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小商いのカタチ:パタゴニアの南(福岡市南区長丘)

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article & pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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「二足の草鞋を履く」とは、両立しえないような二つの職業を同一人が兼ねることを指す言葉。まさにその表現がぴったりのお店が福岡県長丘にある。「パタゴニアの南」はシンガーソングライターの齋藤キャメルさんが営む小さな喫茶店だ。かつては山梨県甲府市で「パタゴニアの南喫茶店」として8年ほど営業していたが、いつか海の近くに暮らしたいという夫婦の夢のために、2016年にゆかりのなかった福岡県へと移住、そして2021年にお店を再開した。

福岡でももっと海の近くの場所はあっただろうし、集客を考えるともっと他の選択肢もあったかもしれない。思わず「なんでこの場所だったんですか?」と尋ねると、「地形的に良かったんですよね」と、どこか飄々とした口調でキャメルさんは言う。この長丘という土地は、Googleアースを駆使して移住先を探していたら、街のシンボルの鴻巣山からの眺望が良さそうだったということで実際に見に来て、ここに決めたのだと。インタビューはまず、このユニークな店名の由来から訊いていくことにした。

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二羽の兎を追い求めて

「南米の最南端にあるパタゴニアは地の果て。旅が終わる場所という意味で僕にとっては象徴的な場所でした。パタゴニアの南とはつまり心の安らぎを意味しています」

店内は入り口から一段下がった半地下状になっており、席数はわずか8席。どの席もカウンターを見上げるくらい低くしているため、小さな空間なのに席につくと不思議と広く感じられる。椅子やテーブルなどはアフリカやフランス製のものらしく、旅を感じられるようなお店にしたかったというキャメルさんのこだわりが随所に散りばめられているように感じた。

注文カウンターのショーケースにはスコーンやチーズケーキといったお菓子が並び、コーヒーはモカコーヒーのみを扱う。焙煎もお菓子作りもすべて自分たちで行っており、ランチタイムのみ提供の山梨時代からの人気メニューのパスタは一本一本を手でちねっているという。それも一人分のスペースしかない小さなキッチンでやっているというから驚きだ。

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この日は平日にもかかわらず若い女性を中心に客足は途切れず、午前中から夕方まで店内は常に満席の状態だった。この人気の秘訣はどこにあるのかキャメルさんに尋ねると、「人間も動物も風が抜けて陽の当たるような場所に集まるもので……」と言った後で、「そういう気持ちいいと感じてもらえる小さな要素をこれまで丁寧に、幾重にも積み上げていった結果かもしれないですね」と、さらっと核心をついてくる。

人がつい来たくなるお店というのは、こういうニーズに応えてくれるだとか、この店のコレがおいしいからとか、そんな単純なものではなく、その空間に人間性そのものが表れているかどうかなのかもしれない。しかし、人気が出ることでお客さんの満足感に支障をきたすこともあるのではないだろうか。

「手仕事が中心の小さな商い最大の弱点が供給の弱さでしょうか。オペレーションとお客さんの流れがなるべくスタックしないようメニューや仕組みを工夫し続けなくてはいけません。需要が大きければ供給量を上げることも必要でしょう。ここで大事なのは、安易な生産性の拡大は危険だということです。お客さんが来てくれるだろうからあらかじめいっぱいお菓子を作っておこう、席数を増やそう、スタッフを増やそう。でも当然と思われるような合理的な判断もヴィジョンがなければいつの間にか資本主義の罠にハマってしまいかねません。私たちが仕事をするのは幸せになるためであって、強大になるためではないのです。パタゴニアの南は小規模ゆえに、スタッフは互いに仲も良く、尊敬し信頼し合っています。またビジネス構造がシンプルゆえに、問題の解決もシンプルです。安易に拡大し、複雑化すれば、愛しいそれらは失われてしまうかもしれません」

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予約を促したり、席を時間制にすることもできなくはないだろうが、お客さんをコントロールするようなことはあえてしない。「あれこれ決まりごとを設定しなくても常識と思いやりでなんとか秩序が保てるというのが小商いじゃないでしょうか。小商いじゃなくなれば、僕は幸せになれないでしょう」と、キャメルさんは念を押すように言う。なぜそう思うのだろうか、その真意を訊いた。

「そもそも静かに暮らすのが僕の夢だったので、大きくしようなんて考えられないんです。音楽を始めた時も、やるからには売れないとね、だからもっと営業を頑張ろうよって周囲からは言われてきたし、その気持ちもわかるけれど、そうすると静かに暮らせなくなってしまうという懸念もありました」

キャメルさんは、1995年に学校のクラスメイトと3人でバンド「WATER WATER CAMEL」を結成し、山梨を拠点にしながら各地で音楽活動をしてきた。現在はソロ活動のほうが多いが、バンドとしての活動も継続している。表現活動として音楽を続けることと、土地に根ざした飲食店を営むことは、気持ちの部分で矛盾はないのだろうか。

「バンド活動が本格化する頃にはいずれ自分のお店をやることも決めていました。2008年にパタゴニアの南喫茶店を始めた時は、思ったよりも早かったと他のメンバーにはびっくりされましたが(笑)。僕は人間が本能的に求めているものって、生きる喜びと心の安らぎだと思っていて。二兎を追うもの一兎をもえずという言葉がありますが、喜びと安らぎは二羽の兎で、どっちも深追いするとどちらとも得ることができないような気がしています。僕にとって、店や家は心の安らぎ、音楽や旅が生きる喜びです。生きる喜びはパワーを得られるけど不安定。時に疲れてしまう。だから心の安らぎが必要。音楽とお店は僕にとってどちらもかけがえのない、でも深追いはできない仕事なんです」

