宝物を託される組織 側島製罐株式会社(愛知県)
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後編「信頼を“かしめる”缶づくり」はこちら
Article:Takumi Saito
愛知県にスチール缶・ブリキ缶の製造販売を行う側島製罐がある。陸軍の乾パン容器や養蚕業向けの孵化装置などに使用するブリキ缶製造より始まり、戦後バブル経済期にはお中元・お歳暮用の商品に使われる缶容器を主として製造、現代では薬品やお菓子など幅広く缶製造を行う、2026年に創業120年を迎える老舗缶メーカーである。
「缶」といえどその種類は多岐にわたる。18L缶(一斗缶)、ドラム缶、飲料缶、食品缶、一般缶。側島製罐がつくる缶は「一般缶」に分類され、クッキーやチョコレートなどのお菓子類、文房具、薬品や美容品などの雑貨に用いられる。一般缶の中でもデザイン性に特化したものは「美術缶」とされ、内容物を守り、“魅せる”特性を有している。近年の環境問題への取り組み推進とギフト需要からお菓子を入れる缶の需要が高まってきた。缶というパッケージが商品価値を高める。インテリアや小物入れとして消費者の手元に残り続ける。魅力的なパッケージとしてSNSで拡散する。缶の高い物質性はお菓子包材の中でも特にメディア的機能がある。
側島製罐は100年以上の歴史で培われたその製缶技術はさることながら、「ティール組織」を実践する会社としても注目を集めている。ティール組織とは元マッキンゼーのコンサルタントであったフレデリック・ラルー氏が2014年に著書『Reinventing Organizations』(日本語訳題『ティール組織』)で提唱した、管理者や役職といった上下のヒエラルキー構造のない、自立分散型の組織形態を指す。社員一人一人に社長と同等の意思決定権があり(社長という役職すら登記上に留まる)、半年先の給料は社員一人一人が自ら定める。いわば社員一人一人が経営者の状態であり、会社のMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)に沿った行動であれば、それがなんであれ、実行可能なのだ。
何も「明日からティール組織」という発令とともに側島製罐がその組織形態を執ったわけではない。会社と社員の課題を見つめ、全社員で解決を進めていくうちに自然とティール組織的な状態になっていったという。代表取締役の石川貴也さんは日本政策金融公庫に約10年勤めた後、家業に跡取りがいないという現実と向き合い、2020年4月に入社、2023年4月代表取締役に就任した。
創業から100年以上、側島製罐は経営理念のない一下請けの町工場だった。オフィスと工場の分断は目に見えてあった。社内の空気が業績を蝕んでいくようだった。このままではいけない。側島製罐は変わらなければならないという石川さんの思いは、時に激しい摩擦を生みながらも社員一人一人に着実に伝播していった。会社は人。側島製罐はどうあるべきかという問いは、自分はどうあるべきかという問いだった。その追求の果てに「宝物を託される人になろう」というビジョンが生まれた。缶づくりの技術とノウハウは宝箱づくりという信念と誇りを纏った。組織づくりはものづくり。側島製罐の石川貴也さん、セールスディレクターの千賀涼さんに話を訊いた。
新しい老舗の夜明け
1906年、石川貴也さんの曽祖父の義兄である側島左兵衛氏によって創業された側島製罐。現在同社が手掛けるのは包装資材としての缶である。2020年に石川さんが実父より事業承継し入社したが、当時その経営は深刻な危機に直面していた。
「20年連続で売上が落ち、利益も大幅マイナス。工場では毎日怒号が飛び交い、パートさんが1時間詰められて泣くようなことが日常でした」と石川さんは振り返る。
前述したが当時の側島製罐には経営理念もなく、ただ「早く・安く・たくさん作る」ことだけが至上命題。誰もが上司の機嫌をうかがいながら働き、「怒られないようにすること」が目的化していた。組織図も形骸化し、役職の意味もあいまい。そんな状態から、どうすれば抜け出せるのか。転機はコロナ禍の始まりだった。
