BLUE HILLを求めて
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前編「ダン・バーバー[土を育てる一皿]」はこちら
Article:Takumi Saito
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Blue Hill at Stone Barns(施設名称「Stone Barns Center for Food&Agriculture」)が提供する農場ツアーは、Blue Hillが掲げる「持続可能な農業」と「料理の革新」に「科学研究」がどのように作用しているのかを軸に進んでいく。「食」に対する革新的なアプローチの背景にあるBlue Hillの哲学を捉える旅へ
案内してくれたBlue Hillの人々
Andrew Luzmore(アンドリュー・ラズモア)
スペシャル・プロジェクト・ディレクター。飲料開発から農業研究までの多岐にわたる知識を活かし、学者や企業と農業の共同研究プロジェクトに取り組んでいる
Joshua Pringle(ジョシュア・プリングル)
ラインコック。マンハッタンの「Family Meal at Blue Hill」を食べに行くと、翌朝ダンから「料理に何か問題があったはずだ。それを少なくとも三つ挙げろ」と言われるそうだ。本人はただ料理を楽しみたいだけなのに
Jeff Hunt(ジェフ・ハント)
シニア・ライブストック・ファーマー。彼が農業をする理由は、「人を元気にする食べ物を生み出す、そのすべてのプロセスに携わりたい」という思いから来ているという
Oriana Cartaya(オリアンナ・カルタヤ)
ビバレッジ・ディレクター。Stone Barnsのサービスディレクターを経て、2025年1月よりビバレッジ・ディレクターに就任
Eli Pipkin(イーライ・ピプキン)
主任パン職人、ミル職人。「USDA(米国農務省)」のYouTubeチャンネルで「全粒粉パンの作り方」を説明するとともに、適切なパン作りがもたらす生態系と人々の健康への効果、食文化全体の回復について述べている
フロント・キャプチャー・フィールド
マンハッタンから車で約1時間北上したウエストチェスター郡タリータウンという郊外にBlue Hill at Stone Barnsはある。敷地面積は80エーカー。ロックフェラー州立公園自然保護区と提携し、450エーカーの自然の中で動物たちの転換放牧を行う。年間300種類以上の作物品種を試験栽培する。それぞれ5エーカーの2つの畑で7年周期の輪作を行う。土壌ベースの温室では10年周期の輪作を行う。20人の農家がここで働き、60人の従業員がレストランで働いている。彼らは農家やコックである以前に「食」の研究者である。
ツアーは「レイ・ローテーション(ley rotation=牧草の循環)」と呼ばれる長期輪作システムを実践する「フロント・キャプチャー・フィールド」の紹介から始まる。施設のメインとなる畑、また野菜だけ、家畜だけという区画農場とは異なり、ここでは穀物・野菜・花・植物の栽培と家畜放牧が一箇所に組み合わさっている。目的は土壌の健康、種と生物の多様性がお互いにどう影響し合うかを研究することであり、Stone Barns施設全体の理念を体現している場所でもある。
「この施設のユニークな点は、育てたものはすべて、キッチンで使用しなければならないということです。土壌と自然環境の研究のために育てた食材が、Blue Hillで提供する一皿となります。現在はヒマワリを育てていますが、1カ月後にはそのすべてを料理として提供しなければなりません。ヒマワリは、そうですね。例えば花をメインディッシュに添えたり、アミューズに茎を出すのもいいですね。ここで収穫したあらゆる食材から新しいレシピのアイデアを皆で膨らませていくんです」とラインコックのジョシュア・プリングル氏は語る。
ベジタブル・フィールド
Stone Barns農場には約5エーカーの野菜畑が2つあり、それぞれ7年周期で輪作を行なっている。植物科(アブラナ属、アリウム、ナス科など)に基づき計画を立て、特定の植物群が土壌に与える栄養分、あるいは土壌から奪う栄養分を評価し、その植物群の後に土壌の栄養を補完するものを植えていく。例えばトウモロコシを植えた場合、トウモロコシは土壌から大量の窒素を奪うため、その後に窒素固定源となるマメ科の植物を植える。豆は土壌から窒素を取り込み、根の小さな節に窒素を固定する性質がある。そのように全体の輪作計画を立てていくという。
