100人の仕入れリスト #007 佐々木 元(la boutique de yukinoshita kamakura)
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article:
Tomomi Sumida
pictures:
Yuya Okuda
製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない大切な材料や道具がある──。
常に仕入れリストの中に居座っている材料や手放せない調理器具をご紹介いただき、そのこだわりを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。
今回お話を訊いたのは、国内外の様々なコンクールでの受賞歴を持つパティシエの佐々木元さん。都内有名店での修行を経て、2022年10月より神奈川県鎌倉市にあるla boutique de yukinoshita kamakura(ラ・ブティック・ドゥ・ユキノシタ・カマクラ)のシェフパティシエに就任した、注目の人だ。
次に働く店として数ある誘いがある中、la boutique de yukinoshita kamakuraに決めた理由は「この店舗のことはすべて任せるから好きにやってほしい」という社長の言葉。ショーケースには、自分がおいしいと思って作ったお菓子だけを並べたいと考えていた佐々木さんにとって、願ってもいない話だった。
シェフパティシエ就任から、1年と少し。若手のパティシエたちから厚い支持を受ける佐々木さんにとって、欠かせない材料や道具とは。
<プロフィール>
佐々木 元(Sasaki Gen)
1990年生まれ、三重県出身。専門学校を卒業後、パティスリーキャロリーヌ、マテリエルにて修行を重ね、両店でスーシェフを務める。フランスで開催された「ルレ・デセール シャルル・プルースト」杯で準優勝するなど、輝かしい経歴の持ち主。2022年10月より、la boutique de yukinoshita kamakuraのシェフパティシエに就任。
ようやくプロのパティシエになれた
la boutique de yukinoshita kamakuraで働くようになって仕事がより楽しくなりました。トップとしてケーキを考えるようになるとこんなにも違うものかと、自分でも驚いています。前の職場のマテリエルでスーシェフとして働いていた頃は、トップである林正明シェフの考えたレシピをその意図を汲み取りながら作ること、後輩たちのケアをしてみんなが働きやすくすることが、主な仕事でした。合間にシェフの仕事を盗んだり、勉強もしたりして。それが、自分がトップとなり「ケーキを生み出すこと」が仕事の中心になって、すごくやりがいを感じるとともに、やっとプロのパティシエになれたと実感しています。
ただ、ケーキを一から作り上げるのはすごく大変です。今まで「誰かのレシピ」でしか作ったことがない人は、「自分のケーキ」を作れないんじゃないかな。僕もはじめてコンクールに出すケーキを作ろうとした時に、壁にぶち当たりました。全然やり方がわからない。おいしいケーキのレシピがあったとして、パーツを拾ってきて合体させるだけでは、全然おいしくならないんですよ。材料はおいしいから、もちろんまずくはないんですけどね。この組み合わせだとオレンジが弱い、このパーツの食感が硬い、余韻にもう少し香りがほしい、などを自分で感じ取って、直す力が必要なんです。とはいえ、経験が浅いとどうやって直していいかもわからない。そんな時僕は「この人のケーキ、おいしい!」と思うシェフに電話してアポを取って、自分が試作したケーキについて意見を聞きに行っていました。言われたことを試しているうちに、こう変えたからこの味になるんだなって段々と理解できるようになるんです。そうして一つのケーキを作り上げた経験がある人とない人では、パティシエとしてすごく大きな差が生まれます。自分のケーキにすぐにOKを出さずに、試作して試作して試作して、本当においしい味を追求してほしいです。もし悩んだら、僕のところに来てもらってもいいです。僕の作る味を信頼して、おいしいと思ってくれているということなので大歓迎です(笑)。頼られるのは、やっぱり嬉しいもんですよ。
essentials of 佐々木元
- 1. 乾燥薔薇「さ姫」 / 奥出雲薔薇園
- 2. ピエモンテ産 ヘーゼルナッツホール / NUTMAN
- 3. 冷凍瀬戸内レモン ストレート果汁 / ポッカサッポロ
- 4. わざと切れなくしたペティナイフ
- 5. 反らしたミニL字パレット
- 6. ナッペ用カード
- 7. 繋ぎ目のない薄いステンレスの丸抜き型
1. 乾燥薔薇「さ姫」 / 奥出雲薔薇園
さ姫を知る前は、薔薇を使ったお菓子には良いイメージがありませんでした。これは自然のものなので香料のようなわざとらしい感じがなく、芳醇で華やかな香りがお気に入りです。薔薇は酸味のある果物との相性がいいので、フランボワーズなどベリー類に合わせることが多いです。夏場には、この乾燥薔薇を煮出した水分をジュレにした、巨峰のヴェリーヌがよく出ました。薔薇をメインとしたお菓子を作るというよりは、薔薇の香りを加えることで奥行と華やかさを持たせるイメージでしょうか。お客さまに付加価値を感じていただきやすいので、頼りにしているアイテムです。
2. ピエモンテ産 ヘーゼルナッツホール / NUTMAN
市場でよく出回っているヘーゼルナッツは、トルコ産のものです。僕も以前はトルコ産を使用していましたが、一度このピエモンテ産のヘーゼルナッツを食べてしまうと戻れません。トルコ産はなんの味も香りも感じないというか、ただのナッツ。「今までこれをヘーゼルナッツだと思って食べていたのか……」と、ショックを受けました(笑)。店で出している「ショコラ・シトロン・ノワゼット」や「ミゼラブル・ノワゼット」、自家製プラリネなどのヘーゼルナッツは、全部このピエモンテ産です。
