Hand To Mouth | 新たな購買体験を提案するリサイクルショップ
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article : Rihei Hiraki
pictures : Yuya Okuda
東京都品川区荏原の住宅街に佇むリサイクルショップ「Hand To Mouth」。周辺にあるどの駅からもほどよく離れた場所にあるこの店は、周囲の静かな住宅街との対比も相まってオシャレなヴィンテージショップのような存在感を放つ。この小さなリサイクルショップでは定期的に独自の企画が組まれており、刺激的な商品との出会いを求め、多くのクリエイターやアーティストが創作のインスピレーションを得るためや、生活に彩りを加え豊かな生活を求める方々が訪れるという。
リサイクルショップは、中古品を仕入れて売るというシンプルな業態。それゆえにいかに売り物を仕入れるか、そして仕入れた中古品にどのように価値を感じてもらうかが何より大事と言える。Hand To Mouthでしか味わえないユニークな購買体験、そして仕入れへのこだわりについて、オーナーの廣永尚彦さんに話を訊いた。
お客さんの感覚に訴えかける購買体験
廣永尚彦さんは20代の頃、洋服のパタンナー、バンドマンのローディ、バレリーナの衣装制作など様々な職種を経験した、少し変わった経歴の持ち主。しかし、その経歴の中で得た経験が今の店づくりに活かされていると語る。
「20代前半の頃、表現活動として自分の店を持ちたいと思いました。そのためには何が必要かを考えた時に、自分の感覚的な部分の引き出しを増やすことが大切だと思ったのと、一般的な人生のレールに沿って生きているだけでは人と違った発想はできないなと思ったんです。そうしていろんな職業を経験したり、自分の好きなカルチャーに時間とお金をかけることで、いろんな面白い人たちと出会い、自分独自の経験が蓄積されていきました」
廣永さんにとって過渡期とも言えるこの20代の頃には、今も自身に大きな影響を与える人物との出会いもあった。
「編集者の秋山道男さんは僕が一番影響を受けた方です。直接喋ったことはないのですが、ある時ジャズピアニストのライブに行ったら、秋山さんがいたんです。一人だけすごいオーラを放っていましたね。それでどんな人か調べてみたら、様々な人・企業のプロデュースを手がけていて活動が多岐にわたる方で、知れば知るほど魅了されていきました。秋山さんの空間や場を編集する独自の発想には、とても影響を受けています」
店内を見渡すと、確かに商品のレイアウトには廣永さんなりの「編集」が落とし込まれていることに気づく。取材当日は「店舗型図鑑 分類#01 【赤】」という企画が行われていたのだが、店内には赤いグラス、赤いニット、赤いポット、赤い皿……、中には一目見ただけではどんな用途で使うかわからない赤いモノも含め、とにかくどこかに赤色が入ったアイテムが決して広くない店内に並べられていた。
「店舗型図鑑は、独自の分類で商品をセレクトし、お客さんに従来とは違う新しい文脈で置かれたモノたちとじっくり向き合う時間を提供する企画です。店内は普段より品数を減らし、平面的な什器の配置で、よりニュートラルに、図鑑ぽさを意識したレイアウトを組んでいます。今回は『赤』というテーマでアイテムをセレクトしましたが、今後は異なるテーマを立てて継続していきます」
そして棚に置かれた様々な商品をひとつひとつよく見てみると、あらゆる情報が削ぎ落とされていることがわかる。商品の裏に小さく値札は貼られているが、それ以外の情報がほとんどないのだ。通常、商品が売られていたらそこには商品名、価格、ブランド/メーカー名、コピーや商品のキャプションが添えられているはずだ。消費者は、そうした情報をもとにどの商品を買うか考える。しかし、この店では価格以外の付加情報がほとんどない。ポットや皿も、確かに見ればポットや皿だとわかるが、実際に「ポット」「皿」と書かれているわけではない。
ここにも廣永さんなりの編集がある。あえて情報を制限することで、お客さんの自由な購買体験を促すのだ。それは、ある意味で無限の情報を提示しているとも言える。どのようにその商品を解釈してもいい。しかし自由に商品を解釈していいと言っても、そうした購買体験に慣れてないお客さんも当然多いのではないかと思ったが、まさにそういった状況に直面させることに廣永さんの狙いはある。