「このままではいけない。これから何を大事にしていくか、みんなで考えよう」石川さんはそう呼びかけ、社員全員でミッション・ビジョン・バリュー(MVV)をつくるプロジェクトを立ち上げた。一般的には経営層やコンサルタントが中心となって策定するものだが、側島製罐では一切外部を入れず、社員だけで行った。石川さん自身がファシリテーター兼コピーライターとなり、社員一人ひとりから出た言葉をつなぎ合わせていった。
「作り終わった時点で、みんなが『これは自分たちで作ったものだ』という感覚を持てた。だから浸透させるという段階がいらなかったんです」
この“みんなで作った理念”が、のちの大転換の基盤になった。
ティール組織への移行──「やらされる」から「やりたい」へ
MVVを実現するためにまず取り組んだのは、従来のヒエラルキー構造の撤廃だった。指示命令・役職・決裁といった階層的な仕組みをなくし、社員が自由にプロジェクトはもちろん、サークルやチームを立ち上げられる仕組みを導入した。
「ミッション・ビジョン・バリューは、自分の良心から湧き出るもの。『やらされる』という状態は、それと矛盾します。経営者にできることは社員を信じることしかないと思ったんです」
セールスディレクターを努める千賀涼さんは入社3カ月で300万円の決裁を行った。工場こそ側島製罐のブランディングになると考え、缶づくりの魅力を伝えるために、缶ができるまでの全工程に合わせて、工場のサンプリング音源のみで作曲されたテクノミュージックの動画を制作した。反響は大きくテレビにも取り上げられたという。
「私自身、側島製罐が変わった組織形態を実践しているということを知り、中途入社しました。入社間も無くして本当にやりたいことができるんだという喜びと同時に、その実行から結果までのすべてに説明責任が伴うことを実感しました。MVVに基づいた行動であれば何をやってもいいというのは、一見すると自由に思えますが、『やりたい』という一言だけでプロジェクトが立ち上がり、その責任者として自分に全決裁権があるとなると、“何でも”はできませんよね。この時点ですでに社員一人ひとりに会社について考えるきっかけを与えているのです」
すると石川さんは余剰に見える投資の話を始めた。「このあいだ、ムーミンの人形を買ったんですよ」。もちろん単なる趣味ではない。新しいオフィスのデザインを進める中で、どんな空間にしたいかを象徴するオブジェとして、彼が提案したものだった。お金がこれだけかかります。こういう意図で置きたいですという説明をきちんとした上で、あくまで提案として社内Slackに投稿したという。すぐに社員たちからレスポンスが返ってくる。「いいじゃん」「かわいい」という肯定的な声が上がる一方で、「でも、なんでムーミンなんですか?」「なぜ北欧なんですか?」と、疑問や別の視点を投げかける人もいる。
「それがすごくいいんです。ちゃんと立ち止まって、なぜそれなのかを考えて聞いてくれる。しかも『否定するつもりじゃないんですけど』という前置きもあって、リスペクトを持って意見してくれるんです」
相手を否定するのではなく、「自分の意見としてはこう思う」と伝える。そして、それに対して「ありがとう」「考え方が参考になりました」と返す。会話のどこにもマウンティングや防御反応はない。
「リスペクトを“心の中で思ってる”だけじゃなく、ちゃんと口に出して伝える。これを大事にしています。だから、僕も全力で答えるんです。なぜムーミンなのか、どういう意味を持たせたいのかを、きちんと説明します」
このやりとりの背景には、同社の「自由と責任」の考え方がある。「考えているという前提がないと、自分で何かをやる資格はないと思うんです。千賀さんの言うように、自由の裏側には必ず責任がある。自由を得るには、それに値するだけの思考や準備が必要なんです」
給料は自分で決める「みんなで経営 自己申告型報酬制度」の導入
さらに大胆だったのが、給与制度の改革だ。側島製罐では半年に一度、社員が自分で「目標」と「給料」を宣言する。記入したシートは社員全員に共有されるとともに、社内有志によって形成された「投資委員会」が「目標が高すぎない、大丈夫?」や「◯◯さんならもっとできると思う」等のアドバイスを行うが、役割や給与額の最終決定は本人が行う。
「給料というのは本来、正解のないものです。ヒエラルキーの撤廃により、人が人を評価するという価値観で決めようとすると矛盾が生まれる。だから自分で決めるのが最も理にかなっていると考えました」
制度開始当初は混乱もあった。「倍にしてくれなきゃ辞める」と言う人や、対話が噛み合わない場面もあった。しかし、そうした摩擦を通じて「お金の話をオープンにできる文化」が生まれたという。