育てている作物のほとんどは一年生植物だが、ブラック・ラズベリーのような多年草も育てている。また覆土作物として、コーネル大学のマイケル・ミズーリ博士の指導のもと、土を再生させるための夏カボチャを育てている。Blue Hillのスタッフたちがマイケル博士に畑を案内した時、彼は突然カボチャの茎を食べ始めたという。彼は「世界の一部の地域では植物全体を使って料理をします」とダン・バーバーに説明した。このことがBlue Hillに茎の調理を実験するきっかけを与えた。
「本当にクールなのは、茎をスライスすると、ペンネヌードルになることです。そこで、私たちはカチョエペペのようなものをシンプルに調理していきます。湯通しした後に、チーズとダブルクリームを添えて」とジョシュア・プリングル氏は語る。育種家との密な協力が、仮に業界がまったく求めていないものだとしても、新しい風味を持つ野菜の生産に繋がっている。「私たちの育てた野菜のほとんどはレストランで使用するため、卸売や直接販売できるほどの量はありませんが、5月から11月の期間に月に一度、中庭でファーマーズ・マーケットを開催し、提携している有機農家の野菜を世に広げる取り組みも行なっています」
ビバレッジ・ディレクターのオリアンナ・カルタヤ氏は「蕎麦」の輪作作物としての価値を説明する。小麦、トウモロコシ、大麦との間に蕎麦を育てることで土壌に健康を与え、作物の成長を促進させる。「ここ数年、私たちは蕎麦茶の作り方、特にその焙煎方法を研究してきました。もし日本で蕎麦の専門家がいましたら教えてください(笑)。私たちは日本文化への敬意とオマージュとして、蕎麦のスパークリング・ジュースを作りその風味を楽しんでいます。白ブドウの果汁と塩で少し甘みを加えています。蕎麦のような、アメリカであまり評価されていない作物を使うことはエキサイティングな試みです。土壌のために育てていた蕎麦をより消費者に届けられるようにできれば、農家が多くの恩恵を受けることになると考えています。蕎麦飲料は、私たちの仕事から生まれる製品として、規模の拡大を検討しています」
チキン・フィールド
ライブストック・ファーマーのジェフ・ハント氏は言う。「鶏は本来ジャングルの動物であるため、可能な限り森の中で育てるべきなのです。もしヘーゼルナッツの木が育ち、秋に柔らかな葉が芽吹いたら、その中に鶏がいる。まるで鶏を栽培しているかのようです。人類は動物に食品廃棄物を与えることで家畜化してきました。鶏は犬や豚の次に人類が家畜化した3番目の動物とされます。私たちは食べ物に対して、責任を持たなければならないのです」
ここでは鶏を180羽ずつの2つのグループに分けて飼育している。与える飼料の比較試験を行うことで、鶏の健康状態、卵の味、卵の栄養状態を知ることができるという。
「動物本来の雑食性(オムニボア)を飼育にどう活かすか。アメリカには未だそのような推進力もインフラもありません。このテーマを研究することは、豚や鶏が生物学的に設計された雑食性を発揮できるようにする素晴らしい機会だと考えています。今朝はキッチンで本格的な卵のテイスティング(官能評価テスト)をしました。比較対象は私たちが飼育する異なる飼料で育った2種類の卵、提携している農場の廃飼料で育った卵、マリーゴールドエキスで黄身の色を少し濃くするものを鶏に与えた卵、そしてスーパーの1ケース5ドル99セントのクラシックな卵です。それらをすべて並べて試食し、それぞれの香りや風味など、あらゆる情報を記録します」
彼らは鶏の飼育と廃飼料の研究を同時に行う。「私たちは私たちの探究によってこの敷地から出るすべての食品廃棄物に責任があります。ここで出た魚や野菜の廃棄物は自社で四日間かけて粉砕し、廃飼料として地元の農場へ配っています。廃飼料を家畜に与えることで得られる情報をまとめ、その利点を多くの農家に広めたいと考えています」
カーフ・フィールド
Stone Barnsでは引退したグラスフェッド乳牛を、周辺の農場から引き取る取り組みを行なっている。約半年間の転換放牧を行い、栄養を十分に与えた後に収穫する。その間に牛が繁殖する稀なケースがあるという。これを「幸福な偶然」と彼らは呼び、子牛肉としてレストランで提供することもある。取材当日には3頭の子牛の姿を確認できた。
