アグリシステム[未来の子どもたちのために]Vol.4
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Article:Hidehiro Ito
アグリシステムは、北海道産小麦によるパン作りを日本中に広めてきた立役者であり、生産者の土づくりのパートナーとして、長年にわたって環境や人間にやさしい農産物を生産、製造、販売、流通させてきた会社。2019年に伊藤英拓さんが2代目代表取締役に就任すると、農業のみならず医療や教育などのあらゆる社会課題の解決にも取り組むなど、活動の幅を広げるようになります。アグリシステムという会社はどんなことを考え、どこへ向かおうとしているのか。伊藤社長が自らの言葉で綴る不定期連載。
生産者、パン職人、消費者を繋ぐ
私たちは、リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトを「次世代のために土を育てるパン職人たちの輪を広げていく取り組み」と定義しています。環境再生型農業で育まれた小麦や、栽培そのものが土壌再生につながるライ麦などの作物をパンづくりに積極的に取り入れることで、健全な土づくりや生物多様性の保全につなげていく。そんな農業のあり方を応援したいと願うパン職人が、少しずつ日本各地に増え、地域ごとにベーカリー同士のつながりが生まれていく。そしてその動きに呼応するように、リジェネラティブ農業に取り組む生産者もまた増えていく。パン職人と生産者が互いに支え合いながら循環を育んでいくこと。それが私たちの描くリジェネラティブ・ベーカリープロジェクトの姿です。
このプロジェクトを進めるうえで、私たちが特に大切にしていることがあります。それは、取り組みを規格化しすぎないということです。規格は、顔の見えない流通の中では一つの信用として機能します。しかし、「育てる人」と「作る人」との間の直接的なつながりほど確かな信用はありません。土づくりもまたすべての土地に同じ規格を当てはめることはできず、気候も土壌も異なる中で大切なのは、根本的な原則を共有しながら、それぞれの土地に合った最適な調和を探っていくことだと考えています。
現在、アグリシステムが契約する生産者の皆さんには、緑肥やカバークロップの導入、化学農薬・化学肥料の低減、有機質肥料の施用、過剰な耕起を避ける栽培、ネオニコチノイド系農薬の不使用、ライ麦など環境再生につながる作物の栽培など、それぞれの立場で主体的にリジェネラティブな取り組みを進めていただいています。そうした実践の積み重ねを数値化し、インパクトレポートとして共有しながら、同じテーブルで対話を重ね、翌年はより良い土壌を目指して進んでいく。その「プロセス」と「結果」を可視化することを大切にしています。
ベーカリーの皆様についても同様です。各々のベーカリーが、それぞれの環境再生につながるパンづくりの考えのもと日々のパンを焼く。その意識と所作が積み重なっていくことに意味があると考えています。
2024年、リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトを掲げた全国行脚が始まりました。3月13日・大阪、5月13日・名古屋、5月14日・福岡、7月22日・愛媛、10月28日・東京、11月27日・北海道、3月10日・宮城。1年間で7カ所、約160名のパン職人の方々にご参加いただくことができました。かつてのパン職人は、日々使う小麦が誰によって、どのように育てられているのかを知ることが難しかった時代がありました。やがて生産者と直接つながれる時代となり、そして今、さらにその先にある土壌の健康までも考えながらパンを焼く職人が増えています。
くらもとさちこさんとロブロとの出会い
さらに、リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトを進めていく中で、私たちにとって欠かすことのできない出会いがありました。それが、くらもとさちこさんとの出会いです。くらもとさんは、30年以上にわたりデンマークに在住し、バイキングの時代から1000年以上続くデンマークの伝統的なライ麦パン「ロブロ(Rugbrød)」に着目してきました。ロブロは、厳しい自然環境の中で人々の命と暮らしを支えてきた主食であり、土地の穀物、発酵の知恵、文化、健康観までを内包した“生きた食文化”そのものであることを教わりました。くらもとさんはロブロの魅力を、製法やレシピにとどめることなく、歴史的背景、文化的価値、全粒ライ麦の栄養と現代人の健康などといった多角的な視点から掘り下げ、2022年より日本に向けて誠実に伝え続けています。その集大成として出版された『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社、2024年)は、日本におけるロブロ理解の礎となる一冊であり、多くのパン職人や食に関わる人々に深い影響を与えられました。
