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小商いのカタチ: 珈琲と蒸溜酒 megane coffee & spirits(福岡県天神)

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article/pictures : Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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街の見え方を変えたくて

国民的漫画の中などでよく登場することから日本人にとって馴染み深い屋台だが、実際に屋台でラーメンやおでんを食べた経験がある人はそんなに多くないかもしれない。もともと戦後の混乱期の闇市の名残として道路や公園で営業されてきた屋台は、法的に認められた存在ではなかったことから昭和40年代をピークに減少を続け、今や屋台を存続させるための条例を作った福岡市を除いて、日本で屋台を見かけることはほぼ叶わなくなった。

福岡博多を代表する食文化のひとつである屋台は、長浜・天神・中洲と大きく3つのエリアに分かれて営業され、2023年11月時点で106軒が登録されている。平日の17時過ぎ、天神の昭和通り沿いにある日銀福岡支店の前に行くと、昼間は何もなかった歩道上には数軒の屋台がどこからともなく現れて設営作業に取り掛かっていた。その中に、道路脇に停めたタウンエースからちょうど屋台を降ろそうとする「megane coffee & spirits」店主の菅原さんの姿があった。

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屋台本体から提供するドリンクまで、この日のお店の営業に必要なものすべてが1台のタウンエースに収納されていたことにまず驚かされる。すべての荷物をたった一人で降ろし、車輪のついた屋台の土台を力一杯押して所定の位置まで運んで車両を固定。続いて搬入車を近隣のパーキングまで停めに行って戻ってくると、黙々と組み立てていく。

megane coffee & spirits の屋台で特徴的なのは、床があること。地形の傾き具合やその日の気温などで微妙に変化するタイヤの硬さなども考慮しながら水平をとる。床板と天井で挟むように壁板と柱を所定の穴に差し込んでいくと、一気にお店が建ち上がる。

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megane coffee & spirits の屋台設計を手掛けたのは、福岡を拠点に活動する建築設計事務所「リズムデザイン」の井手健一郎さん。どのようなリクエストから、このような独特のデザインの屋台が生まれたのだろうか。

「無印良品が屋台を作ったらこんな感じ…というのが最初のイメージでした。なので、私が井手さんに伝えたのは、機能的でデザイン的にきれいなものを作ってほしい、でした。デザインのためのデザインではなく、ちゃんと理由があってのデザインにしてほしかったんです」

megane coffee & spirits のオープンは2019年10月。2016年から福岡市で始められた全国初の取り組み「屋台公募」で選ばれ、新たに生まれた30軒を超す公募屋台のひとつだ。公募は場所ごとに選ばれるため、この場所での開業は菅原さんの希望だった。

「ここを選んだのは道幅が広くて見通しが良く、駅前の喧騒から離れた日銀前というのが良かった。それに『えびちゃん』という40年近く営業されてる老舗の屋台バーがこのエリアにはあって、見慣れた屋台のイメージとは異なる変わった屋台が並んだら、なんとなく街の景色が変わってくるんじゃないかと思ったんです。見慣れた通りが違って見えることで、街自体をもっとおもしろがってもらえるようになったらいいなって」

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大事なのは自分が楽しむこと

設営開始からおよそ2時間、店内のディスプレイも含めてお店がようやく出来上がった。カウンターの上には珍しい蒸留酒のボトルが並び、メニューブックに目を通すとドリンクひとつひとつに丁寧に説明が記されている。ハンドドリップで淹れる定番のメガネブレンドは1杯600円。夜遅い時間に飲むことを想定した優しいブレンドで、グァテマラやブラジルなどの5つの産地の豆をオリジンごとにローストしてブレンドされている。

同じページに記されたごちそうコーヒーの説明書きには次のようにある。
「店主スガワラは、ときどきお客さまからお酒をおススメされるのですが、屋台を片付ける時にクルマを運転するためお酒は飲めないのです。そんな店主にどうしても何かをごちそうしたい!という方は、こちらをご注文ください(笑)」

どのドリンクも単なる情報ではなく、店主目線が加えられているのでメニューを眺めているだけで楽しくなる。他にも人気ナンバーワンのコーヒーハイボールはこうある。
「国産ウイスキーにメガネブレンドの豆を浸け込み、一定期間寝かせて完成した『珈琲ウイスキー』をソーダで割ってます。珈琲ウイスキーは、たまたま余ったウイスキーがあったので、珈琲焼酎みたいな感じに出来ないかな…と思って試しに造ってみたら、悪くない感じに仕上がりました。店主的には半信半疑で造ってみたのですが、思った以上に好評で店主もびっくりしています(笑)」

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8席という限られた席数でせいぜい5時間の営業時間、果たして儲かるのだろうか。単刀直入に菅原さんに訊くと、「儲からないですよ(笑)」と即答するも、「屋台自体が儲からないというわけではなく、この業態が儲からないというだけです」と付け加えた。

「コーヒーって単価を上げるのが難しいし、何杯もおかわりする人は多くない。食べ物の提供も今のところする気がないので、そうするとお客さんの滞在時間を短くして回転を上げるしかないけど、それだと本来の趣旨と変わってしまう。売上を上げることに振り切っている屋台の中には年商1億円を超えているような屋台もあると聞きます。客単価の上がる食べ物の提供をせずに自分のやれる範囲でやろうとすると、楽しく営業できるけど儲かりはしない」

