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食材のクリエイターたち:USHIO CHOCOLATL(広島県尾道市)

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article/pictures:Yuya Okuda

「曉(ウシオチョコラトル)」のクリエイターページはこちら

生産者、製造者、輸入者、販売者……役割や呼び名は違えど、みなそれぞれが個性的なつくり手だと言える。様々な能力と意志を持つ食材を生み出し、加工し、流通させる“食材のクリエイターたち”を訪ねるシリーズ企画

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広島県尾道市、しまなみ海道の本州側の入口として知られる向島に、今や全国区の知名度を誇るチョコレートメーカー「USHIO CHOCOLATL」はある。島の南側の山の中腹、海を見下ろす高台にある「郷土文化保存伝習施設兼管理センター」の2階が店舗兼工場になっている。カカオ豆と砂糖のみのシンプルなチョコレートをはじめ、あらゆる食材と組み合わせた独創的なオリジナルチョコを創り出してきたUSHIO CHOCOLATLの社主、中村真也さんを訪ねた。

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あらゆる出会いと可能性を一枚に込めて

「うわー、めっちゃキラキラしてる」と感嘆の声を漏らす中村さんの視線の先には、午後の陽の光を受けて輝く瀬戸内の海が広がっていた。

店舗のある建物の隣に設けられた藤棚のベンチに腰掛けてタバコを燻らせる中村さんに、仕事をするうえで大事な道具や物について尋ねると、「タバコですかね」と冗談っぽく答えるも、「タバコの歴史を調べてみたら、カカオやコーヒーと同じ変遷を辿っているんですよ」と、少しの本気も交えながらタバコの歴史を手短に説明し始める。そんな中村さんがまとう空気は居心地が良く、取材とは思えない落ち着いた雰囲気の中で言葉を交わしていく。

USHIO CHOCOLATLの創業は2014年。中村さんが旅をする中で出逢った、アッパーなバイブスを放つ尾道という場所に魅せられたことから始まる。創業に至るまでの物語は、中村さんの著書『チョコレート最強伝説』(晶文社)に詳しい。中村さんの出身であり、オーダリーの拠点でもある福岡の話題になると、「福岡良いとこですよね」と呟いた後に「居心地が良かったからこそ、現状維持が怖くなって僕は出たんです」と、地元を出て旅を続けてきたかつての自分を述懐する。

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「2009年の9月、25歳の頃ですね。もう15年も経つんだ。あの頃もっと勉強しておけば今のチョコレート作りにもっと活かせていたかもしれないけど、勉強していたら今の道を選んでいなかったかもしれない。賢くなかったから、これまで突飛な行動を起こしてこれたところはありますからね(笑)」

USHIO CHOCOLATLでは、輸入したカカオ豆の選別、焙煎、殻を取り除く、擦り潰す、砂糖を加える、テンパリング、型に流す、冷やし固める、パッケージ、そして販売という一連の行程を自分たちの手で行っている。これまで扱ってきたカカオ豆はパプアニューギニア、グァテマラ、トリニダード・トバゴ、タンザニア、ガーナ、ハイチ、ベトナム、ホンジュラス、フィリピン、台湾、インドネシアなど。農家とのダイレクトトレードへの努力を続けており、世界中のカカオ農家を訪ね、栽培状態や人柄を知って「面白い!」と思うカカオ豆を厳選し、その中のいくつかは直接仕入れている。

これまでに作ってきたチョコレートは100種類を超える。中村さんに現在のラインナップについて伺うと、「今後カカオ豆と砂糖のみのシングルオリジンのチョコレートはやめていくんです」と意外な答えが返ってきた。

「美味しいんですが、僕自身が産地とちゃんと関われていないので。知り合いが現地に足を運んで関わっているので、ただカカオ豆を買っているというわけではないのですが、今後はグァテマラと台湾、そして信頼できる人が関わっているインドネシア・タンザニアに絞って、製造量も減らして、何かしらの食材が添加されているチョコを中心にしていきたいんです。単価も高くなるからお客さんに受け入れてもらえるかわかりませんが、現状維持よりはいい」

