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小商いのカタチ:ARBOL ICECREAM / Appartement(熊本県山都町)

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article/ pictures : Yuya Okuda

お店づくりは小商いの最初の一歩。 一軒のお店には、そこに携わった人の数だけ物語が秘められている。 手元のカードと思い描く理想を天秤にかけ、何を選びとっていったのか。 お店が出来上がっていくその背景をひもとくことで、小商いの理想のカタチを探る──

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熊本市から車で50分ほどの距離にある、九州のほぼ中央に位置する山都町。今年3月、1軒のヴィーガンアイスクリームショップがオープンした。藤川里奈さんが営む「ARBOL(アルボ)」は、山都町の豊かな土壌が育んだ果物や野菜を活かして、乳製品・白砂糖不使用、グルテンフリーで創り出した100%ハンドメイドのアイスクリームだ。ARBOLが他のアイスクリーム屋さんと比べて少し変わっているところは、ひとつの店舗空間を別の屋号のお店とシェアしていること。現在パートナーとして同じ空間でお店を営むのは、自家焙煎スペシャルティコーヒー専門店「Appartement(アパルトマン)」を営む齊木龍一郎(通称チャッピー)さん。なぜこのような形態での開業となったのだろうか、藤川さんとチャッピーさんの二人に話を訊いた。

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繋がりこそが小商いの生き様

「表の通りに古い看板があったと思いますが、ここの建物はもともと写真館でした。空き家バンクで私が見つけて、知り合いや実家から廃材をもらってきてはDIYで店舗に改修したんです。チャッピーさんとは6年程の付き合いがあり、最初はここの改修作業を手伝ってもらっていただけだったんです」

そう話す藤川さんは、東京のヴィーガンカフェで働いた経験や地元である山都町発のアイスクリームブランドの開発製造に携わった経験から開業に至った。藤川さんが開業準備に動き出した頃、齊木さんもちょうど独立を考えていた時期だった。齊木さんは熊本を拠点に全国区の知名度を誇るコーヒースタンド「AND COFFEE ROASTERS」に約7年勤め、店舗運営を任されるまでになっていた。そんなタイミングで藤川さんから一緒にここで開業しようと誘われた齊木さんは、素直におもしろそうだと思ったという。藤川さんも、決してお金がなかったから誘ったわけではなかった。

「ここは家賃2万円で貸していただいてます。空き家になって数年経っていたこともあり、改修工事費はほとんど大家さんが負担してくださいました。山都町の開業補助金を使ったり、できるかぎりDIYでお店をつくったので、開業までに100万もかかっていないと思います」

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よく隣同士でお店を開いたり、どちらかの屋号の下で新たな業態を始めるケースは耳にしたことがあるが、ひとつのお店で屋号が二つとはどのような状態なのか、藤川さんに訊ねた。

「経営や売上の管理も別ですし、SNSのアカウントも別にしています。デザインの好みなど、お互い我が強いことがわかっていたから自然とこうなりました。別々だけど、同じ空間で共生しているという感じですかね。でもお互い作っているものや築いてきたものが違うからこそいいこともありますよ。つい先日、福岡のCOFFEE COUNTY stockさんの『菓子と美味しい器展』というイベントに呼んでいただき、ヴィーガンアイスを販売できたのも、チャッピーさんとCOFFEE COUNTY stockさんの関係性があってのもの。チャッピーさんと一緒にここでやっていなければ、私のアイスが彼らに知られるまでまだまだ時間がかかっただろうなって思う」

それに対して齊木さんは、「僕も便乗して、コーヒーショップのイベントなのにうちのコーヒーも特別に出品させてもらいましたけどね。だから持ちつ持たれつです」と微笑む。そんな齊木さんは9月いっぱいまで、東京の東日本橋・馬喰横山にあるホステルCITANの1階エントランスにあるBERTH COFFEEで豆を扱ってもらっているという。二人の話を聞いていると、どこでお店を開こうと、本人の技術や人間力次第では土地に縛られずに全国各地を自由に行き来して商売ができるのだと思った。

「前職のAND COFFEE ROASTERSは全国のコーヒーフェスにも呼ばれたりするようなお店でした。僕はその時に東京をはじめ全国各地にコーヒーを淹れに行かせてもらい、その時にできた繋がりがあるんです。だから今はありがたいことに、これまでの貯金でやっているようなものです」