3. 冷凍瀬戸内レモン ストレート果汁 / ポッカサッポロ
お菓子によく使われるアメリカ産のレモンジュースやポッカレモンって、そのまま飲むと喉にガーっときませんか? 酸味が強くて、とげとげしい味というか。この瀬戸内レモンジュースは、ほんのり甘みがあって香りもよく、そのままでも飲めるんです。スペシャリテの「シトリン」など、レモンが主役のケーキの時に使うと、アメリカ産のレモンジュースに比べてやわらかい味になるんです。500gで1400円ほどと高価なので、酸味を足すくらいの用途の時はアメリカ産を使用するなど使い分けています。
ちなみに「シトリン」に使っているレモンピールは市販品ですが、一度水洗いしてから使っています。砂糖や保存料などの嫌な味を抜いてふやふやの味のしないレモンにしてから、改めてシロップで味付けをするんです。1kgが500~600gほどに減ってしまいますが、自然な味に仕上がります。我ながらいいアイディアだと思っています。
4. わざと切れなくしたペティナイフ
刃の薄いペティナイフをコンクリートで傷めつけたものです。ナイフがして欲しくないであろうことを、すべて僕にされてしまったナイフ(笑)。先も丸く整えてあるので、何も切れません。このナイフなら、例えば天板から生地を剥がす時に使っても、下に敷いてあるシルパットをうっかり切ってしまうことはありません。他にもチョコレートを扱ったあとのカードの汚れをぬぐったり、シルパットをきれいに敷き込んだりと、なにかと便利なんです。
それに、一流シェフがケーキを作る作業台が汚かったり、道具があっちこっちに置いてあったりしたら、かっこ悪いですよね。マテリエル時代、林シェフに徹底的に指導されたので、僕も今は後輩たちにしつこく言っています。きれいに整えて作業した方が、結果いい仕事につながります。
5. 反らしたミニL字パレット
例えばプチガトーにグラサージュをかける時、パレットナイフのすべての面を使って行なうと端の方のグラサージュが剥げてしまうことがあるんです。la boutique de yukinoshita kamakuraのプチガトーは球体のものが多いので、真ん中だけちょちょっと触ってグラサージュを落としたいのでこれを使っています。反らしてあるのでパレットの先端だけ使えて、余計なところに触らずに作業できるんです。普段から、1秒でも早くきれいに仕上げられる方法はないか考えているので、こんなちょっとした工夫でも閃いた時は嬉しいですね。パズルが解けたみたいな気分です。
6. ナッペ用カード
ジェノワーズをマスケする時、ふつうはパレットを使いますよね。でもパレットだと、回転台とケーキの接地している部分が、ケーキを持ち上げた時にほんの少しギザギザした見た目になるんです。このカードは下側だけ尖らせてあることで回転台にクリームがつかないので、台紙に移す時にクリームがバサッと剥がれない。台紙の上に、ケーキをピシッと直角に美しい状態で置けるんです。一般的には、パレットが使いこなせないからカードを使うんだと思われるかもしれませんが、そうじゃない。より美しく粗のないケーキを作るための方法はないか考えて「パレットでやるのが当然」という固定概念を捨て、カードを使う方法に辿り着きました。自分でカットすれば、壺のような形など色々な形に出来るのもいいんです。
7. 繋ぎ目のない薄いステンレスの丸抜き型
合羽橋にある、キッチンワールドTDIで買ったノーブランド品で、チョコレートのパーツを作る時に使っています。継ぎ目がないことで、きれいな真ん丸に抜けるんです。継ぎ目があるものとの違いは、見比べればハッキリわかりますよ。それと薄いのもポイントで、チョコレートを潰すことなくバリのない仕上がりになります。道具からインスピレーションが沸くことも多いので、カタログを見たりAmazonで検索したり普段からよくしています。
かっこいい仕事がしたい
時々「コンクールって意味あるんですか?」と言われることがありますが、絶対にあると僕は思っています。美的センスは磨かれるし、完成まで作り上げる忍耐力はつくし、同じように頑張る仲間もできるし、審査員をしている偉大なシェフたちに直接アドバイスまでもらえる。挑戦してマイナスなことなんて、一つもないです。有名なシェフでも「コンクールとお菓子づくりはベクトルが違うよね」なんて仰る方もいますが、僕はシンプルに考えて飴細工ができるパティシエとできないパティシエなら、できるパティシエでありたいです。だって、その方がかっこいいから。お客さまからどんなジャンルの注文がきても「俺はできるけどね」と答えられる自分でいたいんです。その方がお客さまに喜んでいただける。
これはマテリエルの林シェフから影響を受けたんです。林シェフは、飴細工もできて、ショコラもできて、パンもできて、アイスもデセールもできる方です。「できないやつがあるとダセェだろ」と言われて、正直なところ僕もはじめはわからなかった(笑)。でも5年間一緒に働いてみて、どんな依頼がきてもこなすし、若手のパティシエからどんな質問をされても答える林シェフはかっこいいし、言うこと一つひとつにすごく説得力があった。僕が林シェフに憧れたように後輩たちに「かっこいい」と思ってもらえるよう、これからも頑張ってかっこつけていきたいです。
la boutique de yukinoshita kamakura
住所:神奈川県鎌倉市小町2-12-25
電話:0467-53-9692
営業時間:10:00~18:00(不定休)
Instagram : @gen__sasaki
@yukinoshita_kamakura
HP : https://yukinoshita.info/