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小商いのカタチ: タネト(長崎県雲仙市)

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article/pictures : Yuya Okuda

お店づくりは小商いの最初の一歩。 一軒のお店には、そこに携わった人の数だけ物語が秘められている。 手元のカードと思い描く理想を天秤にかけ、何を選びとっていったのか。 お店が出来上がっていくその背景をひもとくことで、小商いの理想のカタチを探る──

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日本は世界でも類を見ないほどに野菜の品種が豊富な国だということをご存知だろうか。
2019年秋に長崎県雲仙市千々石町に開店したオーガニック直売所「タネト」。在来種野菜を軸に、全国の農家、八百屋、レストラン、料理人、そしてその土地に暮らす人たちを繋ぐことで、その活動の幅は全国に及ぶ。特筆すべきは代表の奥津爾さんが手がけてきたユニークな企画の数々。「種を蒔くデザイン展」「種と旅と」「THA BLUE HARVEST」「雲仙たねの学校」など、 “種”をテーマに様々な企画を手がけてきた奥津さんに話を訊くべく、8月の終わりに雲仙で開催された「種と旅と 夏祭」の会場を訪ねた。

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なぜ在来種野菜なのか

「種と旅と」のホームページには次のような言葉が添えられている。

種は旅をして、その土地に根付きます。同じように、人間である私たちも祖先からあるいは今の世代の誰かが旅をして、その土地に出会ったのでしょう。その場所に根をはり、今へと受け繋いできました。〈土地の在来種を味わうこと〉それは私たちのルーツ、食文化、そんな「今」を超えた何かを全身で受け取ることだと思うのです。

2020年から年に一度の頻度で開催されてきた「種と旅と」は、タネトの奥津爾さんと神奈川の青果ミコト屋の鈴木鉄平さんが世話人となって、全国の料理人たちがそれぞれのホームでSNSを駆使して、地元の在来種や伝統食を発表し合うというもの。

「1カ所に集まらずにいかにローカルを繋げて同時多発的にやるか、そういう発想になれたのは新型コロナの流行という災いのおかげかな。1カ所に集まる合戦型のイベントではどうしてもイベント仕様にならざるを得ませんが、このやり方ならそれぞれのお店が在来種を使った本気の料理を発表し合えるし、飲食店同士で知の共有ができる。これってまさに民俗学だと思うんです。その土地その土地の歴史を掘り起こして共有するわけですから。自分たちの暮らしの周辺を掘っていけば強いものが出せる、そのことにいかに気づけるかが大事なんです」

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店内を忙しなく動き回りながら接客や出店者のケアなどをこなす奥津爾さんが、隙間を縫ってインタビューに応じてくれた。なぜ在来種・種なのか、まずはその思いを訊いていく。

「在来種って一度絶えてしまったら永久に元には戻らないんです。百歩譲って伝統技術なら古い文献とかを頼りに復活できるかもしれませんが、遺伝子なのでそうもいきません。僕ら親戚一同に子供ができなかったらその家の血が絶えてしまうのと同じです。日本には圧倒的に多様な野菜の種類があって、大根だけで100を超える品種がある国なんて他にありません。そういう多様な食文化も、食べる人と料理をする人が30年も途切れたら失われてしまう。失われていくのも自然の摂理なのかもしれませんが、残していきたいと願う人が一定数いる以上は、そういう人たちを繋いで、ブームを超えた食文化・カルチャーにしていかないと残っていかないんです。そのための試みがこの『種と旅と』ですし、料理人だけにとどまらずもう少しクロスオーバーさせて、養老孟司さんや中沢新一さん、大竹伸朗さん、皆川明さんといった、僕らとは違うところで活動してきた人たちを在来種というひとつのトピックで混ぜていこうという試みが、今年3月に開催した『種を蒔くデザイン展』でした」

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本質的なものを伝えるために

雲仙には在来種の深い文脈がある。そしてその元を辿れば、長年この地で在来種野菜と向き合い種を繋いできた岩﨑政利さんという農家の存在があった。かつて東京の吉祥寺で料理教室と飲食店を営んでいた奥津さんは、岩﨑さんという圧倒的なスキルと感覚を持ち合わせたカリスマと出会ったことで雲仙に移り住み、2019年秋にタネトをオープンさせた。

