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100人の仕入れリスト #010 平山哲生(パンストック)

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article:Ryoko Sakane
pictures: Yuya Okuda

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製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具だったり、礎となっているような大切なものがある──。 常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。

今回お話を訊いたのは、福岡市内で2店舗を営み、全国的な人気を博する「パンストック」のオーナーシェフ平山哲生さん。平山さんは2010年の独立開業後に国産小麦を軸にしたパンを作り始め、地元九州の小麦も多用してきた。店内には、それら小麦の個性を表現するマニアックなハード系パンもあれば、スッと口溶けのいい食パン、多彩な惣菜パンや菓子パンもある。取材した天神店は九州随一の繁華街に近い天神中央公園内に立地し、幅広い客層を集めている。「一生パンを作り続けたい」という平山さんにとって、欠かせない材料や道具とは。

<プロフィール>
平山 哲生(Tetsuo Hirayama)
1975年生まれ、福岡県出身。福岡大学法学部卒業後、「パン・ナガタ」(福岡)に勤務。フランスでの研修を経て、「ユーハイム・ディ・マイスター」や「ダンディゾン」など東京の人気ベーカリー数店で働き、2006年帰郷。「パン・ナガタ」で店長として勤務したのち、2010年7月福岡・箱崎の住宅街に「パンストック」を独立開業。2019年、2店舗目となる天神店を天神中央公園内に開業。著書に『パンストック 長時間発酵のパンづくり』(柴田書店)がある。

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まじめに、地道に、コツコツと。

パン職人になったのは、大学卒業後に進路を決めかねていた時期、たまたま求人募集を見つけて入ったパン屋のアルバイトがきっかけです。もともと僕は洋服やバイク、建築やインテリアなどが好きで、食への興味は薄い方でした。当時はパン屋になるつもりは全くありませんでしたが、たまたま配属された店で「こんな人になりたい」と思える店長との出会いがあり、パンづくりにのめり込んでいきました。

それからもう26年。独立開業してから14年が経ち、2店舗目も夏には5周年を迎えようとしています。

公園の景観に溶け込む独特な建物の天神店は、福岡のロースタリー「コーヒーカウンティ」とのコラボショップ。

2店舗目を出した最大の理由は、ドイツ・ホイフト製のオーブンです。輸入業社さんのテストキッチンで一度体験してその焼き上がりのよさに驚き、「世界一のオーブン」と10年来憧れていました。ただ、このオーブンはミニマムでもかなりの大型サイズ。また、窯の周りにオイルを循環させることで加熱するという構造上の理由から、セミオーダーメイドで造り付けに近い形での設置が必要です。そのため、このオーブンを備えた店を出すなら、建築条件が大きな課題でした。この店は、天神中央公園の再開発にあたり、公園内に新たに誕生した商業施設の一角にあります。建物も新築で念願のオーブンを設置できるとわかり、ここで挑戦してみようと。開業前はドイツのホイフト本社を訪ねて説明を受け、新たにプレドウメーカーなども導入することにしました。天神店は、世界一の機材を揃えて、最高レベルを目指そうと考えてスタートした店なんです。

このオーブンで焼いたらすごいパンができるだろうと思っていましたが、いざ導入してみると最初は焼き加減がつかめなくて、難しいことも多かったですね。加熱のパワーが強いぶん、思ったより膨らみすぎてクラムがカスカスになってしまったり、窯の保湿性も高いので、焼き上がりに水分が残りすぎてネチッとしてしまったり。一方では、このオーブンだからこそ焼けるパンも、もちろんあります。使い始めて5年が経とうとしている今、ようやくこのオーブンの可能性が見えてきたという気がします。バイクに例えるならば、今までの250ccから400ccに乗り換えたからっていきなり速くなるわけではないのと同じです。むしろ乗り慣れていないぶん、250ccでうまくコントロールできていた時よりいったん遅くなったりするものです。でも、乗り慣れてくれば250ccでは出せない速度に到達できるし、新たな世界が見えてきます。

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2店舗目を出店し、このオーブンを導入したことで、自分のパン作りにもまだまだ伸び代が増えました。世界一のオーブンを使ったらどんなパンが生み出せるのか? こうして毎日研究して、少しずつよくなっていくのが面白い。パン屋の仕事というのは、基本的には毎日毎日同じことの繰り返しです。でも、そのなかにも日々変化や進化がある。僕はパン作りに飽きることはありません。真面目に、地道に、コツコツとパンを作り続けたいと思います。

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essentials of 平山哲生

  1. 1. 「水車印」全粒粉/梅野製粉(福岡)
  2. 2. 「夢むすび」/熊本製粉(熊本)
  3. 3. 前田農産の「キタノカオリ」/江別製粉(北海道)
  4. 4. オイルデッキオーブン/ドイツ・ホイフトHeuft社/ジャーマンサービス
  5. 5. スパイラルミキサー/ドイツ・ディオズナDIOSNA社/ジャーマンサービス
  6. 6. プレドウメーカー/ドイツ・イーゼンヘーガーIsern äger社/ジャーマンサービス
  7. 7. アンティークランプ/Gras Lamp/Krank

