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野母崎樺島製塩所 加藤笑平[海の恵み、人の営み]

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長崎半島の南、野母崎樺島町。東シナ海対馬海流の外海と有明海橘湾の内海とがぶつかり、南風が吹く島の漁港の端に、小さな製塩所がある。加藤笑平さんが作る塩「母の海」は、海水をそのままじっくりと炊いた「煎熬塩」と、塩分濃度を濃くした鹹水を低温で長時間煮詰めた結晶の大きな「樺塩」、そして太陽の力だけで結晶化した「天日塩」がある。美術家としても活動する加藤さんは、週に約4.5トンの海水から60~90キロの塩を生産し、絵を描く。

ブリコラージュ

加藤笑平さん 加藤笑平さん

製塩所に足を踏み入れると、その雑然とした光景に驚く。

「ぜんぶ廃材ですね。この建物も。塩も廃材や山の木を薪にした熱源で炊きます。クロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』でブリコラージュという、"手元にあるもので何とかする"、"ゴミと思われていたものを必要なものに変える"といった思想が提示されたんですが、それに近い。僕にとって、買うという選択肢は一番最後にあって、身の回りにあるもので、必要なものを作ったり、価値転換していくことを大切にしています」

廃材で組み立てた小屋。解体屋から貰った鉄板を溶接して自作した釜。天日干しは病院から譲り受けたガラス製の薬品ケースで行う。ラボのようなアトリエのような製塩所にその身を置いて、一人で塩屋を営んでいる。

天草での6年半

加藤笑平さん

加藤さんは東京生まれ。21歳で故郷を離れた。

「美術家として活動する中で『生きるとは何か?』というのを、テーマというか、ずっと考えていて。その答えって、多分、地元には無いんじゃないかなと思って」

アートワークショップの仕事を通じて天草へ行った。地域の子どもたちとの触れ合いや、御所浦島でのアートワークショップを通じて、加藤さんは本質的な、生きていくための根源性を感じたという。地元の人々が漁港の脇で、生け簀から巨大な鯛を引き上げ、目の前で締めて食べさせてくれる。「モンゴルの人たちが山羊一頭さばいて客人をもてなすみたいなこととか、日本だと喫茶去の精神があるじゃないですか。そこにすごく、根源的なものを見つけた気がしたんです」。

移住後、米作りを始めた。佐伊津町で天草在郷美術館というアートスペースを運営しながら、隣の田んぼで米を育てた。天草での生活を通じて、生きるために必要な技術は、米と塩にあるのではないかと気づき始めた。23歳の時、師匠との出会いが重なり、「天草塩の会」で6年半にわたり製塩技術を学んだ後に独立。2020年6月に野母崎樺島町に移住した。その直後に師匠が逝去された。散骨をされたと聞いた。

野母崎の海で

野母崎を選んだ理由はシンプルだった。天草で配達をしていた時に見つけた西の半島。「大江から苓北まで車を走らせてここが見えたんですよ。見えたから行ってみようかなと」。樺島は人口400人弱の島。子どもがほとんどおらず、働き口も少ないため人々は島の外に出ていくことが多い。漁業従事者もほぼ年金暮らしという。様々な海流がもたらす複雑で豊かな海水の味に魅了され、自身の営みの場を決めた。

加藤さんが塩づくりで最も大切にするのは、ミネラルバランスだ。

「塩化ナトリウムを核として、その周りにこの地球上の様々な元素が付着して初めて塩と呼ぶことができるんです。だからイオン交換膜法で作られるような、99.9パーセントの塩化ナトリウム濃度、俗に食塩と言われているものは実は塩ではない。ただの塩化ナトリウムです」

カリウムやマグネシウムは血圧を下げるが、塩化ナトリウムだけでは血圧を上げる。バランスの取れた塩は、人間の身体を正常に保つという。

「僕らの体ってやっぱり海水とリンクとしているんです。ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムといったミネラルは体内に含まれていて、海水にも同じ元素が含まれている。ミネラルには2つの大事な役割があって、1つ目は細胞の水分バランス。細胞の中と外のミネラル濃度が違うと、細胞は膨らむか、萎むかしてしまい正常に機能できない。2つ目は神経の電気信号。ナトリウムとカリウムのやり取りで電気信号が作られ、カルシウムがそれを中継するので、そのバランスが狂ったら神経は上手く働かず、精神状態も不安定になる」

