食材のクリエイターたち:山本忠信商店(北海道音更町)
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Article & Pictures:Yuya Okuda
生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画
小麦の生産量・作付面積ともに日本一を誇る十勝・音更町に拠点をおき、「ヤマチュウ」の愛称で親しまれる山本忠信商店は70年以上にわたって北海道産の穀類の集荷、製粉事業を行っている食品メーカー。〈「つくる」を「食べる」のもっと近くに〉をモットーに、道内の小麦や豆の生産者たちと二人三脚で農業に携わる山本忠信商店(以後ヤマチュウ)は、全国のパン屋さんやお菓子屋さんなどを対象にした圃場視察を毎年実施している。現在全国のパン職人からも支持される「キタノカオリ」などの道産小麦はどのようにつくられて、広まってきたのだろうか。道産小麦がここまで注目されるようになった背景には、つくり手たちのどんな物語があるのだろうか。ヤマチュウとともに生産者のもとを訪ねて話を訊いた。
小麦の収穫は天気との勝負
小麦の収穫期を迎える7月中旬の北海道・十勝地方は、どこもかしこも黄金色に色づいた小麦畑が広がっていた。十勝は全国の小麦生産量の4分の1を占めるほどの国内最大の小麦生産地、その中心に位置する音更町にヤマチュウはある。豆の卸会社として創業したヤマチュウが小麦を取り扱うようになったのは1989年のこと。小麦の流通を機に生産者との連携を強め、2011年には十勝初のロール式製粉工場を建てて十勝管内で生産・加工・流通までを一貫して行えるようにしたことで、今では道産小麦におけるバリューチェーンを構築している。
ヤマチュウの社員の方々の案内でまず訪れたのは、芽室町で約40haの畑で農業を営む佐藤良諭さんの農園。佐藤さんが会長を務める小麦の生産者団体「チホク会」には約300名の生産者が加盟しており、今では国産小麦の生産量のおよそ25%を占める巨大な生産者団体だ。刈り取りのタイミングから出荷までの一連の流れ、そして育てている小麦の種類や特徴について、佐藤さんの解説に耳を傾けた。
ヤマチュウや製粉工場に出荷する小麦には共通する出荷条件がある。それは小麦の実の水分量。収穫期の小麦の実の水分量はだいたい20~30%だが、出荷時には既定の水分値まで下げなくてはならない。そのため、できるだけ畑で自然乾燥させたうえで刈り取って脱穀し、乾燥機に入れて水分を落とすのだ。佐藤さんの場合、小麦面積10ha程を刈り取るのにかかる日数は実質4日程度だが、天候や麦の実の乾燥具合で、例年1週間から10日くらい収穫作業に時間を要するという。雨や朝露に濡れていると刈り取りができないうえ、この時期に雨に濡れると穂発芽(穂についたままの状態で実が発芽してしまう現象)してしまい、品質や収量に大きく影響が出るリスクが高まるため、「この時期は毎日天気予報とにらめっこですよ」と胸中を吐露する。
実需に寄り添ったパン用小麦の開発
小麦には9月頃に種をまいて新芽の状態で越冬させる「秋まき小麦」と、4月頃に種をまく「春まき小麦」があり、どちらも例年7月下旬からお盆にかけて収穫期を迎える。ヤマチュウで取扱量の多い小麦は、秋まき小麦の「きたほなみ」「ゆめちから」「キタノカオリ」「みのりのちから」、春まき小麦の「春よ恋」「はるきらり」の6品種。中でも「ゆめちから」と「きたほなみ」が主要な位置を占める品種であり、ヤマチュウでは扱っているという。それぞれの品種の特徴について、製粉工場「十勝 夢mill」勤務の玉江宇臣さんに説明していただいた。
「きたほなみは軟質小麦で、位置付けとしては中力粉になります。うどんなどの麺類のほか、お菓子などに幅広く使われています。今北海道で1番つくられている品種ですね。ゆめちからは硬質小麦で、超強力粉という位置付けです。グルテンが強いので製パン適正が非常に高く、中力粉とブレンドして使用されることが多い。パンの国産小麦の需要拡大を大きく牽引している品種です。そしてキタノカオリは、名前のとおり香りが非常に良くて甘みがあることからパン屋さんからの人気が非常に高い強力の品種になります。ただ、育てるのが難しい品種でして、収穫前に1日2日でも大雨が降ったりすると穂発芽してしまったり収量が落ちてしまうリスクが高く、本当に賭け。なので育てる生産者さんも多くありません。そういう意味で希少性の高い品種となっています」
「強力の道産小麦といったら春よ恋を思い浮かべる方も多いかもしれません。製パン適正が高く、風味豊かでもちもちした食感のパンに焼き上がるのが特徴です。ピザ生地や麺にも使われたりと汎用性が非常に高くて人気の品種です。はるきらりは春よ恋ほどまだ知名度はありませんが、準強力粉という位置付けで、収量も多く、バゲットなどのハード系のパンや、最近では麺にもよく使われています」
ヤマチュウが扱う小麦はご覧の通り強力に特化している。それもそのはず、かつて国産小麦のシェアのほとんどが麺用の中力系だった時代に、国産のパン用小麦の開発に尽力して強力系のシェアを伸ばしてきたのがヤマチュウなのだ。
