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小商いのカタチ:寧暮(和歌山市和歌浦)

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article & pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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今年6月、和歌山市の海に程近い地に一軒の小さなパン屋がオープンした。その名も、丁寧に暮らすと書いて「寧暮」。和歌山市塩屋にあった「BAKING GARAGE HARiMAYA」が移転オープンしたもので、全国区の人気を誇るパン屋だったが、屋号を変えて再出発した。店主の旅田勇人さんと祥子さん夫婦が心がけるのは温故知新のパン作り。自家製粉の国産小麦やライ麦を中心に天然酵母で醸し、ほとんどの生地を手で捏ね、さらに寧暮では地域の間伐材を薪にして自作の薪窯でパンを焼いている。しかしもともとは地域で人気の菓子パン・惣菜パン屋さんだったという。100歳まで家族でパン屋を続けられるように、そう願って自分たちのパン作りを模索してきた旅田さん夫婦が見いだしたひとつの答えとは。

垣根を取っ払い、パンで人を繋ぐ

旅田夫婦のもとを訪ねたのは、寧暮のオープンを目前に控えた5月上旬のこと。完成させたばかりの自作の薪窯で、試行錯誤しながら楽しそうにパンを焼く様子を日々SNSに投稿されていた。まだ外が暗いうちから活動し始め、夜明け前からパンを焼く日々のルーティンであったり、仕事だけではない家族との日々の暮らしを情感豊かにシェアしてくれる二人のSNSはファンも多い。それを裏付けるように、開店までの準備期間に始めたパン教室は、関東などの遠方から足を運ぶフォロワーの方が多いのだという。

チャイムを押して店内に招き入れてもらうと、新築特有の微かな木の香りがした。ここはお店でもあり、旅田さんたちの住居でもあるのだ。店舗スペースは広い土間になっており、6人掛けのテーブルが置かれ、木製の食器棚がカウンターとして機能していた。この時はまだ空っぽだった棚にずらっとパンが並ぶ姿と焼きたてのパンの香りを想像すると、思わず笑みがこぼれてくる。

コーヒーを淹れてもらって席につくと、最近始められたというパン教室の話題に。お店のオープンが遅れてしまったことから苦肉の策として始めたレッスンでしたが、自分たちのほうがむしろ学ばせてもらっているんですと、謙遜するわけでもなく二人はそう話す。

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「みなさん、大切な人に食べてもらうためにパンを学ぼうとされているので、商売で作っている私たちよりも本当に真剣。それに家庭用のオーブンレンジでパンを焼くのは本当に難しいんですよ。私たちも試しに使ってみたんですが、今まで窯やホイロといった機械にいかに助けられていたのかを思い知らされました」

そう話す祥子さんに付け加えるように、「プロであるはずの僕らのほうが経験値の低いことってたくさんあるんです」と勇人さん。

「それに僕らのパンを食べながらどんなことを考えているのか、日々どんなことに喜びや悩みを感じているのか、そういったことを聞かせてもらえる貴重な時間でもありました」

そんな具合にどこまでも穏やかで優しい人柄から、勇人さんと一緒にパンを焼きたいと願う同業者も多い。驚くことに取材当日も、松本市でバゲット専門店「kopin」を営む木下輝さんが長野からサプライズで訪ねてきた。両者の関係を聞くと、2年程前に木下さんがこの日と同じように突然勇人さんのもとへ押しかけ、一緒にバゲットを焼かせてほしいと懇願したのだという。親子ほど年も離れている二人だが、木下さんは勇人さんのことを親しみを込めて「たびちゃん」と呼び、勇人さんもまた木下さんのことをバゲット職人として最大限の敬意を持って接し、お互いを称え合う姿が微笑ましかった。

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「kopin」の木下輝さんとハイタッチを交わす娘のいとちゃん

自分たちならプロアマ問わず一緒にパン作りができる土俵を用意できるのではないか、そんな確信があったと勇人さんは言う。勇人さんは神戸発の老舗パン屋「ドンク」に勤めていた頃から系列店舗の立ち上げのサポートとして多くの同業者たちと一緒にパン作りをしてきたり、専門学校での指導などレッスン経験は豊富ではあったが、自信が確信に変わったのは新たに導入した「薪窯」の存在だった。レッスンとは言っても、自分たちが上から指導をすることが正解ではない。むしろ自分たち含め、多くのプロにとっても未経験の領域である薪窯だからこそ、みんなとのパン作りがより楽しめるはず。勇人さんは自分の役割をこう話す。

「パン業界の第一線を走っている方たちには、彼らにしかできない役割や責任があると思うのですが、僕のような二流のパン屋だからこそできることもあると思っていて。パンを焼く以外にパン屋にできることって何だろうと考えてきましたが、最近ちょっとずつですが掴みかけているところです」

