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脱法ショコラの方程式 <前編>

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Yuya Okuda(@okuda.desu

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日本最後の清流四万十川の中流に位置する高知県四万十町。
ここに一風変わった名前のチョコレート屋がある。その名も「脱法ショコラ」。
店舗もネットショップもメニューもない。オーダーはInstagramのDMからのみ。
お客さんがどんな思いでどんなチョコレートを求めているか希望を聞き出し、その人の人生に寄り添ったオリジナルのチョコを作るフルオーダー式。
脱法ショコラを営むサトコさんは顔も本名も明かさないが、確かな味と独創性で、着実にその名を全国に轟かせつつある。
この稀有なチョコレート屋はいかにして生まれたのか、その軌跡を訊いた。

ハンデをギフトに

脱法ショコラが扱うのはローチョコレート。カカオの有効成分が失われないように熱風による乾燥や機械での加熱圧搾を避け、48℃以下の低温で精製されたローカカオバターやローカカオパウダーなどを使用したものだ。この日いただいたガナッシュは、今季の自信作のみに与えられる「loophole」の銘を冠し、脱法ショコラのロゴを手がけたイラストレーターのESOW氏のシーリングスタンプが押されていた。

レシピは次のとおり。ココナッツオイルとカカオバターをゆっくり溶かしながら、浸水させたカシューナッツを椎の実のミルクと有機メイプルシロップでのばし、さくらんぼのハチミツを加える。ここで冬の森の情景のイメージが湧いてきたことから、シベリアに生えるチャーガ(カバノアナタケ)とチベット産の冬虫夏草の粉を加え、グレープモラセス(ぶどうの糖蜜)を重ねる。コーティングには北海道産の菩提樹のローハニー、デコはロンガンのローハニーとクジャクヤシの花の蜜、有機ルクマパウダー。油画で色を重ねていくように、果実の甘さとハチミツの甘さと各種糖類の甘さ、それぞれ味覚を刺激する角度の異なる味をバランスよく重ねて調和の取れた1粒に仕上げていくという。

「椎の実をミルクにしたのは、豚肉と猪肉の違いのように野生のナッツの味を出したかったので。チャーガは身体の錆落としって言われていて、冬虫夏草も滋養強壮や若返り効果が期待されるもの。ESOWさんの顔の部分だけ夏の感じで、クジャクヤシはスリランカの固有種で孔雀の尾羽みたいな実のつき方をするのが由来です。アガベシロップよりクセはあるけど南国特有の陽気な浮き立つ軽さがあって、冬だけどちょっと夏を感じさせたくて使いました。おかげでスケボーのようなヒュッという滑らかさが出たと思います」

口に含んでみると、そのシンプルな見た目に反した複雑な味わいに驚かされる。口の中で表面から溶け出していく素材の風味を舌が順々にキャッチし、次の瞬間には混じり合ってハーモニーが生まれる。このガナッシュの味をスケボーの滑らかさに喩えてみせたサトコさんには、飛距離や滞空時間、滑らかさ、軽やかさ、遊び心、純度の高さ、愛嬌と重厚さといった独自のバランスチャートがあるようだった。

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有機トマトと紅まどんなのガナッシュ 「感謝」

ローチョコレート職人には二通りあるとサトコさんは言う。カカオそのものに興味を持ち、産地や醗酵の過程を追求するビーントゥバー志向の人と、あらゆる素材の組み合わせを楽しむ人。サトコさんは後者で、しかも独自のルールでチョコ作りを楽しんでいる。

「ローチョコって基本的には白砂糖不使用のヴィーガンで、カカオ本来の宇宙のリズムみたいなものを尊重するものらしいんです。でも私が船長だったら、この地球上にあるもの全部を使って最高にうまいものを作りたい。果物の味や香りを引き出してくれるのは精製糖ですし、ヴィーガンを謳ってしまえば動物性食品のハチミツが使えなくなってしまう。それでは自分が楽しくなくなる。自分の持ち味を活かして自ら楽しむということが、大きな力になるんです」

