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100人の仕入れリスト #013 堀内文(fumigrafico)

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pictures: Yuya Okuda

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製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具、礎となっているような大切なものがある──。 常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。

今回お話を訊いたのは、東京都元代々木町「fumigrafico」の堀内文さん。代々木八幡駅からほど近い場所で厨房に小さな小窓をつけた店舗を構え、市販の酵母を使わずに自家培養発酵種だけで作ったパンを販売している。

「店主ひとりのマイクロSourdough(サワードウ)ベーカリー」と自身を位置づけ、製造から販売までをすべてひとりで手掛ける堀内さんにとって、欠かせない材料や道具とは。

<プロフィール>
堀内文(Fumi Horiuchi)
グラフィックデザイナーとしてデザイン事務所に勤務。独立後、趣味だったパン作りにのめり込み、SNSを通じて世界の作り手と交流を図るなどして自身のパンのスタイルを確立。レストランへの卸し、マルシェ出店やオンラインストア販売などを経て、2021年7月に渋谷区元代々木町に現在の店舗をオープン。サワードウやバゲットなどベーシックな食事パンのほか、日替わりで数種類のパンを製造から販売までひとりで手掛けている。

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デザイナーからベイカーへ

私はパン屋で働いた経験がなく、そもそもパン屋になろうとも思っていませんでした。もとはグラフィックデザイナーとして事務所勤務をしていて、パン作りは趣味でした。転機となったのは、英語の勉強を兼ねてInstagramを始めたことです。 “何かを発信するなら1テーマに特化したアカウントのほうがいい”と聞いたので、趣味で焼いたパンに英語のコメントを添えて投稿していました。

初めて焼いたパンはレシピどおりに作ったつもりでも食べられないくらい固くて…。どうしたらおいしく焼けるのか、試行錯誤しているうちにのめり込んでいきました。Instagramでフォローしている海外のベイカーさんたちのようなかっこいいパンを焼いてみたい! と思い、自宅でいろいろ試してはInstagramに投稿していました。コメントをし合うことで次第に世界中のベイカーさんとつながり、レシピを教えてもらえたりするようになりました。

そうこうしているうちに、自宅のオーブンでは満足できなくなりました。カンパーニュは1個しか焼けないし、バゲットも斜めに1本だけで…。家庭用のコンベクションオーブンではなく、もう少し大きなデッキオーブンで焼いてみたい、という気持ちがふくらんできました。デザイナーとして独立したタイミングで、小さなアトリエを借りて念願のデッキオーブンを購入。高価なオーブン代ぐらいは賄えたらいい、くらいの気持ちでパンの販売を始めました。

ちょうどコロナ禍と重なったこともあり、fumigraficoの始まりは、オンラインストアなどの無店舗販売でした。当時のアトリエでは、武蔵Filsを使っていました。家庭用のコンベクションオーブンよりは大きくてずっと使いやすかったですが、すぐに物足りなくなってしまいました。そんな時に今の物件に出会い、まわりの助けもあり…、本当にいろいろな出来事があったのですが、あまりにも短期間で多くの決断をしたので、気が付いたらパン屋になっていた! という感じです。

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北海道産小麦を使用したバゲット(左)と、フランス・シャンパーニュ地方の小麦をメインに3種類のフランス産小麦を配合したバゲット(右)

essentials of 堀内文

  1. 1. 電気加熱式デッキ・オーブンMIWE Condo
  2. 2. 吉原農場さんのキタノカオリ/北海道・東神楽町
  3. 3. 中川農場さんのブレ・ドゥ・ポピュラシオンとライ麦/北海道・音更町
  4. 4. モックミル200
  5. 5. Gudeギューデのブレッドナイフ
  6. 6. ジェフリー・ハメルマン著『BREAD』
  7. 7. Instagram

1.電気加熱式デッキ・オーブンMIWE Condo

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店舗を構えた動機でもあるオーブンで、焼いてみたいパンが焼けるようになりました。業務用オーブンには主に2枚差しと4枚差しがあるのですが、うちのは2枚差しで小さいほう。小さいオーブンはパワーも蓄熱も4枚差しに劣るといわれますが、MIWEのオーブンは2枚差しでも、4枚差しに見劣りしないと思います。

この物件に出会った時、5.9坪しかないことが問題でした。ネットで「パン屋 広さ」と調べると、小規模なパン屋でも、8坪は必要のようでした。業務用の機材は使ったことがなかったので、5.9坪のスペースに入るかどうかすら判断ができず、当時からお世話になっている食材卸の社長さんに相談したところ、すぐに機材屋さんと一緒に見に来てくれました。そうして業務用オーブンを置けることがわかり、出会ったのがこのオーブン。福祉施設で使われていた中古再生品ですが、MIWEは自分が使いたいと思っていたオーブンでしたので即、購入を決めました。

2. 吉原農場さんのキタノカオリ/北海道・東神楽町

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吉原農場のキタノカオリの圃場

趣味でパンを作り始めた頃は材料にこだわりはなく、近所で手に入る小麦粉を使っていたので、初めて北海道産小麦でパンを作った時は“小麦ってこんなにおいしいんだ”と衝撃を受けました。それがきっかけで、国産の小麦やライ麦をいろいろ試すようになり、現在は国産の小麦が中心となっています。

