太田哲雄[アマゾンカカオとシェフの仕事]後編
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article: Takumi Saito
輸入販売
——200キロの現金払いから始まったカカオ取引ですが、現在はどのくらいですか?
太田 40トンです。しかも現金前払い。よく「私も輸入したいんです」って言う人と会いますが、僕はいつも止めます。そんな博打みたいなことは絶対にやめたほうがいいと。売れるかどうかも分からないものを40トン抱えるって、時限爆弾を背負っているようなものじゃないですか。別に40トンがすごいという話ではなく、「輸入」という行為そのものを、甘く見ない方がいい。
(写真提供:太田哲雄)
卸しも同じで、プロの料理人を束ねること自体がもう相当難しい。「メールで発注してください」と言っても、電話で発注される人がいる。「1キロ買う前に、100グラムだけテイスティングしたい」という人もいる。サンプル発送には人件費も梱包費もかかる。その時間を全部計算したら儲けにならない。でもそうした発注の一つ一つを丁寧に取らないと生き残れない。最初の200キロはほぼ儲けが出ませんでした。輸送費で消えてしまった。手探りで輸入をする中で、本当に儲けを出そうと思ったら4トンからだと分かりました。ではその保管場所をどうするか。人件費をどうするか。そもそも4トンすべて売り切れるのか。「輸入」には、乗りこなさなければならないことが多い。
もう一つ大事なのは、料理人とちゃんと会話ができるかどうかです。これはお客さんを選んでいるわけではありませんが、例えば「粉なんて全部一緒でしょ?」とかを平気でいう人もいます。しかし「どうしてこの焼き菓子はおいしいんだろう?」と、原料に疑問を持てる人に使ってもらうことが、その原料にとっても一番幸せなんじゃないかと思っています。良い原料なんて世の中に山ほどある中で、いかに料理人に刺さる説明ができるかどうか。
僕もアマゾンカカオも、お客さんからの問い合わせを受けながら一歩ずつ階段を上ってきた。僕のやり方が正解だとは思っていません。商社の人たちからは「どうしたら有名なシェフに使ってもらえるんですか」「どうしたらチョコレートの世界で地位を確立できるんですか」と訊かれますが、そんなの僕が知りたいくらいです。自分でも分からないから模索し続けて、今のベストだと思えることをやっているだけです。
生産と加工
——アマゾンカカオの生産と加工について詳しく伺いたいです。現地で指導をされているとのことですが、具体的にはどのようなことをされているんでしょうか。
(写真提供:太田哲雄)
太田 まず、農家さんたちは「豆を育てる」ことに関しては、一番のプロなんです。栽培の後、カカオポッドを割り、発酵させ、天日干しするのですが、毎年、現地と話し合いながら、「今年の品種はこういう特徴がある」「実のつき方はこうで、味はこうだから、発酵は1週間じゃなくて6日にしよう」とか、そういう微調整をします。
(写真提供:太田哲雄)
僕が一番大事にしているのは、できるだけ現地にお金が落ちる仕組みを作ることです。いわゆるビーン・トゥ・バーのやり方だと、生豆を買って日本で加工しますが、そうすると彼らの技術は一向に上がらない。「おいしいカカオポッドを作って、生豆にしたら、あとは日本人が全部やってくれる」という構造になる。それよりも、彼らで製品をある程度の最終形まで持っていけるようにしたかった。つまり生産で終わらず、加工を担ってもらうということです。パッキングも、箱詰めもやってもらっています。
——生産と加工は、同じ場所で行っているのですか?
太田 工程ごとに部屋は分かれますが、同じ敷地内です。アマゾンカカオでは、生豆、ニブ、パウダー、バター、カカオの果肉、ハスク、果肉を煮詰めたもの、クーベルチュールが50%、70%、ホワイトの3種。加えて、マカンボ、クプアス、ブラジルナッツの13種類。さらにクプアスペースト、マカンボペーストまで含めると15種類になりますが、すべて現地で加工しています。その方が圧倒的に現地でお金が循環します。カカオ農園だけでなく、現地の資材屋、輸送業者といった周辺産業を巻き込める。アマゾンカカオを始める時、彼らにすべての数字を出しました。「これをやれば僕が儲かる。これをやれば、あなたたちが儲かる。どっちをやりたい?」と聞いたら、彼らは自分たちが儲かる方を選んだ。そのようにして現地のスタッフを育成していきました。
——品質の管理はどのようにされているのでしょうか?
