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小商いのカタチ:豊鮨(山梨県善光寺)

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article/pictures : Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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甲府盆地の北縁、ホームから富士山を望むことができるJR身延線の善光寺駅から徒歩2分の場所に、全国の飲食関係者たちから熱い視線を浴びる寿司屋がある。昭和26年創業の豊鮨は、二代目の若月武司さんと妻の美紀さん、息子の大地さんの3人が切り盛りする街の寿司屋。他の寿司屋と一線を画すのは、どこの飲食店にも引けを取らない山梨ワインの品揃えと寿司屋らしからぬ料理の数々。寿司とワインに精通した武司さんを筆頭に、美紀さんが自慢の餃子を、大地さんが独創的なつまみやシャルキュトリを担当し、ここにしかない食体験を提供している。3人それぞれがプロフェッショナルであり、家族だからこその阿吽の呼吸で調和がとれた、この唯一無二の寿司屋はどのように形作られていったのか、大将の武司さんと大地さんに話を訊いた。

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山梨ワインの歴史とともに

暖簾をくぐって店内に入ると、まず驚かされるのがカウンターにずらりと並んだ色とりどりのワインボトルとクラフトビールの缶だった。「山梨のワイン」と書かれた黒板の文字に目をやると、BEAUPAYSAGE、98wines、ドメーヌオヤマダ、共栄堂室伏ワイナリー、丸藤葡萄酒工業、勝沼醸造……今をときめくワイナリーから老舗ワイナリーまで30社近くが名を連ねている。ワイン以外に目を引くのは、近年入手困難なほどの人気を誇るUCHU BREWINGや、Obina Brewingといった色とりどりの県産クラフトビールの缶。豊鮨の名前だけが掲げられた何の変哲もない外観からは、こんな空間が中に広がっているとは想像もつかない。どうしてこれだけのものをアピールしないんですかと素朴な疑問を投げかけると、「あんまり外がガチャガチャするの、好きじゃないんですよ」と武司さんは照れたように笑う。

ワインは先代の頃から扱っていたんですという武司さんの話に耳を傾けると、それは自然と山梨ワインが歩んできた時代背景と重なる。

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「お寿司屋さんでワインですかっていまだに言われます。特に首都圏ではまだ山梨のワインは甘いというイメージを持たれている方が多くて。それはブドウ農家さんの栽培にも関係があるんですが、かつて日本のワインには生食用のぶどうを使っていたんです。醸造用のブドウなんて本当に僅かでした。そういうぶどうだから発酵過程で人工的に補糖をしていたんですが、砂糖を加えたような甘いブドウ酒になってしまうんです」

和食(味噌・醤油・米酢・生魚)に合うワインはないという認識が持たれていた時代があった。しかし、甲州種のブドウを原料に造られるワインの登場でその定説は覆され、25年程前から徐々に食中酒として山梨ワインは周知されるようになってきたという。

「僕が東京にいた45年前は、国産ワインといえば北海道の池田町のワインのことで、山梨ワインを東京で見かけることはまずなかった。山梨ワインがこんなに身近に、いろんなお店で扱われるようになったのは本当に最近のことです。その背景には、僕の師匠でもあるんですが、県庁職員の仲田道弘さんのような伝道者の存在があったり、新世代の造り手さんに脚光が浴びるようになってきたことなどが挙げられます。有名な造り手では、うちでも扱っていますが北杜市のBEAUPAYSAGE(ボーペイサージュ)の岡本英史さん。そして既存ワイナリーも代替わりを機に変わっていきました。より品質のいいワインを造ろうとボルドーとかブルゴーニュに勉強しに行って、ぶどう農家さんもその熱意に応えるようになって……そういった様々な要因があって今の山梨ワインに至っています」

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近年はナチュラルワイン、ヴァンナチュール、ビオワインなどと呼ばれる、いわゆる自然派のワインが人気を博している。BEAUPAYSAGEなどもこれにあたり、希少なナチュラルワイン目当てで店に運ぶ人も少なくないというが、豊鮨ではナチュラルワインというカテゴリーでお客さんにワインを勧めることはないという。大地さんがその理由を教えてくれた。

「父はナチュラルワインという言葉のない時代からワインと向き合っているから、その線引きはなかったと思います。とにかくワインが好きで、ご縁のある造り手さんのワインを扱うというポリシーでやっているので、今でこそ自然派のワインがいいと言われていますが、父からしたら“誰々さんのワイン”、“誰々さんが扱っているワイン”っていう感じでしょうね。実際に造り手さんに会いに行って、自分の目で見て聞いて体験したことをお客さんに提供することが付加価値になっているんです」