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齊木さんはそう言いつつも、今もこの地で新しい関係性を着々と築いていた。ちょうど取材に訪れていた日、今度一緒にコラボイベントを行うという大分県湯布院の旅館「光の家」の支配人が、家族を連れてはるばる遊びに来ていたのだ。その出会いも、appartement / arbolのオープンに遠方から駆けつけてくれたカメラマンの友人から、前日に泊まったという「光の家」の話を聞かせてもらい、好奇心の赴くままにすぐ二人で泊まりに行ったことがきっかけだったという。

どんなに小さな縁でも大事に紡いでいく様に、スモールビジネスらしさを感じた。二人が考えるスモールビジネスの強みとは何かを訊ねてみると、齊木さんが二人の意見をまとめるように答えてくれた。

「人との繋がりの中で、顔の見える距離で働くこと、僕らの仕事はその連鎖でしかないと思うんです。だから今くらいの規模感がちょうどいいのかもしれません。もっとお客さんに来てほしいし、それに越したことはないのですが、大きくなることで人との繋がりが薄れてしまうのは避けたい。大事なものを失くさないよう、ギリギリのところでバランスをとっていたいですね」

アイスクリームに託した思い

アイスクリームとアイスコーヒーを一緒に注文すると、アイスと共に一枚の紙が手渡された。そこには、アイスサンドの美味しい食べ方の説明とともに、「ARBOLが大切にしていること」と題された藤川さんの思いが記されていた。

「ARBOL(アルボ)はスペイン語で“大きな木”。季節の移ろいや自然の彩り、地域の人々と共に、深く広く根を張る大木。小さな種が、豊かな自然の中で呼吸し続け、大きな木となるように、ここ山都町の素晴らしい景色と共にARBOLがあり続けられますように。そしてこれから先もずっと、この素晴らしい景色を残すことができますように」

ARBOLがヴィーガンのアイスクリームにこだわる理由には、子供からお年寄りまで誰でも安心して食べられる、身体と地球環境に負荷の少ないアイスを作りたいという藤川さんの信念があった。ヴィーガン=素朴で味気ないというイメージを持つ方も多いかもしれないが、実際にARBOLのアイスを食べてみると、クリーミーで濃厚な味に驚かされる。

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塩糀ココナッツミルク×自家製ローズマリーグラノーラのアイスと、VEGANヨーグルトアイスに山都町産無農薬ブルーベリーのジャムを加えたアイス。

もともとアパレル業界にいたという藤川さんだが、ヴィーガンアイス作りに目覚めたきっかけは何だったのだろうか。

「私、とにかくアイスが好きなんです。自分で作るようになるまでは、コンビニで売っているアイスを年間400個くらい食べていました(笑)。でもさすがに健康には良くないなと罪悪感は感じていたのですが。ヴィーガンスイーツと出会ったのは、世界一周の旅に出た時です。行った国は十数カ国なのですが、ひとつの国の首都と田舎の町に滞在するスタイルで、バックパッカーをしていました。旅のスタートは友達と6人でアメリカをキャンピングカーで横断し、その後は一人で中南米に行き、ヨーロッパ、東南アジアを回って帰国したのですが、その頃からずっとヨガを学んでいたこともあって、世界各地のヨガの聖地も巡っていました。すると行く先々でヴィーガンスイーツと出会うんです。こんな美味しくて身体にも環境にも良いなら、私が目指す道はこれしかないんじゃないかと思い、帰国してからは東京のヴィーガンカフェで働き始めました」

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あれだけコンビニのアイスを食べていた藤川さんだが、もう普通のアイスには戻れないという。彼女の中で何が変わったのだろうか。

「美味しいと感じなくなったんですよね。決してヴィーガンのものじゃないと食べられないというわけではなくて、ちゃんと作り手の顔がわかるアイスなら美味しいと感じるんです。見えないものに対する抵抗もあるのかもしれないですが、作る人のその時の状態や思考で食べ物の味が変わるんだと気づくようにもなりました。パンチの効いたものを作る人もいれば、素朴だけど滋味深くて毎日のように食べられるものを作る人もいます。自分のアイスにも、その時の自分がけっこう反映されているんだなと感じています」

仕事中何をしている時が一番楽しいか訊ねると、「新しいアイスを作っている時ですね」と藤川さんは即答する。朝起きるとすぐに新しいアイスを作りたくなるのだと嬉しそうに話す彼女に、その創作スタイルを訊いた。

