小商いのカタチ:珈琲花坂(福岡市)
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article & pictures: Yuya Okuda
スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。
福岡市の中心部、大名エリアの雑居ビルの5階に、昼間のみ営業する珈琲屋がある。店内の壁には映画のポスターなどが貼られ、奥にはローテーブルのソファー席、L字カウンターの中にはターンテーブルが置かれている。珈琲花坂は、もともとここにあった「bar petrol blue」を間借りする形で2015年6月にオープンし、10年目に突入した。趣の異なる別々のお店で一つの箱を使い分けるという少し変わった営業形態の珈琲屋は日々どんなことを心掛けているのだろうか。うまく調和させていくための秘訣を、店主の花坂和英さんに訊いた。
一杯の珈琲を飲む時間の価値
珈琲花坂を初めて一人で訪ねた時のこと。奥のソファ席ではアジア系外国人のグループが談笑し、カウンターは常連客が多いのだろうか、珈琲を飲みながら本を読んだりパソコンを広げて静かに過ごす人たちが座る。中には店主の花坂和英さんと話すのを楽しみに来ている人もいるようだ。それぞれが思い思いの時間を過ごし、そのひとときに優しく添えるようなボリュームでレコードが流れていた。この日流れていたのはチェット・ベイカーのジャズ・トランペット。裏路地のビルの5階だからか、通気用の窓を開けていても不思議と外の雑音は聞こえてこなくて心地いい。
カウンターから定期的にミルで豆を挽く音が聞こえ、ネルドリップで淹れる珈琲の香ばしい香りが店内を満たしていく。その日はカウンターに座って珈琲をおかわりしながら1時間半程の時間を過ごしたが、そっとしておいてくれる、そんな花坂さんの接客に居心地の良さを感じたのを覚えている。そのことを伝えると、「そういう距離感を僕はすごく大事にしている」と花坂さん。カウンターの中からお客さん一人ひとりに気を配り、皆がそれぞれ心地よく過ごしてもらえるにはどうしたらいいかを常に探っている。
「人によっては店員と話すのが嫌な人だっている。それに一度喋ってしまえばそこに関係性が生まれてしまうので、この店に行ったら店員と話さなきゃいけないって思われてしまうのは、僕はあまり好きじゃない。せっかくお金を払って珈琲を飲むというプライベートな時間を確保しているんだから」
珈琲花坂では、手廻し焙煎したこだわりの珈琲と、花坂さんの奥さんが作ったスイーツが楽しめる。しかし花坂さんは珈琲を楽しんでほしいとは言わず、その“時間”を楽しんでほしいと話す。その真意を尋ねてみた。
「珈琲って嗜好品なので、日常の中で必ずしも必要なものではない。でも珈琲を飲む“時間”は誰にも必要だと思うんです。その時間を求める人が、わざわざここを目指して来てくれると思っているので、ここでの過ごし方を強要することは、僕はしたくない。お客さん同士がおしゃべりを楽しんだり、自分と向き合うための時間を過ごしてほしい」
花坂さんが作りたかったのは、かしこまって珈琲と向き合うような空間ではなく、足を運んでくれた人たちの“日常の一部”であれるようなお店。だから珈琲屋として独立する際も自分の箱を持つということは二の次だった。
「ペトロールブルーの箱を間借りして営業していても、ここには僕の時間が流れていますから」
間借りにおいてシェアしないもの
宮崎で生まれ育ち、上京してからいつしか珈琲の世界に魅了されていった花坂さんは、2年半都内の珈琲屋で働いたのち、開業するために2014年に福岡に移住した。そして客として「bar petrol blue」を訪れた時、直感的にここで珈琲屋をやりたいと感じたのだという。
「内装やターンテーブルのような設備があるからよかったというわけではありません。肌感が合う気がしたと言いますか。そしてまだ3回しか来店したことがなかったのに、間借り営業の話を切り出しました。最初はもちろん断られることを覚悟していました。だってどこの誰かもわからない奴が急に来て、いきなり自分のお店のカウンターに入れてほしいって言うんですから。お店のカウンターってとても大事な場所ですから。もし逆の立場だったら首を縦に振っただろうかって時々考えますね」
間借りにおけるルールについて尋ねると、家賃の折半以外には特に厳密な決まり事はなく、お互いが気持ちよく過ごせるように最低限の配慮があるのみだと話す。店に置きたいものがあれば相談なく置けばいいし、お店で触るものは基本的には自分のもの。だからレコードの貸し借りもしない。同じ箱だけど、別々といえば別々なのだと。