著書の出版後、くらもとさんは日本各地で真摯にロブロを伝える活動を続けてこられました。その中で多くの人がロブロそのものの奥深さや可能性に魅了されていくのは言うまでもありません。しかし私自身が強く感じてきたのは、くらもとさんのロブロに対する一貫した理念です。くらもとさんの言葉、佇まい、ロブロに向き合う姿勢、そして行動力は、私たち一人ひとりに、「なぜパンを焼くのか」「どのように食と向き合うのか」といった、とても根源的な問いを静かに投げかけられます。私はくらもとさんにお会いするたびに自分自身をあらためて見つめ直す時間を与えられているような思いにさせられます。
2025年にはリジェネラティブ・ベーカリープロジェクトとのコラボレーションとして、くらもとさんとともに北海道、東京、大阪で「ロブロ会」を開催しました。3カ所で約170名が参加し、パン職人に限らず、生産者、料理人、栄養や教育に関わる方、そして食の未来に関心を持つ様々な立場の人々が集いました(2026年3月には福岡での開催を予定しております)。ロブロ会をきっかけに、参加者一人ひとりが主体的にロブロを焼き、語り、それぞれの地域やコミュニティで独自の形でロブロを広げていく姿を、私たちは何度も目にしてきました。
2枚目 ガストロノミーとして提供されるスモーブロ(Smørrebrød)
3枚目 市場でレンガのように積まれたロブロ
4枚目 ショーケースに並ぶスモーブロ
同年2月には、くらもとさんのご案内でデンマークを視察する機会にも恵まれました。コペンハーゲンのカフェでいただいたロブロのモーニングセット、レストランでガストロノミーとして提供されるスモーブロ(Smørrebrød)、市場でレンガのように積まれたロブロの光景、ケーキのように美しくショーケースに並ぶスモーブロ専門店、子どもたちがお弁当に持っていくロブロサンド、そして家庭で日常的に焼かれるロブロ。ロブロが、いかにデンマークの暮らしそのものに深く根付いているかを、五感を通して体感する時間でした。私が何よりも感銘を受けたのは、デンマークに住む人々の精神性の豊かさです。こればかりは表現がとても難しいのですが、デンマークに来られた方は共通して感じられるものではないかと思います。
さらにこの視察では、くらもとさんとご主人のオースターさんのご厚意により、デンマークの製粉会社である「アウリオン社」のブリアン社長とのご縁をいただきました。アウリオン社は、製粉事業だけでなく、種子や生産現場の管理から、穀物の精選、製粉、流通に至るまでを一貫して行い、取り扱う製品はすべてオーガニックまたはビオディナミ。デンマークのベーカリーからも、品質に対する圧倒的な信頼と支持を集めており、その姿は、私たちアグリシステムが目指すべき一つの理想像でもありました。ブリアン社長より同社の企業理念や活動についてのお話を伺うとともに、デンマークのライ麦品種の特徴についての造詣を深めることができました。また工場内をオープンに案内してくださったこと、さらにはデンマークの麦の歴史が刻まれた独自の博物館「麦の家」でいただいたおもてなしは、深く心に残っています。
未来の子どもたちのために
そして今後につながる取り組みとして、アウリオン社が共同運営されている育種協会「Landsorten」にアグリシステムが加盟させていただくこととなり、彼らが長年保全してきた希少な古代ライ麦、焼き畑ライ麦、古代種の紫小麦などの種子を取り扱わせていただくこととなりました。これらは輸入手続きを済ませており、2026年より播種を開始する計画です。理念を共有するパートナーとして、アウリオン社とこれからも協業していけることを、心から楽しみにしています。
自然を制御し、消費することで発展してきた物質文明は、今その限界を迎えています。分断と奪い合いから循環と共生へ。土が育ち、作物が育ち、人が生きるという構造を取り戻す試みは、持続可能で平和な未来を築くための根本的な価値転換なのだと私たちは考えています。
リジェネラティブ・ベーカリープロジェクトは、その変化を、身近な「パン」という存在を通して、日常の中に根づかせていく営みです。未来の子どもたちのために、これからも私たちは、生産者、パン職人、そして食に関わる皆さまと同じテーブルに座り、対話と実践を重ねながら、次世代に誇れる食と農、そして社会を共に築いていけるよう取り組みを続けてまいります。
<プロフィール>
伊藤英拓(Hidehiro Ito)
1981年北海道帯広市生まれ。カナダの大学に留学後、アグリシステムに入社。
製粉事業をはじめとする新しい試みを続け、2019年から経営を引き継ぐ。
小麦、小豆、大豆などをメーカーや専門店に卸す他、大規模バイオダイナミックファームや自然食品店「ナチュラル・ココ」、オーガニック薪窯パン工房「麦の風工房」を運営する。
住所:〒082-0005 北海道河西郡芽室町東芽室基線15番地8
TEL:0155-62-2887
HP : https://www.agrisystem.co.jp/
Instagram: @agrisystem.tokachi