勇人さんも祥子さんもドンク出身。働いていた時期は被ってはいないが、二人は先輩後輩のような間柄だった。勇人さんは2011年に独立して、和歌山で「BAKING GARAGE HARiMAYA」を開業。祥子さんはドンクを経て神奈川県湯河原にある「ブレッド&サーカス」で天然酵母によるパン作りを学び、地元和歌山に戻ってきた。そして菓子パン作りを勇人さんから習うようになったことで縁が深まったのだという。

「二人にとって、パンは人を繋ぐものなんですね」と問いかけると、「ぼんやりとですが、ずっとそういう思いはありました」と祥子さん。実際に二人の思いは、娘につけた「いと」という名前にしっかり刻まれていた。

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パン屋としての自分、家族の一員としての自分

12年もの歴史があったHARiMAYAの看板をおろし、寧暮として再出発に至るまでの経緯を尋ねると、勇人さんは開口一番「僕はどちらかというとパンが嫌いだったんです」と言う。

「働き口としてたまたま選んだのがパン屋さんだっただけで、私生活ではパン自体あまり食べてこなかったんです。独立してからは、愛情がないものに生活がどんどん圧迫されていく苦しさもあって、ある時パン屋として生きていくことの限界を迎えました。でもパン屋しか知らない僕には他の仕事を始める勇気もなければ、パン以外で生計を立てていく自信もなかったので、改めてパン屋としての生き方を見直していきました」

勇人さんがパン業界に入ったのは30年前の22歳の頃。周囲の人に恵まれてパンを作る技術はみるみる上達し、ドンク時代にはパン職人の世界一を競う国際コンテストの代表入りを目指すほどパン作りに励んだ。しかし勇人さんにとってパンは、愛情を注ぐ対象というよりも承認欲求を満たしてくれる存在でしかなく、結局代表に選ばれることはなかった。

「本当にパンが好きで極めようとしている人たちには敵いませんよね。そう思えるようになったのも、自分でお店を始めて、パン屋としての限界を感じてからようやく腑に落ちたと言いますか、そういう自分を受け入れられるようになったんです。パンに対する愛情も人それぞれです。今の自分がパンに感じている愛情というのは、世界選手権で優勝するような方のパンへの愛情とは違うはず。パンの技術に関して言えば、今の僕は80点くらいの及第点が取れればいいと思っています。技術を高める以上に、家族への思いやりと日々の暮らしを大切にできる、そんなパン屋としての生き方を模索するほうが楽しい」

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今では自分のパン屋としてのスタンスを確立しつつ、そこに熟達した技術が伴うことで、車の両輪のように前へ進み始めているのだという。それも嫌いだったパンによって、すべてを良い関係にひっくり返していったというのだから、お見事としか言いようがない。

「どんなに嫌いであっても、持っている手札でやりくりしていくしかないじゃないですか。でも、我慢はしたくない。仕事のために暮らしを我慢するのも、暮らしのために仕事を我慢するのも僕は嫌だったので、お互いが循環する仕組みを考えることにしたんです。その循環がうまく回り始めてようやく、自分の中の理想のパン屋のあり方が見えてきました」

パン屋である自分と家族の一員である自分、どちらも今は胸を張って好きだと言えると勇人さん。ただ、パン屋のあり方を模索して試行錯誤を繰り返す過程で、HARiMAYAが失ってしまったものもある。それを補うためにも、新たな屋号で再出発する必要があった。

「HARiMAYAも初期の頃と後半ではまったく違う形態だったので、昔来てくださったお客さんにとってはメロンパン屋さんであり、菓子パン・惣菜パン屋さんなんですよ。通販を始めてからは地元との縁が希薄になってしまって。そのことに対して少なからず後ろめたさも感じていましたし、パン屋さんって本来は地域の食を担う立場だとも思っていたので、ふと自分を顧みると、足元がスカスカな気がしたんです。その穴を埋めていくためにも、今の自分たちを周囲に伝えるためにも、『寧暮』として再出発したほうが自然と受け入れてもらいやすいのかなって思ったんです」

寧暮とは、祥子さんが考えた造語。名前に込めた思いを改めて祥子さんに尋ねてみると、一言「私たちの憧れです」と返ってきた。

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町のパン屋が抱える問題と向き合って

寧暮のオープンが決まってから、旅田さん夫婦は2023年にクラウドファンディングに挑戦した。プロジェクト名は「温故知新のパン焼きで、100歳迄持続可能なパン屋のモデルを作りたい」というもの。自作する薪窯の心臓部である炉床と、その覆いになるフランス製耐火断熱煉瓦の購入費用に充てるという名目で目標金額を60万円に設定したが、最終的には401人の方から3,999,000円もの資金が集まった。なぜこれほどの支持が集まったのか、その理由を勇人さんは次のように話す。

「どこのパン屋さんも、日本におけるパン屋の経営デザインに対して自分たちと同じ悩みを抱えていたというのが大きいと思うんです。作っても作っても、売れても売れても実入りが少なく、一向に暮らしが楽になる気配がない。そのことに対して僕はSNSやnoteを通じて、日々思っていることを気持ちの救済措置のようなものとして書いていたんです。おそらくそこに共感して、パン屋としての僕に興味を持ってくれた人が多かったんだと思います」

