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小商いのカタチ:私立珈琲小学校(東京都墨田区錦糸町)

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article: Rihei Hiraki
pictures: Yuya Okuda

スモールビジネス(=小商い)を始めること、それは生き方の選択と言っても過言ではない。
どこで、誰と、何をつくり、どのように商売をしていくのか……
小さな選択を繰り返す過程でそれぞれのお店には物語が生まれていく。
自分らしい生き方を選んだ人たちの"小商いのカタチ"をめぐる連載。

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錦糸町駅から線路沿いにしばらく歩いたところにある「私立珈琲小学校 錦糸公園校舎」は、珈琲とパンとお菓子を教材に、毎日を「ちょっと豊かに」するカフェ。このユニークな店名は、店主の吉田恒さんが元小学校教師だったことに由来し、常連のお客さんの中には親しみを込めて吉田さんを「先生」と呼ぶ人も。そんな吉田さんは、教員時代から変わらない思いでこのカフェを営んでいるという。教室からカフェへ、環境は違えど今も教育に励む吉田さんにとって“いいお店”とは何だろう。

人の成長を促すカフェ

店内に入ってすぐ、花が活けられた真っ白な正面カウンターの上のショーケースには、あんバターサンドやレモンケーキ、パルメザンチーズケーキといったその日のフードが1品ずつ並んでいる。店内へ視線を移すと、窓際の壁に沿ってベンチが伸び、奥には二人掛けのテーブル席が三つ並ぶ。校舎と呼ぶには小さい空間ではあるが、ベンチやカウンターの丸みを帯びた曲線が店内に空間的な広がりと柔らかな印象を与えている。

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かつては、コーヒーは自らハンドドリップで、パンやお菓子は自分の好きな店から卸してもらっていたが、店を続けて仲間が増えていくにつれ、今ではほぼ全てのメニューを店内で作る“自校給食”のスタイルへと移行していった。吉田さんは“校長先生”のように全体を見ながら、カウンターやキッチンの中にはあまり入らない。今ではパン、お菓子、コーヒーそれぞれに専門のスタッフがいて、各々にその製造や仕入れの管理などを信頼して任せているからこそ、吉田さんは接客のサポートに徹している。

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吉田さんとパン担当のミホさん。ほぼ全てのパンが店内の工房で作られている

「スタッフのみんなが本当に良い子ばかりなので、彼ら彼女らがそれぞれの得意な分野で思いっきりその力を発揮できるように環境を整えることを常に考えています。それって子どもの力が全開になるのはどんな時だろう? と考えながら仕事をしていた教員時代の感覚と似ているんですよね」

スタッフたちの力をさらに引き出すための環境づくりの一環として、私立珈琲小学校では、スタッフが主役の“学校行事”が定期的に行われている。例えば、パン担当のミホさんが自らの好きなパンを思う存分に作る「MIHO PAN DAY」や、定休日にお菓子担当とコーヒー担当のスタッフがテイクアウトのみで開く「Monday Coffee Stand」などがある。店の主役が変わるそれぞれのイベントには固定ファンもついており、朝から多くのお客さんが並ぶことも。

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また吉田さんは、日々の「振り返り」の時間を特に大切にしていると話す。終業後に各スタッフが1日の振り返りをチャットツールに書き込んで全体に共有する。しかし、一般的な飲食店の日報のような、売上や来客数、在庫の状況を報告するわけではない。その日の業務で心に残った仲間の働き方やお客さんの様子を書かせるようにしているのだという。

「子どもたちに育みたいのはメタ認知する力だと、教員時代はよく考えていました。学力って、計算力や文章の読解力じゃなくて、考える力なんですよね。そして考える力とは、『今日はすごく楽しかったけど、なんで楽しいと感じたんだろう?』みたいに、俯瞰的に自分を見る視線を持つことで培われていくものです。教員時代には、僕は授業の最後の10分は必ず振り返りの時間を設けるようにしていました。それが次の日の小さな目標を作ったり、本当は何がやりたいのか考える力に繋がっていく。それがこの店でもできるといいなと思って、振り返りをこの店の文化にしています」

そう言って吉田さんはスマホの画面を見せてくれた。そこにはフォーマットもなく、スタッフたちが自由に書いたであろう、少し長めの文章が並んでいた。<新しく加わったスタッフの学ぶ姿勢と、その子に教えるトレーナー役のスタッフの教える姿勢がとても勉強になり、心に染みる。私自身が忘れてはいけないことだと思います>。ふと目に止まったその言葉は、最年長のスタッフによるものだという。この「振り返り」があるからこそ、スタッフは自分たちの仕事に責任と誇りを持ちながら、常に学ぶ姿勢を忘れずにいられるのだろう。

人を迎える場としてだけでなく、人を育てる場でもある私立珈琲小学校。スタッフ一人ひとりがここで学び、昨日とは違う自分になっていくことで、お店自体もまた変わり続けていく。

