泡のおはなし
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article/ pictures : Chiharu Suzuki
お菓子作りやパン作りに必需品である卵。
9種類の必須アミノ酸を含み、その成分と機能によってさまざまな加工を実現可能にしています。
今回は、そんな卵が持つ機能のひとつ「起泡性 (泡立ち)」にフォーカスしました。専門家の方々に「泡立ち」のメカニズムについて解説していただき、卵以外の食品を使ったテストも行いました。
泡立ちの原理を知ると、卵白の泡の特殊さ、泡が立つという現象そのものの理解、卵に代わる材料を生み出す製造技術への理解に役立ちます。
1. 専門家に聞く「泡立ち」のメカニズム
【専門家プロフィール】
半田 明弘先生(東京電機大学教授)
東京電機大学 理工学部 生命科学系 食品タンパク質化学研究室にて、タマゴの起泡性・ゲル化性・乳化性を中心に研究指導をしている。
有満 和人氏
キユーピー株式会社 研究開発本部 食創造研究所 タマゴ開発部次長。卵関連の商品開発を行う。
※以下、半田:半田氏、有満:有満氏(敬称略)
なぜ泡ができるのか
ーーはじめに泡ができる仕組みについて教えてください。
半田:泡立ちは、2つのフェーズに分けると理解しやすいでしょう。
第1フェーズは、界面活性剤としてのタンパク質が気泡の界面(空気と水の境目)に吸着し、泡立つこと。そして第2フェーズは、気泡が安定化すること。
1でくっつく、2でくっついたものが相互作用で結合が強くなり、泡全体が安定するイメージでしょうか。
たとえば水と空気をホイッパーで撹拌すれば泡はできますが、その泡を安定させた状態にするにはタンパク質が必要です。
ーー界面活性剤としての性質を持つのはタンパク質だけですか?
半田:洗剤や歯磨き粉に含まれている低分子の合成界面活性剤が一般的な界面活性剤です。
では「界面活性剤」とは何かというと、界面張力を弱める物質です。水と油をビーカーに入れた様子を想像してみてください。
油が上、水が下、その境目のことを界面と言い、「界面張力」とは水分子同士、油分子同士が引っ張り合う力のことです。「界面張力」が高い状態では、それぞれの分子同士が引っ張り合う力が強いために混ざり合わないんです。
もう少し違う言い方をすると、界面張力が高いと界面の面積を最小限にしようとする。
界面の面積が最小限の状態から、泡を立てると泡と水の界面の面積がとっても大きくなるんです。球状の気泡がたくさんできてその気泡1個1個に界面があるわけですから、何千何万個という気泡の表面積を足せば表面積は大きくなりますよね。
ーーつまり界面活性剤という界面張力を弱めるものがあると、泡が立ちやすくなるということでしょうか?
半田:そうです。
有満:たとえば石鹸は界面活性剤が入ってるから泡立ちますよね。
卵白の場合はその役割をタンパクが担いますが、タンパクが入ると界面張力が弱くなる=表面積を大きくする=泡が起こりやすくなります。
石鹸とタンパク質の違いで大きいのは、石鹸の泡はすぐ消えますが、卵白はタンパク質が骨格として残るので泡立ちが安定することです。
ーータンパク質以外に、食品中の成分で界面張力を弱めるものはありますか?
半田:他に食品中の成分では、卵黄に含まれるリン脂質 (レシチン) 、ショ糖脂肪酸エステルやモノグリセリドなど乳化剤として使われる食品添加物があります。
ーーということは乳化剤も界面張力を弱めることに役立つのでしょうか?
半田:はい、乳化剤とは界面活性剤で乳化目的のものです。乳化剤が界面張力を弱めるために、水中に油が粒子として混ざり合った状態で存在することができるようになります。
ーーなるほど。それから、界面活性剤は泡立ちに関係しているけれど、気泡の安定にはあまり関係ないという理解で合っていますか?
半田:はい、その通りです。
界面活性剤は泡立ちを助けますが、泡の界面に吸着した界面活性剤同士の相互作用はあまり強くありません。
一方、卵白タンパク質などの食品タンパク質は泡立ちを助けるだけでなく、泡の界面に吸着したタンパク質同士は結合して膜を作るので泡が壊れにくくなる、すなわち安定化します。
ーータンパク質の種類によっても泡の立ち方も変わってくるんですか?
半田:タンパク質の立体構造が変化しやすいものが、泡立ちやすいと言えます。そしてタンパク質分子同士の相互作用がしやすいものが、安定しやすいと言えますね。
ーー変化しやすいタンパク質というと、卵白のタンパク質が一番変化しやすいのでしょうか?
