食材のクリエイターたち:HOSHIKO(熊本県熊本市)
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article: Takumi Saito
pictures : Yuya Okuda/HOSHIKO
生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画


熊本県に「HOSHIKO」という野菜の乾燥加工・販売を行う企業がある。乾燥野菜は水に戻して使うことも、そのまま使うこともできる。戻し汁はそのまま出汁として使え、野菜の下処理も不要で生ゴミもでない。HOSHIKOの創設者であり、株式会社HOSHIKO Linksの冨永詩織さんによると、乾燥野菜HOSHIKOの栄養摂取効率は生野菜の約10~20倍であるという。乾燥加工によって野菜の体積が小さくなり栄養素が濃縮されるためだ。また野菜本来のおいしさ、旨みも凝縮される。そして常温で長期保存が可能という、生野菜にはない利点を多く持つ。
HOSHIKOはトマト、玉ねぎ、小松菜など13品目の野菜を乾燥野菜として商品化している。主力商品は「ドライトマト」。2024年には「ノーマ」のシェフ、レネ・レゼピがその味に惚れ込み、チームメンバーが工場視察に訪れ、現在も継続的な取引が続いているという。
HOSHIKOのドライトマトはなぜ特別なのか冨永さんに尋ねると、「熊本のトマトがおいしいからです」と答える。「野菜がおいしくないと、加工してもおいしくない」と。


熊本県は日本一のトマト生産量を誇る。年間収穫量は約13万トン(農林水産省作況調査 令和6年産)であり、2位の北海道の約2倍、国内生産量の約18%を占めている。季節に応じて海沿いの平原と阿蘇高原の多彩な地形を利用することで、年間を通してのトマト栽培を実現する。海と山のミネラルを多く含んだ熊本の土壌を最大限に活かす、トマト農家の堅牢の思いが、今日糖度が高く、あまくておいしい“熊本県産トマト”の高い品質を結んだ。
一方で捨てられるトマト、つまり廃棄量も日本で一番多いという。廃棄の主な理由として市場に流通することができなかった「規格外野菜」がある。規格には農林水産省の「JAS規格」や各産地の出荷団体(市場)が定める「自主規格」がある。規格を定める理由として品質の安定化、流通の効率化、公正な取引などが挙げられる。腐敗や病気を除けば、野菜の大きさや色、傷などの見た目のレギュレーションを指すため、その味自体は“規格内野菜”と何ら変わりないが、いずれにせよ市場の選定により、見た目が悪いために流通に乗らず、結果として廃棄せざるを得ない“訳あり野菜”が多く生まれているのが現状。
トマトをはじめ、HOSHIKOの乾燥野菜は、主にその規格外野菜を用いて作られている。
HOSHIKOはこの5年間で約200トンの規格外トマトを生産者(連携先の選果場)から仕入れ、自社で加工・販売を行なった。つまり200トンの廃棄されるはずだったトマトを救った、ということになる。しかし「今でこそフードロスやSDGsの観点からHOSHIKOの乾燥野菜を語ることができますが、規格外野菜を用いた最初のきっかけは、経営的判断からでした」と、冨永さんは冷静に言う。
規格外野菜にいち早く注目し、それをより良い形で販売する道を15年にわたって切り拓いてきたHOSHIKO冨永詩織さんに、乾燥野菜が可能にする未来の話を訊いた。
HOSHIKOのあゆみ


HOSHIKOは現在、熊本大同青果グループのひとつ。短大卒業後、福岡の企業でマーケティングの仕事を行っていた冨永さんは、農協のコンペティションに参加した際に農業の抱える様々な問題に直面する。次第に地元熊本の農業を活性化させたいという思いが募り、休耕地で農業を始めた。ある日、熊本の製粉会社がつくった米粉でできた真っ白なロールケーキを見てひとつのアイデアが浮かんだ。
「これに野菜で色をつけることができたら、より良いものになるかもしれないと思ったのがきっかけです。熊本県は県内消費量を大きく上回る野菜を生産しているため、需給調整で野菜が余り、時期によっては流通できない野菜が多く出てきます。それらを乾燥させることができれば、新たな使い道になると考えました。熊本の乾燥野菜の老舗工場、吉良食品さんに相談しに行ったのが事業の発端でした」
2011年に熊本大同青果グループと共に野菜の加工販売会社を立ち上げた冨永さんは、熊本県産の野菜を用いて商品開発を行うようになる。試行錯誤の日々が続いた。
「会社が赤字だった時に原料費を下げるため、産地に出向いた際に捨てられている大量の規格外トマトを見て、これを活用しない手はないと思いました。当時はフードロスやSDGsという言葉もまだ一般的ではありませんでしたが、私は経営的な視点から原料費を抑えるためにこの取り組みを始めました。何より生産者の方からすれば同じ愛情で育てた野菜なのに、規格外だからという理由で販売機会が得られず捨てなければならない。これはもしかしたらその手助けにもなるかもしれない。捨てられるものから売れる商品が生まれたら、私も嬉しいし、生産者も嬉しいはず」
しかし規格外野菜の「流通」には懸念もあった。
「ただでさえ市場にはトマトが溢れているのに、今まで捨てていたはずのトマトを、加工とはいえ流通させることになると、市場に影響を与え、適正価格を崩す可能性がある。でも私は会社の経営をなんとかさせたかったし、生産者の方の思いも知っている。みんなが納得できるロジックを作る必要がありました。当時の熊本大同青果の担当者、産地、連携先の選果場との議論を重ねて、『くまもとトマトロジープロジェクト』というフードロス対策を掲げ、規格外野菜を使った乾燥野菜を、新たな価値のある商品として売り出すことに踏み出しました」
そして2018年の自社工場設立とともに、「乾燥野菜HOSHIKO」はそのブランドを世界に示していくようになる。
規格外野菜が育むもの


