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食材のクリエイター特別連載:アグリシステム[未来の子どもたちのために]Vol.3

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Article:Hidehiro Ito

アグリシステムは、北海道産小麦によるパン作りを日本中に広めてきた立役者であり、生産者の土づくりのパートナーとして、長年にわたって環境や人間にやさしい農産物を生産、製造、販売、流通させてきた会社。2019年に伊藤英拓さんが2代目代表取締役に就任すると、農業のみならず医療や教育などのあらゆる社会課題の解決にも取り組むなど、活動の幅を広げるようになります。アグリシステムという会社はどんなことを考え、どこへ向かおうとしているのか。伊藤社長が自らの言葉で綴る不定期連載。

パンづくりの始まりは「土」から

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アグリシステムグループ「トカプチ」農場の有機ライ麦畑(春)

パン職人の皆さんが毎日向き合っている小麦粉。今日はその“新たなはじまり”を少しだけ一緒に思い描いてみたいと思います。

皆様が日々焼き上げるパンは小麦から生まれ、その小麦は土から育まれています。パンづくりの出発点は、あらゆる生命の根源である「土壌」から始まっています。しかし今、その「土」が世界的な危機に瀕しています。毎年240億トンもの土壌が失われ、森林伐採や単一作物の大規模栽培によって生態系が破壊され、多くの種が絶滅の危機に直面しています(1970年以降、約69%減少)。果たして私たちは、次世代に豊かな農業や食を継いでいくことができるのでしょうか。

日本でも土壌劣化は深刻な問題となっています。土の力を左右する大切な要素のひとつが腐植(ふしょく)です。腐植は、植物や微生物が分解されてできた有機物のかたまりで、水や栄養をたっぷりと抱え込み、じわじわと小麦の根に届けます。ところが近年、この腐植が減り続けており、土の保水力や肥沃さが失われてきています。

もうひとつ重要なのが、団粒構造と呼ばれる、土の粒が集まってスポンジ状になった状態です。団粒があると通気性と保水性のバランスがとれ、小麦は健全に育ちます。しかし、過度な耕作や化学肥料への依存によって団粒は壊れ単粒化し、畑が雨や風で流亡したり、土が固く痩せてしまうことが多くなっています。

土にはミミズや昆虫、細菌や菌類といった無数の生き物が暮らしています。彼らは「土の免疫システム」ともいえる存在で、土の栄養の循環を助け、病気に強い畑をつくります。ところが単一作物の連作や農薬(除草剤・殺虫剤・殺菌剤など)の多用により、土の生き物は減り、土の力が弱ってきています。加えて、化学肥料や燃料価格の世界的な高騰は、営農コストと土壌劣化のリスクを高め続けます。「現代農業」は持続可能性を失いつつあります。

リジェネラティブ農業との出会い

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アグリシステムグループ「トカプチ」農場の有機ライ麦畑(夏の収穫の季節)

アグリシステムは創業当初から積み重ねてきた、有機栽培をはじめとする環境保全型農業の取り組みを土台に「土と生態系を再生し、持続可能な循環を取り戻す」ことを明確な方針としました。土を蘇らせる。その取り組みが、アメリカのゲイブ・ブラウン氏が提唱している「リジェネラティブ農業(環境再生型農業)」です。それは単に環境にやさしい農法ではなく、劣化した土壌をもう一度“生き返らせる”ことを目的にしています。

ゲイブ・ブラウンの著書『土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命』(NHK出版)によると、リジェネラティブ農業には次のような6つの原則があります。

・土をかき乱さない:微生物や根の住処を守り、土の“骨格”を壊さない。
・土を常に覆う:草やカバー作物で裸地をなくし、乾燥や流亡から保護する。
・多様性を高める:単一栽培ではなく、多様な作物や生き物を組み合わせる。
・土の中に生きた根を保つ:生きた根は土を活かし、守り、肥やす。微生物の住処を維持する。
・動物を組み込む:放牧や堆肥で循環を回し、肥料への依存を減らす。
・背景の原則:その畑の土質・気候・歴史に合うやり方を選ぶ。

どれも特別な技術ではなく、自然の仕組みに寄り添う工夫ばかりです。この実践の積み重ねによって、腐植が戻り、団粒構造が整い、多様な生き物が息を吹き返します。健康な土は良質な麦を育て、それはより良いパンづくりへとつながります。リジェネラティブ農業は、私たちが未来の世代に安心して「おいしいパン」を届けていくためのアプローチだと考えています。