「今の時代って、いろんな情報が支配するかのように溢れていますよね。何かを選択する時、あるいは選択させる時、あらゆる場面で様々なバイアスがかかっています。とにかく肩書きというものが評価される時代になっているので、例えばフリマアプリでもブランド名とか誰々が着用した〇〇だったり、デザイナー名やヴィンテージやアンティークなどと付加価値を付けたら簡単にモノが売れてしまいます。それは良いものが適正に評価されないのに、粗悪なものでも言い方や写真の撮り方さえ上手ければ売れてしまうことに繋がります。そういう世の中になってしまったら本当に面白くないなと思うんです」
だから廣永さんは、どう人々に購買を“体験”してもらうかを常に模索している。「店舗型図鑑 分類#01 【赤】」には、「赤」という共通点で括られたモノたちと向き合い、見て触れて感じてもらうことで、モノから離れた情報に左右されずに、その人自身の人生経験からくる感覚で価値を見つけてほしいという思いが込められている。
また、オンラインストアもとてもユニークなつくりになっている。9名の写真家が撮影した商品写真が並んでいるのだが、所謂ブツ撮りに作家性を演出してもらい、どれも何の商品かわかりにくくしているのだ。商品の一部分しか写ってないものもあれば、梱包材に包まれてハッキリと商品のテクスチャーがわからないものもある。しかも、実店舗と同じく商品名やブランド名といったキャプションもない(かろうじて商品サイズ、素材、コンディション、値段は記載されている)。
「オンラインストアは、今の便利すぎる世の中に対して思うところがあって生まれました。今は何か欲しいものがあればインターネットでポチッと押すだけで、コミュニケーションも何もなく手に入りますよね。やっぱりそれは人間の感覚的な部分が削がれてしまうことに繋がっていると思うし、『行動する』、『足を使う』ということもどんどん削がれていると思うんです。僕はこれらを『人間力』と呼んでるのですが、そうした部分にアプローチするためにああいうオンラインストアをつくりました」
オンラインストアを訪れた人は、どういった商品かがどうしてもわからず、もしかしたらイライラした気持ちになるかもしれない。しかしそれと同時に、その商品がどんなモノかイマジネーションを膨らませたり、「実際に店で確かめたい」という思いも生まれるはずだ。ケータイ片手に何でも出来てしまう時代にわざわざ店にまで足を運んでもらうことを期待してつくられたHand To Mouthのオンラインストア(https://www.hand-to-mouth-online.com/shop)。ぜひ、一度足を踏み入れてみてほしい。
しかし、奇想天外なように感じるこれらの企画には「バイアスに頼らずに、自分自身の感覚でモノを感じてほしい」という思いが共通して込められている。廣永さんは「自分がやっていることは商売と言えたものでもなく、ほぼ社会活動」と語るが、まさしくそれは切実で意味のあることだと感じた。モノを所有する以上の価値を、Hand To Mouthでの購買体験はもたらしてくれるのだ。
仕入れの場面でも感覚を大切に
様々な仕掛けで、お客さんの購買感覚を刺激する廣永さん。では、廣永さんはどのようにHand To Mouthの商品を仕入れているのかが気になった。
店に置かれていた赤いグラスを参考に、廣永さん自身の価値の付け方を尋ねてみた。
「僕は物を仕入れる時、パタンナーだった頃のモノづくりの感覚を活かし、形、色味、素材感、ディテールの順番でフィルターを通して選別します。このグラスだとまず『フォルムがすごくいいな』というところから入ります。次に色味ですが、この色も単純に真っ赤というより、プラスチック特有の透け感だったり、発色の仕方がいいですよね。あとはツルッとしたテクスチャーもいいですし、触るとわかるのですが縁のあたりが分厚くなってるんですよね。そしてこれはグラスとしてももちろん使えますが、ぐるりと回転すれば違うアイテムに見えてきます。こういう感じで自分の感覚というフィルターを通して、価値があると思った商品を集めています」
もちろん仕入れる時にも、ブランドや年代、デザイナーといった商品の付加価値となるような情報は一切無視する。他に仕入れのポイントがあるか尋ねると「嗅覚と足を使います」という答えが返ってきた。
「家族旅行も兼ねて車でいろんな地方に買い付けに行くんですけど、事前に細かく下調べはしないんです。例えば有名な焼き物の産地だったら、周辺には焼き物がありそうだなってなんとなくイメージはつけるんですけど、具体的にどの店に買い付けに行くかは全く決めません。プロっぽいクオリティのものじゃなくて、素人のアブストラクトなものとかあったら面白いなとか、事前に考えることはそれぐらい。実際に現地に行って、スマートフォンには頼らず、嗅覚と地元の方とのコミュニケーションから得た情報を頼りに確認していく、その連続です」
