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脱法ショコラの方程式 <後編>

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Yuya Okuda(@okuda.desu

脱法ショコラが生まれた背景がわかる前編
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脱法ショコラを形作るもの

どんな型を使うかは、そのチョコレート屋の個性やオリジナリティを表すうえでとても重要な意味を持つ。脱法ショコラはどのような意図で型を選んでいるのか、チョコレート作りの舞台裏をひとつひとつサトコさんに訊いてみた。


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「これはもともと千葉のチョコレート屋さんのオリジナルの型で、新たにオリジナルを作るのも大事だけど、大先輩から譲り受けるという貴重な経験をさせてもらいました。見てのとおりシンプルで飾り気のないデザインですが、カカオと長年関わってきた人の持つリズムを感じる。そもそもこの2.8ミリという薄さはカカオ知り尽くした人でないと指定しない。仕上がりムラが出やすいし効率も悪いのですが、ローチョコは薄い方がポテンシャルを発揮できる気がする。筋斗雲を譲り受けた悟空のような気分でしたね。これがあるから次のステージに飛んでいける、『次号はセンターカラー!』の見出しのあの感じが見えました」

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「お客さんから“エジプト”をテーマにオーダーがあり、神秘性とポップさと遊び心があるこの型がぴったりでどうしても欲しかったので、コロナ禍で止まっていたベルギーの型工場に無理を言って作ってもらいました。製菓資材の卸業者に間に入ってもらったのですが、『脱法ショコラがこれを定番にして日本で流行らせるから作って!』と伝えたら、色々な偶然が重なって工場を稼働してくれることになったんです。絶対これをお客さんの元に届けるんだと決断すると、水面下であらゆる力が働いて目的地に連れて行ってくれる、そんな感覚を掴めた型です」

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「テトリスってペントミノという積み木遊びから、「遺伝子工学」というゲームを経て生まれたんですって。これを見たらあの音楽が流れてきてウキウキするでしょ。そんな遊び心を大事にした型です。この型にはスビテンというハーブとハチミツとスパイスを混ぜたロシア版の生姜湯をよく使います。できるだけそこの土地にちなんだものや近い環境の素材を使って、素材同士が打ち合わせしているイメージで配分しています。舌に絶対的な自信があった頃なら使う素材も即決していたでしょうから、味覚が失われて試行錯誤を楽しめるようになりました」

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「これはトルコのチョコレート型会社の社長から、アジア人にウケる型を作らないかとDMをもらって作ったものです。彼はヨーロッパの主要メーカーの模造品の粗悪な型が市場を席巻していることに不満を抱きつつ、そもそもトルコのメーカーというだけで話すら聞いてもらえないことに悩んでいました。それに『チョコレートは夢に溢れた素晴らしいものであるべきなんだ』という彼の言葉も刺さった。この人も争いはしないけど自分の戦い方をしたいという感じでしたので、『本気でパクりと戦う気なら力を貸すよ!』って。『その代わり他社の売れ筋の型をパクったらあなたともトルコ国民とも二度と仕事しないからね』と伝えたうえで、『あなたの国には幾何学という素晴らしいものがあるでしょ。モスクの天井や絨毯や陶器に使われる伝統柄だったり、トルコ人の美意識を伝える新しいものを出したら絶対響くから、どこにも媚びんものを出してきて!』って連絡したらこれが出てきた。素敵な場所に運んでくれる魔法の絨毯のような感じ。飛距離と滞空時間に自信がある脱法ショコラにぴったりの型ができました」

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「型のデザイナーの意図を汲んで、その深さや大きさに合う色使いや素材でチョコを作って、自分の手持ちのお皿と合わせて『私だったらこうするね!』って仕事に仕事で応えられているのは嬉しい。型を作ってくれたトルコ人に伝えるにも、目から入る情報が一番ですもんね」

脱法ショコラのInstagramの投稿を見ると、チョコとお皿と敷き布の考え抜かれた組み合わせに驚かされる。それらがトップに並ぶと、各投稿が共鳴し合うように唯一無二の世界観が形成されていく。このトップ画像の並びにサトコさんは強いこだわりを見せる。お客さんもタイムラインを下まで遡って見ないからこそ、Instagramのトップが常に脱法ショコラの顔なのだ。