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チョコレートのジャケットは、様々なアーティストによって彩られている

最近のラインナップには、通常では廃棄されてきた醤油粕、ブドウ果皮、ジンジャーシロップの搾りかすなどを添加したチョコレートが並ぶ。アップサイクルであり、栄養もあって味もいい、それが今のUSHIO CHOCOLATLが目指すチョコレートの理想形だ。添加する食材はどのように決めているのか中村さんに尋ねると、「出会いです」と即答する。料理人や生産者、酒蔵やワイナリーなど、そういった人たちと出会い、教えてもらわなければ知らなかったことばかりだと。そして自分が新たに知った学びは、共有知として惜しげもなく披露する。強い知的好奇心と言葉の端々に感じる他者へのリスペクトこそが、人を惹きつける中村さんの魅力なのだと思った。

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左が醤油粕、右がブドウ果皮

チョコレート屋としての夢

USHIO CHOCOLATLは、クラフトチョコレートの世界をさらにアップデートさせるものとして、発酵のプロセスに現在取り組んでいる。

「何年も前の話になるのですが、知り合いがエクアドルから持ち帰ったカカオ豆が真っ白にカビてて……。それを“美味しんぼスピリッツ”でチョコレートにしてみたら、イチゴのアロマが出てて次元が違う美味しさだったんです。そのカビを特定するために、持ち帰った人に尾道に届けるまでの期間や保管状態、カカオ豆の水分値などを聞きながら、同じカビが発生できないか再現を試みたんです」

ただ、自然発生するカビにはアフラトキシンという発ガン性のカビ毒を生産する危険性がある。しかし日本が世界に誇る伝統的なこうじ菌によって再現することができるはずだと中村さんにアドバイスをくれたのが、秋田県男鹿市でクラフトサケをつくっている「稲とアガベ」の岡住修兵さんだった。大きな可能性を感じた中村さんは、千葉の「寺田本家」の協力でこうじ菌を用いてお目当てのカビを発生させて“カカオ麹”をつくる実験をし、現在は種麹(麹菌)の製造・販売などを手がける企業「ビオック」とともにカカオ麹の製造を試みている。そして昨年末、このこうじチョコレートが世界に通用すると確信できる出来事があった。カカオ豆やコーヒー豆をプロセスして世界に流通しているインドネシアの大企業ハルディン。その代表で日本の伝統食に興味を示しているパック・アリの耳に、これまた人のご縁で中村さんのこうじチョコレートの話が入り、面会の機会が設けられたのだという。

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「台湾のカカオ農家にお願いして二重発酵したカカオ豆で作ったチョコレートを試食してもらったのですが、カカオに精通している外国の方にもちゃんと通じる味なんだとわかって興奮しましたね。世界中に流通網を持っているハルディンが興味を示してくれたので、カカオ麹というものをそのメソッドと一緒に世界中に流布していけたらと思っています。加えて、これはまだ実験できていませんが、カカオハスクという廃棄されるカカオ豆の種皮をカカオ麹にできたらと考えています。それに、麹職人を育てて世界中に雇用を生み出していくことだってできるかもしれない」

中村さんは目を輝かせながら、今が一番チョコレート屋さんとして燃えているんですと話を続ける。

「今やクラフトチョコレートの味のレンジってすごく広がっています。でも、僕があの時食べたチョコレートは次元が違うものでした。カカオの品種も育つ土壌も違うし、発酵条件によって出てくる酵母も違うので、誰も知らない味が生まれてもっとレンジが広がると思うんです。そうなればチョコレートの世界のレンジはすごく広がって、より面白くなるはず」

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一枚一枚手作業で六角形にジャケットを折り、梱包する

中村さんはちょっと前まで、チョコレート作りにおける一番のアーティストはカカオ豆を作る農家さんだと考えていた。いかにビーントゥバーだと言われようが、自分たちがチョコレート作りに関わるのは最後の1割程度であって、最も重要なプロセスに関われていないという歯痒さもあったのだろう。

