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“いいお店”ってなんだろう? 「パンストック」平山哲生の店づくりの哲学

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article:Ryoko Sakane
pictures:Yuya Okuda

福岡市東部の住宅街・箱崎に2010年に開業し、今や地元の福岡では誰もが知る店となった「パンストック」。2019年には、都心部の天神中央公園内に2店目も開業した。オーナーシェフの平山哲生さんは隔週で2店舗の厨房に立つ。また、東京や大阪、韓国など各地の講習会や技術指導に赴くことも増えてきた。今ではパンストックを卒業して自分の店を持つスタッフも増え、開業のアドバイスを求められることも多い。そんな平山さんが考える、長くお客さんに愛され続けるお店であるための三つの心構えとは。

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1.戦わずして勝つべし

──開業する際の最初のハードルは、いかにお店やパンの味を認知してもらえるかだと思います。パンストックオープンの際に平山さんが意識されていたことを教えてください。

せっかく新しく店をオープンするとしても、どこかで見たような店、同じようなパンを作るというのは、ある意味勝率が低いところからのスタート。どうしたら注目されるのかを考えないといけません。

たとえば、雑誌が取り上げてくれるような店づくりもその一つです。雑誌の取材テーマになり得るものを打ち出すために、パンの作り方にしても、誰にでもわかりやすくアピールできるものを店の看板商品に反映させる。パンストックという店名の由来や、「長時間かけてじっくり発酵させることで、ストックしてもおいしいパンにしています」といったパンづくりのこだわりなども、自分なりに言語化しておくことで福岡では他にない店、他にないパンとして新規性を打ち出すことができました。

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「それはちょっと見てみたい、食べてみたい」と興味を惹くことができれば、その時点でかなり勝率が上がる。そこがある意味勝負する前の戦略と言えると思います。その上で、来たお客さまにおいしいと思ってもらえるのかどうかが勝負ですよね。そこからは実際に食べておいしいかどうかで、小手先のごまかしはきかない部分もあります。でも、少し事前情報を持ってもらうだけで「そうか、これが他にないおいしさ」と実感してもらえるのかなと。人間は確認をしたい動物で、頭の中でイメージを持って食べ、それがバチッと噛み合った時に「おいしい」と思ってもらいやすいんじゃないかと思います。

まず興味を持ってもらう、知ってもらうこと。そして実際に食べてもらう。最後に「おいしい」「他にはない」と認めてもらえればパン屋として成功と言えますよね。実戦に臨む前の段階で戦略的に勝率を上げるという考え方は、パンづくりにも共通します。よく昔師匠に言われていたのは、勝敗は戦う前から決まっていると。パンを成形する時でも、きれいな焼き上がりが目的だとしたら、まずパンをいい形にしやすいように、その前段階で生地の状態をととのえておけば自ずと成功率は上がりますよね。焼くところに至るまでに、いくつかの勝負どころがあるので、その小さな勝ちを1個ずつ積み重ねる。通常であれば成功率9割くらいのところを、僕らはどうしたら100%にできるか、また成功の基準をより高めていけるかを毎日毎日研鑽して、調整しているわけです。

その一方で、勝敗だけに意味があるとは思っていません。司馬遼太郎の「項羽と劉邦」の劉邦みたいに、負け続けたって最後に勝つこともできるわけじゃないですか。目標に向かってもがいた経験が、会社の能力を上げてくれているはずです。失敗しようが成功しようが、その間で考えたこと努力したことが会社の糧なので。10年スパンで見れば、目先のお金儲けよりも、そこに価値が生まれてくるのではないかと思います。

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2.顧客の潜在意識を刺激する店であるべし

──パンストックの魅力はパンの味だけではありません。無垢の木材や石材などの質感を生かした内装が醸し出す独特の雰囲気やディスプレイもまた、パンストックの魅力を作り出している重要な要素だと思います。内装やレイアウトにおいて、平山さんが意識されているポイントはどんなところでしょう?

内装は趣味の部分も大きいですが、パン屋になる前には建築の学校に行っていたこともあるので、店づくりではパースでイメージしています。絶対考えるのは「この位置に立った時にどういう景色が見えるか」。何が目に入るか、目の高さからの景色は平面図ではわかりません。まずは頭の中で想像しますが、パースを用意して具体的にお客さまの視点をイメージするプロセスは僕にとって必須です。

それから、どうすれば「もっと見たい」「もっと知りたい」という気持ちを引き出せるか。人はパッと全景で見えたものって、逆にあまり興味を持たないんじゃないか。先日ディズニーランドに行った時に、たとえば通路でちょっと視野を狭めて、その後にパッと視界が開ける構造のアトラクションがありました。まるで異世界に来たような感覚をその時感じた。店も同じで、できれば1回真っ暗にしたいんですよね。それから少しずつ周りが見えてきて、ふわっと浮いているような感覚が、訪れた人を意識レベルから変えてくれると思うんですよね。ベーカリーでは、なかなかそこまで空間づくりはできませんが、そういうちょっとした緩急は意識したいなと思います。

