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小商いのカタチ: wellk(東京都目黒区)

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article: Momoka Kuriyama
pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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恵比寿のランドマークである「恵比寿ガーデンプレイス」や「東京都写真美術館」からもほど近い、美しい並木道が続く目黒三田通り。花の季節や紅葉の秋と、四季折々に美しく表情を変えるヤマボウシの木に見守られるように建つ古いビルの2Fにある「wellk」は、駅から少し距離があるにも関わらず平日休日問わず多くの人でにぎわうカフェです。通りに開かれた1Fの姉妹店、コーヒースタンド「taik」では焼き菓子とエスプレッソ系ドリンクを、2F「wellk」では、コーヒーやナチュールと楽しみたいスイーツやサラダといった食事を提供しています。

「wellk」の魅力は焼き菓子やドリンクの美味しさはもちろんのこと、その1杯を味わうための机や椅子といったインテリアや器が、みな心地よく設えられていること。時を重ねてきたアンティーク家具や、気持ちよく整った食器に囲まれて過ごす時間まるごとが、「wellk」を物語っているよう。2店舗を営みながら、自身も日々お店に立つ代表の石原寛史さんにこれまでのお話を伺いました。

お菓子作りから、空間づくりへ。すべてが今につながる修業時代

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2F「wellk」の店内。ショーケースには季節のケーキや焼き菓子が並ぶ。右手の奥にはオープンキッチンがあり、いい香りが漂う

今ではビル1棟を借り上げ、2フロアでカフェとスタンドを営む石原さんですが、もともとは製菓専門学校を卒業し、パティシエとしてレストランやビストロでの勤務でキャリアをスタートしたそう。日が昇る前から日が暮れるまで働いて道を究める先輩シェフの姿を追いかけた料理人時代。そしてその後に勤めたカフェでの経験、導かれるように始めることになった家具販売員…、点と点がつながり今のカフェ店主になった、これまでのターニングポイントや考え方をまずお話しいただきました。

「今でも覚えていて、自分の指針になっているのは、料理人からカフェ勤務に代わってすぐにカフェの先輩に言われたひとことです。シフトの2、3分前に出勤して、よれよれのシャツで働く自分に、“店に立つ気持ちを作れていないのに、エプロンをまかないで”って言われました。当時僕は、料理の味を突き詰めるだけの働き方しか知らなくて、料理以外の空間や、カトラリーひとつの置き方、場を包む音楽、そこに立つスタッフの在り方…、そういう部分に意識を向けたのが初めてだったんです。その店では、スタッフがみな働く時間も自身の生きている時間の一部としてちゃんと好きで、その時間のために自分の気持ちを調えて向き合っていて、なんだか雷に打たれた気分でした」

数年働いた人生を変えたカフェの閉店に伴い、その後は縁あって恵比寿のアンティーク家具やアートを扱うお店に勤めることに。1点数十万円もするアンティークチェアやテーブルの販売に携わり、デザインや家具の歴史、作家、写真の撮り方、発信の仕方…、などまったく新しいジャンルの知識を身につけた経験も、今のwellkに生きているのだそう。

「家具販売員時代は、家具がただの道具としてではなく、“このテーブルと椅子があるから、友人を呼んで食事をしよう”というふうに、ものが人の生活に意味や彩りを持たせたり、行動を起こすことができることを目の当たりにしました。食べることも作ることも好きだった自分に、家具やアートを学んだ要素も加わったことで、僕がつくりたいのは、ケーキ屋でもなく、レストランやビストロでもなく、カフェだ、とそのとき確信しました」

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お店に並ぶお菓子にはパティシエ時代の経験が息づいている。それぞれに小麦粉や全粒粉の配分を変えているスコーンやケーキはシンプルで、噛むたび粉や素材の味わいを感じる

ケーキ屋でも、家具屋でもなく、カフェだった

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シグネチャーの「リヨン風サラダ」。温野菜や厚切りのベーコン、ゆで卵がボリュームたっぷりのる。セットのパンについた塩バターキャラメルはファンも多い人気商品

そんなとき、家具販売をしていた会社の併設スペースでカフェをしてみないかと声がかかり、石原さんは家具販売と並行しながら10席ほどの小さなカフェ「フィルトピエール」を始めます。妻とふたりで始めた「wellk」の前身であるそのカフェは、オープン間もなく人気店となり連日行列が絶えないお店に。