彼らは引退した乳牛たちを「未開拓のタンパク源」と評価し、タンパク質の栄養密度を高める研究を行っている。「私たちにはより思慮深く、直感的に牛を育てる任務があります。3、4日ごとに10エーカーの土地を移動し放牧させることで、牛たちの足腰の筋力を鍛え、健康状態を良くし、味とタンパク質の両方に付加価値を与えます」とスペシャル・プロジェクト・ディレクターのアンドリュー・ラズモア氏は語る。この取り組みによってStone Barnsの肉料理は10年以上提供されている。
ベーカリー
パン職人のイーライ・ピプキン氏は「小麦粉の価値を見直すこと」を掲げ、日々パン作りに励んでいる。彼は「パン作り」と「原料」の関係が断絶されていることに疑問を投げかけていく。それは彼がパン職人であるだけでなくミル職人でもあるからだ。ここでは小麦粉を仕入れず、近隣の農家から穀物を仕入れる。40インチ、700ポンドの石臼を2つ用いたシングルパスミルで粉砕する。アメリカの多くの製粉所では穀物をふるいにかけ、ふすま(穀粒の外皮)と胚芽(穀粒のごく小さな生殖成分)を取り除き、「パン用小麦粉」や「万能粉」とパッケージングされた白小麦粉として流通される。「それらはでんぷんの胚乳、あるいはただの砂糖に過ぎないため、栄養的にも風味的にもメリットがありません。しかしアメリカの多くのパン職人たちは白小麦粉を長期保存が効くために好んで使用します。大量生産環境では非常に機能的ですが、私たちの理念とは異なります。私たちのパン作りは常に十種類以上の穀物を仕入れることから始まります。それを製粉し、風味、食感等をテストします。私たちが好む生地の一貫性や機能性を得るために、それらを一定の割合で組み合わせていきます」
彼らは全粒粉にこそ価値を置く。第一に穀物の持つ自然の風味をパンの味に活かすため。第二に栄養のため。「全粒粉には、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルが含まれています。例えば、ルテインと呼ばれるカロテノイド色素は目に良い。これらの栄養はすべて小麦に含まれています。再生農法で栽培された新鮮な小麦は、それ自体が生きていて活発な食材なのです。
また私たちはサワードウを用いて長時間発酵させてパンを作ります。パンの発酵は消化のプロセス、イースト菌やバクテリアはあなたのためにパンを分解しています。この事前消化により、人はパンをより消化しやすくなり、栄養を摂取しやすくなるのです。血糖値は急上昇せず、膨満感も感じません。もし人々がパンを栄養食品だと思わなくなったなら、『このバケットのスライスを食べてください』と力強く主張したい。油分と塩分を抑えた、自然発酵のトマトフォカッチャもね。
ワインにおけるブドウのように、パンは穀物について真剣に考える必要があるのです。テロワールの概念です。私たちは穀物の産地、栽培された季節、収穫された日の天気などをリサーチします。なぜならこれらのリサーチが、最終的なパンの味に影響を与えることを知っているからです。このようにしてパンを作るのは忍耐力が必要です。しかしある日突然、とんでもなくおいしいパンができあがるのです。これは食全体にも言えることですが、おいしいパンを作るという喜びに比べれば、すべての工程の複雑さを軽視することはできませんよね?」
ツアーの最後、ディレクターのアンドリュー・ラズモア氏にこう尋ねた。結局のところ、ここで繰り広げられている農業は「研究」のためか、それともレストランで提供される「料理」のためか?
「その視点こそがStone Barnsシステムの素晴らしいところです」と彼は言う。「つまり生産とその利用が一体であると同時に研究対象であるという点です。Stone Barnsはこの農場で行われるすべての農業と、レストランで行われるすべての活動を繋げることを目的としています。土壌の健康を重視して育てた食材が料理として提供される時、その一皿の前にいるお客様が、私たちの研究の最後の判断者となるのです。私たちの研究は成功か失敗か——おいしいかどうか、ということです」
Blue Hill at Stone Barns
所在地:630 Bedford Road, Tarrytown, NY 10591
HP:https://bluehillfarm.com/
ダン・バーバー Instagram:@chefdanbarber
Blue Hill Farm Instagram:@bluehillfarm