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カカオはなぜ不足している?ヴァローナと共に考えるチョコレートの未来

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訊き手:orderie 材料ハンター
article:Yuya Okuda

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チョコレートの原料であるカカオの高騰が止まらない。供給不足からカカオの国際価格は急上昇し、4月下旬には史上最高値を更新し、1t(トン)1万2500ドル(約193万7500円)を突破したニュースは記憶に新しい。世界銀行のデータによると、4月の平均価格は1キログラム9.74ドル(約1520円)と、1年前の3.4倍にも達するという。
なぜカカオはこれほどまでに高騰しているのだろう。私たちにとって馴染み深いチョコレートが抱える問題解決のヒントを求めて、サステナブルな取り組みで業界をリードするヴァローナ ジャポンのマーケティング ディレクター・中村千賀さんに話を伺った。

カカオをめぐる不都合な真実

──“カカオショック”みたいな表現もされたりしますが、昨今のカカオの高騰についてヴァローナの考えをお聞かせください。

どのメーカーも、今回の急激な上昇への対応に追われているのが現状かと思います。チョコレートの供給自体を維持するためにも、価格の引き上げは必要となり、弊社含め多くのメーカーが年に2~3回の価格改定を行っていると思われます。特に今は、小麦や乳製品、オリーブオイルといった他の食品の価格も上がっていますし、エネルギーコストも含めて、何もかもが高騰しています。そのため、以前より価格改定に対しては受けいれていただきやすくなっている面はあるかと思いますが、非常に心苦しいところです。そして一番の懸念は、チョコレート自体が使われなくなってしまうことです。やはり、チョコレートは嗜好品ですから、価格が上がることで消費が減ってしまうのではないかと心配しています。でも、甘くておいしくて、ちょっとほっとするチョコレートの楽しみを、消費者の方々に無くしてほしくないという気持ちも強いです。

──現時点でのチョコレートの価格帯は、供給の川上まで考慮して適正だとお考えですか? 近年どのメーカーもカカオ生産者の生活の向上のためにと様々な取り組みをされていますが、実際に生産者の生活水準が上がってきているのかが私たち中間流通業や一般消費者には見えづらい部分でもあります。

正直に申し上げると、今までのチョコレートの価格は安かったのではないかと思います。と言うのも、チョコレートの原料であるカカオの価格には先物取引など投機的な部分も影響を与えています。カカオ生産の約60%を占める西アフリカのガーナやコートジボワールでは、政府がカカオの価格をコントロールしてはいるものの、さまざまな仲介業者が入ることなどにより、生産者に十分な利益が還元されにくい構造になりがちです。各メーカーもこの問題に取り組んでいらっしゃると思いますが、マーケットが価格を左右していることは、最終的には生産者に利益が回らず、価格も安くなってしまう一因になっていると思います。

現在のカカオ価格の高騰にはさまざまな要因がありますが、根本的な問題は、カカオを消費する側が生産者に十分な利益を配分してこなかったことにあるのではないかと思います。生産者に安定した収入がなければ、新しい苗を購入して植えるといった投資ができず、結果的に高齢化したカカオの木では収穫量が減ります。今回はそこにさらに洪水や病害の被害が加わった形です。また、政府のデフォルト(債務不履行)による国からのサポートができなくなることや、不当な開発によって、カカオの栽培自体が難しくなるということも起こっています。

ヴァローナでは長年にわたり、契約している生産者に対してマーケット価格よりも約30~50%上乗せした価格で支払いを続けています。しかし、ヴァローナが取り扱うカカオの量は業界全体で見ればわずか0.15%に過ぎません。私たちだけが取り組むことだけでは、カカオ業界全体に影響を与えるのは難しいのが現実です。

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──チョコレートの価格について、消費者の意識にも課題があると感じますか?

そうですね、私たち消費者の感覚もあると思います。日本では、チョコレートといっても様々な種類のチョコレートがあり、100円程度からでも手軽に食べられるものがあるというのが当たり前という感覚が、小さい頃から根付いていると感じます。実際、チョコレートが何からできているのかをよく知らない方もまだまだ多いですし、少しでも価格が上がると「高すぎる」と感じてしまうこともあります。昨今はショコラティエやパティシエによる高級チョコレートの存在も大きくなってきていますが、一般的には手軽に味わえるものというイメージもあり、メーカーも本来の適正価格に設定しづらく、結果的にチョコレートの価値を下げてしまっていたのではないかと思います。

──なるほど。そこが問題の根幹としては大きいようですね。消費者のチョコレートに対する価値をどうやって高めていくか、その取り組みが今後ますます重要になってくるでしょうね。

