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小商いのカタチ:yohak(東京都西馬込)

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article: Romi Iwamoto
pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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東京の西馬込駅から、住宅や商店が並ぶのどかな街を歩いていると、葡萄の蔓の葉が青々と茂る、ファサードが目に飛びこんでくる。
ここ「ýohak」は、この街で生まれ育った稲葉秀樹さんとパートナーの佳織さんが2016年にオープンしたカフェ。近所に暮らす人々が憩う隣で、遠方からこの店を目当てにやってくるファンが歓声を上げる、日常と非日常のどちらともをおいしさで包んできた。
8周年を間近に控え、よりýohakらしくありたいと語るふたりのこれまでとこれからを訊ねた。

世界一のカフェを超えるための、手間と時間を尽くした一皿

ýohakは訪れた人たちに新たな食体験を与えてくれるカフェだと思う。サラダ、キッシュ、ラタトゥユ、ラザニア……。過去に食べた一皿を想像しながら待っていると、それとは何かが違う、ときに全く違う姿をした、ýohakのフィルターを通した料理が運ばれてくる。
どんな食材や調味料を使うのか。切り方、火の通し方、盛り付けはどうするのか。無数の組み合わせの中から、ベストを追求し、表現することに向き合ってきた稲葉秀樹さんと佳織さんの姿勢が透けて見え、ぎゅっと胸を掴まれる。

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ýohakのシグネチャーでもある「塩サバと季節野菜のサラダ」。オープン当初はイワシを焼いてのせていたが、調理時のにおいが気になりサバに変更したという裏話が。お客さんの反応もよく、以来人気メニューとして定着。

「僕らはずっと料理を専門にしてきたわけではないから即興では作れない。時間をかけて、じっくり組み立てていくしかないんです。カフェだからといって、そこは妥協したくないし、常にカフェ以上のものを出したいと思っています」

「技術で足りないところを手間とアイデアでカバーしながらやってきた自覚があって。それをお客さんがいいと思ってくれていることを、私たちもわかっているから、今からそこを省くことはできないんですよね」

秀樹さんと佳織さんは、こうして実直に歩みを重ねてきた。
原動力のひとつは、秀樹さんが独立以前に7年間勤めていた下北沢の「チクテカフェ」を超えたいという想い。
2012年に同店が閉店した後、独立したスタッフが開業したカフェは、横浜と東京に4軒を数える。横浜・本町の「Café de Lento」、東京・青山の「buik」、目黒の「wellk」、そして秀樹さんと佳織さんの「ýohak」。小さな1軒のカフェによる特別な影響力は、今もそれぞれの場所で受け継がれているのだ。

「チクテは、僕にとって世界一のカフェだったんです。薄暗くて、真っ白で、何も装飾がないけれど、メニューを持ち帰りたいという外国のお客さんもいたくらい、細部に至るまで徹底してデザインされていた。それがすごく居心地がよかったんです。スタッフは飲食出身ではない人の集まりだったけれど、全員のモチベーションも高く、話をするのが楽しくて。みんなが自分をしっかり主張するけれど、協調性もあるという絶妙なバランスで成り立っていました」

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できればずっと働いていたかったという場所を失うことはショックだったが、尊敬するチクテカフェのオーナーからの「何かひとつを極めるよりも、店全体をプロデュースする方がむいていると思う」という言葉を指針に、新たな職場ではコーヒースタンドの立ち上げやレストランのプロデュースなどを経験する。チクテカフェ在籍時と異なる役割で飲食店に携わることは新鮮だったが、誰かのもとで働くことの歯痒さがついてまわった。

「どんなに意見を伝えても自分がトップじゃなければ、決められた枠の中でしか表現できないことを痛感したんです。のちにある商業施設から、テナントとして入る飲食店に対して、オペレーション面などをアドバイスする仕事を受けたりもしたのですが、そこでもやっぱり本当にやりたいことはできなくて。もう自分のお店をもつしかないと思うようになりました」

