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食材のクリエイターたち:新三郎商店 またいちの塩(福岡県糸島市)

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article:Takumi Saito
pictures:Yuya Okuda

生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画

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福岡県糸島半島西の突端に「工房とったん」という小さな製塩所がある。糸島の天然塩「またいちの塩」が作られる場所だ。玄界灘を一望するこの地で、25年以上にわたり塩を作り続ける平川秀一さんに訊いた海と塩と人の話。

天候と塩田

「またいちの塩」の塩田は流下式という昔ながらの構造をベースとし、平川さんが独自に築いたものだ。塩田の役割は海水の天日干しにある。竹を逆さに吊るした櫓(立体式塩田)に汲み上げた海水を循環させ、太陽と風の力で蒸発させること約10日間、光合成を繰り返した海水は3倍に濃縮され、塩化ナトリウム濃度の高い「かん水」という水溶液となる。この方式は天候に左右されるため、雨の日が続けば工程に遅れが生じる。またいちの塩の塩作りの第一工程は、自然に委ねられているのだ。

「僕がまだ料理人だった頃、天草の塩を食べて衝撃を受けました。これまでの塩と明らかに違っていたんです。日本の食塩の8割方は工場で作られますが、塩作りを志した時から僕には工業化の選択肢はなかった。この方式で採れる塩の量は少ない上に、時間と手間がかかります。だけどその分、おいしいことを知っている」

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玄界灘の美しい海に面した工房とったんのシンボル、立体式塩田(提供:新三郎商店)

「工房とったん」のシンボルでもある平川式の大塩田は、丸太で組まれた高さ8メートルにもなる櫓。しかし2024年11月末に糸島に吹いた強風の影響で倒壊してしまった。

「海沿いのこの土地柄、風とうまく付き合う必要があるので避けられないことですね。この塩田は高さがあるので太陽光が届きやすいのと、奥行きもあるので日照面積が広いというメリットもあるのですが、この高さだからそりゃあ倒れるよな……という一面もある。よく20年以上もったな、と。この塩田を見たいという方もいらっしゃると思うので、これから修復をします」

戦友を称えるようにその目は慈愛に満ちていた。そもそも日本で塩を自由に作り販売することが許された製塩の自由化は2002年のこと。1905年から1997年までは塩専売法という法律により、政府の認可がなければ製塩業を営むことができず、平川さんの持つような流下式の塩田は、1971年の塩業近代化臨時措置法によってすべて廃止され、25年前までは工業的なイオン交換膜法でしか塩は作られなかった。塩田や、手作りの塩自体にまだ馴染みのない21世紀初頭、孤高として建つ大きな塩田そのものが、多くの人々に塩への関心を視覚的に与える重要な役割を果たしていた。

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訊くと平川さんは塩作りに必要な道具はすべて手作りするという。塩分濃度を測る濃度計、塩の結晶を掬う平ざる、掬った塩を入れる木の寸胴。「自分のやり方に合う道具がないので、作るしかないんですよ」と微笑む。

「2年前から九州大学との共同研究で太陽光発電を利用した新しい塩田を開発しています。今はまだ実験的な運用ですが、味に変化はなく、何より雨の日にも作業できる。そろそろ切り替えの時期かなとも思っており、今後本格的に回していこうと考えています」

岩塩の採れない日本では古くから先人が様々な工夫を凝らして海から塩を採ってきた。「またいちの塩」もまた、自然と向き合う試行錯誤の日々で知恵の結晶を育む。

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塩を炊く

塩田で作られたかん水は釜炊きという第二工程に移る。釜炊きによってかん水の9%の塩分濃度を30%にまでさらに濃くしていく。「またいちの塩」では廃油と廃材の2つの燃料を用いて塩を炊く。まず60℃の廃油で3日間炊き、塩分濃度を20%にまで引き上げる。廃油はすべて糸島の飲食店の協力のもと得られる天ぷら油を再利用している。次に廃材で2日間、同じく60℃でご飯を炊くようにじっくりと煮詰めていく。この廃材は家の建て壊しで得られる建築廃材のみを使用している。

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「塩を作るにあたってなるべく環境に配慮したいと考えています。最初は建築廃材だけを使っていたのですが、二酸化炭素の量を考えた時に、今のハイブリッド型にしようと決めました。もし煙突から黒い煙が出ているのを見ると、せっかくこの綺麗な海に来て塩を食べていただいたのに邪魔な味が入ってしまう」

