マイケル・オットリー[フード・イズ・ホーム]
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Article:Takumi Saito
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マイケル・オットリーというシェフがいる。
マンハッタン南西部チェルシー地区にある教会「Holy Apostles(ホーリー・アポスル)」を拠点とするスープキッチン団体「Holy Apostles Soup Kitchen」のCOO(最高執行責任者)であり、同厨房のシェフとして17年間にわたり料理を作っている。
1982年に設立されたHoly Apostlesは月曜日から金曜日まで、1日に約1,000食分の料理をホームレスや生活困窮者に無償提供し、さらに半月分のフードパントリー(食料や日用品)を月に約1,500世帯分無償提供する。全米で2番目、ニューヨーク市最大のスープキッチン施設として知られている。
多くのスープキッチン団体が来訪者の現在の生活状況を把握すべく質問攻めにした後に1つのサンドウィッチを与えるのに対し、彼らは何も訊かない。お腹を空かせた人が目の前にいれば「ハロー」と挨拶し食事を与える。この姿勢が多くの民間人の共感を集め、ボランティアスタッフ数とドネーション金額・物資数は年々増え続けているという。
しかしそれ以上にニューヨーク市のホームレスや生活困窮者の数は増え続けている。市への亡命希望者の急増が最たる原因としてあるが、誰もが直面する問題としてニューヨーク市の「家賃の高騰」がある。ワンベッドルームでさえ最低平均30万円の家賃に月の収入は消えていく。ホームレスのみならず、今日の食費が賄えずHoly Apostlesを訪れるニューヨーク市民が増え続けている。
スープキッチンの料理の食材はあらゆる手段を講じて仕入れられている。ドネーション、ニューヨーク州の農家からの直送品、ファーマーズ・マーケット。フードパントリーには英語、スペイン語、中国語、ロシア語に対応した専用のデジタルキオスクがセットされ、来訪者は欲しい食材や日用品をタップして次々とカートに入れていく。Holy Apostlesのロゴの大きな袋に入った希望の品を受け取り、「センキュー」と言い教会を去っていく。
午前10時半から炊き出しが始まる。教会を囲うように100人ほどが開始時刻からすでに並ぶ。チキン、マッシュポテト、ミックスベジタブルの入ったランチボックスがグラブ&ゴースタイルでボランティアスタッフにより手渡されていく。その辺りで食べる者もいれば、何も言わずにどこかへ消える者もいる。大きな笑い声や怒号、様々な言語が飛び交う中、「エキサイティングだろう?」とマイケル・オットリー氏が言う。
INTERVIEW
マイケル・オットリー[フード・イズ・ホーム]
——Holy Apostlesで働くことになった経緯を教えてください。
マイケル ここに来るまで私はいわゆるニューヨークの高級ホテルやファイン・レストランで働いていたので、あなたのような食品流通会社の仕事もよく知っている。私はハイドパークの料理専門学校を卒業し、レストランで修業を重ね、いくつかの場所でシェフとして厨房指揮を執っていた。いつの間にか料理人として働き30年以上経っていた。キャリアが安定しているかのように思えた矢先の2008年、リストラで仕事を失った。理由はわからないが世界的な不況だった。あるいは年齢のせいかもしれない。私は家を買ったばかりだった。住宅ローンの支払いが迫っていた。ギリギリの生活の中、あらゆるところに履歴書を一気に送った。するとHoly Apostlesが面接日時の連絡をくれた。
マイケル 正直に言うと炊き出しの現場がどのようなものかは知らなかった。教会の周りをぐるりと囲う大行列を見て「これは一体なんだ?」と思った。面接でマネージャーは「私たちは彼らに食べ物を提供しています」と言った。私は「食べ物についてなら少しは知っています」と答えた。それまでの私の仕事は実は料理を作るだけではなかった。経営難や差し押さえのかかったレストランでシェフの仕事を引き受けると同時に、その財政を立て直し売却することを行っていた。料理を作りながら施設運営をしていくことは私の得意な仕事だと思った。ただ“レストラン”に来る客層だけが異なった。
取材メモ:ボランティア
Holy Apostlesには常時約20名のボランティアがいる。2024年度は6,689名のボランティアが、延べ119,435時間の奉仕を行った。ボランティアは彼らの心臓部であり、その支えがなければ、これほど多くの食料を配布することはできないという。
——初日の印象はどうでしたか?