太田 品質チェックは僕自身も行いますが、うちには工場長のような立場のスタッフがいて、彼が本当に優秀なんです。品質チェックのコンサルティングを、他の会社から依頼されるレベルで。うちの農園は多く見積もっても年間で100トン程度の生産量しかないので、彼はそれ以外の時間でいろいろな農園を回って指導しています。
結局、品質の大部分は発酵で決まります。発酵の方法ではなく、発酵の状態を見極めるいくつかのポイントがある。主にその工場長が発酵状態を見て、乾燥の段階までしっかりチェックする。彼だけではなく、彼の奥さんや周りの人たちもその技術に長けている。だから話し合いの場でも、「今回ここに問題があると思うんだけど、どう思う?」と意見を投げ合える。村全体と話をするときも、感覚や精神論ではなく、「どこをどう見て、どう改善するか」という具体的なやり取りができています。
——生産者の方々の生活についてですが、太田シェフが最初に現地に行かれた頃と比べると、今では40トン規模での買い付けが行われ、レンガの家を建てられるようになったなど生活が変わってきているようにも見受けられます。太田シェフご自身が特に「ここが変わった」と実感される部分はありますか?
太田 生活そのものは劇的には変わってはいませんが、一番大きく変わったのは、みんながスマートフォンを持つようになったことですね。液晶画面を通して外の世界を知ってしまった。外では車が走り、新幹線や飛行機があって、おしゃれな服を着てTikTokで踊っている人たちがいる。それを見たときに、自分たちのことを考え始める。自分たちは、砂利道を自転車で走って、周りを見渡せばカカオとココナッツとバナナの木しかない。家はトタン屋根をひっくり返したような竪穴式住居みたいな場所。そのギャップを知ったことが、彼らの考え方を大きく変えたと思います。これはカカオ農園に限らず、アマゾン奥地の先住民たち全体にも言えることで、「世界を知った」ということ自体が、思想の変化につながっている。
生活レベルで言えば、昔よりはいいものを食べられるようになったし、トタン屋根がレンガの家になったという変化はあります。しかし高級なものを自由に買えるかというと、そこまでではない。子どもを学校に行かせてあげられる、そのくらいの余裕が生まれました。
1枚目:ヤシの木に生息するスリを採取する
2・3枚目:キャッサバの皮を剥き、すり潰す
(写真提供:太田哲雄)
村に生産者は約2,000人います。そのすべての生活を日本から支えるというのは資金的にも距離的にも簡単な話じゃない。山側の農園は端から端まで車で3時間半。川側も含めれば4時間かかる。彼らが住んでいるのは、日本のように家が密集している場所ではなく、そもそも人が住めるとは思えないような環境です。象徴的な話があって、大阪のあいりん地区にペルー人の友人が泊まった時、日本人からすると「あそこは危ない場所」というイメージがありますが、彼らは「天国みたいな場所だ」と言うんです。一泊1,000円で、布団があって、鍵があって、電気があって、扇風機が回る。「こんなに快適な場所があるのか」と、写真を何枚も送ってきました。それくらい生活レベルの感覚が違う。だから同じ目線で比べてはいけないし、実際にその場所に行って体感しないと、この感覚はなかなか理解できません。
この前、アマゾンの奥地にも行きました。そこでは太陽光パネルで発電した電気を村全体で使う。扇風機を1時間回したら、村の電気が全部落ちるような場所です。ガスもない。船で行くのに2日かかる。衛星電話はあるけれど、何かあっても助けが来るのは2日後。ほぼ命がけの環境です。そういう場所に生きている人たちと、僕たちが同じ基準で「良くなった」「悪くなった」と語ること自体が、そもそも違うんだと思います。カカオという一つの産業を通して見れば、彼らにとっては良くなっている部分もあるかもしれない。でもまだまだやるべきことは多いです。実際、あるお店の前の道がアスファルトになったのも、取り組みを始めて何年も経ってからの話です。その規模感で考えると、まだまだですね。
——外の世界を知ることで、生産に対する意識が変わったり、逆に怠惰になってしまう、といった問題は起きないのでしょうか?