はじまりは、黙って完成させた事業計画書から

佳織さんは、地元の北海道で飲食の専門学校を卒業後に上京。カフェのホールスタッフとして働きはじめた。コーヒーの基礎を学び、ドリップの腕を磨く必要性を感じ、珈琲豆屋に転職すると、並行して料理も作れるようにとカフェのキッチンスタッフとしても経験を積む。その後、秀樹さんとはコーヒースタンドの立ち上げメンバー同士として出会い、パートナーとなる。

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2015年、佳織さんが出産後、仕事に復帰して程なくして、秀樹さんはýohakの事業計画書を一気に完成させた。佳織さんに内緒で1ヶ月仕事を断ち、仕事に行くふりをして家を出ては、近所の図書館にこもっていたそうだ。その頃の秀樹さんの様子を、佳織さんはこう振り返る。

「働きに行って帰ってくる。その毎日を悶々と過ごしているんだなというのはそばで見ていてはっきりとわかっていました。そしたらある日、家の風呂場で突然髪をチョキチョキ切りはじめたんですよ。それを見てこれはけっこうやばいぞと思って。その流れがあって、『実は』って計画書を見せてくれたから、好きなことをやればいいんじゃない? って感じでしたね。不安はなかったです。だって、その状態が続く方が不安ですよね(笑)」

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ケーキや食事メニューのテイクアウトボックスなどが並ぶショーケース。瓶詰めされたドレッシングは塩サバのサラダで使用しているもの。「このドレッシングだと子供が野菜を食べてくれる」というお客さんの声を受けて、販売を決めた。

事業計画書を作る中で固まっていったというコンセプトは、「日本の喫茶文化を吸収したイギリスのおばあちゃんが、地元でカフェを開いたら」というもの。思わず「え?」と聞き返したくなる、そのユニークな発想は、秀樹さんが20歳の頃に訪れたパリの洋服屋で目にした、忘れられない光景がもとになっている。

A.P.C. SURPLUSに行ったときに、ずいぶん歳を召したおばあちゃんがひとりでお店に立っていたんです。A.P.C. の服を着て、COLUMBIA GP-3ってわかります? 赤と白のおもちゃみたいなプレーヤーがあるんですけど、それでレコードをかけていて。そのギャップがすごくかっこよかった。あのおばあちゃんが、もしもカフェを開いたら……というのが僕のイメージ。フランスじゃなくてイギリスなのは、まだ行ったことはないのですが、僕がイギリスに憧れているから(笑)」

ýohakの世界観を支える表と裏のコンセプト

物件探しは、秀樹さんが生まれ育った西馬込と、都心寄りで人の流れも多い世田谷の2ヶ所に絞って進めた。最終的に西馬込に決めたのは、現在ýohakが入居する、元文房具店だったという物件の床に貼られたままになっていたタイルを見て、「あ、いいかも」と思えたから。
当時の西馬込には、カフェはおろか、ふたり好みのレストラン、花屋、美容室といった、日常を心地よく過ごすためのお店がなかったため、自分たちがカフェを開くことで、街が変化していくきっかけになれたらという期待もあった。

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入居の決め手となった床のタイル。
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大きな窓から光が差し込む店内。向かって左側の壁はモルタルで塗り、シャープさを意識した。

こうして2016年12月にýohakはオープンする。
秀樹さんが掲げたコンセプトは、限られた準備期間のなかで店作りの方向性を決めるのにおおいに役立ったという。
たとえば、サラダに焼き魚をのせたり、グラタンやキッシュの隠し味に味噌を使ったりと、さりげなく、ときに大胆に日本らしさを取り入れた。ちなみに2年目からメニューに加わったサンデーは、トップがシャリシャリっとしたグラニテが基本。これは、かき氷をýohakらしく崩したら、という発想から生まれたそうだ。

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この日は栗のサンデー。幾重にも重なった層が美しく、口に運ぶたびに変化する味わいを求めて、素材が切り替わるたびに足を運ぶファンもいる。