マイケル 当時のキッチンスタッフは「私たちは1皿で2,000キロカロリーも出しているんだ。1日分が賄える栄養だぞ」と自慢していた。確かにそうだ。しかしただカロリーを摂取することは健康的とは言えない。それに彼らが出していたものは茹ですぎたパスタや、なんだかよくわからないブロッコリーだった。私の最初の目標は栄養面に問題を抱える人々に対して、より新鮮で栄養価の高い食事を提供する方法を考えることだった。彼らにとってはここでの1食が1日で唯一の食事である可能性もある。USDA(アメリカ農務省)が提唱する健康的な1日の食事水準に合致しているかどうかを確かめながら料理を作っていった。私がここに17年間いる理由は炊き出し料理の改善のため。そしてまだその仕事が終わらないんだ。
取材メモ:スープキッチン
Holy Apostlesは平日10時半から12時半にかけて約1,000食分の持ち帰り用の食事を提供し、スープキッチンに来られない人々のため毎週約2,000個のサンドウィッチを用意し配布する。昨年は合計230万食を提供し、通算2,000万食の提供を達成した。
——あなたがこれまでに改善したスープキッチンの料理を教えてください。
マイケル Holy Apostles教会自体は1844年からこの地にある。当教会は女性司祭を叙任した最初の教会の1つであり、同性カップルの結婚式を行うなど、ニューヨークにおける多様性の最前線に立ち続けている。私が最初にしたことは、どのような人が、どこからここへ来て、料理に対する期待が何かを把握することだった。それぞれ異なる文化的背景に基づいたメニューを用意することが必要だと思った。アフリカ系アメリカ人、ヒスパニック、ロシア人、ウクライナ人、アジア人、本当に様々な人がここを訪れる。ベジタリアンもいる。そうした人々が安心して食べられるメニューを考案し、ローテーションで提供する。料理がどうたったかを訊く。うまくいけばメニューに残し、合わなければ別のメニューに変更する。その繰り返しだ。
取材メモ:食事をしにくる人、食料品を貰いにくる人
炊き出しに来る人たちは主にホームレス、または恒久的な住所を持っていない人々で、食料品を貰いに来る人は経済状況に不安のある人々だ。Holy Apostlesがホームレスに提供しているサービスの一つに、教会の住所を郵便受けとして提供しているというものがある。もし70歳で住む場所がなく、社会保障の支給金を受け取っている場合、電子送金用の銀行口座がなければ郵便物の受け取り先が必要であり、社会保障などの給付を彼らが受けるために住所を提供しているという。
——ドネーションによって見慣れない食材が来ることもあると思います。
マイケル 確かにアメリカのスーパーではあまり売られていない食材を手にいれることがある。例えば日本の納豆のようなもの。それを料理に使う時、その食材の特徴や親しみやすさを、料理の味を通して深めてもらう必要がある。また状態があまり良くない野菜が来ることもある。例えば誰かが「このナス、ちょっとカビがあるから捨てるよ」と言うとする。でもそれは捨てるものではないんだ。私は傷んだ部分を慎重に切り取り、油で揚げてナスのパルメザン風に調理してみせた。また缶詰のサーモンが手に入った時には、黒豆とディルを加えたケーキにした。どちらも評判は最高だった。
マイケル 同じことがパントリーでも言える。食習慣は文化的背景から来るため、ここを訪れる様々な人々が、実際に家で何を食べているかもそれぞれ異なる。彼らが注文した食材を日々チェックし、パントリーで扱う食材の仕入れを無駄がないように調整を続けている。
取材メモ:フードパントリー
Holy Apostlesは月に約1,500世帯へ15日分の食料を提供している。フードパントリーは3つの袋で構成される。1つ目は豆類などの穀物、2つ目は豆腐やひき肉、卵などのタンパク質、3つ目に生鮮野菜や果物が詰められる。