大地さんはこれこそがリアルな接客だと言う。そのことに対して武司さんは、「誰が造っているかくらいはわかっていないと、おもしろくないじゃないですか」と得意げに笑った。

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ワインが繋いだ親子の絆

「ここにはまったく示し合わせたものがないんです」と大地さんは言う。ギャップを狙ってみたり、こういうお店にしようという意図がまったくないのだと。

「考えてみたら3人とも飲むのが好きなんですよね、特にワインが。自分が飲むからこのくらいの塩加減がワインに合うだとか、こういうメニューがあったらいいみたいなのが自然と滲み出ているんだと思います。3人がそれぞれできることをただ持ち寄っているだけなんですが、ワインに合うものを提供したいという共通の思いがあるから、それがお寿司と餃子とソーセージであっても調和が取れているのかもしれません」

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豊鮨が今のスタイルになったのは7年前、大地さんが東京から山梨に戻ってきてからだった。親子でお店に立つようになったのもたまたまだったんですと武司さんは述懐する。息子に豊鮨を継がせるのではなく、自分のやりたい仕事に出会う息子の幸せを武司さんは願った。そして、好きなものをとことん突き詰める父親譲りの性格の持ち主だった大地さんは、プロダクトデザインの道を志すようになる。尊敬するデザイナーの深澤直人さんのゼミで学びたいという思いから武蔵野美術大学に進学し、見事ゼミへの入室を果たした。そこで大地さんにとって、料理の道に目覚める転機が訪れる。

「深澤直人さんのゼミで、美味しいとはどういうことかを掘り下げるという授業があったんです。味だけでなく視覚的なものも美味しさの一因ですよね。それまであまり意識してこなかったけど、外食好きの両親のおかげで飲食店という空間から影響を受けていたんだということに気づいたんです」

しかし料理の道に進むことは、美大に通った4年間を無駄にすることにならないかと、大地さんは葛藤を抱えるようになる。そんな時に自分の進むべき道を示してくれたのが、美大の先輩で料理とデザインを手掛けるユニット「オカズデザイン」に当時所属していた森影里美さんと、デザイナーの菅渉宇さんだった。

「今は二人とも函館に移住されて、『もりかげ商店』という菓子工房と『スガデザイン』というデザイン事務所をされているんですけど、東京での食体験として一番心に刺さっているのが、二人に連れていってもらったビストロやワインバーでした。具体的には祐天寺にあるMargoさんや三軒茶屋のtroisさん。どちらもインポートのナチュラルワインがメインのお店でしたが、山梨ワインも何本か置かれてて、それもBEAUPAYSAGE、金井醸造、四恩醸造といった父が豊鮨で扱っているワインでした。山梨のワインが東京にあるという誇らしさと、そのワインを扱っている人たちに対する憧れに近い気持ちが、背中を押してくれたんです」

美大を卒業した大地さんはD&DEPARTMENTに就職後、都内の飲食店で料理の経験を積み、西小山のフードアトリエ「S/S/A/W」を営む料理家のたかはしよしこさんの下で4年間料理を学んでから山梨に戻ってきた。帰郷の理由はいくつかあると言う大地さんだが、中でも大きかったのは、たかはしよしこさんらと豊鮨を貸し切って開催したライブイベントだった。

「今でこそ豊鮨のお客さんは若い人たちが多く、両親も受け入れ体制があるけれど、それまでは無尽のような宴会需要で成り立っている街のお寿司屋さんだったんです。だからフェスのような賑やかなイベントは両親も苦手だろうと勝手に思い込んでいたのですが、思いのほか両親が楽しそうにしていたんです。二人の姿を見て、お寿司は握れなくても自分がこの場にいることでいい空気が生まれるなら、帰ってこようかなって思ったんです」

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2階には広々とした宴会部屋が3部屋ある

豊鮨は両親のお店だと今も思っていますと話す大地さんだったが、武司さんは大地さんが帰ってきてくれたことに喜びを覗かせた。

「大地がワインに興味を持ってくれたのはよかった。大地に会いに東京に行く時には毎回山梨ワインを手土産に持って行ってたんです。地元の味を忘れないように。もともとそんなにお酒を飲む子じゃなかったんだけど、そうすることで何か繋がりができると思って。でもほんとよかったですよ、おかげで大地からワインの情報を貰えてますから(笑)」

少し照れたように武司さんは笑う。まるで見えない糸のように、山梨ワインが親と子の絆を繋ぎとめていた。

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壁には豊鮨を訪れた全国の飲食関係者らのメッセージが書かれている。大地さんの繋がりで県外から訪れる料理人と、ワインの造り手といった地元で活躍する人たちがここで交わる

