VERONICA WORKS 小菅良彦[遠くの地図に点を打つ]
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福岡市別府の住宅地に小さなお店がある。扉を開けると、すぐ目の前のカウンターにチーズケーキが並んでいる。作っているのは小菅良彦(こすげよしひこ)さん。ただ一人だ。
「VERONICA WORKS(以下ベロニカワークス)」は、受注から製造、パッケージデザイン、梱包、発送、SNS・HPの更新まで、小菅さんが一人で行う。オーダーの9割はECによる受注販売で、顧客の6割は東京をはじめとする遠方にいる。カフェチェーン運営のスーパーバイザーなど、20年近く飲食業界に勤めた後、独立してたどり着いたのが"チーズケーキ専門店"だった。なぜチーズケーキだったのか。なぜ実店舗よりECを主軸に据えたのか。そこには味や製法へのこだわりとは別の、もう一つの論理があった。チーズケーキというプロダクトはあくまでも手段であり、目的は別のところにある。ベロニカワークスの商いについて話を訊いた。
起きている間ずっと考える
小菅さんは19歳で美容師として働き始めたが、勤め先の倒産により失業、22歳で飲食業界に入った。最後に勤めた会社では約10年にわたりカフェ運営のトータルプロデュースを担った。メニュー開発、撮影ディレクション、スタッフ教育、オペレーション設計。練度の低い新人アルバイトでも再現性をもって回せるよう、ロスと原価と収益を緻密に計算し「時計仕掛け」を作り続けた。
「一度やりだしたらずっとそのことを考えるタイプなんですよ。例えば『ドッジボールしようぜ』って集まったら、僕はずっとドッジボールのことを考えてしまう。でもみんなそこまでドッジボールするつもりはないじゃないですか。そのペースの違いが辛くて。たぶん人と共に働く能力がないから、自分でやった方がいいのかもしれない、っていうのに気づいたのが独立の本音のところですね」
コロナ禍の始まりと重なった開業準備中、テナントを探しながら何をするかを考えた。「勤めている頃から、仕事が忙しい妻のおやつ用に自宅でチーズケーキを作っていて『じゃあ本気バージョンを作って、お店屋さんになるかしら?』くらいの勢いでチーズケーキ屋になりました」。ただしその裏には、温め続けた一つの構想があった。奥様の出身地である天草の離島・御所浦島。電車を乗り継ぎフェリーに乗り、さらにフェリーを乗り継いで渡るその島で、過疎化が進む現実を目の当たりにしてきた。おいしい野菜、果物、魚が知られることなく、値もつけられず並んでいる。そういう場所が日本中にある。インターネットを通じて、遠くから・間接的に・何かできないか?
「生産者や生産地の紹介ができる機能的条件を満たすものであれば何でもよかったんです。好きより得意を選びました。あとは気合いです」
材料費以外は削ぎ落とす
ベロニカワークスの店舗内装はすべて小菅さんの手によるDIYで、コンクリートに見えるカウンターは木にエフェクトペイントを塗ったもの。床のブロックは1個90円のものを自分で敷き詰めた。もともとは段ボールを積んだ倉庫だった空間を店舗として開放したのは、開業当時に奥様が勤めていた職場の方々に「ここで買えないんですか?」と言われたことがきっかけだった。
「どうせ開けるなら、ちゃんと作るかって。これも気合いです」
パッケージイラストレーションをスケッチブックに描き、コンビニでスキャンしてPCに取り込み、印刷してラッピング。スタッフはいない。「全部一人でやる」という姿勢は、美学ではなく経営判断によるものだと言う。
「人を雇えば、採用費がかかる。教育に3、4カ月かかる。その間の人件費もかかる。そういう歯車が増えれば増えるほど、価格はどうにもならない理由で上がっていく。材料費以外の全てを削ぎ落として、その分を材料費に全振りする。算数でいうと、1+1+……が10になるところを、材料のコストを下げようとしたら、0.8+0.5+……となり10にはなりません。なので、材料費以外のコストを下げた分、1.1や1.2の材料を選んでいく。そうするとポジティブな加算で10が20になるかもしれない。数字は例えですが、そういうイメージで作っています」
生産者の声を聞くレシピ
現在ベロニカワークスが展開するチーズケーキは、パルミ&バニラ、ピスタチオ、抹茶、ゴルゴンゾーラ&パイナップル、ほうじ茶、マンゴーなど計10種類以上。フレーバーの多様さもさることながら、独特な仕入れの論理がある。
「素材の味をはっきり感じられること。それが軸です。抹茶だったら抹茶をゴリッと増やさないといけない。でもただ増やすだけでは単に濃い抹茶アイスになってしまう。そこに、お味噌汁の出汁のようにフランスのハードチーズ『コンテ』を忍ばせると、抹茶がふっと引き立つ。そういうパズルをやっています」
使う抹茶は、八女の老舗茶園・牛島製茶の特上品。「原価を無視して入れる」と小菅さんは言う。その抹茶を食べた遠方の人が「八女に行ってみようかと思ってくれたら」という構想と地続きになっている。
