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フードジャーナル | 寒天

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article:Juri Mita

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「寒天って、本当に魅力的な素材です。既に知られている機能にもまだ無限の可能性があって、それを応用研究していくうちに新たな用途が見つかる。その挑戦の連続が、今に繋がっています」そう語るのは、自社で100種類以上の寒天製品を取り扱う長野県の寒天メーカー、伊那食品工業の取締役開発本部長を務める柴克宏さん。

寒天は、江戸時代初期に日本で偶然生まれました。ノンカロリー素材で、腸の働きを活発にしてくれる食物繊維を豊富に含むことから健康食品として重宝されてきた一方、長い歴史の間に様々な人の手で用途が開発され、現在では製菓、科学、医療など、幅広い用途で活用されています。

日本が世界に誇る寒天の知られざる魅力と目指す未来について、創業以来、寒天研究に奮励する伊那食品工業の開発責任者である柴さんにお話を伺いました。

ふたつの海藻に宿る無限の可能性

寒天は「テングサ」と「オゴノリ」、たった二種類の海藻からできています。世界には何万種類もの海藻がありますが、そのなかでも寒天成分を含むものはこのふたつだけです。

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テングサ(左)
古くから寒天の原料とされてきたテングサ科の紅藻類の総称。浅瀬で岩場のあるところに自生する。自然のもので養殖できないことに加え、漁を行う海女の数が減り続けていることから国内産の価格は年々高騰している。

オゴノリ(右)
寒天製造の技術進歩により、後続で寒天の原料となった紅藻類。栄養価に富む汽水域に育つ。食品としての歴史は古く、刺身のツマや汁物の具として食されてきた。テングサと違い養殖が可能。

二種類の海藻のなかに含まれるのが、寒天成分「アガロース」と「アガロペクチン」。これらの分子が絡み合い形成される三次元の網目構造に、寒天の謎を紐解く重要なヒントが隠されています。

寒天は熱を加えるとなかの分子構造が解け、ふわふわとひも状に広がり液体化します。一方、温度が下がると分子は再び集まり網目構造をつくりますが、この時に周辺の水分を網目のなかに閉じ込めることから、結果として寒天はゼリー状に固まります。温度によって液体と固体の行き来を繰り返す寒天ならではの特徴は、この分子のはたらきによるものです。

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そんな寒天は、原料海藻の成分を熱水で抽出して、凝固、脱水、乾燥という工程によりつくられます。柴さん曰く、寒天製造の要は「原料海藻に含まれる成分を熟知し、その特性を活かすように製造すること」だそう。

「テングサとオゴノリはどちらも自然の産物。当然、育つ環境に大きな影響を受けます。ですから私たちは各国の海ーー日本、韓国、中国、インドネシアなどのアジア諸国から南米、ヨーロッパ、アフリカ地域までーーを調査して原料開拓を行い、新たな物性を探し求めて研究開発を続けてきました。
世界中から見つけてきた海藻に含まれる寒天には、まだまだ知られていない素晴らしい機能があると確信しています」

柴さんの言葉を借りれば、その素晴らしい機能とは、“食感をつくる力“です。

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モロッコでの海藻採取の風景

食感の変化だけでクリーミーに?

寒天の「固まる力(凝固性)」は、私たちの想像を超えて生活の様々な場面で活用されています。

そのひとつが、アイスクリーム。現在日本国内で発売されているアイスクリームには、含まれる脂肪分の多い順にアイスクリーム(乳固形分15%以上)、アイスミルク(乳固形分10%以上)、ラクトアイス(乳固形分3%以上)があります(ラクトアイスより乳固形分が低いもしくは入っていないものは「氷菓」)。

乳脂肪分が高くなればなるほどクリーミーで濃厚な味わいとなるのは、誰しもイメージがしやすいところ。寒天は、この乳ならではの食感や物性の増強にも役に立つと柴さんは言います。

