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小商いのカタチ: POMPONCAKES BLVD.(神奈川県鎌倉市)

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article : Momoka Kuriyama
pictures : Yuya Okuda

お店づくりは小商いの最初の一歩。 一軒のお店には、そこに携わった人の数だけ物語が秘められている。 手元のカードと思い描く理想を天秤にかけ、何を選びとっていったのか。 お店が出来上がっていくその背景をひもとくことで、小商いの理想のカタチを探る──

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観光客でにぎわう鎌倉駅周辺からバスで20分ほど離れた、のどかな住宅地の広がる梶原エリア。今やここ梶原のお店でケーキやモーニングを食べることを旅の目的のひとつとして来訪する人も多いほど、すっかり人気店となった「POMPONCAKES BLVD.」は、今年10年目を迎えるケーキ店です。シンプルながら季節の移ろいが感じられるケーキは、「オーガニックでジャンキー」をコンセプトにした、大人から子供まで毎日でも安心して食べられる味。
すっかり町の顔となった現在のお店の姿からは意外ですが、実店舗の前身である「POMPONCAKES」は、観光客の姿がまばらになる夕暮れ後、鎌倉の町中にふらりと現れる神出鬼没な移動販売ケーキ店だったそう。自作のカーゴバイク(三輪自転車)いっぱいにケーキを積んだ風来坊のケーキ屋さんが鎌倉の町を賑わせたのは、今から10年ほど前のこと。家族3人で始めた小さな企みから月日が流れ、今や鎌倉に3つの場所を構えるまでになったお店の物語を、店主である立道嶺央さんに伺いました。

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はじまりは小さなファミリービジネス

「僕、実はケーキ屋になろうなんて、1ミリも思ってなかったんです…」。はははと笑いながら人懐っこい笑顔で開口一番にそう話す立道さん。会ってすぐにほっとこちらの力を抜いてくれる、そんな立道さんのおおらかさが体現されたようなお店の空気こそ、「POMPONCAKES BLVD.」の魅力。レコードの心地よいBGMに包まれた店内では、思い思いの時間を過ごす人の姿が窓から射す西日で照らされて、一瞬旅先にいるような気持ちになります。

現在は、ここ梶原にある本店のほか、徒歩すぐのグロサリーショップ「POMPONCAKES PANTRY」(現在休業中)と、2023年夏に鎌倉駅前に開いたギャラリーショップ「POMPONCAKES GARE」の3拠点を、立道さん率いる20名ほどのチームで営む日々。まずはそのルーツである移動販売時代のお店のはじまりについて尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「もともと僕は建築家を志していて、大学を休学し茅葺屋根職人について全国の現場を渡り歩きながら生活を送っていたんです。もちろん当時の僕は、ケーキなんて焼いたこともなくって(笑)。毎回2~3カ月ずつ日本全国の現場に入って暮らしながら、屋根の修復をする日々の中で、僕自身も建築だけでなく建築をもとに人が集まる場所を作りたいと思うようになっていきました」

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このまま建築の道を進むのかどうか迷いながら、約3年ぶりに故郷である鎌倉に戻った立道さんは、これから何をして生きていこうか、当時は真っ新だったと言います。

「自分の町にもコミュニティを作りたいという強い思いはあったのですが、方法が分からなくて。でもそんなとき、アメリカを中心にコーヒーやフードを媒介して現地のコミュニティが生まれている姿を思い出して、身近だった母のケーキがおいしいから、これはもう少し世に出てもいいんじゃないか、と思ったんです。サンフランシスコの彼らのように、場所を持たずにやってみることを思いついて、家族に相談しました。ケーキを焼く母がいて、デザインや発信が少しだけできる僕がいて、経営面でサポートしてくれる父がいた。自転車でケーキ屋をやるなんて、そんな思い付きの突拍子もないことを言ったら、普通はまわりが止めると思うんですが、僕の家族はなぜだか認めてくれたんです。“やめた方がいいんじゃない”って言う人が、周囲にひとりもいなかったって、奇跡みたいですよね(笑)」

ケーキを売り歩きながら鎌倉の町の路上を観察し、町の人の話を聴いてみよう、そんな思いのもと、知り合いのカーゴバイクの作り手に相談をしたところ、とんとん拍子に話が進んでいったのだとか。

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分からないって、無敵

“母親の焼いたケーキを売ろう”、とだけ決めて始まったお店屋さん計画。でも当時27歳の立道さんは、ケーキ店には菓子製造許可が必要だということすら知らなかったそう。

「保健所でまず製造場所を作らないといけないと言われ、戸惑うところから始まりました。今考えると本当に無計画で信じられないですよね…(笑)。それで何も知らない僕は、店舗用の物件ではなく、長谷エリアにあった普通の居住用アパートを貸りたんです。当時6万円くらいの。改造してOKという約束で、大家さんに相談して製造許可が下りるようにDIYしました。何も分からなかったことをいいことに、普通の賃貸の敷金・礼金、それと僕の乗る自転車…、あわせて100万弱でスタートできた気がします。何も知らないってホント強くて。今からできるかって言われたら無理です…、怖すぎてできません」