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うちの店が好きで週に何回も来てくださっている方もいますが、大多数は月1回のお客さま。その方々は、パンストックがすごく好きというよりは、なんとなく来てくださる無意識なお客さまじゃないかと分析しています。まず広げたいのはそうした月1回のお客さまで、そこからもっと頻度の高いリピーターさんも育ってきますから、僕は「分母を増やす」と表現しています。そして、そうした無意識の来店を促すためには、気づかれないようなところですごい努力が必要なんです。パンだったら、明確に言葉にはできないとしても、なんか食感がいいとかなんか食べた後にいい味が残るとかそういうところかもしれません。

ディズニーの話に戻ると、ディズニーってもうアトラクションの内容にしてもネタバレしてるわけですよね。にも関わらずなぜ何回も来てしまうのか。仮にそれを聞いたとしても「なんとなく行きたい」っていう来場者が多いと思うんです。でも、その「なんとなく」のために多分100倍ぐらいの努力が必要なんですよ。ディズニーとして期待通りの世界を実現して、場違いなものが目に入らないとか。ちょっとしたキャストの接客や、使っている道具も含めて空気全てがなんかいい感じだと。でもなんかいいって思うためには、無意識に作用させるための論理的な準備や配置があるんだと思うのです。これも戦略ですね。

あの店の商品はなんだか使っていて気持ちがいい、何でもいいからあの会社と関係をもちたい。これは結局ブランド力とも言えますが、そういうふうに潜在意識に訴えかけるような努力をして結果を出せたら、強い店、強い会社になれるんじゃないかと思っています。

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3.人間性は誤魔化せない

──パンストックから独立開業を果たしたパン屋は今や10店以上。しかもそのどれもが個性の光る有名店ばかりです。平山さんはそのほとんどの店に足を運んでいるそうですが、パンストックの卒業生でうまくやれている人たちに共通しているのはどんなところなのでしょう?

多分、いいものを作りたい人って、「それがどう見えるのか」も気になると思うんですよ。だからお客さまの視点や売り場も気になるし、ありとあらゆるものが気になるはずで。気になるからこそ、おいしいものが作れると思うんです。

パンにせよ洋服にせよ、本当に好きな人はそのルーツも調べるし、ブランドだったらいつ頃誕生して、どうやって現在の地位を築いたかなどを知ろうとして考えると思う。だから店を見たらそのオーナーさんがどういう意思を持ってこのパンを作っているかというのは、だいたい分かってくるものです。もちろん店も必ずしもオーナー本人じゃなくて、空間づくりは別の方が分担しているケースもありますから、それはまた別ですけど。

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全国各地で開業するパンストック卒業生たちとの交流の一幕(photo by 坂根涼子)

個人店で、ちゃんと自分で考えてかっこいい店が作れる人は絶対パンもおいしいと思います。たとえ最初はおいしくないとしても、きっとおいしくなってくる。これはもう性格だから満足できないレベルならば放っておけないはず。もっとおいしくできないかなって調べて食べに行って試作して……とするはずです。

結局その人の人間性がパンに出ちゃうんですよ。人気があるブランドや商品ほどそのコピーも多く出回りますが、パッと見て同じようなパンでも、食べれば違うし、ていねいな仕事のエネルギーはお客さまに伝わると思う。

エルメスのような続いているブランドの商品は、細部までていねいに仕上げられていて、ディズニーと同じように無意識の部分に働きかける魅力がありますよね。コピー品にはそういうオーラが感じられないような気がします。

パン屋で言えば、たとえばお客さまからは見えなくてもバックヤードまでピカピカに清潔にしてあったりとか、成形1個1個に対してもすごく注意して仕上げてあったり。大事にするものはそれぞれ違うとしても、その意思や姿勢はおのずと店の姿ににじみ出てくるものです。店もパンも、自分なりの考えや意思をもって取り組み、一つひとつを大事にしていれば、それはお客さまにもきっと伝わるし、いいものづくりにつながってくるんじゃないかと思います。

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<プロフィール>
平山 哲生(Tetsuo Hirayama)
1975年生まれ、福岡県出身。福岡大学法学部卒業後、「パン・ナガタ」(福岡)に勤務。フランスでの研修を経て、「ユーハイム・ディ・マイスター」や「ダンディゾン」など東京の人気ベーカリー数店で働き、2006年帰郷。「パン・ナガタ」で店長として勤務したのち、2010年7月福岡・箱崎の住宅街に「パンストック」を独立開業。2019年、2店舗目となる天神店を天神中央公園内に開業。著書に『パンストック 長時間発酵のパンづくり』(柴田書店)がある。