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「たとえば、乳固形分の低いラクトアイスに寒天を適量加える。すると、アイスの溶け崩れのスピードがほんの少し緩やかになります。これがもったりとした乳脂肪感の増強につながるのです。
また、寒天の分子構造の網目に氷晶が入り込むことによって、氷晶同士の結合を防ぐ作用もあります。氷晶が細かければ細かいほど、口溶けは滑らかに。寒天を固まらない程度の希薄濃度で使用する面白い事例のひとつです」

寒天の凝固性は原料の種類や製造方法によって調整することができ、その度合いは「ゼリー強度」という単位で示されます。

ゼリー強度
寒天の1.5%溶液を調製し、20℃で15時間放置。しっかりと固まったものに重りを乗せ、20秒間耐えられる最大g数。

日寒水式測定法

ゼリー強度が低ければ低いほど柔らかく、スプレッド状の製品づくりや、クリームや飲料の増粘目的でも使用できる寒天に。反対に高ければ高いほど、ゼリーやみつ豆にも使いやすい弾力性のあるコリコリした寒天になります。

ゼリー強度の違い
10~200:乳製品、洋菓子、ドレッシングほか液状調味料など
400~700:餡、羊羹、水羊羹、錦玉羹なども和菓子、冷菓、ゼリー類など
700~1500:みつ豆、ところてん、ドリンクゼリーなど
(ゼリー強度毎の代表的な用途を記載しています)

伊那食品ホームページより

弾ける瑞々しさの立役者

さらにもうひとつ、寒天ならではの特筆すべき力が「保水性」。分子の網目に入った水を抱え込むという寒天ならではの物性も、私たちの身近で多く活用されています。

昨今の製菓製パン業界では、特にフィリングやスプレッドをつくるメーカーで寒天を求められるケースが増えているそう。

「フィリングに寒天を入れると、食べた時のベタつきを抑え、見た目の艶やかさや瑞々しさを向上することができます。また、水を抱え込む力によって、フィリングの食感を軽やかに保つ効果や、周りのパン生地に水分を移行させない作用も期待できます」

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さらにこの物性を応用した一例が、なんとドリンクゼリー。

「意外かもしれませんが、ドリンクゼリーは今食品業界で和菓子や乳製品の次に多い寒天の用途です。“ゼリーだけど喉にはツルっと入っていく”というあの特徴的な食感をつくっているのが、寒天なのです」

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ドリンクゼリーのスパウトの内側を覗くと、特徴的な構造でつくられていることがわかります。これは摂食する際にゼリーが適当な大きさに壊れるよう意図してつくられたものです。

「寒天によって水を抱えたゼリーは、スパウトを通過する過程で破壊され、抱えていた水を一気に離します。つまり、この瞬間にゼリーの一部が溶液に変化するのです。寒天の保水力と、ゼリーが壊れた時のスピーディな状態変化というふたつの特徴を活かした好例です」

網目の向こうに見える未来

さらなる可能性を求めて、柴さんが現在特に期待を持って開発に取り組んでいるのが、寒天をはじめとする植物由来の多糖類でつくる可食性フィルム。伊那食品工業では25年ほど前に、粉末調味料を包む目的でこの可食性フィルムの活用を始めました。

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クレール

可食性フィルムの正体は、寒天溶液から水分を抜き取った後に残る緻密な網目構造で形成された薄膜。網目が均一であればあるほど、どこを引っ張っても破れにくい丈夫なフィルムができるそう。伊那食品工業ではこのフィルムを「クレール」や「とんぼのはね」という名で製品化しています。

近年多く見られるようになった生分解性素材のなかでも、食べられるものはまだごく僅か。可食性フィルムは、食の未来をどのように変えていくのでしょうか。

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クレールを使用した天ぷらの調理例

「クレールに関して言えば、水分の多い食材をまとめて天ぷらにしたり、タルトやパイ生地に敷くことでその上に重ねるアパレイユやフルーツからの水分移行を防止する目的で使われています。フィルムを間に挟むだけで、水分の多いものを乗せても生地はサクッと仕上がります。
味わいや外観の品質向上につながる縁の下の力持ち的な役割を担うだけでなく、従来不可能とされてきたことを可能にするのがクレールのすごいところです。