ライ麦の可能性ーーリジェネラティブ・ベーカリープロジェクト始動

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北海道十勝地方「伊場ファーム」の有機ライ麦畑でのフィールドワークの様子

アグリシステムがリジェネラティブ農業を推進する上で、鍵の一つになったのが「ライ麦」です。ライ麦は根が地中深くまで伸び、耕盤をゆるめて団粒構造を発達させるため、土の通気性や保水性を大きく改善させます。緑肥として育て、すき込めば、1反あたり2~4トンの有機物を畑に還元でき、土壌微生物の活性化に繋がります。耐寒性・耐湿性にも優れ、厳しい気象条件でもしっかりと育つため、北海道の多様な地勢にも適応します。さらに根圏に集まる微生物が粘着物質を生成し、団粒化を促進する効果も期待できます。次作の窒素・カリ等の投入量を抑えられる可能性もあります。

こうした特性から、ライ麦は以前から緑肥としては重宝されてきました。ただし緑肥は生育途中で畑にすき込むため、収穫物として市場に出ることはほとんどありませんでした。そこでアグリシステムは製粉事業者としての強みを生かし、ライ麦を最終製品(ライ麦全粒粉)にまで仕立て、多くの生産者がライ麦を生産し、土壌を豊かにし、持続可能な農業を実現していく形を描き、2018年頃から生産に着手しました。

土壌改良に役立ち、収入の支えにもなる。このビジョンに多くの生産者が意欲を見せてくださいましたが現実は厳しい。着手当時のパン業界では、ライ麦粉の需要が小さく、在庫は年々積み上がり、3年後には数百トンに。否応なく一度は生産を断念せざるを得ませんでした。それでもアグリシステムは諦めきれず、「どうすればライ麦の可能性を広げられるのか?」と考え続けました。私たちはこの悩みを産地だけで抱え込まず、ベーカリーの皆様に相談しました。ベーカリーの皆様は畑を訪れ、生産者と言葉を交わし、産地の課題と真摯に向き合ってくださいました。

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2023年10月、東京農業大学世田谷代田キャンパスで「ライ麦シンポジウム」を開催し、全国から集まった11名のベーカリーシェフ有志と、約40名の一般参加者が、日本でライ麦を広げるために何が必要か、そして日本人に親しまれるライ麦パンの味・食感・物語とは何かをめぐって、それぞれのシェフが考える新たなライ麦パンの合同試食とディスカッションを行いました。この動きを元に生まれたのが「リジェネラティブ・ベーカリープロジェクト」です。

リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトは、次世代のために“土を育てるパン職人”の輪を広げる取り組みです。リジェネラティブ農業で生産された小麦やライ麦を、パンづくりに取り入れていただくことで、土と生物の保全を育むことを目的としたプロジェクトです。

プロジェクトの理念に共感し、「未来の土を育てたい」「子どもたちの健康を守りたい」と考えるパン職人が地域で増える。それに呼応するようにリジェネラティブ農業に取り組む生産者が増えることで、パン職人と生産者がお互いを支え合うという構図ができ、各地で広がっていく。パン職人と生産者の繋がりが持続可能な農業を育むに違いないーーそのような未来を願って生まれたのが本プロジェクトです。

次回は、リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトの具体的な取り組みや進捗、そしてプロジェクトの過程で出会った、くらもとさちこさんと、デンマークの伝統的なパン「ロブロ(Rugbrød)」との出会いについてお伝えします。

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<プロフィール>
伊藤英拓(Hidehiro Ito)
1981年北海道帯広市生まれ。カナダの大学に留学後、アグリシステムに入社。製粉事業をはじめとする新しい試みを続け、2019年から経営を引き継ぐ。小麦、小豆、大豆などをメーカーや専門店に卸す他、大規模バイオダイナミックファームや自然食品店「ナチュラル・ココ」、オーガニック薪窯パン工房「麦の風工房」を運営する。

住所:〒082-0005 北海道河西郡芽室町東芽室基線15番地8
TEL:0155-62-2887
HP : https://www.agrisystem.co.jp/
Instagram:@agrisystem.tokachi