——食品廃棄という言葉の現実的な重みを感じます。
マイケル その通り。食品廃棄の問題と私たちは隣り合わせにいる。埋立地に行くはずの食材をどのようにして救い出し、人々においしい料理として提供することができるかを常に考えている。チェルシー地区でファーマーズ・マーケットを初めて開催したのは私たちだ。またニューヨーク大学と提携し、キャップストーン研究を通して食の持続可能性についての理解をスタッフ全員で深めている。私が発見したことは、もし世界中のフードロスを集めて1つの国と見立てた時、各国が排出する年間の温室効果ガス排出量は中国、アメリカ、そしてフードロスの順になるということだ。
取材メモ:食以外の提供サービス
もしホームレスで路上生活をやめる準備ができている人がいれば、Holy Apostlesはシェルターの紹介ができるよう手助けをする。医療が必要な場合には、教会正面に停まるバンで受診しやすい環境を提供する。また寒いニューヨークの冬に備えて衣類の提供も行う。
教区管理者のエリザベス・スターリング氏は言う。「残念なことに、ホームレスの方は所持品が盗まれることもあるので、コートを盗まれたと訴えがある場合は新しいコートをお渡しします。ウェットティッシュや歯ブラシ、歯磨き粉、マウスウォッシュを含む衛生キットのほか、ショートパンツやTシャツ、スウェットシャツも提供します。これらの品はコミュニティの方々から寄付されますが、冬場はコートが足りないため、オンラインで1着約26ドルの良質なコートを経済的に購入できる場所を見つけて買い足しています。また毎週月曜日と金曜日に、就職に役立つコンピュータスキルのトレーニング教室を開催しています。しかしこれは無理強いをしません。人それぞれの自主性を尊重したいからです」
——ニューヨークでの役割をどのように考えていますか?
マイケル ここで提供しているのは施しではなく支えだ。どうやら利用者の8割はホームレスではないらしい。正確に把握できないのは、ホームレス問題は見え辛いと同時に露呈しているからだ。そこでは様々な要因が絡み合う。第一に生活コストの問題。ニューヨークで住居を維持することがどれほど難しいか。さらに多くの問題の根底には精神疾患や薬物依存があり、私たちはそれらにも向き合わなければならない。
取材メモ:寄付金額(概算値)
2024年度Holy Apostlesの総収入は4,793,734ドルだった。最大の収入源は個人寄付である。政府の助成金も少しはあるが、あまりあてにはできないという。寄付が彼らの活動を支えており、寄付のおかげで食材の仕入れをはじめ、スタッフの給料、電気代、制服、インターネットなどの費用を賄えている。組織の運営には年間約520万ドルがかかり、活動を続けていくために、より多くのサポートが必要だとスターリング氏は語った。
マイケル 食べ物とはホームだ。家そのものとも言える。もし空腹のままならば、大人は眠ることができず、子どもたちは朝起きて学ぶ準備ができない。私は以前高級レストランで働いていた時よりも健康的でおいしい料理を作っているという自負がある。私たちは皆、いつかは自分たちの仕事が無くなる日を目指してここで働いている。
Holy Apostles Soup Kitchen
所在地:296 9th Ave, New York, NY 10001
HP:https://holyapostlesnyc.org/soup-kitchen-and-pantry/
Instagram:@holyapostlessoupkitchen
Holy Apostles Soup Kitchenへの寄付の詳細はこちら
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