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午前中のみ提供する揚げたてのアーミッシュドーナツ。このドーナツを買い求めにわざわざやってくるお客さんも多いのだとか

求められる第三の場所

キャメルさんは、計画した通りに人生の駒を進めたいと思っているという。お店を始めることも、移住もその計画に沿って実現してきたこと。他にはどんなことを計画しているのだろうか。今後やりたいと思っていることを尋ねると、三つあるという。

「一番大切な計画は海辺の家で、小屋かもしれませんが、そこで妻と静かに暮らすことです。二つ目はがん患者のケア施設ができないか模索しています。がん患者だけでなくその家族や友人などのがんに影響を受けるすべての人に寄り添い、彼らの話を聞いてあげる場所。『マギーズセンター』ってご存知ですか? イギリス発の施設で、がん患者と関わるすべての人に向けた、家でも病院でもない第三の場所です。マギーズみたいなことをいつかできたらいいなと思っています」

意外な答えに面食らっていると、「なぜって思われているかもしれませんが、僕の中では音楽もお店もマギーズも同じなんです」と、さらに話を続けた。

「音楽は矛盾を一つにするための戦争でもない言論でもない第三の手段。カフェは職場でもない家でもない第三の場所。マギーズは命の瀬戸際に立つ者にとっての家でもない病院でもない第三の居場所です。複雑なことを僕たちは合理性から二言論で考えがちですが、これが矛盾に苦悩する大きな理由の一つです。社会は第三の選択肢を用意し、成熟させる必要があると僕は感じています」

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幸せであり続けるために

「矛盾を一つに繋げていく作業が僕の使命だと思っているんです。どっちかではなく、どっちもいけないかなって。小さな世界での話ですけれど、仮に奥さんが不満を抱えていたら、それをどうにかして解決したい。それは彼女のためであると同時に、僕自身の幸せのためでもあります」

小商いは、幸せでいるための形。そして、未来に幸せを求めている人はずっと幸せにたどり着けないんじゃないかとキャメルさんは言う。少なからず誰もがみな幸せになりたいと考えているものだが、ここまで正面から幸せについて考えている人も珍しく思えた。

「自分と向き合うことがある意味、曲を書くミュージシャンの仕事なんです。その過程でこういうことを深く考えるようになったと思う。愛って何なんだろうとか、幸せになるってどういうことだろうって。昔は自分自身の魂の苦悩を救うために曲を書いていたのですが、やがてささやかな幸せな暮らしを手にして、今はある種の使命感を消化するためによく曲を書くようになりました。たとえば、小さな子供がネグレクトで餓死したというようなニュースがあっても、それはあっという間に忘れ去られてしまう。なぜなら世の中には戦争や大災害のような一人の子供の命では天秤にかけることさえできない桁外れの不幸が並行して存在しており、当然社会はそのようなより大きな問題に注意しなければならないから。だから僕のような社会的に重要ではない無力な個人こそが、その生みの親にさえ愛されずに餓死して、社会から忘れ去られる運命のあまりにも可哀想な子供のために、曲を書き歌ってやらなければいけないと強く感じるんです」

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人は使命感に燃えている時にパワーが湧いてくるもの。だから基本的に駆り立てられることしかしないのだとキャメルさん。まだ答えてもらっていなかった三つ目のやりたいことについて、インタビューの最後に尋ねると、それもまた使命感につながるものだった。

「パタゴニアの南を今後どうしていきたいかということにもつながるのですが、スタッフの給料を倍にすることです。うちで働いてくれている一番若いスタッフの時給が現在1100円ですが、福岡市で暮らすなら、時給にすると2000円くらいじゃないと、十分と言える選択肢を用意してあげられないように感じています。僕はその子の今現在の仕事に時給2000円出してあげたい。でもまだ900円も開きがある。それをどう埋めるかがもう一つのやりたいことですね。そのためには生産性を大きく上げる必要があるけど、そうすると今のきれいな形が成立しなくなって、しまいには本末転倒なんてこともありえる。難しい矛盾です」

規模が力を持つ資本主義の土俵で戦うのではなく、職人らしいやり方を模索しながらいかに売上を伸ばして給料も倍にするか。他の多くの飲食店もこの答えのない難題と向き合い、それぞれの最適な形を模索している。その一方で職人の世界においては、「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という考え方だってある。それについてキャメルさんに話を振ってみると、「苦労か…」と一瞬考える素振りをした後、ゆっくりと口を開いた。

「僕も散々苦労して、それが与えてくれた学びや喜びは人生に大きな影響を与えていると断言できます。でも……周りに苦労している人がいると、僕が幸せになれないんです。だからとっとと幸せになってほしい」

キャメルさんは少し照れたように「勝手でダメなやつなんですよ、僕は」といたずらっぽく笑ってみせる。周りの幸せと自分の幸せ、どこまでも二兎を追い求めようとする小商いのカタチがここにはあった。

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パタゴニアの南
住所:福岡市南区長丘3丁目2-30
営業時間:10:00 - 18:00
定休日:不定休
Instagram : @patagonianominami
HP : https://patagonianominami.com/