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どこまで美味しくできるのか ~パンの可能性を追求するシェフの終わりなき旅~

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お店付き合い=人付き合い?

福岡県久留米市の外れに、遠方からの客足が絶えない本物志向のパン屋がある。三角屋根のかわいらしい一軒家のような外観の「シェ・サガラ」は、フランス語で「相良さん家」という意味だ。シェフの相良一公さんはパティシエからパン屋に転向後、飛騨高山の名店「トランブルー」などを経て、生まれ育った故郷の田主丸で開業し、昨年20周年を迎えた。

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店内に入ってまず目に飛び込んでくるのは、色鮮やかなフルーツやチョコの乗ったデニッシュなどのスイーツ系のパン、そして惣菜系からハード系まで豊富な種類のパンが並ぶ。タグには必要最低限のシンプルな説明がなされ、小ぶりなパンはどれも200円台から400円台。よその地域の人からしたら安いと感じる価格帯をキープしているのだと相良さん。しかし開店当初はデニッシュも120円で売っていたのだという。

「あくまで町のパン屋さんなので。たまたまいろんな地域からお客さんに来てもらえるようになってきたことでパンの価格を上げることができ、その分いい素材を使えるようになりました。ちなみにうちの一番人気はメロンパンです。甘い系のパンでそのお店の特徴が最も出るのはメロンパンだと思う。特にバゲットとクロワッサンとメロンパンって、何かを挟まない限りは生地だけの食感や口溶けで味わうものなのでごまかせない。だから僕は初めて行くパン屋ではよくメロンパンを買いますね」

休みの日にはよく小さい箱の飲食店やパン屋さんに足を運ぶという相良さんに、いいお店ってどんなお店か訊いてみると「お客さんに喜んでほしいという店主の意思が商品に表れていること」だと言う。

「どこにでもある定番商品であっても、他とは違うと感じさせるものがあるかどうかです。上辺だけよく見せようとしたって人間と一緒ですぐにわかりますよ。人付き合いも店付き合いも、大事なのは中身」

特別な素材や製法といった情報を前面に出すことで高尚なものとして売ろうとするパンは、内面が伴わないのに全身をブランドで着飾りたがる人間と同じなのかもしれない。そしてこの商品に関する情報の扱い方について、相良さんには自分なりの考えがあった。

「情報って、作る側はできるだけ知っておかなければいけませんが、それをどこまでお客さんに伝えるのかは難しいところです。今の時代、頭で食べようとする人が多いじゃないですか。これは世界一の評価を受けたクロワッサンだって言われたら、みんなその頭でありがたがって食べてしまう。でも、その人が感じる味がその人にとっての正解なので」

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知的好奇心を掻き立てる独自のパンの発想

日本人は世界中から様々な文化を取り入れて、日本の気候風土に合った独自のものへと進化させるのがうまい。パンの世界においてもそれは当てはまり、今日本のパンの進化が止まらない。相良さんも日本のパンのレベルを底上げしているシェフの一人。同じ材料と配合で、製法やタイミングを毎回微調整して焼いたパンの味の比較の実証記録をSNSで惜しみなく公開している。バゲットだけをまとめたInstagramの専用アカウントでは、生地の吸水率や捏ね上げ温度や力加減、焼くタイミングなどを日々変えて、甘味、発酵の風味、食感、口溶け、旨味の5項目50点満点でバゲットを採点する。まるでフィギュアスケートの採点のようだ。

「製法と材料によって満点のキャパシティが違うので、今は5項目それぞれ9.5点がMAXかな。誰が捏ねても美味しくなる粉でもない限りオールマイティな製法はないと思っていて、そのための日々の工程管理として記録しているところもあります。先週は46点をつけられるバゲットが焼けたんですが、それを毎回コントロールするのは難しい。本当に美味しい時って、一口目で甘さがくるんです。要は糖分が残っている状態。デンプンが分解されて生成した糖をイーストに食べられないようにしながら、生地の軽さも出す。それって相反するものなんです。オーバーナイトのような酵母の活動を抑える製法をすれば、甘味と粉の風味は出るけど、軽さとボリュームが出なくなるし、火通りが悪くなるので香りも弱まるというデメリットがある。その冷蔵発酵の甘味をストレート法でどれだけ残せるか、日々試行錯誤しているところなんです」