「それに、これが実現すれば日本の伝統的な食文化もチョコレートの世界にフックアップできると思っています。味噌や醤油といった日本の発酵食品は素晴らしいけど、その味が他国に根付くにはすごく時間がかかるでしょう。僕らが若い頃にインドカレーが日本に入ってきても、みんな欧風カレーに慣れていたから苦手意識があった。でも今ではスパイスカレーや南インド料理の方がより本質的なものとして台頭してきているし、それだけ時間がかかるものです。でもチョコレートの場合は世界中の誰もが知っていて、嫌いな人も少ない、こんな奇跡の食べ物はない。そのチョコレートに日本の伝統文化から派生した技術を掛け合わせて世界に広めるなんて、日本人として最高の夢だと思いませんか?」

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醤油粕の香りを確かめる中村さん

六角形のチョコレートが魅せる世界

USHIO CHOCOLATLの物語を聞いていると、チョコレートとは一見関係なさそうな業界の人たちが次々に登場する。そのことを指摘すると「それも美味しんぼスピリッツですよ」と中村さんは不敵な笑みを浮かべる。中村さんは『美味しんぼ』(雁屋哲原作・花咲アキラ作画)を人生のバイブルに挙げる。『美味しんぼ』は言わずと知れた美食漫画の金字塔で、主人公の山岡士郎とその父であり美食倶楽部を主宰する世界的陶芸家の海原雄山との、食をテーマにした親子対決を描いた作品。ちなみに中村さんが社長ではなく「社主」と名乗るのは、山岡が働く東西新聞社トップの大原社主にちなんでいるとのこと。

「111巻で描かれている、若かりし頃の海原雄山が福島の桃畑で白磁の皿に乗った皮付きの桃を食べた時に気付かされた、人間の美意識と自然の美との融合という美の本質への道。ひとつだけで完結するものなんてこの世にひとつもなくて、人間の体の外から訴えかける美と、人間の命の元である食べものと直結する美味が組み合わさって素晴らしいものにアップデートされていく。漫画も次第に、この料理はこうじゃないといけないというジャッジメントが描かれなくなっていくのが僕の感動ポイントでしたね(笑)」

『美味しんぼ』への溢れんばかりの思いを滔々と述べると、そこから話はさらに派生していく。中村さんが繰り返し発する“ジャッジメント”という言葉。このジャッジメントこそがあらゆる物事を狂わせていくんだと持論を展開する。例えば中村さんは自然栽培をしている人たちの哲学に興味を持ち、影響を受けてきたが、そこで自然栽培の方が素晴らしいという表現を使えば、慣行農法の人たちのことを批判することになって軋轢が生まれてしまう。だから他者への愛が大切なのだと。

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全国各地のイベントに足を運び、自らチョコレートドリンクなどを振る舞う

「北海道のニセコで自然栽培を確立させているラララファームさんの考え方に僕は影響を受けているのですが、そこにたどり着くまでの沢山の出会いがあったからで、結局は人なんです。いわば旅ですね。この向島にずっと籠ってチョコレートを追究しようとしていたら、たぶん僕は飽きていたと思います。追究するって普通は中心点に向かっていく感覚ですが、僕の場合は拡張していく感覚。拡張させながら、あらゆるものを取得して掛け合わせていく方がクリエイティブで可能性も広がると思っています」

USHIO CHOCOLATLのチョコレートの六角形は、この世で最も堅牢とされるハニカム構造。蜂の巣のように拡張していくための形ですよねと伝えると、「土星の北極付近に六角形の雲が観測されていることから、宇宙の構造も六角形だという話がありますよね」と言って、チョコレートの話は発酵というミクロの世界から宇宙の構造にまで飛躍する。

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左上から、CAMPWINe CHOCOLATE、醤油粕(ベトナム)、temtasobi gingerブレンド、醤油粕(ホワイト)、カシューホワイト

「でも、偶然なんですけどね(笑)。他がやっていない形だったし、並べれば面白い形にできるから六角形にしただけで。でも真面目な話、拡張していくって与え続けていくことで、粘菌や菌糸のような自然界の生き物は他者への貢献の連続で広がっていくらしいんです。それが僕の思う愛の形。そういった意味では、家族や恋人に向ける愛って、僕は愛じゃなくてエゴだと思うんですよ。コレが一番大事と言ってしまえば、自動的に他が蔑ろになってしまう。自分が守れる範囲、愛するものだけを絶対守るという価値観は、平和になっていかない価値観だと思うんです」