おっしゃる通りですね。ただ、私たちヴァローナは主にプロフェッショナル向けにチョコレートをご提供しているブランドであるため、直接消費者の方々にアピールをする上では難しさも感じています。それでも、2022年の創業100周年を記念して、ヴァローナ・カーで全国各地を回り、プロフェッショナルの方々と共に消費者の方へもメッセージを発信したり、消費者向けのイベントを開催したりもしました。さらに最近では、東京藝術大学とタイアップし、藝大生によるアート作品を通じて、その背後にあるカカオの世界を伝えるイベントも実施しました。少し異なる視点から問題にアプローチすることで、多くの方々に興味を持っていただける手応えを感じています。

チョコレートメーカーがB Corpを取得する理由

──B to Bブランドだからこそ、消費者に最も近いシェフの方たちに、カカオの背景を伝えることも大切になってきますよね。

そうですね。多くのシェフの方々が味にこだわり、高価でもヴァローナのチョコレートを使い続けてくださっています。そのシェフの方々のクリエイションに対し、消費者の方々により価値を感じてもらうためにも、「だってチョコレートがヴァローナだからね」と、付加価値として自然に理解し、少し高くても納得していただけるようにしたいですね。だからこそ、シェフや消費者の方々にカカオの背景を理解していただいた上で、「この先もおいしいチョコレートをみんなで楽しむためには、公平、公正が本当に大事だよね」というメッセージを、私たちメーカーが責任を持って伝えていく必要があると思っています。

──その点で2020年に取得されたB Corporation™(以後、B Corp)(環境・社会に配慮した事業活動を行う企業に与えられる国際認証)は役立っていますか?

そうですね。ただ、B Corp自体はまだ日本ではあまり認知がないですよね。B Corpは非常に素晴らしい認証だと思うのですが、例えばシェフの方が「このチョコレートはB Corp認証を取得したヴァローナの製品ですよ」とは言えるものの、そのシェフの方が自身のクリエイションにB Corpマークを付加することはできません。B Corpは商品ではなく企業への認証なので、その伝え方が難しいです。この部分にはジレンマを感じており、あまりにも簡単に「私たちのチョコレートはサステナブルだから、これを使えばあなたもサステナブルですよ」とお伝えするのは、ある意味“グリーンウォッシュ”になりかねないリスクがあると考えています。消費者の方々を欺くことになりますし、弊社としては絶対にしてはいけないことと認識しています。しかし、私も含め消費者としてはどうしてもわかりやすい情報に引きつけられがちだという現実もあります。

──日本のB Corp取得企業はまだ約42社(2024年9月時点)で、認知度は低いですね。取得のハードルも高く、3年ごとの更新審査もあると聞いています。それでもB Corpを取得するメリットは大きいのでしょうか?

B Corp取得のための審査基準は、単にヴァローナがカカオ生産者にプレミアム価格の上乗せなど公正な取引をしているからといった項目に留まりません。社会や環境に対して、サステナブルな貢献をしているかどうか、生産者やお客様、社員に対するガバナンスがしっかりしているかなど、非常に広範囲にわたる基準があります。それぞれで高い点数を取らないと認証を取得できません。従って、企業活動の一部でサステナブルな取り組みをしているだけで『サステナブル企業』と名乗るのではなく、全体として本当に責任ある企業であることを自分たちが認識し、そして証明するために、B Corp認証は非常に役立っていると思います。
参考→https://www.valrhona.com/jp/about/1/b-corporation-R

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ヴァローナが掲げるミッション

B Corpを取得する前の2015年に、ヴァローナのCSR活動を具体化するための『Live Long(リヴ・ロング)』プログラムを設立しました。「カカオ」「環境」「ガストロノミー・次世代の育成」そして「共生と革新」の四つの柱があります。2022年時点でヴァローナは世界14カ国とパートナーシップを締結し、うち13カ国(16,979の生産者)からカカオ豆を購入していますが、どの生産者から購入しているかのトレーサビリティーは100%達成しています。さらに、2025年までにどの栽培区画からというトレーサビリティーを100%達成しようとしています。

──すごい。今はどのくらい達成できているんでしょう?

2022年の時点で60%達成できています。また、ヴァローナが購入しているカカオの栽培区画が、森林の保護地域ではないことを把握するためにGPSを駆使した管理もしています。ちなみに、生産者との3年以上の長期パートナーシップ契約は現在100%達成しており、平均で8.5年の契約期間となっています。ヴァローナには『カカオソーサー』と呼ばれる、農学博士号などを取得した専門知識を有する人のみで構成されるカカオ供給チームがあり、彼らが生産者と一緒になってカカオの栽培をしています。土地の恵みを利用しながら、生態系を守りながら最高品質のカカオ栽培を行っています。

また、一部ではありますが『カカオフォレスト』というカカオ栽培プロジェクトにも取り組んでいます。カカオだけを育てるのではなく、ヤシの木などと一緒に植えることで木陰ができ、カカオが強い日差しから守られ、害虫予防にもなる、など、自然なカカオの森として環境を守りながら、生産者の生活向上にもつながる取り組みを行っています。

──発想としてはアグロフォレストリーと同じということでしょうか?