一枚の皿をどのように編集しているのか尋ねると、「範馬刃牙方式ですね」とサトコさんは再びマンガの教えを披露してくれた。

「まずはお皿を決めて毎日必ず目につくところに置いて、チョコが見えてくるまで眺めるんです。どんな型のチョコが乗っているか見える状態になったら、次はイメージで触って、嗅いで、何度も何度も食べてみる。どんな素材の味がするのか、その配合を探って再現する。それって誰にも真似できないでしょ。コツを掴めばお皿が勝手に出してくれるようになってきました」

マンガ『範馬刃牙』の主人公の刃牙が、目の前のカマキリをイメージで巨大化させてスパーリングするシーンがある。普通ならギャグだと笑い流してしまうマンガ描写ですら自分の糧に変えてしまうサトコさんの技倆を感じた。

チョコは出会いの副産物

「こうして過去の投稿を見返してみると、その時その時の自分の一生懸命さを感じますね。一生懸命好きなことをやってきたから、一つ一つエピソードがある」

脱法ショコラのチョコレートはすべてお客さんのオーダーに沿って作るため、定番のチョコはない。ひとつひとつどのようにオーダーを受けて生み出されていくのだろうか。

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「ネットショップをやれば簡単なんでしょうけど、相手がどんな人かわからないと何をチョコレートに入れていいか私にはわからないし、『こういう頼み方をしてください』と私が発信した時点でオーダーは濁ってしまうんです。だからお客さんには、まず私に関わるためにDMを送るという勇気を振りしぼってもらいます」

印象深かったオーダーを教えてもらうと、お客さんとのやりとりは時にカウンセリングのようだと感じた。

「何回目かの注文の女性のお客さんから『最近旦那の元気がなくて、元気になれるチョコを作ってもらいたい』と言われて、話せる範囲で事情を訊いたら、親方をされている旦那さんの部下が諸事情で逮捕されてしまい、仮釈放中に二人に食べさせてあげたいというものでした。でも、緊急過ぎて間に合わなかったのですが、結局私が作ったガナッシュはアクリル板越しの男の誓いに使われたんですよね。『次にこのガナッシュを作ってもらうのはおまえが出所した時だから、出てきたらまたうちで一緒に仕事しよう』って。ほかには、『架空の民族の伝統的なお菓子』という設定でそのチョコに秘められた物語を作ったこともあります。シングルマザーのお客さんで、子供たちを連れて家を出てこれから強く生きていこうという強い覚悟を感じて、彼女が自分の決断を肯定できるような物語を考えて、杏のガナッシュに添えました」

その架空の物語はInstagramの投稿にも紹介され、次のような内容だった。
<この菓子の発祥は現在のンドゥール族の集落からはるか西のほうにあるとされる。大きな戦が始まった年、争いから逃れるため子らを引き連れて東へと向かった一氏族があった。太陽と水と安寧を求め、幾多の峠や砂漠を越えた民族は「臆病者の群れ」という意味の「ンドゥール」と蔑まれたが、彼女らは「命の証に愛だけを残す」と歌いながら子らを背負い抱きかかえ手を引き、臆せず歩き続けた。彼女らの通った道は「アプリコットロード」と呼ばれ、いずれも良質の杏の産地である。数百年を経て、ンドゥールという言語の意味は「臆病者」から「命の証に愛だけを残す」という意味に変遷したという。もう彼女らを臆病者の群れと呼ぶものはいない。彼女らの生き様は言語の意味すら変えたのだ(以下略)>

「まあ、嫌な旦那に愛想を尽かして出ていくのを壮大にしたらそうなる」としたり顔で笑ってサトコさんは続けた。

「お客さんの9割以上は会ったことがありませんが、その人のことをなんとか理解したいし、その人の決断を肯定したいと思う。私のチョコってその過程で生まれる副産物なんですよね」

なぜそこまで人に寄り添えるのですかと尋ねると、「たまにお客さんからも『命を削って作っていますよね』と言われることがあるのですが」と前置きを入れて、こう締めくくった。

「そんなに切羽詰まったものでも大それたものでもなくて、削っただけ小さくなる鉛筆のようなものではなく、削るだけ増えたり拡がっていく感じがあるよってお客さんに伝えたんです。でも後になって、削るだけ大きくなるものってなんだろうか考えてみたら、穴なんですよね。まさに『loophole(脱法)』ですよ。我ながらいいネーミングだなって思いましたね」

脱法ショコラ 
Instagram : @loophole_chocolat