世界を守れないと結局家族も守れない、そう中村さんは話す。鶏が先か卵が先かの議論になってしまうかもしれないが、戦争のような悲しい現実に対し、個人ではどうにもできないことを受け入れつつも、関心を持ち続けることの大切さを説く。中村さんはかつて「ChemiCal Cookers(ケミカルクッカーズ)」というポリティカルラップ・グループを組んでいたりと音楽的センスにも長け、現在も全国各地で仲間たちのイベントに呼ばれては即興でラップを披露している。音に合わせて、人の心に訴えかけるリリックを紡いでいるからなのか、中村さんの発する言葉には不思議な説得力がある。

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郡山の酒蔵「仁井田本家」の感謝祭でのライブパフォーマンス

「戦争とか奴隷とか、人間のネガティブな歴史に対して憎しみの感情を抱いていた時期があるんです。僕はイスラエルに行ったこともあるし、現地には知り合いだっている。そうすると余計にパレスチナのことを憎んでしまいそうになる。でもある時から、誰かを憎むことは無意味だって思うようになりました。戦争も家族の営みのような美しいものも、全部が一緒くたに折り重なって人の歴史は紡がれている。それに軍事技術から生まれたものが僕らの日々の生活や平和に落とし込まれていたりします。バッドな歴史もひっくるめて『ありがとう』って思えた瞬間があって……」

憎しみの心ではなく、すべてに感謝を。そう思わせてくれた中村さんのとっておきの場所が向島にあるという。対岸には尾道の街が見渡せて、夕方になると海沿いに整然と並ぶオレンジの街灯の光が海に差しこむ。

「ある時、水面に映る光の筋が全部自分に向いてることに気づいたんです。よく考えると自分の目と相対的になるからあたり前なんですが、これは僕の世界だって気づくひとつの判断材料になる。たとえば僕ら二人が並んでその光を見つめた時に、もしあなたの方に光が向いていたら、これは僕の世界じゃないということになる。だから、ちゃんと自分の方に向いているかを確認しに行くんです。世界は誰のものでもないけど、意識下の世界では僕が主人公だから、それを再確認して『よし、がんばろう!』って思うんです……って、何の話をしているんでしょうね(笑)」

少し照れたように中村さんは微笑むと、これってちゃんとチョコレートの取材になっていますかと少し心配する素ぶりを見せるも、「でも僕にとっては全部チョコレートに関係した話ですからね」と言い切る。

ラテン語で「神さまの食べ物」を意味するカカオから作られるチョコレートは、比較的に愛や平和とセットで語られやすい食べ物かもしれない。USHIO CHOCOLATLが教えてくれるのは、あらゆる物事が単独で存在しないように、一枚のチョコレートが生まれるまでの背景の大切さだ。USHIOという屋号もまた、中村さんの娘の潮ちゃんから名付けられている。

取材を終えた後、ホームページ上の「USHIO CHOCOLATLについて」の最後に記された言葉がなんだか腑に落ちた。

六角形のチョコレートを通して覗いてみる世界は、あなたが知っているモノとはまた違う価値観を魅せてくれます。

USHIO CHOCOLATLはこの世に存在しない一枚を創り出す為、世界という現象を漂い縁起を拡げ続けています。

あなたと世界が繋がりますように。

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USHIO CHOCOLATL 尾道店
住所:〒722-0071 広島県尾道市向島町立花2200
営業時間:11:00 - 16:00(l.o.15:30)
定休日:火・水曜日
TEL:0848-36-6408
Instagram : @ushiochocolatl
ホームページ : https://ushiochocolatl.com/

USHIO CHOCOLATL 那須GN店
住所:〒325-0303 栃木県那須郡那須町大字高久乙24-1 GOODNEWS NEIGHBORS 施設内
営業時間:10:00 - 17:00
定休日:火・水曜日