「種という自分の人生すべてをぶつけられるテーマを僕は見つけたので、次の行動として生産者になるだとか料理人になるだとか、いくつも選択肢は考えられましたが、自分のスキルやこれまでの経験を最も活かせるのは“場”をつくることでした」

オーガニック直売所という形態にしたのも、妻の典子さんと2003年から続けてきた料理教室・オーガニックベースのコンセプト「素材をいかし、自分もいかす台所の学校」と一貫するものだった。そして、種より先はないのだと奥津さんは言う。

「たとえば有機農業と言っても合鴨農法など様々に枝分かれしますが、最終的にはみな種に行き着く。始まりであり終わりなので。日本の催事や地域の祭りの多くは農業や種に紐付いていますよね。毎年11月23日に全国の神社で行われる新嘗祭(にいなめさい)も、その年に収穫されたお米をお供えして来年の豊穣を願う。米とはつまり種のことだし、食べるという生きるための営みと種は、本来切っても切れない接続されたものなんです。だけど現代では意識が離れてしまっている。日常生活と乖離した本質的なものをいかにブレイクダウンして、伝わりやすい状況をつくっていくか、つまり企画にしていくのが大事なんです」

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だからこそイベントも常に新鮮な気づきを与えてくれるものでなければならない。「種と旅と」も2020、2021、2022と回を重ねていくなかでどこかマンネリを感じていた奥津さんは、今回はあえてローカルの料理人たちを雲仙に集めることを決めた。

「ようやくコロナも明けたというのもありますし、これまで関わってくれたローカルの料理人たちが顔合わせする機会をつくるとともに、タネトでインターンを経験した20代の子たちの活動発表の機会、つまり文化祭をやろうと思ったんです。新時代の若者たちと第一線で活躍している全国の料理人たちとを混ぜていき、雲仙の観光地・小浜温泉と連動させることでより立体的な建て付けにしていきました」

イベントはタネトと小浜温泉の湯宿・蒸気家の二会場で二日にわたって行われた。初日は「インターン文化祭」、二日目が「種と旅と」。在来種を使った様々なフードや、夏祭らしくアイスクリームやかき氷、ナチュラルワインやコーヒーブースが並び、終了時刻を待たずして完売が続出するほどに多くのお客さんが連日訪れた。

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インターン生によるフードブース。在来種野菜のお弁当やいなり寿司などが並ぶ
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タネトの野菜とローカルのレストランによるコラボ料理も
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インターン生による対馬のジビエと在来野菜の温泉蒸し

なるべく小さくシンプルに

どれだけローカルに深くコミットして、その土地に根ざした表現をしているか。それが今回の出店者たちに共通するものだと奥津さんは言う。

「その土地土地にどうやって根付いていくかに価値を置く人たちなので、やっぱり付き合っていてラクですよね。一緒に仕事をするって、仮にその人がすごくいい人であっても、共通の“音の匂い”のようなものがしない人とはできないかもしれない。音楽でも本でもいいですが、何かに心を動かされてその感動に向かっていく、そういうものがベースに共通理解としてあるかどうか。誰々と知り合って有名になりたいとか単純にお金が欲しいとか、そんな人は絶対呼ばないし、もし僕が出店者たちの名前を利用してひと儲けしようなんて考えてたらこんなにいいイベントにはならないですよね」

おそらく奥津さんを突き動かしているものも、岩﨑さんの畑を見た時に受けた衝撃という、この先も揺らぐことのない感動だった。多くの人を巻き込んで開催された今回の「種と旅と」は、どのようにして企画されていったのだろうか。

「実は僕、打ち合わせって一切しないんです。『種を蒔くデザイン展』の時もそうですし、今回の『種と旅と』はミコト屋の鉄平くんと一緒に企画しているものの、zoomも繋いだことはありません。打ち合わせってなるとなんだか違う空気が流れてしまうと思っていて、立ち話で決めていくくらいがいい。語弊があるかもしれませんが、結局のところ僕の好き嫌いでいいんじゃないかと思っています。だって僕という人間がリスペクトしているものを集めれば整合性がとれますから。いろんな人の意見をあおぐことで、全体の調和を乱すような異分子が出店者のなかに混じってしまうくらいなら、自分一人で決断していったほうがいい。誰かからお金をもらって開催するようなイベントなら、もう少し違うやり方を選ぶと思いますが、自分でリスクを負ってやっているイベントなので、これでいいと思っています」