1.「水車印」全粒粉/梅野製粉(福岡)

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筑後平野の中心、八女で代々水車挽きの製粉所を守ってきた梅野製粉さんとの出会いは、今では中学生になる娘のベビーカーを買いに行った日に遡ります。ベビーカーショップの女性スタッフさんが、僕がパン屋と分かったら「私、もうすぐ結婚して『梅野製粉』に嫁ぐんです」と教えてくれました。そして、その2年後、彼女から「覚えてますか?」と電話があり、完成したばかりのパン用小麦粉のサンプルを送ってくださったのがはじまりです。

それまで、全粒粉のパンを試作してもどこかフスマくささが残ったり、また挽いてから時間が経つとそのフスマ臭の濃度が上がるような気がしていました。でも、梅野さんからいただいたサンプルは、ザラッと粗い質感で香りがよかったので「もう少し細かく挽いてみてください」とお願いして。最初は専用の粉袋もなかった2013年ごろから僕が使い始め、今は全国のパン屋さんが使ってくれるようになりました。家族の思い出ともつながる、とても愛着のある小麦粉が今や全国に広がったのも感慨深いですね。店では、シグネチャー商品のライ麦パン「パンストック」や全粒粉のパン「黒ストック」をはじめ、さまざまなパンに使っています。

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「パンストック」の断面。このパンの原型は、平山さんがパリに住んでいた冬季に食べた「ジュリアン」という店のパン・オ・ルヴァン(自家製酵母種のパン)。

2. 「夢むすび」/熊本製粉(熊本)

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この小麦粉は、熊本製粉さんと一緒に考えた銘柄です。コンセプトは「カメリヤに替わる国産小麦粉」。パンストックでは、開業して1年ほどは外麦を中心に使っていました。そこから徐々に国産小麦にシフトしていく中で、国産小麦のなかではタンパク量が多い北海道産の「ゆめちから」と、香りがいい九州産の「ミナミノカオリ」をブレンドして使っていたんです。それを知った熊本製粉さんに比率を教えてと頼まれ、何度か店でサンプルを試作して製品化されました。この小麦のよさは、製パン性・価格ともに“ちょうどいい”ところだと思います。僕は国産小麦の普及を目的に活動するNGO法人・新麦コレクションの九州支部長を務めていますが、国産小麦のシェアを高めるためには、たとえば小回りの効かない大規模工場であっても、外麦から切り替えを検討できる使いやすさが必要ですよね。パンストックでもミルクの味を前面に出したいと考えた「白ストック」や食パン、菓子パンなど多くのパンに使い続けていて、使用量の多い小麦粉の一つです。

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溶けるような食感に、甘い香りの「白ストック」。一見、何気ないシンプルさの中に、平山さんがこれまで積み重ねてきた知識と技術が詰まっている。

3. 前田農産の「キタノカオリ」/江別製粉(北海道)

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僕が国産小麦に興味をもつきっかけになった小麦粉です。北海道・本別の前田農産が栽培し、江別製粉が製粉しています。師匠の志賀(勝栄)さんがこの小麦を使って焼いたパンを初めて食べて、「こんなにもちもち、しっとり焼き上がって甘い国産小麦があるんだ」と。僕だけではなく、前田(茂雄)さんのキタノカオリは、美食を考えるパン職人たちの心を一気に国産小麦に惹きつけた象徴的な小麦なんです。自分が発掘した小麦ではありませんし、栽培が難しいようで希少品種のためあまり流通していませんが、僕にとって国産小麦の初めの一歩。師匠から受け継いだバトンとして大切にしたい小麦です。このキタノカオリで作るリュスティックを、店では「前田さんのキタノカオリ」という名前で売り続けています。

手ごねのリュスティックは、配合も工程もごくシンプル。できるだけ手を加えずにパンにするので、小麦の個性があるがままに表われる。

4.オイルデッキオーブン/ドイツ・ホイフトHeuft社/ジャーマンサービス

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一度試し焼きをさせてもらった時から「このオーブンがあれば、もう何もいらない」とまで思っていたオーブンで、価格も超高級車を一台買えるぐらい高価です。パンは、焼成の時に中心温度を上昇させることでデンプンがいい具合に糊化して、つるりと口溶けがよくなります。このオーブンには、その中心温度をガンと一気に上げるパワーがあります。一方、窯の保湿性が非常に高いので、じつはパンストックに多い高加水のパンとはあまり相性がよくないところもあります。だから、本店と同じパンも同じ配合ではうまく焼き上がらなくて、少し水のパーセンテージを変えたり、細かく調整しながら天神店は天神店なりの配合を組み立ててきました。逆に、こちらの店でうまくできたパンを箱崎で作っても同じようには焼き上がりません。不思議な感じもしますが、2つの店を持ってパンを作る面白さでもあります。