いざアトリエができたものの、「母と朝からひたすらケーキを焼いても、たった2人なので出来上がる頃には夜になっちゃって。朝から10時間くらい焼き続けた末、そこから僕は真っ暗の夜の町へケーキを売りに行ってました」と立道さんは当時のことを笑いながら振り返ります。

「駅前で音楽をかけて、小説を読みながら人を待って、電車から降りてくる人の波が来ると、3~4組買ってくれる。そんな繰り返しでした。終電が終わるまでケーキを売っていたので、毎日町のいろんな人に会って、自転車を置いて仕事後に飲みに行ったり、アトリエにもいろんな人が出入りしていた。当時は先々のことはあまり考えていなくて、未来というよりは、そのときおもしろいことをやるって気持ちで日々を送っていたけれど、小商いという言葉に共鳴する人が多かった時代背景が追い風になって、成り立ったのかなって思っています」

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Photo by Hideaki Hamada

当時は震災直後。“どう暮らしを変えていくか”、“どう自分の暮らす街と繋がっていくか”を考える人が多かった時期だからこそ、気が付けばまわりに一緒に町をおもしろくしたいと志す同世代の仲間が集まっていた、と立道さん。当時毎夜熱く語り合った仲間には、現在鎌倉の町で同じようにお店を営んでいる人も多いそう。

お店の名前の由来のひとつにもなっている、シグネチャーであるアップルパイや、きゅっとした酸味のレモンパイ、ぽってりと甘いサヴァラン…。当時自転車に乗せていたケーキたちは、変わらず今もお店の看板メニューであり、現在も母・有為子さんがスタッフに混ざりキッチンで作り続けています。鎌倉駅前で深夜にケーキを買ってくれていた人の中に、今でも梶原のお店に通い続けてくれている人がいることも、立道さんが嬉しそうに教えてくれました。

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テーブルの上はいつも立道さんの母・有為子さんが庭から摘んできた季節の花で彩られている。レモンチーズパイは移動販売時代からのシグネチャー。500円

誰かの日常の延長線上にある小商いでありたい

2年間続けた自転車での販売は連日完売が続き、長谷のアトリエも手狭になってきた2015年。いよいよ実店舗が必要になったとき真っ先に浮かんだのは、やはり実家がある梶原の町。その理由を立道さんはこう語ります。

「居場所をつくりたいってずっと思っていたんです。働く人にも、お客さんにも、居場所だと思ってもらえる場所をつくろうって。僕らのスモールビジネス(=小商い)は、日常と繋がっているもの。誰かの日常の延長線上にお店があって、その商いで誰かの日常や生活が少しずつ豊かになっていく。そしてその循環が、小さい社会をつくると思うんです。それこそが僕らのような小さいお店、小商いの役割だと思っていて。ただケーキを売るのではなくて、ケーキを通して社会をよくしていきたいって考えていたので、やりたいことを実現していくには相当な時間がかかるから、ゆっくりとやることが許される梶原がちょうどよかったんです。僕にとって鎌倉の駅前は、家賃が高すぎるし、スピードが速すぎる大都会。それに比べて梶原はのどかで懐深くて、8年たった今でもまだまだやれていないことや余白があることを許されているような感覚がありますし、時間をかけて深度の深い届き方をしていける町だと思っています」

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“居場所”とは、ゆっくりと過ごせるカフェという側面のみならず、その店で働く人にとってもそうであれるように。町に場をつくることで、心安らぐ人が増え、雇用が生まれ、その循環が町を一段明るく、よくしていく。梶原に根差し8年の月日をかけて少しずつ立道さんが描いてきた未来は、2店舗目である「POMPONCAKES PANTRY」の誕生でも、より輪郭をあらわしはじめています。

「今は休業中ですが、PANTRYのほうは、町の駄菓子屋のような存在をめざしてつくりました。ちょっとしたクッキーやナッツといった、食材を手ごろに買える売店。高価なお菓子ではなく毎日食べられるものを気軽に買える場所であり、同時に、そこでの買い物を通してパッケージフリーの心地よさや環境への気付きを知らず知らずに受け取ることのできる場所。今は改装のためお休みをいただいていますが、近々再開したいと思っています」

手がける場所が3拠点に増えながらも小商いのスタンスを貫く立道さんに、スモールビジネス(=小商い)とは何か尋ねると……。

「小商いのいいところは人だと思います。人がいる、人の手が見える、というのが僕は好きです。昔は今よりもスタートアップが難しくて、試行錯誤していたからこそ、より店主の姿を強く感じられた気がします。今は情報が溢れていて、小商いなのに人が見えにくい時代だなと感じます。僕らも拠点やメンバーが増えたりしていますが、どんなサイズになっても、人の手で、誰かの日常をよくしていきたいという気持ちはブレずにいたいです」