「普通はお金の話をすると煙たがられます。あの人はあんなに貰っているのに全然仕事していないとか、私はもっと貰ってもいいはずなど、組織の綻びの原因になることもある。しかし自分の目標と給料をみんなの前で宣言することで、裏表のない誠実な対話が生まれました。目標は後になって変更することもできますし、給料も後になって上げることもできます。すべて社員が意思決定することに価値があるのです」
現在社内には各課が越境したさまざまな“サークル”が存在する。在庫管理を改善するサークル、「そばじま新聞」という社内報を発行する編集サークルなど、社員が自発的に立ち上げ活動している。参加も退出も自由だ。
「新入社員が『もっと若い子を採用したい』と、高卒採用チームを作って活動していたり、5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)に基づく工場の美化プロジェクトなど多岐にわたります。サークルに属さない人もいますが、それもまたリスペクトの対象です。日々の業務的ルーティンを担ってくれる人も、改革をしようとする人と同じだけ尊い。誰かが日常を回してくれるから、新しい挑戦ができるんです」
信じる組織
この組織を支えているのが、徹底した情報の透明化だ。社内のやりとりはすべてSlackのオープンチャンネル上で行われ、全員がすべてを見られる。外部とのメールにも代表アドレスを必ずCCに入れ、全員が状況を把握できるようにしている。
「情報格差は分断を生みます。会議や打ち合わせを一部の人だけでやったり、そこで大事な意思決定が行われると、その場にいなかった人は『自分は関係ないんだ』と疎外感を感じてしまう。だから、全部オープンにして共有しています。これが心理的安全性とよばれるものの土台なのではないかと思っています」
こうした変化は特別なことではないと石川さんは語る。
「学校の校庭みたいなものですよ。誰もマネジメントしなくても、子どもたちは自然にサッカーを始める。誰がリーダーでもないけど、役割が決まって、勝手にゲームが成立する。それが理想の組織です」
会社の代表でありながら、自分は平社員ですと語る石川さん。登記上は代表取締役だが、社内で特別な権力はない。大きな金額が動く工場設備投資なども社員が決める。彼は対話のパートナーとして関わるだけだ。
「僕にできる最大のことはリスクを取ること。みんなを信じているから、やっていいよと言うこと。それだけなんです」
この人を信じることこそが、側島製罐を支える軸となっている。
「人が人をコントロールするなんておこがましい。正しいことを正しい方法で正しい量やっていれば、結果はついてくる。もし結果が出ないなら、方法に歪みがあるだけ。まっすぐやって、その結果が出てから、また原因をみんなで考えればいい」
理念を掲げるだけでなく、語り続けるのも側島製罐の特徴だ。毎朝の朝礼では、社員全員が順番にMVVにまつわる体験を共有する。
「発言が苦手で退職してしまった人もいて、やめようかという話もしたことがありますが、みんなで相談した結果、自分を見つめ直す時間になるから続けたいという意見があって、今も続けています」
自由と責任、個と全体のバランスをどう保つかを、全員が日々の仕事の中で考え続ける。側島製罐の変革は「ティール組織」を目指して始まったものではない。自然にそうなってきたため、振り切った結果だと石川さんは言う。生まれたのは社員一人ひとりが主体的に動き、信頼によって結ばれた新しい老舗の姿。「やらされる仕事」から「やりたい仕事」へ。「評価される関係」から「支え合う関係」へ。それを実現したのは、制度ではなく、信じるというシンプルな行為だった。
「僕らのやっていることは難しくない。信じる力さえあれば、人は自分で動き出す。会社も同じです」
老舗缶メーカーが示したのは、信頼を中心に据えた新しい経営のかたち。側島製罐の挑戦は組織の未来を考えるすべての企業に、静かな問いを投げかけている。
<プロフィール>
側島製罐株式会社
所在地(本社・工場):〒490-1144 愛知県海部郡大治町西條附田90-1
TEL:052-442-5111
HP:https://sobajima.jp/
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