国産小麦は従来全量政府買い入れで、長いこと食糧管理制度によって流通が管理されていた。ヤマチュウが小麦の取り扱いを始めたのも、最初は政府が生産者から買い入れた小麦を預かって委託選別・検査をし、入札で製粉会社に卸す業務だった。しかし2000年から制度が変わって民間流通へと移行していったことで、市場原理が働きやすくなり、小麦の多様化が進んでいくことに。
「従来の中力系中心の生産では、市場全体の供給バランスによって価格面で競争が激しくなる可能性があります。このまま中力系の生産を続ける場合、需要より供給が多くて余っている状態にあれば価格が上がりにくくなってしまうことが考えられます。生産者側からすると、“売れる小麦”をつくらなければ製粉会社さんに買ってもらえない。そこでヤマチュウは、『これからは実需に寄り添う時代がくるから、一緒に強力系をつくりましょう』とチホク会の生産者たちに提案して、彼らと連携して国産のパン用小麦の試験栽培を進めるようになります」
ちょうどその頃、北海257号というパン用小麦が開発されて、ニュースになっていた。のちにキタノカオリとして品種登録されるこの小麦を、ヤマチュウは1999年からチホク会の生産者たちの畑で試験栽培をしてもらうことで、製パン適正を調べ、その甲斐あって2003年に品種登録されることに。ゆめちから(旧系統名 北海261号)も2008年から2年間試験栽培して製パン適正を調べ、2011年に品種登録されている。それだけでなく、ゆめちからに関しては大手製パンメーカーなどの協力を得てその販路と認知を大きく広げることに成功した。今やパン用国産小麦を牽引するこれらの品種は、ヤマチュウとチホク会なくして生まれなかったと言っても過言ではない。そしてヤマチュウは現在も、関係各所と一緒に、病気に強くて収量の多い新品種の研究開発に日々取り組んでいる。
生産者の想いとヤマチュウの使命
チホク会に加盟する芽室町の山川農園も、ヤマチュウが推進する品種改良に協力的な農家のひとつ。山川健一さんは特に土づくりにこだわり、約50haもの畑で小麦や山わさび、キャベツ、大豆を30年以上栽培してきたベテラン農家だ。
「キタノカオリは20年以上前からつくられていますが、蝦夷梅雨や台風の影響ですぐ穂発芽してしまうなどデリケートな品種だったことから、ほとんどの農家が一度はつくるのをやめてしまったんです。でも5年くらい前に『またキタノカオリをつくりませんか』とヤマチュウさんからお声がけいただいたことがきっかけとなりつくり始めました。1年目は無事収穫できて、ただのラッキーかと思いましたが、2年目も3年目もうちは収量が伸びてきています。でも、以前に比べて気温上昇で収穫期も早まっていますし、過去には見られなかった赤かび病のような病気が見られるようになったりと、今後も順調にいくかはわかりません。穂発芽のリスクには正直毎年ドキドキです。穂が濡れて、乾いて、また濡れてを繰り返すことで穂発芽のスイッチが入りやすいので、うちでは植物由来のワックスを希釈して散布したりと対策を講じていますが、最後は天に任せるしかありません」
「人間にできることは1割2割くらいのものなんです」とツアー参加者に語りかける山川さんの言葉が印象に残った。それだけ作物を育てるということは難しく、キタノカオリはその最たるものだということ。一時減少の一途を辿り、製粉会社によっては終売になるほどだったキタノカオリだったが、ヤマチュウでは一度も切らすことなく取扱量を伸ばしてこられたのは、山川さんたちのような生産者の存在があってこそ。
視察ツアーに帯同するヤマチュウの常務執行役員の坂詰崇さんは「だからこそキタノカオリをつくるのがいかに大変か、どれだけリスクを生産者さんが背負っているかを、パン屋さんや食べ手に我々は伝えなければいけない。つくって出荷してそれで終わりなんてことはないんです」と語気を強める。
生産者は実需のことを想い、実需は生産者のことを想う。それこそがヤマチュウが目指す理想の世界であり、両者の間を取り持ち、「つくり手」と「食べ手」の想いを繋げることがヤマチュウの使命なのだと。今回のツアーをアテンドしてくれた東京営業所の伊藤晴菜さんも、こう言い添えた。「この関係性というのは昨日今日でつくれるものではありません。20年、30年、いやもっと前から先代が築いてきたものを私たちは守り、受け継いでいるのです」
今回の視察ツアーを終えて印象的だったのは、ヤマチュウの社員一人ひとりが、会社と生産者とのこれまでのあゆみを、まるで自分ごとのように話す姿だった。パン屋に届く一つひとつの小麦粉の背後には、生産者の小麦に込めた想いのみならず、農業と食卓、ひいては「つくる」と「食べる」の距離を近づけようと日々努力するクリエイターたちの存在があるのだと、身にしみて感じることができた。
<プロフィール>
株式会社 山本忠信商店
本社住所:〒080-0302 北海道河東郡音更町木野西通7丁目3番地
TEL:0155-31-1168
製粉工場:〒080-0341 北海道河東郡音更町字音更西3線14番地14
Facebook:@yamachu.tokachi