廣永さんは自らが仕入れをする時も「感覚」を大事にしている。ただ、そうした仕入れの方法は時間もエネルギーも一般的な仕入れよりはるかに浪費するのだが、廣永さんは意に介さない。
「非効率ではありますが、トレジャーハンティングをしに行くみたいでロマンを感じるんです。楽しみながらやっていますよ」
廣永さんが仕入れるのは商品だけではない。自らのインスピレーションを刺激する音楽も廣永さんにとって大事な“仕入れ先”だ。
「音楽は昔から大好きです。アイデアが思い浮かぶ時のインスピレーション源も、ほとんど音楽ですね。Hand To Mouthの空間をつくる時の原動力も音楽でした。坂本龍一さんとアルヴァ・ノトさんが共同制作した『Insen』というアルバムがあるんですけど、そのアルバムをお店で流した時に調和する商品を集めていきたいというところから店づくりが始まったんです。あとは曲の音像から、仕入れるアイテムのフォルムとかカラーリング、テクスチャーを連想する時もあります」
Hand To Mouthから広がる可能性
Hand To Mouthのこうした唯一無二とも言える店のあり方の根底には、「面白いことをしたい」という廣永さんのシンプルで純粋な思いがある。そして、そのための仲間を廣永さんは常に探している。「商売をするというより、仲間と出会うことが店の大事な目的かもしれません(笑)」と笑いながら廣永さんは語る。
「自分一人では足りないスキルが多いので、いつも企画は僕のアイデアに共感してくれて、一緒に相乗効果を生み出してくれそうな仲間ありきで考えています。だからこの店は、モノを通じて人と出会うための場所でもあるんです。この店や出展したイベントで出会った仲間たちやお客さんが、共に創作活動を歩んでいってくれています。『店舗型図鑑』もアーティストのeve.asamiさんと一緒にやっていますし、去年は音楽家のKenjinhoさんと、店の商品を使って音を鳴らす『Rhythm&Products』という音楽ユニットを組んでフェスにも出演したりしました。ちなみに僕は楽器は全く弾けません。こうやって人と出会うことで、自分一人じゃ考えられないような化学反応が起きるんですよね」
Hand To Mouthという場がつくる廣永さんの仲間の輪はこれからもますます広がっていくだろう。そうなると、廣永さんと仲間たちは今後どんなことをしようと考えているのか気になってくる。
最後に、廣永さんが今後企んでいることを尋ねてみた。
「まず今やっている『店舗型図鑑』はこれからも定期的にテーマを変えて開催して、最後に図鑑の出版まで繋げたいと考えています。『店舗型図鑑』は店自体が図鑑なのですが、そこに紙のメディアが加わることでより資料性や体験の価値が高まると思うんです。あと、様々なアーティストやクリエイターと行った過去の企画を、またルーティンとして続けていけるようにしたいですね。そしてもうひとつ。これまではあえてやってこなかった『ビジネス』を意識した取り組みもしていきたいと思っています。ある意味、自分はこれまで実験場でもあるHand To Mouthという店を通して、リサーチとマーケティングを繰り返してきたと思っています。利益を得ることが先行している会社では行えない企画ばかりやってきましたし、そうして得たデータは唯一無二のものです。今後はそれを活かして、クリエイティブなビジネスの在り方として企画を“売る”ことも事業としてやっていきたいと考えています」
廣永さんの頭の中は、いつかやりたいアイデアで溢れている。最後に廣永さんが話してくれた企画を売る事業は、もし実現すれば廣永さんが大切にする価値観がこの世の中に少しづつ広がっていくことを意味する。それは社会にとても良い影響を与えるはずだ。
廣永さんとHand To Mouthの次なる挑戦に、期待せずにはいられない。
<プロフィール>
廣永尚彦
1986年、大阪府枚方市生まれ。 パタンナー、ドラムアーティストの運び屋、バレリーナの衣装制作、ガラクタ研究員など様々な仕事を経て、2017年にリサイクルショップ「Hand To Mouth」をオープン。 2021年に現在の品川区荏原に移転。独立して、リサイクル業歴は今年で15年目。
"リサイクルショップ" Hand To Mouth
住所:東京都品川区荏原6-8-1 1F
電話:03-3785-0355
営業時間:毎週水~日 15時~19時
定休日:月・火
Instagram : @htmtokyo
オンラインストア : https://www.hand-to-mouth-online.com/shop