花坂さんは定例会のように月に一度ペトロールブルーのマスターと食事に行く時間を作っているという。そこではお互いが興味あることや最近聴いている音楽についてはシェアするが、お店のことは一切シェアしない。そしてお互いのお店に顔を出すこともない。
「もう長い付き合いになりますが、正直お互いのことはあまりよく知らない。でもそのくらいの距離感がちょうどいいと思っています。最初のうちはお店であったことはなんでもシェアしたほうがいいと思ってたんですが、『そういう話は結構なんで』と言われて。それからというもの、どんなお客さんが来てるかだとか、そういう話は一切しないようになりました。でもそれは大事なのかな。もしお互い知っているお客さんがいたとして、その人が昼間には来てるけど夜は来ないなんてことがわかってしまったら、そういうところから嫉妬のような感情が生まれてしまうかもしれない。やっぱり人と人なので、そういうところは気をつけています」
接客にしても間借りという営業形態にしても、人と人の距離感が大事だと花坂さんは言う。
「ここはお互いにとって大切な場所なのだから、ちゃんと大切に使っていればぶつかり合うこともないと思うんです。人が作った場所なのに、自分の城のように好きなようにしようとすれば続かない。至ってシンプルなことです。譲り合うことや相手を思いやるという当たり前のことができていなければ、ここに立つ資格はないと思います。仕事にしてもまずは掃除が大事だし、そういった基本的なことができていて初めていい仕事ができるし、その上に仕事において欠かせない人との関係性が生まれていくと僕は思う」
日常に寄り添う珈琲屋であるために
「2015年の6月にオープンしてから、気がつけばもう10年目。オープン当初はお客さんにどう知ってもらおう、足を運んでもらおうかとやってきました。ここは福岡でも人通りのあるエリアですが、通りが1本変わるだけで人通りは減るし、時間帯でも人の流れは大きく異なるので。今ではお店に来てくれる人たちのために、もっといいお店にしたいという気持ちが強い。それは間借りだからとかは関係ない」
花坂さんは、人から間借りと言われることに対して正直コンプレックスを抱いていた時期もあったと話す。
「言った本人はきっとそんなつもりで言ったんじゃないと思うんですが、間借りっていつでも辞められるし、気楽でいいよねって思われている部分もあると思うんです。そう思った時、僕は珈琲屋として信頼してもらいたいという気持ちが強いのかもしれない。この人はいつまでも変わらず珈琲屋だよねって」
珈琲花坂で焙煎する珈琲は、しなやかなコクと苦味のアクセントの「ワルツ」、すっきりと優しい口当たりの「No.2ソナタ」の2種類のみだが、珈琲には飽きることない魅力があるのだと花坂さんは説明してくれた。
「同じ生産者から豆を買っても、自然の作物だから年によって味は変わってくるし、焙煎の具合によっても味は変わる。常々違うものを扱っている面白さがあるんです。それは常連のお客さんにも伝わると思う。ですが、珈琲を突き詰めるストイックさは僕には必要ないとも思っています。焙煎士やバリスタとして超一流の人はたくさんいるし、そういう人たちの背中を追えばきりがない。それよりは、自分に何ができるかを知っていることが大事。この空間には僕なりに様々なものを散りばめているつもりです。それは文化的教養だったり芸術音楽といった、僕と言う人間の背景からにじみ出る素養だったりもする。そういった部分に触れて面白がって来てくれている人もいると思うんですよね」
自分は今どんなことや人に興味を持っていて、大切にしたいものは何なのか。いつだってそんなシンプルな答えが信頼を得るには大事であり、自分の生活の延長にこそ商いというものは広がっていく。もし半端な感覚でやっていたら9年も続かなかっただろうし、珈琲屋をやる意味をきっと見出せなかっただろうと花坂さんは言い、来年迎える10周年を見据えてこう締め括った。
「自分のスタンスは変えずに、珈琲へのこだわりもサービスもちょうどいいバランスを探りながら、僕にできることに日々真摯に向き合っていきたいですね。その積み重ねで今がありますから。それを楽しみながらやっていけたら一番いいですよね」
珈琲花坂
住所:福岡県福岡市中央区大名1-10-21 大名エイトビルⅡ 5階
営業時間:10:00-17:30. (l.o.16:30頃/土日祝16:00頃)
定休日:水・木曜日
Instagram : @coffeehanasaka
HP : https://coffeehanasaka.wixsite.com/coffeehanasaka