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[酪農家の現在]有限会社石坂ファーム・石坂優一

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article: Takumi Saito
pictures : Yuya Okuda

始まりは曽祖父が庭で飼った1頭の乳牛だった。1953年より熊本県合志市で酪農業を営む「石坂ファーム」は2ヘクタールの土地で約800頭の乳牛を飼育し、生乳の生産出荷および熊本の加工販売会社と連携しチーズやヨーグルトなどのオリジナル商品を展開している。70年以上続く家業を未来へと繋ぐために。4代目石坂優一が語る酪農家の現在と夢。

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酪農のオートメーション化

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1・2枚目:オランダ「Lely Industries」の搾乳ロボット「アストロノート」
3枚目:オランダ「Lely Industries」の餌寄せロボット「ジュノ」

酪農家一人が飼育できる牛の数は50頭ほどが限界と言われています。私の両親は石坂ファームの規模拡大、従業員の労働環境の改善、そして家族との時間をつくるために、2002年の法人化を機に搾乳ロボットを導入しました。ここから石坂ファームの酪農オートメーション化が始まりました。搾乳を人間ではなく牛のタイミングに合わせる。まず牛はロボットへ行くことを覚えます。ロボットは1頭1頭の個体データを取得し、牛の能力を見極め、個体に合わせてシステムを改良していく。牛の健康状態に異常があればいち早くアラートする。24時間365日の搾乳が可能になったことで生産量の向上はもとより、牛のストレスが軽減され、牛乳の風味にもつながりました。

成分面では深夜0時から朝4時ごろの、牛がリラックスした状態で搾乳された牛乳は「ナイトミルク」と呼ばれ、メラトニンを多く含みます。メラトニンには強い抗酸化作用があり、睡眠改善効果があると言われています。この「ナイトミルク」を用いたチーズが、株式会社MARSさんが加工販売してくださる「フロマージュ・フレ」です。生産量と品質の向上、そして労働時間の削減。オートメーション化最大のメリットは、酪農家があらためて牛1頭1頭と向き合うことができるようになったことだと考えています。搾乳ロボットや餌寄せロボットは、あくまでも酪農の補助ツールでしかなく、最も重要なのは酪農家のビジョン、すなわち優れた機械を最大限に使い、それをどう使うかなのです。

乳価と生産コストをめぐる

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石坂ファームが自社栽培するトウモロコシの畑

私が小学生の頃、地元の熊本県菊池市には多数の酪農家がありました。私が就農した10年前には熊本に600戸ほどあった酪農家も現在では370 戸ほどに減少しており、全国で見ると昨年初めて1万戸を割りました。原因としては、消費者の牛乳離れ、後継者不足などもありますが、生産コストの上昇、特に飼料代の値上がりが一番大きいと考えています。牛には牧草やトウモロコシなどを与えるのですが、牧草は5年前までキロ単価60円だったものが、現在は100円近くまで値上がりしています。生乳の卸価格すなわち乳価も数円上がりましたが、飼料代をカバーできるほどではありません。安い飼料を与えると牛乳の品質が下がり、餌の量を節約すると搾乳量が減少し収入が減る。近年の気候変動で、牛を飼育するのにもコストは激増し、収益を上げるのは至難の業です。

石坂ファームではより良い飼料を与えるため、牛に与えるすべてのトウモロコシを自社農場で栽培しています。牧草も自社栽培をしたいのですが、牧草は雨に弱く、熊本の気候と我々の農場規模の両視点から自社栽培には不向きと考えました。よって乾燥地帯の多いアメリカの高品質の牧草を仕入れています。また酪農研究の先進国であるアメリカの研究会社から、少ない餌で多くの乳量を得る方法や、夏でも食べやすい餌のレシピ、牧場の規模と目標乳量に基づく飼料配合のデータを提供いただき、アレンジし、日々牛乳の品質と乳量の向上に取り組んでいます。できることはすべてやるというのが我々の信念です。

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石坂優一さん

乳価は地域ごとに異なり、各地域の指定団体と乳業メーカーとの交渉によって定められますが、九州は季節によって変動するシステムになっています。夏は牛乳の単価が高く、冬は安い。これは夏の高温多湿により生産量が落ちるためです。経営を安定させるために、夏冬関係なく1年を通しての生産と労働対価に見合う乳価の設定を望んでいます。そのために交渉は続いています。

国はコロナ以前には農家に補助金を出し規模拡大を促していましたが、コロナ以降は生産量と需要とのギャップが大きくなり、生産を抑制する方向に変わりました。飼料高騰対策の補助金額は毎年約500億円ほどですが、本来なら補助金がなくても、品質が良く、生産量の多い農家がしっかりと儲かるような競争原理が働かなければならない。酪農産業の根本的な改革が今必要なのです。

酪農家の矜持

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生乳を貯蔵・冷却するバルクタンク

自動搾乳された生乳はバルクタンクに蓄積され、均一に冷やすために撹拌されます。1つのタンクで12トンの生乳が出荷できます。タンクは1つあたり2,300万円ほどの投資となるのですが、搾乳を止めないために石坂ファームでは2つのタンクを使用しています。

良い飼料を与え、ストレスの無いように育てた石坂ファームの“牛乳”を飲む機会は、実はそれほど多くありません。我々のような生産農家はコスト面から牛乳の殺菌機械を備えておらず、出荷した生乳は他の農家の生乳と混ざり、まとめて殺菌され、飲料用や加工用として流通されます。しかし私たちは石坂ファームの牛乳の味を届けたい。MARSさんと協力し、石坂ファームの牛乳を100%使ったチーズやヨーグルトを作っています。お客様より「おいしい」というお声をいただけることが酪農家としてのやりがいにつながっています。

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石坂ファーム生乳100%使用商品。1枚目より「THE・ヨーグルト」「クマンベール」

誤解を恐れずに言うと、私は牛が好きだから酪農家をしているというわけではないのです。新しいテクノロジーやデータを、70年受け継がれてきた石坂ファームの酪農ノウハウと融合させ、研究と挑戦を続けると結果に直結するというのが、酪農に限らず農業の面白いところです。いつか石坂ファーム印の牛乳を製造販売するのが夢です。顔の見える牛乳をお届けすることが石坂ファームの望みです。

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石坂優一さん・聖奈さんご夫妻

<プロフィール>
有限会社石坂ファーム
所在地(本社・牧場):〒861-1102 熊本県合志市須屋2164-5
HP : https://ishizakafarm.com/