「トラブルの度に脱法ショコラが出来上がっていく感覚があるよね」とサトコさんは言う。脱法ショコラの開業は2020年1月。軌道に乗ってきた2021年に事件は起きた。友人や常連客から「姉妹店を始めたの?」と言われるほどそっくりな模倣店が現れたのだ。しかも相手のほうが規模も大きく知名度もある。お客さんが営業をかけられていることを知っていよいよ見過ごせなくなって連絡をとると、「私は人から奪って生きてきたから、あなたからも奪う」と相手は開き直り、今度は嫌がらせを始めた。脱法ショコラはパクり店だと逆にレッテルを貼られ、店主は〇〇をした極悪人だと根も葉もない噂を流されて営業妨害をされるようになった。サトコさんは当時3歳の娘の子育てをしながら、精神保健福祉士の国家資格を取るために専門学校に通っていた。ただでさえ余裕のない日々に、追い討ちをかけるように降りかかってきた災難だった。

「慰めてもらおうと思って、以前働いていた飲食店の社長とご飯に行ったら、『泣き寝入りして食う俺の飯はうまいか?』って言われて、火が着きましたね。状況をひっくり返すことも相手に目に物見せることもできない自分の実力と向き合うしかなかったし、ここで毅然と立ち向かわないと、うちの娘が泣き寝入りする子になるわって思った。戦うことは時に避けられないけど、私は争いや殺し合いは好きじゃない。だから相手を攻撃するんじゃなくて、オリジナルをもう一段階追求していこうと思った。こんな独創的なチョコレートを作れる人がパクりなんてするはずがないよねって思ってもらえるように。どっちが美味しいか本物かはお客さんに任せるし、もしこちらの純度100の仕事が伝わらないのなら、自分の実力が不足しているか、ピントがずれてるか、ニーズに合っていないってことでしょ。でも私のお客さんは見る目がない人たちじゃないって信じてるし、それを証明できるのは私しかいないですからね。そこからまた強くなれた気がします」

サトコさんは、『ミスター味っ子』の陽一や『美味しんぼ』の山岡さん、『将太の寿司』の将太ならこんな状況をどう乗り越えるだろうと考え、子供の頃に憧れたヒーローたちに戦い方を教えてもらったと話す。

「『少年ジャンプ』のヒーローだって、ボコボコにされてからが強いじゃないですか。やはり友情・努力・勝利が私にはしっくりきます」

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そもそも脱法ショコラはマイナスからのスタートだった。サトコさんは前職の酒蔵メーカーで、味覚に絶対的な自信を持っていたことからタンクのお酒を製造に移す最終チェックを任されていた。当時の自分の味覚を「警察犬みたいでしたよ」と笑うサトコさんは、地元のお店でカレーを食べても、誰々さんの畑の生姜を使ってると言い当てて周囲を驚かせるほどだったという。しかし、結婚後の様々なストレスから味覚障害に陥り、今もまだ元には戻っていない。「何を食べても紙粘土みたいで、娘のご飯もまともに作れないほど舌がアホになった」時期に、リハビリがてら始めたのがお菓子作りだった。友達が教えてくれたローチョコレートのワークショップに参加したことからローチョコレートに魅了された。

「友人やご近所に作り過ぎたチョコをお裾分けしていたら、これは規格外だという評判とともに『脱法ショコラ』と呼ばれ始めたんです。自分の昔のSNSアカウントに『どこで脱法ショコラは買えますか?』と知らない人からメッセージまでくるようになって、これは何が起きてるんだと戸惑いました」

そしてローチョコと出会って3カ月足らずで、サトコさんはすり鉢一個に型3枚で開業届けを出した。申請名義はもちろん「脱法ショコラ」。その後もサトコさんの元には、チョコを食べたお客さんから続々と感想が寄せられた。「ローチョコなのに、原チャリで2ケツの味がする」、「滞空時間が今回も長いですね」、そのようなユニークなお客さんの声から、どんどん脱法ショコラのアイデンティティが確立されていった。サトコさんは「娘が強い母親にしてくれるし、お客さんがいいチョコレート屋さんにしてくれる」と話す。

「どれだけしんどい状況でも自分の心の置き場所は自分で決められる。見たくない現実を作っていたのが自分なら、自分が作りたい世界だって自分で作れるって感覚でわかった。田舎で幼い娘と暮らしてて、専門学校の勉強に家事もしながら事業を始めて、コロナ禍で店舗もなくて……。ハンデだと思えば全部ハンデだけど、ギフトだと思ったら全部ギフトになる。それに脱法ショコラって、『脱法ショコラがこの程度のもんじゃいかんよね』って思わせてくれるいい名前ですよね」

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後編につづく

脱法ショコラ
Instagram : @loophole_chocolat