火力調節は料理人であった平川さんの感覚が頼りだ。針葉樹や広葉樹など、燃焼率の異なる5種類の廃材を巧みに使い分ける。火にかけられたかん水の塩分濃度が30%になると塩化カルシウムの結晶が形成されていく。これは雑味を含むため一度取り除く。沸騰させず、60℃の熱をキープしながらさらに炊き進めると、塩分濃度が33から34%の飽和状態に達する。そこで火力を下げる。すると塩化ナトリウムを主成分とした結晶が生まれる。これが塩である。

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「表面に上がってくる塩はカリウムとカルシウムが多い。底の方にあるのはマグネシウムやナトリウムを多く含む。それら特性の異なる塩を振り分け、ブレンドして、塩の味を決めていきます。例えばカリウムやカルシウムの多い塩は、うちではハーブと合わせた塩として販売しています。軽い口当たりは、ハーブととても相性がいい」

この最終工程は別の施設に移され、職人の手作業で塩の結晶からすすなどの不純物を丁寧に取り除き、結晶の大きさや粒度、ミネラル含有率の異なる個性豊かな塩を種類ごとに分別する。「またいちの塩」の定番商品「おむすび塩」は3種類の塩のブレンドで出来上がる。

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すべてはおいしい塩を作り続けるために

糸島西の突端に位置するここは玄界灘の内海と外海がちょうどぶつかり合うホットスポットであり、その海水は豊富なミネラルを含むという。料理人であった平川さんは、塩作りには原材料、すなわち海水の質がもっとも重要であると語る。

「料理を作る者として、当たり前ですが食材にこだわります。塩作りを始める時に、まず海を探した。ここは玄海国定公園というエリアであるため、自然が担保されている。住宅がないため生活排水もない。そして海水の透明度が高く、海藻が多い。天然の出汁が常に海水に溶け出している状態です。つまり、うまみ成分を多く含む海水があるということです」

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工房とったんの目の前の海。石が赤く変色しているのは、海藻が多く付着して栄養豊富な証拠

しかし近年の海水温上昇によって海藻が少なくなってきているという。1901年以降、玄界灘を含む東シナ海北部海域の海水温は1.27℃/100年という高いペースで上昇しており、これは地球全体の海水温の平均上昇率と比較すると2倍以上となる(「佐賀県玄海沿岸海域における地球温暖化による漁場環境・水産生物への影響調査」2012)。また2023年に福岡県宗像市で開催された「宗像国際会議」では、玄界灘の最低水温が2℃上昇していることへの対策が議論された。

「25年間この場所で海を見続けていると、海藻は目に見えて減っている。ウニが海藻を食べてしまう磯焼けというのが一つの原因です。海水が温かいので本来淘汰されるはずのウニが生き残っている。お腹を空かせたウニが海藻を食べ尽くしてしまう。でもそのウニは身入りが悪いので売り物にならない。海藻が少ないとそこに卵を産む魚たちがいなくなるので負の連鎖となっている。ミネラルが豊富な、おいしい塩が作れる海水が無くなってしまうという危機感があります。よって僕たち自らウニの養殖をすることで、磯焼けを減らしていこうと考えています。また『またいちの塩』のパッケージや『しおをかけてたべるプリン』のスプーンなどは2021年にすべて紙製に変えました。プラスチックが悪いということではなく、それを海に投棄することに問題がある。僕たちからはできるだけその流出を防ぎたい。環境問題へ取り組むことは、良い状態の海を保ちたいから。おいしい塩を作り続けたいからなんです」

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「味の記憶は幼少期に『これ、おいしいよ』って、親から与えられるものです。『またいちの塩』は“又一”の塩であり、僕の父の名前から付けました。会社名の『新三郎商店』は祖父の名前から。親から子へ、脈々とおいしいが受け継がれていくように、『これ、おいしい塩だよ』って、人に薦めたくなる塩。そのような願いを名前に込めています」

すべてはおいしい塩を作るために。「またいちの塩」は海と人の縁を繋いでいる。

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プロフィール
平川 秀一(Shuichi Hirakawa)
1975年福岡県生まれ。新三郎商店株式会社代表。料理人として国内外で修行を積んだ後、2000年より糸島で塩作りを始める。製塩所「工房とったん」で塩の製造販売のほか、塩の創作料理が楽しめる「ゴハンヤ イタル」「sumi cafe」「おしのちいたま」の飲食業も営む。

製塩所「工房とったん」
住所:〒819-1335 福岡県糸島市志摩芥屋3757
営業時間:10:00 - 17:00
TEL:090-7158-8931
ホームページ : https://mataichi.info/tottan/