5. スパイラルミキサー/ドイツ・ディオズナDIOSNA社/ジャーマンサービス

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独立開業時から使い続けているミキサーです。ミキサーは、フックが太い方がミキシングのパワーが上がります。これも車に例えるなら、同じ速度でも軽自動車が排気全開で走るのと、3000ccくらいの車が余裕を持って走るぐらいの違いがある。ディオズナでミキシングした生地は、伸展性やなめらかさがやっぱり違うんですよね。このミキサーも価格は通常のミキサーの何倍もしますが、その価値はあると思います。

6. プレドウメーカー/ドイツ・イーゼンヘーガーIsern Häger社/ジャーマンサービス

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これは「アロマ」と呼んでいる湯ゲル(水分量の多い湯種)の一種を作るための機械です。通常湯ゲルは、粉と水を混ぜ合わせてから火にかけて、たとえば60℃以上など一定の温度まで熱したらそこで完成です。しかし、この機械では一定の温度を6時間保つことによって酵素の活性を持続させ、デンプンの酵素分解を進めることができます。出来上がったアロマを加えると、リーンなパンでも生地に穀物由来のほんのりとした甘みや口溶けのよさが感じられる。現時点では、世界的に見ても先端の技術だと思います。天神店の開業時、オーブンやミキサーも含めて、最高を追求するなら最高レベルの出力を期待できるセッティングでスタートしたいと思いました。最高を目指すエネルギーと「このへんでいいか」と妥協したエネルギーは、目に見えなくても絶対違いますから。結果はともあれ、大前提としてベストを目指し、その実現に向けて最善の設備を整え、最大限の力を尽くしているという意識を大事にしています。

7. アンティークランプ/Gras Lamp/Krank

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独立開業する時にも同じものを購入して2店舗にそれぞれ置いているランプです。1921年にフランス人のベルナール・アルバン・グラというデザイナーの作品で、コルビュジェが愛用したことでも知られている工業用ランプです。僕はバウハウスが好きですが、デコレーションもなくシンプルで、イノベーティブでありながら普遍的な価値のあるデザインは、既存の装飾的なデザインへのアンチテーゼでもあったと思うんです。とても人気のあるランプなのでレプリカも数多く流通していますが、これは当時のアンティーク。特徴は、木製の土台と関節の受け継ぎ部分が丸くなっているところで、好きな方は見たらアンティークとわかるはずです。開業前でお金がない時代、本物はなかなか高価で大きな出費ではありましたが、気合いで買いました。僕にとってこのランプは、自分も彼らの意思を受け継ぎたい、そういう存在であり続けたいという決意表明でもあります。さほど明るくもないし何の役にも立たないのに、わりと目立つ場所にあるので、スタッフからは、「なんで、このランプここにあるんですか」などと言われたりしますが(笑)。目にすると初心に返って、よし頑張ろう、と思える大切な存在です。

みんなが、自然にまた食べたいと思うパン

パンストックという店は、「普通のパンを、より美味しく」が基本のコンセプトです。食パン、クリームパン、あんパン、メロンパン。こうした誰でも好きなパンが食べると抜群に美味しくて、価格もそこまで高くない。食べ終わった後でほんのり甘い余韻が残って、子どもも大人もみんなが「なんか美味しいね」「また食べたい」と思ってもらえるようなパンがパンストックらしいと思っています。こうした万人に喜んでいただけるようなパンの一方で、バゲットやライ麦パンなども研究を重ね、コアなパン好きの方々にも喜んでもらえるものを置いている。そのバランスが、長く店を続けてこられた秘訣かなと思います。

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今、研究しているのは丸パンです。日本人にとってのスタンダードなパンを考えた時に、思い浮かぶのは子どもの頃におやつでよく食べたようなやさしい味わいのシンプルな丸パンでした。みんなが知っている丸パンを、どうしたら食べたことがないくらい美味しく、食べ飽きないパンにできるだろう? と考えて、九州産のマスカルポーネチーズとバターを使い、甘酒で味わい深い奥行きを出して低温でじっくり熟成させたパンを作り始めました。見た目はただの丸パンですが、パン屋としての最高の技術と最高の材料を注ぎ込んで作っているパンです。

あとは、店の名前をつけた「パンストック」というライ麦パンも、そこから派生させた新たな配合を組み立てているところです。ライ麦の比率や加水率を変えては焼き上がりを見ています。もっと美味しいパンに近づくように考えては、作ってみる。そんな日々の繰り返しが僕にとっては大切で、本当にパン屋になってよかったと思うのです。

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パンストック天神店
住所:福岡県福岡市中央区西中洲6-17 stock
電話:092-406-5178
営業時間:8:00~19:00 (定休日:月曜+第1・第3火曜)
Instagram : pain_stock_tenjin
HP : stockonlineshop.com/