「日々作りたいものが次々に思い浮かぶので、携帯のメモにどんどんストックしています。そして近隣の農家さんから食材をいただいたタイミングで、『今ならアレができるから作ってみよう!』って試作しています。偶然手元に舞い込んできた食材から新しいアイスが生まれるので、導かれているような感覚に近くて、思い浮かんだものはだいたいすんなり作れてしまうんです。だから何度も試作しないと美味しくならないアイスは商品化しません」

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ちょっとずつ、できることを

熊本県山都町は登録有機農業者数が日本一の町として知られており、特に東日本大震災以降は有機農業をするために移住する人も増えたという。言い換えると、それだけ食材にも恵まれている地域だと言える。山都町にゆかりのなかった齊木さんも、住み始めてからすっかりこの町に魅了されたと話すが、この町が地元の藤川さんには特別な思いがあった。

「山都町に帰ってきてから改めてこの町の良さを感じていますし、この町のために何かしたいという気持ちが強まっています。だから今こうしてこの土地の食材をアイスクリームにして全国に発信できることが何よりも嬉しい。でも、年々人が減って空き家が増えているのが現状です。以前のように商店街のにぎわいを取り戻すためにも、山都町内の空き店舗の改装などのお手伝いをしながら、ファラフェルサンド屋さんとか焼き菓子屋さんのようなお店をやってくれる人を募っていけたらいいのですが……」

そう話す藤川さんの目は、悲観的ではなくむしろ希望に満ちていた。「同世代の山都町の女子でよく集まっているんですが、みんな『私たちが住んでいるこの町を楽しくしようよ!』っていう思いがあるんです」と、彼女たちが発行したという手作りの新聞を見せてくれた。A4サイズの紙に両面印刷して三つ折りにしたもので、『ちょっとずつ』と題した新聞の創刊号のテーマは「私がやってる環境にやさしい生活のひと工夫」だった。藤川さんが書いた記事に目を通すと、実際に彼女がARBOLで実践しているレスウェイストな取り組みがいくつも紹介されていた。たとえば、「規格外やキズで廃棄される野菜や果物を積極的に使用する」、「生ゴミはコンポストして土に還す」、「商品提供にプラスチックは使わない」、「紙袋が必要な場合はリユースしたものを提供する」といった、日常生活にも転用できるものばかりだ。

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藤川さんのみならず、同世代の女性たちも含めて環境への意識が高いことに驚かされたが、そういった意識が芽生えたきっかけは何だったのか訊ねると、少し考えてこう答えた。

「私は世界一周がきっかけですね。帰国したその日に、ただ買い物をするだけで日本ではこんなにゴミが出るんだと驚いたんです。パッケージの袋があって、それをまた袋に入れて渡される。海外を旅している時は、袋が欲しくてももらえない国が多かった。たとえばインドでクッキーを4枚くらい買ったら、新聞紙の切れ端に挟んで渡されるんです。持ち運びに困るからちゃんとした包装をリクエストしても、多少大きくなった新聞紙の切れ端を渡されるだけで(笑)。向こうにとってそれはエコという意識ではなく、普通の感覚によるものでしょうが、今ではその感覚が心地いい。ヨーロッパのエコ先進国と言われる国にも行きましたが、そういった国の価値観も自分には合っていると感じて、自分の中での環境意識の高まりに変わっていきました。私はもともとナチュラルなものが好きだし、多くの物も持ちたくない人間だということに気づけた。そんな自分の考えを、今はこうしてアイスクリーム屋として表現できているから、毎日が楽しいんです」

藤川さんと齊木さん、二人の話を聞くうちに、“Small is Beautiful(小さいことは美しい)”という言葉がふと頭に浮かんだ。広い世界を見て、多くの選択肢の中から選びとった土地で根を張りながらも、ふわふわと風に乗せて種を運ぶ植物と二人の姿が重なる。“大きな木”を名前に冠する、小さくも凛とした佇まいの二つのお店が、今まさに九州の真ん中の地で根を張ろうとしていた。

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photograph by Sotaro Honda

ARBOL ICECREAM
住所:〒861-3513 熊本県上益城郡山都町下市57 旧東写真館
電話:080-1748-5801(代表:藤川)
営業時間:11:00 - 17:00
定休日:不定休(Instagramを確認ください)
Instagram : @arbol_icecream_sandwich
HP : https://arbol-yamato.stores.jp/

Appartement
住所:同上
電話:070-8531-4899(代表:齊木)
営業時間:11:00 - 17:00
定休日:水曜日(臨時休業あり)
Instagram:@appartement_coffee
HP:https://www.appartementcoffee.com/