原料入荷から出荷まで、HOSHIKOの乾燥野菜が製造されるまでには次の13の工程を要する。
①保管(冷蔵庫) ②洗浄殺菌(電解質) ③整形(トリミング) ④カット ⑤乾燥 ⑥水分値&菌検査 ⑦保管(低温倉庫) ⑧目視選別 ⑨金属検出機 ⑩袋詰め ⑪計量 ⑫金属検出機(2回目) ⑬箱詰め
「これらをすべて工場スタッフによる手作業で行なっています。さらに、高度な食品安全管理認証である国際規格『FSSC22000』の維持のため、衛生管理を徹底しています。髪の毛一本すら、工場内にあることは許されないので、毎日の掃除では、落ちていた髪の毛の本数も報告し合っています」
熊本大同青果グループのHOSHIKOは商品の企画開発、産地と連携した原料調達、加工製造、販売まで一貫した農業の「6次化」に取り組む企業である。6次化とは生産(1次産業)×加工(2次産業)×販売(3次産業)=6次産業として、生産者の利益増と地域の活性化、消費者への食育を目的とした食品価値創造の取り組みである。HOSHIKOは熊本県を中心に熊本大同青果(市場)より仕入れた青果物に加え、グループ所有の農園で、玉ねぎ、ほうれん草、小松菜等を栽培し、乾燥野菜原料の安定調達を図っている。課題は、原料の調達と工場のエネルギーコストにある。
「規格外野菜を主に原料として仕入れていますが、時期によっては収穫量の減少にともなって規格外の量も少ない、ということが当然起こります。その場合は市場に流通する通常の野菜を仕入れています。なので、現状では規格外野菜の仕入れが生産コストの削減になる、とは必ずしも言い切れません。規格外の原料を活用するために、トリミングなどの処理を丁寧に行うため、乾燥加工をするまでにもかなりの手間を必要とします。私たちは日々、加工した食材の採算を出していますが、乾燥機の電気代をはじめ、製造全体にかかる費用を見た時、正直にいって普通の野菜を仕入れた場合と生産コストはさほど変わらないこともあります。例えばドライトマトの場合、約30時間の機械乾燥が必要なため、クリーンエネルギーの導入は目下の課題です」


そもそも規格外野菜や廃棄野菜は生産量に応じてどれくらい発生するのか。熊本県ひいては市町村単位で見た時、日本で最もトマトを生産する熊本県八代市は、トマト約68,180トンの収穫量に対し、市場への出荷量は66,250トン(農林水産関係市町村別統計令和3年産)というデータがある。この「作況調査」を作成した農林水産省によると、「収穫量」と「出荷量」の定義とは次のようなもの。
収穫量:収穫したもののうち、生食用又は加工用として流通する基準を満たすものの重量をいう
出荷量:収穫量から生産者の自家消費量、生産物を贈与した量及び種子用又は飼料用として販売した量を差し引いた重量をいう。(中略)なお、野菜需給均衡総合推進対策事業及び都道府県等が独自に実施した需給調整事業により産地廃棄された量は、収穫量に含めるが出荷量には含めない
規格外野菜は流通する基準を満たさないものを指すため、収穫量には含まれていない。しかし「産地廃棄された量は、収穫量に含めるが出荷量には含めない」とあるため、引き算で廃棄量を含む、未流通の量は求めることができる。冨永さんによると、熊本では数百トン単位で、毎年トマトが廃棄されているという。八代市のホームページでは廃棄トマトの処理についての注意喚起がなされている。放っておくと、廃棄トマトからトマトが発芽し、黄化葉巻病という病気にかかり、そのウイルスを媒介するコナジラミの大量発生および異臭の原因となる恐れがあるためだ。廃棄野菜の主たる原因が規格外とすると、HOSHIKOが農家と地域に対して担う役割の重要性は言わずもがなだろう。HOSHIKOの取り組みに共感する企業は年々増えていっているという。
「プロジェクトスタート時には熊本の肥後製油さんとドライトマトを使ったリコピンオイル、南阿蘇Ladybugさんとはトマト石鹸を開発しました。またANAフーズさんにお声がけをいただき、乾燥野菜を使ったレトルトカレーやトマトスープを一緒に作らせていただいています。最近はOMO5熊本 by 星野リゾートさんでトマトバターサンドを販売しています。私たちの活動に共感してくださる企業とのコラボレーションは、生産者さんのモチベーションにも繋がると思います。本来なら、捨てるはずだった野菜が、新しいものづくりを育んでいるのですから」
この星の子どもたちへ