そうですね。例えば、その土地に暮らす生産者にとって必要なフルーツなどを調査し、それをどのように加工して販売すれば副収入につながるかまで考え、一緒に取り組んでいます。

また、チョコレートを作る段階においての環境への配慮としては、電力を再生可能エネルギーに切り替え、使用する水の量を減らす努力をしています。そして、配送に関しても、飛行機(エア)をなるべく使用しないように、などの原則も設けています。

また、本国フランスの周辺地域においての試策ではありますが、廃棄物ゼロの目標達成のために再利用可能容器を使用して、製品を納品した容器を回収、洗浄し、再利用回収しています。あとはパッケージも過剰にならないように、製品の総重量に対して何%までと決まっています。

──なるほど。御社製品についてですが、日本では以前は1kg規格がメインだったものが、最近はフランス現地の3kg規格に変わってきている印象を受けます。これは、メーカー側の効率化だけでなく、パッケージ過剰を防ぐ意図もあるのでしょうか?

そうですね、それも大きな理由の一つです。いかに廃棄物を減らすか、という考えが根底にあります。

また、ヴァローナの特徴として、カカオ栽培やチョコレート製造にとどまらず、『ガストロノミー』とのつながりを強く意識していることが挙げられます。カカオを育てる生産者がいなければ、私たちメーカーはチョコレートを作ることができませんし、シェフの方々のクリエイションがなければ、消費者の皆さまに喜びを届けることもできません。チョコレートの世界が維持されるためには、生産者からシェフ、そして消費者まで、すべてのステークホルダーがつながっていることが重要だと思っています。カカオ生産の現場だけではなく、シェフの方々が持続可能にお菓子を作り続けられることにも、ヴァローナは非常に注力しています。

例えばフランスでは『グレンヌ・ドゥ・パティシエ』というプログラムがあり、職に就いていない若者を対象にパティシエ見習いとして指導者を探す手助けをしています。また、『クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー』を設立した背景も、単に優勝者を決めるためのコンクールではなく、世界中のパティシエの地位を向上させるためのものです。パティシエが尊敬され、さらには高収入の職業となれば、将来パティシエになりたいという若者が増え、業界全体に良い循環が生まれると思っています。

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2023年大会では、「気候変動」というテーマにおいて日本チームが優勝を飾った

──最近ではだいぶ変わってきているようですが、日本のパティシエは少し前まで労働環境が厳しく、給料も低いイメージがありました。今お話を伺うと、御社は多方面でチョコレートやカカオの価値を高める活動をされているようですが、100年の歴史の中で、何か転換点があったのでしょうか。例えば、昨今のカカオの高騰に関しても、業界では10年以上前からこうなることは予測されていたと聞きますが。

ヴァローナはもともと菓子職人が作ったチョコレートメーカーです。ですから、最初は「自分がお菓子に使いたいおいしいチョコレートを作ろう」というところからスタートしました。まず、味に対して並々ならぬこだわりがあるというのが一つ大きな特徴です。おいしいチョコレートを作るには、当然おいしいカカオが必要になります。なので、カカオの質をいかに上げるかということを常に考えて行動しています。どこかで特別な転換点があったというよりは、ヴァローナの成り立ち自体が、カカオを単にお金を払って手に入れるものとは考えず、いかにしておいしいカカオを作り出し、それによっておいしいチョコレートを生み出すかという哲学に基づいていることが大きいと思います。

共に、より良い未来を創っていくために

2021年に『Food Made Good(サステイナブル・レストラン協会)』と協働し、イギリス、香港、日本、ギリシャといった各国から30名のシェフの方々にご協力いただき、スイート・ガストロノミーにおけるサステナビリティの課題について考える『スイート・ガストロノミーにおけるサステナビリティ・ガイドライン』を作成しました。このガイドラインは、いかにして様々な課題をサステナブルに解決できるかをまとめたもので、現在ウェブ上で公開しています。

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https://www.valrhona.com/jp/1/4/1

「調達」「社会」「環境」の三つの論点を設けているのですが、実際にチョコレートについて触れている内容はほんの一部なんです。例えば動物福祉の問題、水やエネルギーの使い方、食品ロスの削減方法、お店の運営や従業員の働きかたにまで話が広がっています。また、現時点でどのくらい達成できているか、次に取り組むべき課題は何かがわかるオンラインの自己診断ツールも用意しており、誰でも簡単に取り組みを確認できるようになっています

──お話を伺って、御社が「Adamance(アダマンス)」のフルーツピューレなどの取り扱いを始めた背景が理解できました。カカオを取り巻く問題を改善するためには、カカオ以外の分野にも取り組んでいく必要があるということですね。

そうなんです。フルーツを育ててくださる生産者にもリスペクトを持っています。チョコレートだけをサステナブルにしても、世界は変わらないですから。チョコレートから始まり、様々な観点から、皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

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