菅原さんは苦笑いを浮かべながら、「それでもギリギリ暮らしていければいいかな」と言って続けた。

「僕の場合、儲けようとすると、向いていないことを無理矢理することになる。それだと自分が楽しくなくなる気がしていて、楽しくないと続かない。今のところ自分が楽しみながら売上もついてくるギリギリの線を狙っている感じです。売上のために働こうとすると早く開店しなきゃと考えるようになって、今みたいな時間のかかる設営が嫌になってくると思うんです」

それでは菅原さんにとっての楽しさとは何だろう。

「コーヒー屋台という自分の企画が当たるかどうか試しているんです。その手応えとしてお客さんに楽しんでもらうためには、やっている自分自身が楽しんでいることが絶対なんです」

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儲かることと人気が出ることの差異

菅原武春さんはこれまで大手飲料メーカーのマーケティングの仕事をはじめ、28年のサラリーマンのキャリアでは主にブランドづくりに携わってきた。そして50歳を過ぎて脱サラし、自分の生活を懸けて実験している企画が「megane coffee & spirits」というブランドづくりだった。

「ずっと飲食をやられている方からしたら何をやっているんだって思われるかもしれませんが、話題をつくって認知を上げていくことが自分が培ってきた強みなので。でも屋台の大先輩に以前たまたまお会いした時に言われたんです。屋台を褒めていただいて、『でも全然儲からないんですよ』と打ち明けたら、『そうやねー、儲かることと人気が出ることは全然別やけんね』って言われてすごく腑に落ちた。これまで自分がしてきた仕事というのは、決まった予算をいかに使って認知を上げるか、要は人気を出すことをずっと考えればいい仕事だった。どうやってマネタイズして利益を得るかまで考える癖はついてなかったんです」

Instagramのフォロワーもある程度いて、認知度も高まっているのにまわりが思う以上には儲かっていないのはそういう理由なのだと話す菅原さんの表情は、どこか清々しく見えた。

「儲からないことに悲観しなくていいんだって思ったんです。だって、人気を出すためのことしか自分は今やっていないのだから。儲けるためには今の屋台とは別の、プラスアルファのことを考えていかなければいけないことに気づかされたんです」

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コーヒーカップも名前入りのオリジナルのもの

今年菅原さんはコーヒーのカウンターのみを携えて京都で1カ月ポップアップを開催した。いつも支えてくれている奥様への感謝を込めた京都滞在でもあり、この屋台なしで「megane coffee & spirits」が成立するのかを試す新しい企画でもあった。そして企画のはじまりはいつも、自分がおもしろいと感じるかどうかだと言う。

「“これ儲かりそう”が企画のはじまりだと、どこかで挫折すると思います。うまくいかない時に、これやっていて意味があるのかなってきっと考えてしまう。でも“おもしろそう”に意味は必要ないじゃないですか。自分がおもしろいからやっている、ただそれだけでいい。それならどんなに大変でもやり切れる気がするんですよ」

20時をまわって人の往来が増えてきた頃、ハンチング帽を被った男性と着物を着た女性が来店した。菅原さんと親しげに話す二人は、普段隣で屋台バー「えびちゃん」を営むマスターと奥様だった。今日は休みだから他の馴染みの屋台に飲みに来たのだという。えびちゃんは40年近く続く老舗の屋台で、マスターは2代目としてもう30年くらいは店に立っているという。そしてえびちゃんもここと同様に凝ったつくりの屋台で、設営に2時間、片付けに3時間弱かかるという。

毎日の設営と片付けの作業は何に近いのか二人に訊いてみると、奥様のほうが即座に「山登り」と答えてくれた。山は登ったら絶対降りなければいけない、言い得て妙だった。マスターも会話に加わると、屋台を長く続けるコツは「毎日違う楽しみを考えながら店をやることだよ」と教えてくれた。なぜ毎日同じことを繰り返しているのかを考えたらダメなのだと。

菅原さんもそれを聞いて頷いている様子だった。毎日が山登り、そう捉えると今この営業時間というのは山頂で景色を眺めながら過ごす至福のコーヒータイムにあたるのだ。「毎日があっという間」だと話す菅原さんの気持ちが少しずつわかりかけてきた。

megane coffee & spirits がオープンしてから、途中コロナがあったものの4年が経った。福岡市の屋台は条例によって最大10年間という期限が設けられており、再び公募によって更新できるかどうかが決まる。10年後にまた応募するのか訊いてみると、「その頃は僕も62歳だから、続けられる体力があるかどうか……その時に考えます」と菅原さんは答える。でも、菅原さんの“おもしろそう”を具現化したコーヒー屋台が、10年後の博多の夜の食文化として定着している姿を想像してみると、博多という街はこれからもっとおもしろくなる伸び代があるように感じた。

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珈琲と蒸溜酒 megane coffee & spirits
住所:〒810-0001 福岡市中央区天神4-2-1 日本銀行福岡支店前
電話:なし
営業時間:19:00頃 - 24:00頃
定休日:不定休(雨天休業)
Instagram : @megane_fukuoka
オンラインストア : https://coffeeyatai.thebase.in/