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青果ミコト屋の鈴木鉄平さんと奥津さん

なるべく小さくシンプルに、そのスタイルはタネトの運営にも共通していた。週に3日のランチ営業は妻の典子さんと長女の愛子さんが担当し、直売所のほうはパート二人にインターン生、そして奥津さんでまわしている。

「吉祥寺でアトリエと飲食店をやっていた頃は、家賃だけで月に50万円も払っていましたし、スタッフも20人ほどいました。毎月の支出の大半が固定費と人件費でしたから、今度はできる限りミニマムにしてどれだけ遠くに跳ばせるかをやってみたくなったんですよね。それにこのスタイルにすることで、何かあっても飲食提供をやめれば一人でも営業できるようにしているんです。最悪自分一人でなんとかできる、だから超強いんです」

奥津さんが度々発する“自分のリスク”という言葉に、20年のキャリアの中で数々の困難を乗り越えてきた矜持と覚悟が感じとれた。

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タネトを訪れたお客さん一人一人に在来種野菜の魅力を説明していく奥津さん

何のためのイベントなのか

「種を蒔くデザイン展」「種と旅と」「THA BLUE HARVEST」「雲仙たねの学校」などのユニークなイベントはいかにして企画されてきたのか。イベント運営のスキルをどのように身につけていったのかを奥津さんに訊ねてみると、日々のライフワークこそが企画なのだと持論を展開する。

「僕がこれまでやってきた料理教室も言ってしまえば企画です。提供する人と必要とする人が出会う場所、つまり接続面をつくる作業。そう捉えると僕は月に20~30回も企画をやっていたことになるんですよね。それが20年前にキャリアをスタートさせた時からのルーティンでした。日々の直売所の営業だって企画です。その日どんな野菜が来るかは朝にならないとわからない、そんななかで状況設定をして、初めて来るお客さんとコミュニケーションをとって在来種野菜の魅力を伝えていく。毎日決まった人に決まったことをやっていくわけではないので、そういう場もある意味イベントじゃないですか。だから今日のこのイベントも日々の営業の延長線上にあるものだし、大きな違いはないと思っています」

とりあえず人を集めることを目的にした雑なイベントが氾濫しているから、コンセプトを明確に打ち立てたタネトのイベントは、数々のメディアに取り上げられるほど注目を集めているのかもしれない。奥津さんは次第に語気を強めていき、「僕は発信という言葉が好きじゃないんです」と言い放つ。

「本当に伝えるべき何かがあって、それをどうやって伝えようかという苦悩の中で生まれるものが本来のイベントのあり方だと思っています。そもそも伝えたいものがなかったら発信なんてする必要ないじゃないですか。どうしてもこれを言いたい、守りたい、そういう情熱の塊みたいなものを表現するために発信という行為が接続面に生じるのであって、それがなければInstagramのフォロワー数が何万人いようが関係ないですよね。フォロワーを増やすことを目的とした半端な発信をするくらいならAIにでもやらせればいい。そんなことより、伝えたい本質的なテーマに出逢うための行動を起こすほうが大事でしょ」

奥津さんの口を衝いて出る熱のこもった言葉に耳を傾けていると、これは食に関わっていく新時代の若者たちに向けた、奥津さんなりのエールなのだと気づいた。周囲の状況を伺いながらインタビューに応じてくれた奥津さんは、そこまで話すと出店者のケアのために再びイベント会場へと戻っていった。

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二日間の夏祭が終わり、打ち上げ会場兼宿泊先の蒸気家に集まった出店者たちの顔は、疲れているはずなのにとても清々しいものだった。蒸気家の前に広がる海で沈む夕日を眺めながら、奥津さんは出店者一人一人に感謝を伝えながらこの二日間を振り返っていく。

「みんな無茶して来てくれてるんです。店の営業後に仕込みをして、ほぼ寝ずに来てる人だって何人もいる。そういう料理人たちの姿をインターンの20代の子たちに見せたかったんですよね。やる時はやるんだっていうのをさ」

満ち足りた表情でそう言って微笑む奥津さんの顔が、今回のイベントの成功を物語っていた。

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タネト
住所:〒854-0403 長崎県雲仙市千々石町(ちぢわまち)丙2138-1
電話:0957-37-2238
営業時間:10:00~16:00
定休日:水曜日
Instagram : @taneto_unzen
HP : https://www.organic-base.com/