ケーキのショーウィンドウの向こうにずらっと並ぶカップも、実は日本製。真っ白なお皿とあわせて使うとアクセントになる、そんなカップを探していたときに、佳織さんの友人が営むアンティークショップで見つけたのがはじまりで、複数のショップから買い集めた。

「これは妻と話している裏コンセプトなんですけど、ちょっとダサいくらいがちょうどいいよねって。洗練されすぎず、どこか田舎くさかったり、未完成なものが好きなんです」

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少なく、その分もっと深く。自分たちらしさの磨き方

新メニューのアイデアを出すのは秀樹さんだが、それ以外の役割分担はとくになく、二人三脚の7年間を積み重ねてきた。オープンしてから2年程は、大事な場所を守りたいがために、ついつい力が入り、佳織さん曰く「稲葉くんは鬼のように厳しかった」そう。

「そんなピリピリした状態から私たちが変われた理由って、私の中ではひとつしかなくて。3年目に迎えたスタッフが、私と同じくらい、なんなら私よりも働いてくれる、とても仕事のできる子だったんです。稲葉くんのやり方にもついてきてくれて、一緒にお店のことを考えたり、悩んでくれたりした。その子が入ってすぐに目に見えて変化があったかと言われれば、そうではないんですけど、夫婦ふたりきりじゃないということがすごく大きくて。なんというか、新しい風が吹いた感じ」

決まっていることは何ひとつなく、手探りで答えを導いていくのだから、全てのことにどうしても時間がかかる。その繰り返しが、今のýohakを支えている。

「地元のお客さまもいるけれど、わざわざうちを目指して来てくださる方もいて。抱き合わせの用事がないから、みなさん“直行直帰”です。ここで満足してもらうために、他では食べられないメニューを出さないといけない。稲葉くんのアイデアをもとに試作をしてみたけれど、納得できる仕上がりにならなくて闇に葬られたメニューもたくさんあるし、お互いにいじけて終わった、なんてこともたくさんあります」

料理に手間と時間を惜しまずにやってきたことで、情報発信にしても、オリジナルグッズの販売にしても手が行き届かないことにずっと課題を感じてきたという秀樹さん。
今回の取材は2024年10月に実現したが、遡ること4月にはじめの依頼をしていたという経緯がある。そのときは、「もう少し体制を整えてから」というのが理由で、時期を改める運びになった。
お店をどう継続していくか。その答えを探っていた只中だった。

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常連さんにも歓迎されたツナメルトサンドイッチ。「大津商店」のマグロで仕込んだツナとチーズを、「チクテベーカリー」のパンでサンド。「本当においしいです!」と佳織さんも太鼓判を押す。
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店頭で販売しているオリジナルキッチンクロス。縫製は、秀樹さんの同級生のご実家で、お向かいにある「寿屋洋品店」に依頼した。西馬込の商店と協業することで、街の魅力を発信することも大切にしている。

そんな試行錯誤の時期にメニューに加わり、ふたりが新しい選択肢に気付くきっかけとなったのが、ツナメルトサンドイッチだった。
西馬込でマグロの卸をしている「大津商店」から仕入れたマグロで作るこのサンドイッチは、それまで別のメニューを注文していた常連さんを振り向かせるほどの仕上がりで、ふたりの自信作。
おいしいコーヒーとサンドイッチ、デザートがある。
自分たちらしく店を営み続けるには、そんな専門店のような在り方もいいのかもしれないと目の前が開けた。

「8年近く続けていると、どうしても自分たちで飽きてくる部分もあるんです。それじゃあ何を変えるのかと考えたときに、メニューを絞るのはどうかなって。うちは決して品数が多いわけではないけれど、僕らのキャパシティからするとやっぱり多いよねというのが結論です。たとえば、お惣菜を減らすことでケーキに注力できたら、今よりいいものができるかもしれない。パティスリーでも、レストランでもないけれど、ýohakである以上、一つひとつ、もっと上にいきたいんです」

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ýohak
住所:東京都大田区西馬込2-7-2
営業時間:11:00-16:00
定休日:水・日曜日
Instagram : @yohak_tokyo
HP : https://www.instagram.com/yohak_tokyo/