加藤さんはさらに「天然塩」という言葉の矛盾を指摘する。

「言葉がもう変だと思うんですよ。元を辿れば海水で、塩は塩。ただそれだけです」

海水を煮詰めていく過程で、塩分濃度が27%、28%、29%と高まるにつれ、付着するミネラルの組み合わせが刻々と変わっていく。最初から最後まで目を離さず、現在の海のミネラルバランスをそのまま塩に映し出すように釜に寄り添い煮詰め続ける。煮詰めた後、釜の中で天地返しをして混ぜ、甕や樽に移して寝かせ、また混ぜる。ざるで揚げ、丁寧ににがりを分離させる。容器に移してさらに3回ほど混ぜ、検品して袋詰めする。全工程の手作業が、加藤さんの塩づくりだ。

一人でやっているので

「母の海」は全国に約100軒の直取引先がある。あるパン屋では月に5キロ、最も多く使ってくれるところで月20キロ近くを卸している。各店のシェフたちと対話し、彼らがどのように塩を使うかを理解する。「塩も季節で味が変わるので」と、旬の塩を届けることにこだわっている。また近年はにがりの活用にも力を入れており、250mlから2Lのロットで販売している。塩づくりの過程で生まれるこの副産物は多くの可能性を秘めている。

「たとえばパスタの茹で汁に、一人前だったらキャップ一杯か半分ぐらい入れるとアルカリ性が強くなる。イタリアの水のように硬度が上がります。そうなると、パスタ麺の旨味がお湯に逃げ出しづらくなるそうです」

野菜や豆を茹でる時にもにがりを加えることで、食材の旨味が逃げず、引き締まるという。既に一部のレストランで採用されており、パン職人たちからの関心も高いそうだ。

開業から6年目。加藤さんの釜は薄い鉄板で作られていたため歳月の中で劣化していた。本来は本釜と予熱釜の2段構成で運用されていたが、本釜が朽ち始めている。「予熱釜で温まった海水を本釜に移して炊き上げていたんですけど、もう本釜が限界なので、一度壊して、新しい釜を厚めの鉄板で作ろうと考えています」。新しい釜が完成すれば生産量は増える。塩田の建設も検討しているが、「まあ、一人でやってるんで限界があります」と笑う。毎日17時間炊き続ける日もある。その傍らで絵を描き、顧客対応を行う。

存在の証明

塩づくりと芸術活動。一見異なる営みだが、加藤さんの中では同じ根から生えている。「塩は肉体と精神を支える核。そこから個人の持つ観念的な世界を支えてくれるのが芸術だと考えています」。両者を追求することで、加藤さんは「生きる」を実践している。塩を炊いて出るススや灰やカルシウムなどを顔料に絵を描く。樺島ストアハウスという自身が営むアートスペースで自他の作品を展示販売する他、様々なアーティストや地域の人々と交流する。

「塩って誰でも作れるし、絵ってみんな描けます。僕が作った塩も絵も『誰にでもできる』みたいに思われてもいい。ある日、それを享受した人が『感動した!』と言ってくれたら、僕も同じくらい感動できるんです。ただそれだけです。その循環で生きています」

『か、える(ことができる)or get some, can be back into the earth』(2021)加藤笑平

難しい技術や特別な才能ではなく、丁寧に向き合い続けることの中に機械化できない人の営みがある。「現代社会は複雑すぎると思う。枠や縛りが多すぎる。すべてシンプルなもので破壊したい気持ちがありますね」。近年の海の変化についても「海を変えないように、とかは難しいと思うんです。変えたくないというのは人間の傲慢さ。変わらないものなんて何もない。マイクロプラスチックだって、人間が生み出したものならば、人間というフィルターを通して海に帰せばいいんです」と言う。「ただ生きている」日々を貫いて生まれた塩の結晶は、「今ここにいる」ことの証明なのかもしれない。

「よかったら海水、飲んでみてください」。借りたコップで優しく海面をなぞるように掬い、そのまま飲んでみる。「ね、おいしいでしょう?」と加藤さんは笑みを浮かべる。舌馴染みの良さに懐かしさを覚えた。

野母崎樺島製塩所

所在地:長崎県長崎市野母崎樺島町1
電話:09044395088
HP:https://www.hahanoumi.online
母の海 Instagram:@hahanoumi925
加藤笑平 Instagram:@showheykato