「当時は正直、自分の好きな器や家具を揃え、作りたい世界を表現できていて、自分的には完璧なお店だったんです。でも、気が付けばひとりでできる限界まで回転している状態でした。仕込みの量に対するオーブンのサイズ、客席と店のキャパ、どれも限界でたとえ人を雇っても、回転できないから売り上げが見込めない。これは箱を大きくしないと、頭打ちだって気が付いたんです。理想の店だったけど、ビジネス的にはダメだったんです」

一回休んで、仕切り直そうと決め、その時にまず念頭に置いたのが、仲間を増やすこと。それはすべて自らの手の届く範囲でとお店を営んできた石原さんの商いが、ひとまわり大きくなった瞬間でした。

みんなでつくるを前提にしたお店づくり

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2019年に今の場所で「wellk」を開店。10席ほどだった「フィルトピエール」から、20席ほどに客席が増え、スタッフもジョインした

「wellk」の店名は、ドイツ語でワークショップを意味する「Werkstatt(ウエルクシュタット)」から。ワークショップのようにみんなで試して作っていこうと思って決めたと石原さんは言います。

「人を雇うということは、お店が自分の手から離れていくとわかっていたので、すごく悩みましたね。本当にしたかったことだっけ?と。自分がコントロールしようと思うから、苦しくなるので、どうやったらみんなで楽しくできるか、考えることから始めました」

オープン当初、「フィルトピエール」を受け継いだ食器や家具を使っていたものの、それらは繊細すぎて、割れたり欠けたりしてしまったそう。「お店のサイズが大きくなり、さまざまな人が交差し始めたら、本来の使い方ではなくなってきてしまいました。これはダメだなってわかって、ほとんど蚤の市で売っちゃいました(笑)」。新しい場所では気に入るデザインでありながら、耐久性のあるものに置き換えていくことにしました。

「僕のしたいことをするために人を雇い、人の給料を稼ぐために店を広げるってなっていくのは違うんです。たくさん稼ぐために人を雇うのではなく、最初から、みんなでつくるを前提にしていた」と石原さん。お話の中で何度も「みんなでつくる」というワードが出てくることが印象的です。

やってみる、やめてみる。変化を肯定するお店の姿

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オープンエアな1Fのコーヒースタンド「taik」では、2Fよりもカジュアルにカフェタイムを楽しめる。週末にはお店の外までお客さんでにぎわうことも

2F「wellk」と1Fの姉妹店「taik」では、それぞれ違うメニューを提供していますが、キッチンやフロア、バリスタという業種分けはなく、さらには「wellk」に慣れたら「taik」に、とすべてシームレスにスタッフが行き来するそう。石原さん自身も毎日両方のお店に立ち、同じようにさまざまな業務をしています。

「今のお店はスタッフみんながベシャメルソースも作れるし、エスプレッソも淹れられるし、フロアで配膳もするし、オンラインの対応もする。職人のようにひとつを極め、修業する、というのももちろん一つの方法だと思うのですが、仕事が属人化してしまうとクオリティにばらつきが出てしまうし、誰かが抜けたら回らない。うちではそれは違うなって思ったんです」

現在のチームは12名。このシームレスな今の働き方も、お店の変化に合わせて模索しながらたどり着いたと言います。「1Fのtaikができたのは、コロナ明けの2022年のタイミング。いつか1Fの物件が空いたらもう1店舗と思っていたのですが、当時はコロナウイルスの影響が大きかった時期で、じつはwellkもずっとイートイン営業をやめていたんです。でもあの時期を乗り越えられたのは、当時のスタッフがいたからで、みんなで工夫してテイクアウトを始めたりオンライン対応をしたり、手探りで過ごしていました。当時おかげでテイクアウトもオンラインも好調だったからこそ、1Fで違うことを始める決断ができました」

石原さんの明確な意思をもって事業を拡げていくというよりも、木々が育つように周りのチームメンバーとその時の環境に合わせて事業の枝葉を広げていく。そのためにも、ひとり強い意志でぐんと引っ張っていくのではなく、みんなと共有しながら、それぞれが気持ちよく働いていられる状態を守っていくというのが、自分にとってのお店づくりだと気が付いたと石原さんは話します。

