぼります。そして嬉しいことに、生産者の方々のもとには生活者の皆さんから毎年のようにたくさんの応援メッセージが届けられているそうです。ともに新麦の収穫を祝い、旬を感じ、年ごとの風味の違いを楽しむ。その中で、小麦が“農産物”であることを改めて知ってほしいという思いは、12周年を迎えた今も変わることなく「One Table」の理念とともに、小麦ヌーヴォーに息づいています。

私たちは何のために存在しているのか

私たちは“土づくり”から始まり、小麦の栽培、製粉、パンづくりに至るまでを一貫して考えられる、唯一無二の存在でありたいと願っています。そして産地と消費地をつなぐ架け橋としての役割を果たしながら、小麦ヌーヴォーを通じて築かれたつながりは、次なるステージである「リジェネラティブベーカリー」へと受け継がれていきます。

この新たな挑戦は、環境再生型農業を通じて持続可能な未来を切り開くものです。次回はそのあたりのことについて、詳しく綴っていきたいと思います。

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<プロフィール>
伊藤英拓(Hidehiro Ito)
1981年北海道帯広市生まれ。カナダの大学に留学後、アグリシステムに入社。製粉事業をはじめとする新しい試みを続け、2019年から経営を引き継ぐ。小麦、小豆、大豆などをメーカーや専門店に卸す他、大規模バイオダイナミックファームや自然食品店「ナチュラル・ココ」、オーガニック薪窯パン工房「麦の風工房」を運営する。

住所:〒082-0005 北海道河西郡芽室町東芽室基線15番地8
TEL:0155-62-2887
HP : https://www.agrisystem.co.jp/
Instagram:@agrisystem.tokachi

※本文中の「きたほなみ」のリンクは、農林水産研究情報総合センター内のページにリンクしています。