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手を繋げる範囲の人を幸せにしていくことから

小さなファミリービジネスとしてスタートした「POMPONCAKES」は、いまや20名ほどのチームに。法人化して5期目を迎えると言います。会社にしたきっかけはどんなことだったのでしょうか。

「僕は初めからケーキ屋になりたかったわけじゃなく、小さいながらに僕らの活動でどう世の中をよくしていくかを考えていました。ケーキを通して何を伝えられるかがいつも大切で。でも、数年前から少しだけその気持ちが変わったのが大きかったかもしれません。自分より若い人たちと話したときに、彼らは“社会をどうしたい”という大きなことはあまり考えていなかったんです。とてもシンプルに、自分のまわりの仲間が幸せだと、自分たちが幸せじゃんって。僕はもっとカウンターカルチャー的に、どう社会を変えていくかを考えてきた側面が強かったんですが、彼らは考えている世界がもっとミニマムで。めちゃくちゃ当たり前のことだけど、ハッとしたんです。結局社会を作っているのは、自分のまわりの手を繋げる範囲の人たちなのだと感じて、家族とか小さい範囲の人たちを幸せにしていくことが、ゆくゆくは社会を変えていくのだから、壮大なことを考えるより、まずはすぐそばの人から幸せにしていこうと思いました」

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レコードが流れる店内は、友達の家に招かれたような心地よい空気が流れる。金・土はDJモーニングとして、11時までの間、専属のDJが心地よい朝の音楽をかけてくれる

ケーキをメディアに。ここからがスタートライン

2023年の夏、POMPONとして3つめの拠点となる「POMPONCAKES GARE」が鎌倉駅前に誕生。「POMPONCAKESはゆくゆくは何かを伝えていけるメディアになりたい」という立道さんにとって、このギャラリーは「それをかたちにしていくための一歩」。イラストレーターや写真家といったアーティストの展示や、服飾小物などのPOPUPショップ、そのほかPOMPONチームの裁縫部が生み出す服やオリジナルグッズがずらりと並んだ、一期一会の楽しい空間が生まれました。

「これまでケーキに使う果物など、食材が生まれる場所を訪れ、感じたことを大切にケーキ作りをしてきました。そんな旅の中で、知らない土地に行って人と会い、その土地を知る豊かさは代えがたいことだと知って、いつか僕がこれまでケーキを通して出会ってきた人たちを鎌倉に招ける場所を作りたかったんです。10年ケーキをやったので、ここからがまた新しいスタートライン。ここではケーキではないものを発信していくつもりです」

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取材に訪れたのは、GAREのオープンから2カ月がたった夏の日。梶原と違うスピード感があり、観光地の側面が強い駅前での出店に「ちょっとずつちょっとずつ、って思っていたけど通用しなくて焦ってます」と立道さんは困った顔で笑っていました。聞けば、このギャラリーの企画や運営も、立道さんがみずから担っているのだというから、さもありなん。

「まだまだ手探りで足りないことばかりですが、どんなに観光地でもそこに暮らしている人々の生活と地続きなことをしていたいと改めて感じています。そのためにも、ビジネスは僕自身の目が行き届くサイズであるべき。経営者は現場から出たほうが効率がいい、という意見もあるけど、僕はやっぱりそれだと小商いじゃないと思うので、ギャラリーもつくりながら、今でも朝はしっかりケーキを焼くというのが生活のリズムです。ケーキを焼くのはいつまでも好きで、僕のライフワークだし、ハードワークができてこそ見える光景がきっとあるはず。正解だとは思わないけどこれが僕のやり方なので、だから2店舗くらいが限界かな…。いつかじいさんになっても、月に1回くらい自転車でケーキを売っていたいです(笑)」

お店を後にしようと扉に手をかけると、背中越しに「いい1日を」というひと声をかけていただく。店を出ていく人には必ず、このひとことを贈るようにしているのだそう。鎌倉駅まで戻るバスの車中、心地よい揺れに身を任せながら感じたのは、今日伺った“手を繋げる範囲の幸せ”を時間に置き換えたならば、未来とはきっと、手の届く今日の集積だということ。帰りがけにもらった「いい1日を」ということばに、「POMPONCAKES」のすべてが詰まっているようで、家に着いたら手にしたケーキとともにこの魔法のことばをもう一度ゆっくり味わおうと心に決めました。

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POMPONCAKES BLVD.(ポンポンケークス ブールバード)
住所:神奈川県鎌倉市梶原4-1-6助川ビル101
電話:0467-33-4746
営業時間:水~土:8:00~18:00(モーニング~11:00 LO)/日・火:11:00~18:00
定休日:月、最終日曜休、ほか不定休あり(SNSにて告知)
Instagram : @pomponcakes_journal
HP : https://pomponcakes.com/