美味しい以上に楽しいお店に

美味しいとは何かを考えてきた大地さんにとって、自分なりの美味しい景色をつくれているのだろうか。日々仕事で喜びを感じる瞬間について訊ねてみると、完成した料理をお皿に綺麗に持った時ではなく、意外にも料理が完成するちょっと手前だと言う。

「たとえばシャルキュトリを例にすると、自分の思い描いた設計図通りに、ただのブロック肉がソーセージへと形を変えていくのを見るのが嬉しいんですよね。そのワクワクが日々のモチベーションになっています。それがお客さんの美味しいに繋がっていたらなおさら。そして僕の手を離れた料理がどんなふうにお客さんの食卓を設計していくのだろうって考えるのが好きです。この料理には白ワインが合いそうだなとか、ちょっとこってりしてるからオレンジワインを合わせてみようかなって、料理をきっかけにお客さんに自由にマリアージュを考えていってほしい」

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大地さんの作るソーセージとワインの相性は抜群。フレッシュマスタードも自家製のもの

大地さん自身、食卓を囲むことと外食が日々の何よりの楽しみだという。それも人と会うというエッセンスが含まれていることが重要なのだと。

「僕の休日の過ごし方といえば、道の駅に野菜を買いに行ったりパン屋さんでパンを買って、酒屋さんで自宅用のワインを買い、魚屋さんでお刺身を買って……そんな平凡な感じです。でもそれって、私生活を豊かにしてくれますよね。この前あそこで買ったパンを食べようかな、今日はこのワインを開けようかな、誰々が遊びに来るからこんな料理を作ろうかなとか、いつもそんなことばかり考えてます。そしてそれができているのも地域の魚屋さんや肉屋さん、酒屋さんといった様々なお店が頑張ってくれているおかげであって、そういうお店から仕入れられなければうちも営業できません。すべて連動しているんだなって日々感じています。地域のお店からバトンを受け取ってここに集結させているというイメージですかね。誰一人として欠けることができないんです」

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お店の入り口には豊鮨が提供する品物を著したポスターが。

武司さんも大地さんと考えていることは同じのようだ。

「商売でもなんでも、根底にあるのは人間同士の繋がりですからね。一杯のワインの先にはやっぱり人間がいて、その周りにはさらにその家族や関わっている多くの人がいます。その点山梨はやっぱりおもしろいですよ、コンパクトで距離感も近いから。ご縁ってどこにあるかわからないものだなって思います。親しくなって話をしてみると誰々の友達だったりすることも多いし、気になるワイナリーがあっても知り合いをたどればすぐ源流にまでたどり着けちゃう。それもおもしろい」

まるで口癖のように武司さんの口から“おもしろい”という言葉が飛び出してくる。どんなこともおもしろがる才能の持ち主なのだと思えた。大地さんと同様に武司さんにも仕事で喜びを感じる瞬間について訊いてみると、お客さんの満足そうな顔が見れた時だと言う。

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取材の日、カウンターには昔から常連として豊鮨に通う五味醤油の五味仁さんや、紫藝醸造のワインの造り手さんが座っていた

「満足してくれているかどうかは表情を見ればわかるじゃないですか。誰だって感想を聞いちゃえば美味しいですって言うんです。だからカウンターの中からそっと表情を見ています。やっぱり喜んでもらいたいですからね。だって若い人たちがわざわざ東京から来てくれたりするんですよ、身銭を切って。少しでも付加価値をつけてあげたいし、今の方ってみんないいカメラを持ってて写真を撮りたがるから、できるだけ綺麗にお寿司やワインを提供できるように気を遣っています。でもね、苦手だったことでも反復しているとだんだん常態化してくるんですよ」

「僕、バスケットをやってたので反復は得意なんです(笑)」と滑稽洒脱な武司さんの話に耳を傾けながらワインを飲み、寿司やつまみに箸を伸ばせば、きっとここでしか味わえない特別な時間を過ごせることだろう。豊鮨はどんなお店でありたいですかと武司さんに訊ねるとこう答えてくれた。

「最近ね、お客さんが帰り際に『楽しかった』って言って帰っていくんですよ。これが一番ですね。美味しかったって言われるよりも、こっちのほうがよっぽど僕は嬉しいです」

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豊鮨
住所:山梨県甲府市善光寺1-12-7
電話:055-233-1216
営業時間:11:30-13:45、17:30-21:30
定休日:水曜日、第3木曜
Instagram : @toyosushi_zenkoji