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ポートランドで学んだ利他の精神

小学校の教員を辞めた吉田さんがカフェを始めたのは44歳の時。「次の仕事は、教師のような相手側(生徒)に選ぶ権利がない仕事ではなく、相手側にもこちらを選ぶ権利がある仕事にしよう」と思っていた吉田さんは、漠然と飲食関連の仕事に就こうと考え、食の専門学校に通い始めた。その傍ら、当時池尻にあった「自由大学」で先進的な都市のあり方や働き方、暮らし方を学んでいた吉田さんは、授業の一環でアメリカ・ポートランドへ合宿旅行に行くことに。独自の街づくりで注目を集めていたポートランドは、サードウェーブコーヒーの先駆けの街でもあり、日本では京都に店を構える「Stumptown Coffee Roasters」もポートランド発祥。様々な個性あふれるカフェがある中で、ひときわ吉田さんが感銘を受けたのが「Courier Coffee Roasters」というカフェだった。その店主であるジョエルさんと出会ったことで、吉田さんはカフェの開業を決意する。

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恵比寿のイタリアン「SES」のソーセージにドライトマトを乗せた「SESドッグ」と、店内で作られているパルメザンチーズケーキ

「ジョエルさんから『商売では自分だけ勝ってもしょうがない』ということを教わりました。ポートランドの滞在中、彼のコーヒーに惚れ込んでクーリエコーヒーに通い詰めていた僕は、自分のお店を立ち上げたら、あなたから直接豆を仕入れたいと伝えました。すると彼は、『僕からコーヒーを仕入れると輸送コストもかかるしすごく割高になってしまう。それをお客さんに出しても誰もハッピーにならないよね。だったら僕があなたに焙煎や抽出の仕方を教えるよ。それにコーヒー豆は日本でも輸入業者がいるわけだから、そこから買って適正な価格でコーヒーを売るほうが、みんながハッピーになる形じゃない?』と言ってくれたんです。多少なりとも儲けになるはずなのに、コーヒー業界全体が良い方向に向かっていくことを彼は考えていた。その影響もあって、僕は店が混雑していたら、来てくれたお客さんに近隣のおいしい喫茶店を教えてあげるようにしています」

取材の最中、近所の人だろうか、何人もの人が吉田さんに挨拶をしに店を訪ねてきた。そんな光景を見ているだけで、この店が地域に溶け込んでいるのが伝わってくる。そしてお客さんが帰る度に、カウンターからスタッフみんなが出てきて、「良い1日を」と見送っていた。ジョエルさんから受け継いだものの一端が垣間見えたような気がした。

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小さく、静かだけれど、確かに街に響くエコー

間借り営業からスタートした私立珈琲小学校は、ケータリングスタイルやギャラリーのテナントなどを経て、2022年に今の場所に移転オープンした。これまで誰かのサポートの上で商いを続けてきた吉田さんにとって、この錦糸公園校舎が本当の意味での自営店だった。錦糸町は、吉田さんが教員として初めて赴任した場所でもあった。教師人生出発の地にコーヒー屋として再び戻ってきた今、私立珈琲小学校をどんな店にしていきたいと思っているのだろうか、最後に吉田さんに今後の展望を伺った。

「小さなエコーを地域に起こせたらいいなと思っているんです。それは、耳をすませばかすかに届くような、でも確かに心に残る、そんな響きです。地域を大きく変えるような力は僕らにはありません。でも、僕らがそこにいることで、ほんの少しでも空気が動いたり、会話が生まれたり、子どもが笑ったり、面白いことが起こったりする。『珈琲小があってよかったね』と地域のみなさんに思ってもらえるような商いをしたい」

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これまで店舗2階のマンションの一室を焙煎所として使っていたが、3年目にして錦糸町でのコーヒー豆の卸先も増えてきたため、吉田さんは新しい焙煎所を瑞江に作った。

「そこではコーヒーを焙煎するだけでなく、近所の方々と協力して定期的にマーケットやイベントを開催していこうと思っているんです。このお店も、『錦糸町ならここに行けば何か面白いことがやってるかも』と思われるような場所にしていきたいと思っています。そのためには日々の営業をちゃんと続けていくことが大事だし、働いているスタッフたち一人ひとりがモチベーション高く、良い仕事をしている必要があります。そうすれば、小さなエコーもきっと遠くまで届いていくはずなので」

教員時代に培った人を育てるという視点、そしてジョエルさんから教わった、個ではなく全体を良くしていこうという視点。現在の私立珈琲小学校には、この二つの視点が見事に融合していると思った。街の人の毎日を彩るコーヒー屋が街全体のことを考えて商いを続け、それが少しずつ周囲に伝播していったら、きっとワクワクするような明るい未来が広がっているに違いない。そんな期待を抱かせてくれる吉田さんの言葉だった。

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私立珈琲小学校
住所:東京都墨田区錦糸4-9-9 宮本マンション2
Tel:090-6164-1916
営業時間:火~日8:00~17:00 ※ Monday Coffee Standは月8:00~15:00
Instagram : @coffeeelementaryschool
HP : https://coffeeelementaryschool.com/