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小商いのカタチ:HUGSY DOUGHNUT(東京都聖蹟桜ヶ丘)

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article: Momoka Kuriyama
pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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映画「耳をすませば」の舞台としても知られる桜の美しい町、聖蹟桜ヶ丘。駅を背にのどかな街並みを進んだ先、子供たちの声や鳥の声が響く小さな公園のすぐそばにお店を構える「HUGSY DOUGHNUT」は、今年11年目を迎えるドーナツ屋さんです。住宅街の中にある古民家を改装したお店は、はじめて訪れる人がたいてい迷ってしまうほど細い小道の先にふと現れる、絵本の中の世界のようなかわいらしい場所。“あそぼう”というコンセプトの通り、食べる前から楽しい気持ちにさせる工夫が凝らされたHUGSYの世界ができるまでについて伺いました。

ドーナツ屋になろうと、決めていたわけではなかった

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左奥から時計回りに、子供に大人気のココアクッキー280円、ドライイチゴとミルクチョコレートののったハートの女王350円、甘酸っぱいティラノサウルス310円

「東京蚤の市」や京王百貨店での催事など、出店をするたびに行列のできるドーナツ屋さんとして注目を集める「HUGSY DOUGHNUT」。POPで色とりどりのドーナツこそがHUGSYの個性ですが、じつはお店を構えた11年前には、「ドーナツ屋をつくろう」と決めていたわけではなかったと店主のまつかわひろのりさん(以降のりさん)は言います。

「学生の頃から、人と人が集まる場所をつくりたいと思っていて、1dayカフェやイベントを主宰していました。“大人の文化祭”って感じで、いつも仲間うちでカフェスペースを運営していて、その延長でいつかお店をしたいねって、当時お付き合いしていたゆみさん(妻:まつかわゆみさん)と貯金をし始めたのがHUGSYの始まりです」

互いに働きながら、3年後にお店を持とうと決めて貯金をする中、たまたま住宅用に賃貸に出ていたこの物件を見つけたことから、お店づくりが始まったそう。縁もゆかりもない土地の小さな古民家で、近隣には知り合いもいない、チャレンジングな選択でした。

「じつは当時、ドーナツ屋と決めずにこの場所を借りたんです。ただカフェをすることだけしか決まっていなかったから、平日は働いて、週末はあそび感覚でお店を開けて。でも、ちゃんとやっていくならなにか武器を作らなくては…と思ってた時に、アメリカのドーナツ屋について取材している雑誌の記事を読んで、ピンと来たんです。この場所は“あそぼう”がテーマということだけは先に決まっていたので、ドーナツってぴったりだな!と思って」(のりさん)

当時はまだチェーン店以外のドーナツ屋さんはほぼない時代。カフェで働いていたゆみさんが独自で試作に試作を重ね、なんとかオープンの前日にレシピを生み出したという逸話は聞いて驚きます。“いっしょにあそぼう”というコンセプトを掲げ、子供心に帰れるようなドーナツをずらりと並べ、HUGSYは歩みだしました。

噂が噂を呼び、いつのまにか話題の店になっていた

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アメリカとカナダの2種の小麦と全粒粉を独自でブレンドした、パン生地のイーストドーナツ。豆乳を使用し、油の吸収も少なく軽やかに食べられる。小麦の甘さを感じられるようできるだけ砂糖を控えて作る

「始めた頃はまずやってみようと、HPとSNSを更新していたんです。それで見てきてくれた人がたまーにいたんですけど、まだお店が暇だったのでそもそも毎日あまりドーナツの数を作ってなかったんです…。そのせいですぐ売り切れてしまって。“いつ行ってもドーナツが売り切れている=大人気店だ!”みたいに2ちゃんねるに書かれてしまって、意図せず人気店と呼ばれるようになりました(笑)」

地図アプリを見て訪れようとしても、迷ってしまうような小道の先の古民家。道に迷ったお客さんを近所の人が案内してくれたり、迷う人の姿を見て、近隣の方がお店の存在を知ったり…。行列がトラブルになってしまうお店も多い昨今、むしろ街の人に愛され、支えられて今のお店があることを、ふたりは本当に恵まれていたと話します。