「六月のほうじ茶」と名付けたフレーバーには、農家との対話がある。玉露などの茶葉の収穫に追われる6月、農家はほうじ茶になる番茶まで手が回らない。その時期にあえて収穫した番茶だけで作ったほうじ茶パウダーは、他の時期にはない花のような香りを持つ。名前の由来を知れば、そのお茶を作った農家を、産地を、誰かが調べるかもしれない。
「完全に例えばですが、御所浦のみかんを使ったチーズケーキを食べた人が御所浦という島を知って、島を調べてみたら御所浦には魚釣り民泊があって、じゃあ、魚釣り好きだから行ってみようか……とかなればいいなと。地域貢献を現地でやろうとすれば行政に関わるような話ですが、ネット通販なら、それが遠距離から間接的にできる……かもしれないなと(笑)」
試作の失敗は数知れず、インスタグラムにもその記録を投稿する。いくつかの素材を購入して食べ比べ、組み合わせのイメージを先に持ってから作る。冷凍だからこその楽しみ方ができるレシピを組むことも最初から意識してきた。ここにECである必然性が重なる。
「インターネットのアルゴリズムは、好みに近い情報だけを手前に運んでくるじゃないですか。すると、例えばパン好きはパンの情報に囲まれ、チーズ好きはチーズの情報に囲まれる。同じ業界の人間は同じ業界の話題の中で完結して、やがて異業種の話は視界にすら入らなくなるように思います。あえて同一の文脈から外れた人たちに届けることで、情報は初めて意味を持つと考えています。チーズケーキというプロダクトで、全国どこにでも届けられるECで、知らない人の地図に小さな点を打つような感じです」
「やってみたらいい」とは言わない
「ECで一人でやっていると聞くと"自分にもできそうだ"と思って、やり方を聞きにくる人が結構たくさんお越しになります。でも宇宙空間にコンタクトレンズを落として探すような確率で、ネットで自分の商品を見つけてもらわないといけない。しかも見つけたとして、それが本当に自分に合うのか? という疑念がある。口コミが広がらないとプロダクトはなかなか動かない」
見つけてもらうための努力は永遠に続く。それを踏まえた上で、なお続けられるかどうか。小菅さん自身、最初から無風の荒野に立ったわけではなく、飲食業界で20年かけて積み上げた一定の人脈があった。教え子や後輩たちが「小菅さんが何かやるらしいぞ」と広めてくれた。それでも風が吹くまでには5年かかった。
「ネットでやれば売れるだろうとは思っていない。売れているように見えているだけのことが多いです。テレビ(『マツコの知らない世界』)に出ても、2日間だけ極端にご予約が増えて、3日目には通常運転でしたよ」
ここで経営規模が立ちはだかる。一人製造のキャパシティを超えないよう受注数をコントロールしているが、それは価格を守るためだ。価格が上がれば、様々な地域に興味を持つハードルも上がってしまう。目的と手段が価格という一点で結びついているため、事業を広げたくなったらチーズケーキとは切り離した別事業として立ち上げるつもりだと言う。そうすれば、この「ベロニカワークス・チーズケーキ部門」の価格は据え置ける。
誠実な仕事たち
そもそも最初からチーズケーキだけを売るつもりではなかったため、屋号に「チーズケーキ」という言葉は入っていない。VERONICAとは青い小さな花の名前だ。花言葉は「誠実」。WORKSは「作品」や「仕事」を意味する。
「生産者さんも、配送を担うドライバーの方も、小さなベロニカが集まって一つのWORKSができている。一輪の小さな花が集まった花束を届ける。そういう思いを込めています」
ロゴは、卵と牛の角を組み合わせたモチーフ。「元をたどれば、この味を出せるのはレシピを考えた自分より先に、鶏と牛のおかげなんですよ。だからそれをロゴにしました」と小菅さんは言う。
開業時にホームページに記した言葉がある。「私には華々しい経歴など無く、まだまだ知らないことばかりで勉強中の身ではございますが、離島に限らず、色んな地域の色んな素材を使用したチーズケーキを作り、お届けすることが、お客様の喜びと各地域の認知につながることを願っています」。SNSの投稿は、集客のためではなく、コロナ禍で鬱屈した人が読んで娯楽になるものを書いてきた。その名残で、今も飾らず、ありのままの言葉を紡ぐ。なぜならフォロワーが増えても、売れ行きが一夜で変わることはないと知っているからだ——
注文メールを確認し、予約分を作り、梱包し、発送し、SNSに投稿する。それを毎日繰り返す。「届いた先で、いつか御所浦の景色を見たいと思う人がいるかもしれないから」と小さく言った。
VERONICA WORKS
住所:福岡県福岡市城南区別府6丁目2ー10 ローゼ1991 102号
*ECに加えて、上記店舗でも一部商品を販売中
HP:https://veronicaworks.jp
Instagram:@veronicaworks.j