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1F「taik」のキャロットケーキ580円と、バニラミルクティ650円。通りに開かれた空間はお子様連れや愛犬との散歩中の方にも人気

働く人が健やかに。空間づくりは心の中から

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今の「wellk」を形作るフランスやドイツのアンティーク家具や、デザインされた器。日本の古道具も混ざっている

wellkに関わる人にはみな、「うちがいちばんでなくていい」と伝えているのだそう。「10年、20年、自分も働けるように。自分を含め、スタッフの口から出る言葉が、“つらい”、“しんどい”じゃなくて、前向きなもので気持ちよくいてくれたら、お客さんにも伝播すると思います。うちはキッチンもすべてシームレスでつなげて、来る人みんなと時間を共有しているから、気持ちいい時間と空間は、みんなでつくっていくべきです」

その言葉の通り、石原さんはスタッフのみんなにお店以外の時間の過ごし方も大切にするように伝えています。

「1日24時間を3~4分割にすると、働く8時間、休息の8時間、プライベートの8時間という感じに分けられます。この3つはみんな大切で、どれかに寄せてしまうとバランスが崩れると思うんです。ほどよく働くほうがよく眠れるし、よく眠ってこそ、働きたいと思える。家族や自分の時間のために使う時間も平等に大事にすべきで、もちろん繁忙期で叶わない時もありますが、この基本的な枠組みをしておけば、コントロールしきれないときでも自分で帳尻を合わせる指標になる」

これからも続く、“ワークショップ”の未来

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机と椅子が1つだけ。まだまっさらな3Fのアトリエでお話してくれた石原さん。この場所でしてみたい企画がいくつもあり、すでにもう時間が足りない、と笑っていた

2024年10月に「wellk」の上階である3Fのフロアを改装し、「cake study」という新たな場所をスタートした石原さん。聞けばここは、「アトリエであり、ギャラリーであり、集う人と一緒につくっていく場所」なのだとか。

「これまでwellkを営む中で出会ってきた、写真家や、絵を描いている方、器を作っている方などのアーティストと何かをできたらいいなとずっと思っていて。例えば写真家の方と料理の撮影をしてレシピを発信したり、料理教室といったワークショップをしたり。これからはこの場所でまた新しいことに取り組んでいきます」
ここもまた、「wellk」のワークショップの可能性が広がる新たな一歩。

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お店の前には大きなヤマボウシの木が。春には白いかわいらしい花を咲かせる。朝は葉が揺れる影が店内にそっと射しこむ

「好きって気持ちややりたいって情熱は、人より強くないと、人よりは人気者にはなれないですよね。それが店主ひとりの情熱で突っ走る方もいるけれど、僕はひとりで一点突破するよりも、いろんな人と関わって、エラーも含めて受け止めて、みんなで進んでいくのが向いていたのかもしれません。みんなというのはスタッフだけでなく、これからもクリエイターの方や、地域の方、お客さん、出会ったみなさんとって、思っているんです」

人がすることには必ず失敗もあるし、うまくいかない時もあるからこそ、ここまで“みんなでやるから乗り切れた”ということがたくさんあったと石原さんは言います。

「だからこそ自分の考え方も柔軟に変えていかないとなって。何かに対して絶対正解をって思うと、必ず不正解ができてしまうから、そのときそのときのベターを選び取っていくくらいでいたい」

風が抜ける目黒三田通りを歩きながら、石原さんの言葉を反芻し歩く帰り道。さまざまな経験を積み上げた今の石原さんの姿は、なんだかお店の家具たちと重なって、きっとこれからも小さな傷を磨き上げ、味わいを増していくのだろうと感じました。

同じ椅子でも重ねる時によって趣がそれぞれに違っていくように、“wellk”という場所がこれからまたどんなふうに時を重ね、唯一無二のカフェとして輝きを増していくのか、ずっと見守っていたいと思いました。

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住所:東京都目黒区三田2-5-11 吉田ビル2F
Tel:03-6303-2411
営業時間:水~金10:00~18:00(17:00 L.o)
土・日morning 8:30~10:00 / lunch10:00~17:00(L.o16:00)
定休日:月・火
Instagram : @wellk_meguro
HP : https://wellkstatt.com/
予約: https://www.tablecheck.com/ja/wellk/reserve/message
オンラインショップ: https://wellkstatt.myshopify.com/