太田 意識は確実に上がっています。少なくともうちの関わっている農園では「太田が言っているレベルまで頑張ろう」という共通認識がある。彼ら自身は販路を持っていないので、極端に言えば僕が光なんです。僕がこければ、彼らもこける。「太田がこう言ったから、こう作った」。それで売れなかったとしても、彼らには市場で戦った実感がない。責任を預けられているという構造があります。しかし結果としてアマゾンカカオを始めてから彼らへの支払金額は年々増え、生産者の数も増えている。この組合に入ればちゃんと支払われる。収入も安定してきている。そういう話が、周囲に広がっていくんです。今、カカオ価格が高騰している影響で、買い手を失う農家も増えています。実際、うちの農園の近くの優良なカカオ農家さんから「今までフランス人が買ってくれていたけど切られた」と相談を受けました。1,000円だったものが4,000円になれば出口が少なくなって循環しない。市場が追いついていないと感じます。
カカオをめぐる
(写真提供:太田哲雄)
太田 カカオにはランクがあります。世界のチョコレート市場を動かしているのは、決して高品質なカカオではなく、むしろ質の低いカカオです。パーセンテージを下げて「これはチョコレートなのか?」というような製品が市場の大半を回している。一方で大手メーカーは農園に極端な条件を突きつけて契約をまとめることもある。それを見かねて僕たちのような小さな存在が入っていくわけですが、規模では到底かなわない。市場の中で生きていると、どうしてもいろいろなものが見えてきます。これは一般に出していいのかなと、迷うような話もたくさんある。
日本ではメディアを入れてアマゾンの奥地を取材してきましたが、ほとんどが放送できない内容です。理由はスポンサーの問題であったり、いろいろですね。少し話がそれますが、アマゾンの先住民社会をどう束ねていくかというと、宗教と味覚です。それで価値観を書き換えていく——現地に行くと、何が正しくて、何が正しくないのか分からなくなってくる。インフォーマルな仕事が多い世界で、自分がどちら側に立つのか。そこを間違えないように進むことはものすごく大事だと思っています。原料を扱っていると、右から左にものを流すだけでお金が動くので、思想は簡単に持っていかれる。料理人として生きてきた頃には関わらなかった世界、知らなかった人間関係がこの業界に入ってから一気に見えてきた。真摯に素材と向き合って、探求している人もいれば、有名なのに驚くほどこだわらない人もいる。それはパティシエも、ショコラティエも、料理人も同じです。市場についても、僕は買い付けをしている人間なので、どう回っているかはだいたい分かります。カカオの値上げが始まった頃から、使い手も消費者も価格についてこられていない感覚がある。日本では特にそれを感じます。卸しという立場になると、全部見えてくる。
南米では、国が農業支援としてカカオのプランテーションを強く推している。どこにプランテーションを作るかというと、原生林のアマゾンです。国有林以外は買えるし、先住民の場合は国有林すらプランテーションにできる。樹齢150年、200年の木を切ってカカオを植える。またカカオはある意味で隠れ蓑にもなっています。カカオと相性がいい共存植物はコカ、ともに高温多湿環境でよく育つからです。コカ農家がカカオ農家に転じるケースも多い。表向きはカカオ、裏ではコカを栽培する。儲かるからです。
(写真提供:太田哲雄)
違法な金の採掘場の近くにもカカオ農園はたくさんある。金の採掘では水銀を使う。水銀は川に流され、その水でカカオが育つ。つまり、水銀を含んだカカオが、市場に出回っている可能性がある。この件を取材しようとして、州知事にアポを取ったこともあります。日本人だと言ったら最初はすごく歓迎された。でも、「金採掘の水源とカカオの関係を取材したい」と言った瞬間、連絡が取れなくなりました。カカオを軸にすると、アマゾン全体の問題、世界の環境問題、社会問題が見えてきます。うちの農園は、本当に限られた範囲で僕が管理できる規模です。それでも多くの農家が関わっている。画期的な品種を作るとか、革命的な発酵をするとかじゃない。僕が前に進み続ける。それだけで彼らにとっては十分なんだと思っています。
(写真提供:太田哲雄)