ドライトマトの製造には天日干しによる自然乾燥と乾燥機を用いた機械乾燥の2つがある。前者はサンドライトマトとも呼ばれ、天候に生産量が左右されるが、設備投資が少ない。後者は安定した生産を可能にする。自然乾燥によってのみ得られる太陽光や自然の風味はあるだろうが、規格外野菜を用いたフードロス的観点と、熊本産のトマトの品質を考えると、機械乾燥生産の方がHOSHIKOにはメリットが大きい。
世界のトマト生産量は中国、インド、トルコ、アメリカの順に大きく、中でもトルコはドライトマトの世界有数の輸出国として知られ、その量は年間約25,000トンとされる。
「海外産のドライトマトも、トルコをはじめ日本に多く入ってきていますが、価格が上がってきていますよね。日本のトマト生産量と廃棄量を考えれば、より仕入れやすい価格で、すべて国産で賄うこともできるはずです。ゆくゆくは、日本のドライトマトは全部、HOSHIKOにしたいですね」
冨永さんは経営者としても、乾燥野菜の新たな市場価値を見据えていた。
「ペットフードにも参入しようと思っています。少子化の影響で日本は赤ちゃんの数よりもペットの数の方が多いため、市場が大きくなっている。うちの犬もドライトマトを食べるんですが、ドッグショーに出るような犬は毛並みをよくするために、ショーの前にはトマトを食べるそうです。トマトに含まれるβカロテンが皮膚や被毛の健康状態をよくするからです。人間とペットが同じものを食べられるって素敵じゃないですか。トマトの可能性って無限大ですよね。


あとはビーツ。熊本はビーツの産地でもあります。連作障害を防ぐためにビーツを育てる生産者さんが多いです。ビーツって色も良くて、栄養価も高い。水や透明なお酒にいれると、薄いピンク色が広がって可愛いんです。味の主張が少なく、色は栄養素が溶け出したもの。無色透明よりもピンク色って、幸せなものを口に入れている気がするじゃないですか」
そういえばHOSHIKOのブランドカラーもまた幸せの色であった。HOSHIKOという名前は「干し」と「星」をかけたものなのだそうだ。乾燥野菜を連想させる「干し」と、希望の象徴である「星」の二つの意味が込められている。
「私はよく『あなたがほしこさん?』と聞かれるのですが、そうであって、そうじゃないんですよ(笑)。HOSHIKOさんがいつもあなたの側にいる、側にいてホッとする存在になれるようにと願いを込めています。
2016年に熊本で震災があった時、自分たちに何かできることはないかを考え、会社にストックしてあった乾燥野菜を、避難所や、お世話になった方々にすべて配りました。避難生活が1週間くらいであれば、カップラーメンやおにぎり、パンでもなんとか生活できますが、長期化すると野菜不足で腸内環境が悪くなってしまうので、乾燥野菜は多くの人に喜ばれました。炊き出しをされていた方からも使いやすいと好評で、避難所にいた子どもから大人まで、おいしそうに食べて、笑顔になっている姿を見た時、私たちの取り組みは間違っていなかったということを、あらためて実感しました。
いつの時代も希望は子どもたちです。HOSHIKOは女性も男性も、子どものいる従業員が働きやすい環境づくりを意識しています。子どもを連れての内勤はもちろん、工場スタッフであっても、パパが作業をしているあいだ、みんなでお世話をすることもあります。我が社はワーキングママも多いので、子どもたちが野菜をたくさん食べて、栄養満点に育つようにできることは全部やります。そのためには三方よしの精神でいなくてはなりません。生産者、メーカー、小売が一つに繋がり、子どもたちの未来をいつまでも見守りたいと思っています」
3つの産業が密接に繋がり、希望を育むその企業姿勢に新しい星座を見つけたような気がした。乾燥野菜HOSHIKOは人に寄り添う。私たちの暮らしに潤いをもたらす。


<プロフィール>
冨永 詩織(Shiori Tominaga)
熊本県出身。株式会社HOSHIKO Links常務取締役。短大で栄養学を学んだ後、2011年に熊本で農産物の加工販売会社を設立。2018年の自社工場設立を機に「乾燥野菜HOSHIKO」ブランドを創立。熊本をはじめ、さまざまな企業とフードロス対策の取り組みを行い、乾燥野菜の可能性を追求し続けている。著書に『HOSHIKO Recipe Book』(新見工房)。
株式会社HOSHIKO Links
所在地(本社・工場):〒860-0047 熊本市西区春日7丁目38-1
TEL:096-288-0992
HP : https://hoshiko.co.jp