吉原農場さんもInstagramで知り合いました。一時期、キタノカオリが市場からどんどん減っていき、手に入りづらくなったことがあったのですが、吉原さんは気概のある人で、自分で種から育てられる環境をつくるべく、申請や資格取得を乗り越えてきた人です。吉原さんをはじめ生産者の皆さんの努力のおかげで国産小麦の現在があると思っています。

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吉原農場さんのキタノカオリ100%のパンドミ。北海道産無凍結バターを使用し、加水95%でなめらかな口どけが特徴

3. 中川農場さんのブレ・ドゥ・ポピュラシオンとライ麦/北海道・音更町

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中川農場さんは、北海道・十勝の音更町で自然栽培を実践されています。自然栽培とは有機栽培よりも更に自然に近い方法で、農薬を使わないのはもちろん、有機資材も一切使用せず、植物と土壌が本来持つ力で作物を育てる栽培法です。ブレ・ドゥ・ポピュラシオンは、スペルト小麦、ライ麦、現代小麦などの多品種を混播(こんぱ)した小麦。畑に播く段階で様々な品種が混ざり合っているため、小麦畑の景観も他とは異なる独特なものになります。

今ではfumigraficoの看板商品になっているミッシュに、ブレ・ドゥ・ポピュラシオンは欠かせない存在です。ライ麦はザクザクした食感が好きなので自家製粉で粗挽きにしています。中川さんのライ麦に変えてから発酵種もとても元気で自然栽培が引き出す作物の力を実感しています。2年前からチクテベーカリーさんの北海道研修に同行させていただき、毎年生産者さんを訪ねていますが、中川農場さんの小麦畑は本当に美しいです。

4. モックミル200

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中川さんの小麦は玄麦の状態なので、届いた麦粒をこのドイツ製石臼で自家製粉しています。欲を言えば、もっと大きくて熱を持ちづらい製粉機がいいのですが、うちは狭いですしひとり作業なので現状ではこれが精いっぱいです。挽きたての粉は香りも味わいもしっかりしていると思いますし、中川さんの小麦はこれからもずっと使い続けていきたいので、この製粉機はなくてはならない必需品です。

5.Gudeギューデのブレッドナイフ

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ベイカーの友人から開店祝いでいただいたドイツの老舗ナイフメーカー・Gudeのブレッドナイフです。製粉機もオーブンもこのナイフも、気が付けばドイツ製が多いですが、それぞれ別の理由や出会いで私の手元に集まってきました。自分自身、デザイナーでしたので、機能性だけでなくデザインの良さも道具を選ぶうえで大切にしています。このナイフは刃が厚くて重たいので慣れるまで少し時間がかかりましたが、ミッシュやカンパーニュなどの大きくてハードなパンでもラクに切ることができ、今では心強い相棒です。

6. ジェフリー・ハメルマン著『BREAD』

世界中のベイカーがハメルマンのこの本をバイブルとしていますが、私もこの本と出会わなかったら、パン屋にはなっていなかったと思います。ひとり自宅でパンを焼いていた頃Instagramでこの本を知りました。おびただしい書き込みが物語っているように、とても難しくて思ったとおりのパンにならず、本当にいろいろ試してきました。国産小麦を使うとレシピどおりに作っても同じ焼き上がりにはならないので、国産小麦のおいしさをどうやったら生かせるか、一つの種類で納得がいくまで試行錯誤しました。何度もくり返し焼いているとその小麦の性質がわかるようになり、自分なりによりおいしいと思うアレンジができるようになりました。

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7. Instagram

Instagramで知り合った海外のベイカーさんたちからパン作りのサークルのようなものに招待していただいて、そこでハメルマンのレシピの勉強会に参加していました。同じレシピをそれぞれが焼いて投稿し、意見を交換するオンライン上の交流によって、世界中のベイカーさんたちと知り合い、つながることができました。

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ひとりだけど、“独り”ではない

「スタッフは入れないのですか?」と聞かれることもありますが、私は1日の作業を誰かに分担するよりもひとりでテトリスのようにぴっちりと組み立てて自分のペースで進めるのが好きなので、今のところスタッフを入れることは考えていません。自分がコントロールできる範囲で緻密に計画して、計画どおりにピタッと完了すると気持ちがいいです。

店ではひとりですが振り返ると、結局は誰かとつながっているからこそ、今の私がいて店舗も続けられていると思います。小麦の生産者さんや材料を届けてくださる物産会社さん、ベイカーさんたちとのつながり、そして店に足を運んでくださるお客様とのつながりも…。道具や食材それぞれに人の顔が浮かびます。先日はパンラボの池田さんがパンストックの平山さんと突然訪ねて来てくださり、小麦や発酵温度についてお話を伺ったり、発酵種を見ていただいたりと、とても楽しい時間でした。そして今年もまたチクテベーカリーの北村さんたちと一緒に北海道研修に行ってきました。

パンを焼くのはひとりだけど、“独り”ではない。まわりとのつながりがあってこそのfumigraficoです。それがとてもありがたくて、パン屋になって本当によかったと思っています。

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fumigrafico(フミグラフィコ)
住所:東京都渋谷区元代々木町9-6
電話:080-5029-7278
営業時間:15:00~20:00 ※売り切れ次第終了
定休日:日・月・木(月、木は仕込み) ※ほか臨時休あり。SNSを確認
Instagram : @fumigrafico
HP : https://www.fumigrafico.net/