半田:きちんとしたデータは存在してませんが、現象から見るとそういう風に言って問題ないかと思います。
有満:卵白の中のオボグロブリンというタンパク質が、特に泡立ちやすい性質があるんですよね。
半田:卵白中のタンパク質は150種類以上見つけることができますが、メジャーなものは数種類です。
その中のひとつに、オボグロブリンと言うタンパク質があります。オボグロブリンは卵白タンパク質の中で最も加熱変性しやすいタンパク質なので、構造変化しやすいタンパク質、つまり泡立ちやすいタンパク質と言うことができます。
一方、卵白の全タンパク質の54%を占めるオボアルブミンも起泡に関与しています。
卵白を使ったメレンゲ。これは想像に難くなく泡立ち、保形性共に安定していた。焼いた後も筋が残り、なめらかな表面。
ーーオボグロブリンを含んでいる食品は他にありますか?
半田:いえ、卵白だけですね。
ーーそう考えると、食品の中では卵白が一番泡立ちやすいのでしょうか?
半田:圧倒的に卵白がいいと思います 。泡の立つ速さ、容積、硬さ、安定性など、トータルで見たときにこれを上回るものはないと思います。
有満:卵は手に入りやすいというメリットもありますしね。
ーーたとえば卵からタンパク質だけ取り出して、添加物を作ることはできるのでしょうか?
有満:豆のタンパクで卵の代替をしようという話はあります。
ーー実際にひよこ豆と大豆で泡立ててみましたが、泡の立ち方が卵白と異なりました。含まれるタンパク質の違いなのか、気泡を阻害する要素の違いなのか……。
有満:そうですね。卵のタンパク質のすごいところは、泡立てた後に熱をかけたり、空気に触れると固まるという性質もあります。そこも大切なんです。
ひよこ豆の煮汁を使ったメレンゲ。卵白よりも少し時間はかかったものの、綺麗な泡ができあがった。きめの細かさでいうと少し粗い感じもしたが、泡自体は安定。乾燥させると表面が細かくひび割れた。もう少し糖分を加え、泡のキメを細かくすると表面の膜が壊れにくくなるかも知れない。ふんわり軽い食感で、豆臭さもなく何かフレーバーを入れるなどしても面白そう。
大豆の煮汁を使ったメレンゲ。少しとろっとするくらいまで煮汁を煮詰めてから泡立てた。泡立つまで時間がかかり、かつ出来上がった泡がゆるい感じがした。また、メレンゲを絞っていく過程で泡が消えていく感じがあった。角もへたり、絞る際の保形性は弱く、熱を加えると絞り跡が消えた。大豆に含まれる油分、もしくはタンパク質濃度が原因かも知れない。
ーーでは熱で固まる性質があるタンパク質でないと、泡立てても熱を加えたら消えてしまうということですよね。
有満:はい、卵以外でそういうものはなかなかないですね。
ーーひよこ豆の汁を泡立てて、メレンゲを作った時は熱を加えても崩れなかったのですが、それはひよこ豆のタンパク質がそういう熱で固まる性質を持っていたということですか?
有満:そうですね、あとはタンパク質の濃度もありますね。タンパク質は濃ければ濃いほど泡立ちが安定しますが、最終的に硬く固まっちゃうと使いものにならないですよね。適正な量があるんです。
ポテトプロテイン (じゃがいもタンパク)
パウダーと水でできたメレンゲ。軽くふわっと泡立った。粒子が細かいため完全に溶解してから泡立てる必要がある。泡立ちのボリューム感としては他の3種と比べ一番大きく、もこもことしたメレンゲが出来上がった。角の立ち方はゆるく、香りも卵白とは違った香り。絞っている途中で少しゆるくなり、焼成で絞りの筋が薄くなったが、ツノは残った。
ーーなるほど。では起泡を阻害する要素と、安定を阻害する要素にはどのようなものがあるのでしょうか?
有満:起泡を阻害するものには、砂糖に含まれるショ糖や牛乳、卵黄、サラダ油やバター、マーガリンに含まれる油脂があります。
特に乳化していない油脂 (サラダ油など)は、気泡の膜を破壊する作用があるのでメレンゲに油脂が大敵と言われるのはこれがゆえんです。
牛乳や卵黄のように油脂分が直接外に出ていないものよりも、サラダ油のように油脂分がむき出しの場合はその作用が特に強く出るため、起泡や泡沫安定性の阻害影響がより大きくなります。
半田:一般的にタンパク質は酸性になるほど構造変化しやすい、すなわち泡立ちやすいと言えます。
有満:そして起泡性に関わる要素として温度もあります。温度が上がると界面張力が下がり、泡立ちやすくなります。泡立ちやすくなりますが、気泡が粗く大きいため空気に触れ、気泡膜が破裂しやすくなるので要注意ポイントです。
泡が安定する理由
ーー気泡の安定には、どのような要素が関わっているのですか?