また食品の品質向上だけでなく、フィルムの機能を多様化させて用途開発を進めていくと、環境に配慮した使い方も可能になります。まだ研究段階ですが、たとえばもしショートケーキの周りのフィルムがそのまま食べられるものになったとしたら…それって面白いですよね」

素材研究や応用開発は目下進行中。可食性インクで印刷することにより色や形が滲むことなく美しくプリントできる特殊な可食性フィルムなど、新たな市場を切り開く可能性を持った製品も徐々に形になっていると言います。

「食を基点に、環境への配慮という観点でも社会に役立つ素材として、可食性フィルムにはまだまだ可能性があります。素材開発を継続することで、その用途は今後さらに広がっていくはずです」

植物性で満足感をつくる

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近年、「プラントベース(Plant-based)」が注目を集めています。
英語で“植物由来”を意味するこの言葉について、日本にまだしかるべき定義はありません。しかし海外では既に様々な概念や定義が示されており、代替肉などに代表される健康増進や環境負荷軽減の意志に基づいた植物性食品選択の動きは、今世界各国で加速しています。

「この代替肉の研究は日進月歩で、昨今様々なメーカーから製品化されています。しかしその品質についてはまだ課題があり、特に動物性タンパクならではのおいしさーー味わい、食感、ジューシーさーーを大豆やエンドウなどの植物性タンパクで代用することの難しさが長く指摘されてきました。

ですがこの課題の解決にも、寒天の機能が役立っています。代替肉の原料に寒天を加えることで、食物繊維の“食感をつくる”機能が作用し、植物性タンパクだけでは難しい肉ならではの食感や肉汁感が表現できるのです」

さらにもうひとつ、柴さんが挙げたのは、現在世界中の海で問題になっている水産資源の乱獲。国連食糧農業機関(FAO)の2019年の発表によると、世界の水産資源のうちおよそ1/3が獲りすぎ(乱獲)の状態にあり、漁獲枠の余裕はもうあと僅かだと言います。

「このままでは食卓から魚が消えるばかりか、海洋生物の多様性が失われることで地球全体の生産性や回復力、適応力も維持できなくなってしまう。まさに限りある資源ーーですが、一度知ってしまった贅沢は忘れられないのが私たち人間。寒天の“食感をつくる力”は、そんな人間の欲求を満たす上で重要な役割を果たしてくれます」

たとえば、たらこスパゲティをつくる市販のソースの一部に寒天が使われているという事例。たらこの代用として造形された植物由来原料の擬似魚卵は、その原料の一部に寒天を使うことで成形性が高まります。またそれだけでなく、より本物らしい食感の表現や、レトルトパウチなど加工食品を製造する過程で潰れてしまいやすい魚卵の歩留まりを上げる働きも期待できると柴さんは言います。

「何より、寒天など植物由来の原料で水産資源を代用することで、消費者に満足感を与えながら貴重な資源をセーブすることができる。そういった意味でも寒天への期待は大きいのです」

信じる者がいる限り、寒天の未来は続く

素材単体でも、他の食品の食感を増幅するサポーターとしても、日々その役割を拡大し続けている寒天。

「研究開発に携わる私たち自身、いつも本当に大きな可能性を感じています。先人がつくり伝えてきてくれた寒天。その魅力を肌で感じながらさらに深堀りすることで、新たな用途を開拓し、今後も健康増進や食品の品質向上に貢献し続けていきたいと思います」

誕生から350年以上経った現在も進化し続ける、寒天の力。それらは可能性を信じる人々の手によって拓かれ、まだ見ぬ明日への道筋を描き続けています。