こういう活動をしていると、ペルー国内でもいろいろな話が入ってきます。去年出会った農家は、いわゆるカカオの起源と呼ばれるような場所にありました。実は僕、考古学者と一緒に遺跡発掘もしていて。紀元前3000年頃にエクアドルとの国境沿いに存在していた文明によって築かれた遺跡です。そこからカカオの種が出てきたんです。さらに同じ遺跡からカカオに関わる調度品も見つかっている。考古学者たちは、別においしいチョコレートの原料を探しているわけじゃなくて、そもそもカカオとは何だったのか、今から5,000年以上も前に人々がカカオをどう扱い、どう摂取していたのかを研究している。場所としてはエクアドルとの国境沿いなんですが、これまではエクアドル側が起源だと言われていたものが、それよりも古い時代の痕跡がペルー側から見つかって、カカオの起源が変わるかもしれないという話にもなっている。そういう人たちとも交流があるので、決して自分の農園のことだけを見ているわけではなく、日常的に現地とやり取りをして、誰よりもカカオを食べることで、カカオをめぐる現状を把握している自負はあります。
話せることはたくさんあります。いい話も悪い話も。でもチョコレートの世界って基本的に「いい話」しか表に出てこない。原料の世界も同じで、「いい話をしないと商品が売れない」とみんな思っている。きれいな部分だけではなく、裏返すと実はブラックな世界があるということを知ったうえで、自分にとって何が正しいのかを選択していく。それがこれからの使い手には求められているんじゃないかと思っています。
シェフの仕事
太田 僕、とある限界集落の大根を、文字通り"村ごと"買ったことがあるんです。役場へ行き、「この村の今年の収穫、全部買います」と。アマゾンでもやっていたから、限界集落の大根だったら100トンもいかないだろうと思って。全量買うということをやってみると、課題が山ほど出てきますが、やることで確実に体温が上がる。何かを変えたい、始めたいのなら、身銭を切らないといけない。
僕は本当にお金がなかった。自分の店は150万円で作った。昼は料理をし、夜はカカオの梱包をし、2階のシュラフで寝る。始発で講演会やイベントなどに行き、少しずつお金を貯め、今の形を作ってきた。1,000万円、2,000万円ないと何もできないと思っている人いるかもしれませんが、そんなことはありません。生活水準を下げればできます。時計も興味ない。外車も欲しくない。そんなお金があったら、村ごと大根を買えるじゃないですか。身銭を切る行為は生産者に対して「俺は本気だ」と伝える意図もあり、自分のスイッチを入れるという意味もある。少ししか使ってないのに「やってます」という顔をするのは違う。一度、本気でやってみて、いいと思ったら、ずっと向き合う。その結果がどうなるかを観察する。
日本は先進国ですが食料自給率はほぼありません。本当ならフードロスの加工や再分配といった思想は先進国が先にやるべきだと思う。でもそうした思想はイタリアのような国から出て、世界が賛同していく。そこに悔しさもあります。
——生産者支援と環境問題を含む食の世界への問いかけという社会性と、商品に思想を込めて世に出していくアート性が一本の線でつながっているように感じます。
太田 考え方はシンプルです。シェフとして良い原料をおいしく仕上げたいだけ。ただ一つ付け加えると、"シェフ"は、生産者が何を必要としているか、世の中が何を求めているかなどを察知し、吸収し、発信することも考えなければならない。料理が上手い人は山ほどいる中で、シェフの仕事とは何か。海外にいると多言語、多文化、多人種の中でその感覚が鍛えられる。僕自身も修行中だと思っています。農園に入れば学びがある。レストランに行っても学びがある。だから海外へ行くんです。
——太田シェフがアマゾンカカオで目指す世界はどのようなものなのでしょうか?
太田 カカオが主役じゃなくてもいいと思っているんです。カカオはあくまで一つのきっかけ。生産地の現状を知ると、さまざまな問題が見えてくる。それはカカオに限らず、これから人類が向き合っていかなきゃいけない課題そのものだと思っています。
日本では今、気候変動に対してすごく危機感を持っていますよね。でも、日本の森林をいくら整えたところで、気候変動そのものは変わらない。気候変動という根本をどう考えるのか。その原因に立ち返って考える必要がある。そうしたものの入り口に「アマゾンカカオ」があればいいなと思っています。僕は自分がやるべきことをやる。それを見た次の世代が、また何かを始めてくれる。日本はチョコレートがこれだけ親しまれている国です。だからこそ、そろそろみんなで「その先」を考えてもいい時期に来ているんじゃないかなと思っています。
LA CASA DI Tetsuo Ota
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