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自分で実際に食べ比べて採点することで、甘味をもうちょっと出したいから明日は酵母の働きを抑えよう、今回は酵母が活動しすぎたから明日は温度を何℃下げてみようといった感じで毎日調整していけば、次第に狙うところが狭まって精度が上がってくるのだという。

相良さんがバゲットと同様に日々実証を積み重ね、強いこだわりを見せるのがクロワッサンだ。強力粉40%、中力粉60%、砂糖10%、水分50%を配合の目安に、1個当たり45g、生地厚5mm基準で、折り込む間隔や層の数、生地の強弱やミキシングによる変化を記録している。そして今年3月には相良さんのこれまでの研究成果と知見をまとめた書籍『クロワッサンの発想と組み立て:配合や材料の検証とヴィエノワズリーのアレンジレシピ』(誠文堂新光社)が刊行予定となっている。

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「僕が10年前に知っていたら僕の技術はもっと伸びていただろうなって思える法則性やノウハウがここ3、4年でだいぶわかってきたので、若い人たちに早く伝えたいと思ったんです。無駄なことに時間をとられずに、1ミリでもプラスになることを徹底的にやりたいじゃないですか。僕はそう思っているし、それほどクロワッサンって複雑なものなので。ただ、これまであまり言葉で解説されていなかった感覚の部分を言語化するのは大変でした。」

いろんなことがわかってきた今が一番、パン作りのおもしろさを感じていると相良さん。

「バゲットなんて特に、なんで同じ材料なのに製法を変えるだけでこんなに味が変わってくるんだろうって思います。わからないから知りたくなる。じゃあ美味しくする“正解”は何かと問われても、明確な数字は出せないんです。その日の温度や湿度によってミキシングに何分間、発酵は何℃で何分間といった製法も日々変わるし、本場フランスの同じ材料と同じ製法で作っても、日本の湿度の高さを考慮してもなかなか同じ味は再現出来ない。そこがパンのおもしろいところでもあるし、正解がないからこその終わりなき旅ですよね」

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最後に今後の展望について相良さんに伺うと、少し意外な答えが返ってきた。

「作りたいものを作っていたいですね。このままクロワッサンにこだわっているかもしれないし、バゲットかもしれないし、石窯を始めているかもしれない。でもひょっとしたらパンではないかもしれません。60代、70代という晩年の自分を想像して、そこにたどり着くためには各年代をどう過ごせばいいのか、20代の頃に逆算して考えてみたんです。60代で新しいことを始めるには50代でこういうポジションにいる必要があって、そのためには40代でどんなスキルを身につけていないといけないか、30代ではどれだけお店を繁盛させないといけないか、といった具合です。だから僕のキャリアは全部計画通りに進んでいます。要は死ぬまでがむしゃらってことなんですが(笑)。60代の僕は何をしているんだろうって考えるだけで楽しいし、これからも自分の将来が楽しみになる生き方をしていたいですね」

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<プロフィール>
相良一公
1972年福岡生まれ。福岡大学卒業後、菓子工房ミレイユ、ホテル日航福岡ベーカリーを経て、岐阜県高山市のトラン・ブルー成瀬正氏に師事。2003年、故郷の福岡県久留米市田主丸に「シェ・サガラ」をオープン。福岡のパン職人の技術向上、情報交換を目的としたE.F.B(エキップド・フクオカ・ブーランジェ)会長。著書『クロワッサンの発想と組み立て:配合や材料の検証とヴィエノワズリーのアレンジレシピ』(誠文堂新光社)が3月12日に刊行予定

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シェ・サガラ
住所:〒839-1213 福岡県久留米市田主丸町益生田873-12
開業年:2003年
定休日:火・水曜
営業時間:10時-16時
電話:0943-73-3680
Instagram : @chezsagara @sagara_baguette @sagara_croissant