“あそぼう”の気持ちが原動力

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夫婦としてふたりの子どもを育てながらお店を営むおふたり。お子さんを交えた家族の様子も頻繁にSNSで発信している

仕事は、営業・企画・デザインなどの部分はのりさん、製造はゆみさんと完全分業制。でものりさんは自身の役割を「あそぶ担当」だといいます。

「僕はあそぶのが仕事で、本当はお店に来る人とおしゃべりしたり、ゲームしたりして過ごしたい。ドーナツが売れるのは嬉しいけど、それだけだと違うんです。来た人には楽しい気持ちになってもらいたくて。昔もっと時間があった頃は、お客さんとボードゲームをして1日終わってしまう日や、カードゲームで僕に勝ったらドーナツ無料なんて企画をして楽しかったな~」

目指す姿は、屋台のラーメン屋さんみたいなお店。かしこまった場所ではなく、わちゃわちゃした場所でそのシチュエーションや風景、思い出がまるごとおいしかったなと思えるような体験を作りたいとのりさんは言います。

「カーゴバイクにドーナツを乗せてイベントに出るのも、並んでくれている人にラップを披露したりするのも、ドーナツに分かりづらい変な名前を付けるのも、ぜんぶやっぱり“いっしょにあそぼう”って気持ちでやっています。ドーナツはおいしいものをゆみさんが作ってくれているから、僕はとにかく楽しませることをやっていこうって」(のりさん)

「のりさんはいつも、自分は地球に馴染めない…とか、生まれた星を間違えたって言い訳みたいに言うんです(笑)。あそんでいないとダメになっちゃう…。感情の振り幅が大きくて子供みたいなところがあるので、はいはいとよく聞き流して、とにかくわたしは淡々とドーナツを作ることに徹しています(笑)わたしはずっと作ることが苦手じゃないというか、続けられるタイプで。むしろのりさんのように自分が前に出ていくほうが苦手なので、分業制がありがたい」(ゆみさん)

ドーナツ屋さんであり、街の企画屋さん

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のりさんの自信作、HUGSYのドーナツのガチャガチャフィギュア。このほかにもオリジナル雑貨をたくさん手がけている

現在お店は、金・土・日・祝営業。平日は週1回程度の移動販売と、仕込みや打合せのほか、趣味の時間にあてているそう。営業日を絞る理由もやはり “あそぼう”というテーマにいきつきます。

「僕はとにかくあれもこれもやってみたいことがたくさんあって、じっとしていられなくて。お店を開けない日は、イベントやグッズを企画したり、絵を描いたり、YouTubeを撮ったり、仲間とあそびながら打合せをしたり…。自分が『こんなふうにあそびたい!』と思うことを、プロデュースもキャスティングも全部やるので、お店を開けていると時間が足りなくて…」(のりさん)

中でも大きなウェイトを占めているのは、イベントの企画。数々のイベントにカーゴバイクで出店していた結果、3年前から近所のコーヒー店「tak beans」の松崎雄大さんといっしょに、多摩川河川敷を舞台にした大人の文化祭のようなマルシェイベント「せいせきさくらがおかメリーゴーランド」を開催することに。

「わたしからはドーナツ屋やベーカリーをヒントに作ってみたいメニューや食材を試作して提案することが多いですが、のりさんは外で誰かと出会って新しい企画を作ってメニューにつなげたりするので、それぞれが違う形でメニューを出し合っています。直近では、のりさんが母校の東京農業大学とコラボして、味噌を使ったドーナツが生まれたり」(ゆみさん)

日々SNSに投稿されるお店の活動からは、のりさん自身があそぶように日々を重ねることが、そのままお店の楽しいコンテンツや、新しいドーナツのフレーバーとしてアウトプットされていることが伝わってきます。ドーナツ屋さんとしてスタートしたHUGSYは、今やドーナツを入口にして、“いっしょにあそぼう”と楽しい体験を作り出す企画屋さんになりました。

効率の逆をいく、長居推奨のお店の姿

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賃貸だった物件をコロナ渦で購入し、客席を広く改装。のりさんの父親の勉強机を加工した棚があったり、あるものを活かしたリノベーションにはふたりのこだわりが詰まっている