半田:まず、タンパク質の性質として、等電点があります。
等電点とは、pHによってタンパク質分子同士が凝集するポイントのことです。
例えば牛乳にレモン汁を入れると、凝固して沈殿物ができますよね。それは牛乳の中に含まれる乳タンパク質の等電点がpH4.6ほどで、酸性のレモンが加わることで分子同士がくっつき、大きい粒になって沈殿するという現象なんです。
それと同じようなことが卵白の気泡にもおきます。泡立ちを司るオボアルブミンの等電点はpH4.6です。
有満:酸性になりすぎると凝集して白く固まってしまうので、そこまで下げると逆にダメですよね。あまり酸性にするとどんどんバサバサになって、使えない泡になってしまうので少しだけ下げるイメージでいいと思います。
半田:そうそう。卵白(産業用の卵白)はpH9くらいだから、7近辺がいいですね。
有満:できた泡が消える原因は乾燥もあります。薄い膜でできた泡が乾燥によって破裂するのを防ぐためにも、吸湿性のある砂糖やゲル化 (水分や液体を網目構造に閉じ込める機能) させる安定剤を加え泡立てると、気泡が破裂しにくくなります。
ーーつまり第1フェーズの起泡性に関わる要素は、タンパク質の構造が変化しやすいかどうか、すなわち水と空気の界面張力をいかに下げるか。第2フェーズの気泡の安定性に関わる要素としては、タンパク質同士の結びつきの強さを変えるpHという理解でよろしいでしょうか?
半田:はい。泡立ちに影響する界面活性を持つことは、一つの分子の中に水になじみやすい部分と油になじみやすい部分、両方が存在していることなんです。
ということは、そうなるようアミノ酸の鎖がばらけて構造を変えないといけない。そういうご理解をしていただければいいかなと思います。
そして界面活性剤として働くタンパク質が含まれ、構造変化しやすい=泡立ちやすいですし、等電点に近くなるとタンパク質が凝集し、構造がしっかりするので泡が安定します。
ーーなるほど。2つのフェーズで優れた特性を卵白は持っているために、卵白は泡立ちやすく、安定した泡ができるということですね。
本日はありがとうございました。
2. 卵TOPICS
① 真菌から乾燥卵白の代替品を作ることに成功
大豆製品、ピーナッツ、アーモンド、オーツ麦、白インゲン豆、アズキ豆などにもタンパク質アルブミンは含まれていますが、油脂分の関係やタンパク質量の違いなどにより、泡立ちはするものの、卵白のような安定したメレンゲを作り出すことはできません。そのため、現在でも多くの研究者が、卵白の代替となるメレンゲを作り出そうと研究しています。
フィンランド・ヘルシンキ大学に所属するナターシャ・ヤルビオ氏ら研究チームが、真菌から乾燥卵白の代替品となるオボアルブミン (卵に含まれるタンパク質) を作り出すことに成功 (2021年、学術誌「Nature Food」に掲載) 。
② 卵白からアレルゲンを取り除く技術を開発
国立広島大学とキユーピーの共同研究により、卵中のアレルゲンタンパク質(オボムコイド)を含まない卵を産む鶏がゲノム編集により生み出されました。
研究成果に関する論文は、2023年5月に学術誌「Food and Chemical
Toxicology」に掲載されています。
オボムコイド以外にも卵にはアレルゲンを持つタンパク質が含まれていますが、それらのタンパク質は加熱すればアレルゲン性が失われます。今後卵アレルギーを持つ方でも食べることができる卵が市場に流通する日も遠くありません。
まとめ
今回、卵の持つ機能の一つ「起泡性」について深く知ることで、卵の重要性というものが改めてわかりました。
卵の起泡性を利用したお菓子や料理もその機能があってこそです。
長い歴史の中で厨房で普通に使われ、受け継がれてきた卵。その卵が持つ機能を代替することも、今の技術を持ってすれば可能な日も近いかもしれません。
「どちらが優れている」というより大切なのは、選択肢が広がるということだと思います。そしてその選択するためにも、理由がわかっていると自分に合った選択ができますし、工夫をしたい時にも役立ちます。