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自作の薪窯。薪という地域の自然が育んだエネルギーを無駄なく使うことで、林業の健全な持続と地域貢献も果たそうとしている。

HARiMAYAを始めたばかりの頃は、真夜中から仕事を始めて1日に16時間労働を週6日。並行して、飲食店の卸販売と配達、企業や学校での出張販売もこなし、定休日の殆どはイベント出店で各地を飛び回る日々。お店を回しているよりもイベントのほうが稼げるうえに、イベント出店で早々に売り切れて人気を実感することで、承認欲求を満たしながらなんとかパン作りを続けていた。しかし、そんな状況が好転する転機が訪れる。SNSと通販を始めた経緯を祥子さんが説明してくれた。

「神戸のイベントに出店した際に、一軒のパン屋さんにものすごい長蛇の列ができていて、イベンターの方がInstagramですごく人気があるんだとおっしゃってて。当時はFacebookとtwitterを主人がしてましたが、私自身は何も発信をしていなかったのでInstagramを始めてみることにしました。お店の商品を地道に投稿していたんですが、ある日ベーグルの写真をあげると今までにないくらいのいいねがついて。その後もベーグルの時だけ反響が大きかったので私はベーグル作りに注力して、お取り寄せも始めてみることにしたんです。すると、いつもInstagramを見てくれていた人たちが待ち構えていたようにDMをくださって。主人も通販を始めたことで、全国にどんどんお客さんが増えていきました」

最終的にHARiMAYAは、菓子パン・惣菜パンから食事パン中心に切り替え、通販と月に一度の会員への定期便で売上の7割以上をまかなえるまでになり、その経営スタイルは寧暮へと受け継がれている。

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生涯パン屋であり続けたい

お店の商圏の外に顧客を創造する通販や定期便は、スモールビジネスにとって有効な手段であることは間違いない。生産性と利益を確保するためにどこまで規模を拡大するか、それと同時に暮らしとのバランスをいかにコントロールするか、お店を営む人たちの多くが自分なりの正解を探っている。

「日本における従来のパン屋の労働環境や収益モデルというのは、僕たちパン屋が作り上げてきたものでもあると思うので、自分たちで改めていかないといけない」

町のパン屋としてこの先も持続していくにはどうしたらいいか、そのことを常に考えて世間に対して胸の内を明かしてきた旅田さん夫婦だったが、「パン屋という生き方も悪くないよ」ということもちゃんと伝えていきたいという。

「かつて自分がそうだったように、仕方なくパン屋をやっている方もいるでしょうし、パン屋であることは好きだけど家族に対して胸を張れない方もいると思うんです。生業なのか、自己表現なのか、暮らしに紐づいた仕事なのか、パン屋というものの捉え方は人それぞれ。僕、本当はロックスターになりたかったんです。10歳からギターを始めて、今も変わらず音楽が好きなんですが、必ずしも好きなことが自分の可能性を開花させてくれたり道筋をつけてくれるものではありません。たまたまパン屋になったけど、周りの人がパン屋である自分に様々なことを求めてくれた結果、今の自分と家族がある。パンのおかげで、いつでも立ち戻って安らげる場所を得られたと思っています」

自分の人生はパンがないと成立しない。そう話す勇人さんの隣で、祥子さんが頷きながら微笑む。

「周りの人たちが主人を作ったようなものなんです。30年後もぜひ来てください。私と主人がヨボヨボになりながらやっていますので」

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二人の頭の中には、30年後の寧暮の姿が明確にあるという。お客さんが寧暮を訪ねても、「いらっしゃい」という二人の声だけ聞こえるけど、腰が曲がっているせいでカウンター越しにその姿は見えない。そんな微笑ましい未来を想像しながら二人は嬉しそうに言葉を交わす。

「生涯パン屋でいるということを経験したいですね。それに30年後の自分たちが焼いているパンに僕はすごく興味がある。パンの味が格段に上がっていることはおそらくないと思いますが、パン屋を続けた先に自分がどんなものを作っているのかを知りたい。それがパンであってくれたら嬉しい……そんな感じかな」

「でも私はおにぎりも出すよ。カウンターにお賽銭箱みたいなのを置いておいて、毎朝近所の人が出がけに立ち寄っておにぎりを持っていってくれたらいいな。歳をとるっていいことだなって思ってもらえる場所にしたいよね」

繁盛することだけがお店の正解ではない。パン屋のあり方もまた十人十色。50歳を過ぎても日々の暮らしを楽しみながら新しいことにチャレンジする二人の存在そのものが、これからの時代のパン屋へ贈るエールだと思えた。

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寧暮
住所:和歌山県和歌山市和歌浦西2-2-11
営業時間:パン(木曜は事前予約セット販売、土曜は店頭販売)12:00~16:00
     カフェ(月・火・木・金曜)8:00~15:00 定休日:日曜
Instagram : @harimaya110 @hayatotabita
note : https://note.com/hayatotabita/