一方店頭に話を戻すと、“飲食店は、回転させてなんぼ”、と言われがちな昨今、HUGSYにおいては「カフェスペースの回転率は遅いほうがいい」とふたりは言います。

「お客さんが早く帰ってしまうと、逆に不安になりますね。うちはテイクアウトが7割くらいなので、せっかくカフェに入ったなら2時間たっぷり過ごしてほしい。なので本を置いてみたり、お子さん連れがあそべるおもちゃも置いています。席の感覚をあけすぎないのもこだわり。そのおかげか、お客さん同士に会話が生まれたりすることも多いんです」(ゆみさん)

「最近はお客さんとゆっくり話ができない日もあって、ただドーナツを売るだけになっちゃう日が増えていて嫌だ」というのはのりさんの言葉。ドーナツを売るだけでドーナツ屋としては完成しているのだけれど、やはりこの場所がふたりにとって、ただのドーナツ屋ではなく、“あそび場”であることをそのセリフが体現しています。

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ゆみさんの好きな本が店内の本棚に所狭しと並ぶ。「いそがしい日々で自分で読む時間はないんですけど(苦笑)、ちょっと眺めるだけでも救われるから、お客さんにもそう思ってもらえたら嬉しい」

自分たちなりの“その日暮らし”の気持ちを携えて

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新作のオールドファッションは国産小麦で。味噌を使ったオールドファッションは意外性があって人気。穴のないシンプルなオールドファッションはゴリゴリ食感で「ゴリラ」と命名。メニュー名にも遊び心が潜んでいる

11年目を迎える今、これからのお店について尋ねてみると、印象的な答えが返ってきました。

「これからどうしていくか、という長いスパンの話はあんまりしないです。この1年どうする?というのを軽く年始に話すくらい」(ゆみさん)

「ね。本当そんな感じ。“その日暮らし”なんです。(笑)長く淡々とこの暮らしを続けるために、今年どうしよっかってくらいの短い未来を見ています。まぁおもに僕は、夏休みはどこであそぼうか、ばかり言っていますけどね…(笑)」(のりさん)

以前、大雨で多摩川に氾濫警報が出て非難した夜、お店が水没してなくなるかもという危機に見舞われたことがあったそう。

「その夜、避難先の体育館でゆみさんが、『お店の本がなくなっちゃうのは悲しいけど、まあでも大丈夫っしょ』って言ったんです。なんだかそんな状況なのにおかげで笑いあえて、この人はすごいなって思いました。そして、ここじゃなくてもいいし、またどこでも始めたらいい、そう思えたこと夜のことは今でもずっと支えになっています」(のりさん)

始めた頃からずっとハグジーの小商いは、大きなゴールへ向かうための道のりではなく、“ポジティブなその日暮らし”。でもそれこそがお店のメッセージである、“あそぼう”の気持ちを見失わないために大切な生き方のスタンスなのかもしれません。

子供のように今を心から楽しむこと。「あそぼう」と目の前の人に笑いかけられる自分でいること。そんなシンプルなことがいかに大切か、おふたりの言葉と愛らしいドーナツたちが教えてくれました。

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やりたいことがいっぱいあって大変!どうしましょ、と笑うのりさん。お店に置いてある手書きのカレンダーには、仕事以外のスケジュールもたくさん。「陶芸」、「習い事」など子供の日記帳みたいに大きな文字で書かれていた

【information】

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みんなであそぼう! 年に一度のお祭りが開催

第3回せいせきさくらがおかメリーゴーランド
日時:2025年4月13日(日)10:00~18:00
Tel:03-6303-2411
場所:多摩川河川敷(京王線聖蹟桜ヶ丘駅西口徒歩6分)
主催: @hugsydoughnut & @takbeans

HUGSY DOUGHNUTS(ハグジードーナツ)
住所:東京都多摩市関戸2-18-7
Tel:090-6164-1916
営業時間:金・土・日・祝11:00~18:00
定休日:月~木
Instagram : @hugsydoughnut
HP : https://www.hugsycafe.com/