100人の仕入れリスト #004 髙橋諒自(コンビニエンスストア髙橋)
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製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具だったり、礎となっているような大切なものがある──。
常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。
今回話を訊いたのは、東京・練馬春日町にある「コンビニエンスストア髙橋」店主の髙橋諒自さん。「なんかいいコンビニ」というコンセプトを掲げた店内では、自然の酵母や麹などの菌を用いて作られるパンやデリのプレートが味わえるほか、食材や調味料、雑貨などの物販を楽しむことができる。ネーミングとは対照的に、できるだけ機械に頼らずに菌と対話しながら自分の経験と感覚を頼りにパンを焼く髙橋さんが目指す理想の「コンビニ」とはどのようなものか、そのために欠かせない道具や材料とは何か、話を訊いた。
髙橋諒自(Takahashi Ryoji)
1987年千葉県生まれ。25歳の頃にサーフィン上達のためにワーキングホリデー制度でオーストラリアに渡り、現地のレストランで働くなかでパン作りに目覚める。帰国後には沖縄にある天然酵母のベーグルショップ「カクタス・イートリップ」や、鎌倉のベーカリー「パラダイスアレイ」、江古田のベーカリー「パーラー江古田」で経験を積み、2020年に妻のネイトさんの地元だった練馬春日町に「コンビニエンスストア髙橋」をオープン。
動き続けて掴んだ夢中になれるもの
インテリア系の専門学校を出て表参道の家具屋で働いていた時に東日本大震災が起きました。東北に1年間ボランティアに行ったのですが、その時に漁師さんたちの生きる力を目の当たりにして感化されました。畑から食材を得て、自分たちでお風呂を作ったりと、何もない環境でも生きていける人たちの逞しさに驚くとともに、東京で暮らす自分の“生きる力”の無さを痛感し、有事の時でも自分にはこれがあるという手に職を持ちたいと思ったんです。
パン作りを始めたのは、趣味のサーフィンが高じてワーキングホリデー制度を使ってオーストラリアに住んでいた頃でした。レストランで働いていたのですが、オーダーに沿ってパパッと料理を作るシェフよりも、じっくりと食材に向き合えるベーカーのほうが自分の性分には合っていることに気づき、自宅で見よう見まねでパンを焼き始めました。なかなかイメージ通りに焼き上げるのは難しく、人に訊いて正解が返ってくるものでもないので、そんな一筋縄ではいかないところに夢中になりましたね。パンと向き合うことでこの先何年かは楽しめそうだなって。
本格的にパンを学ぶために、帰国後の働き口としてベーカリーを探していると、友人から薦められたのが鎌倉の「パラダイスアレイ」でした。紆余曲折を経て働けたのですが、「パラダイスアレイ」の勝見淳平シェフの菌に対する考え方はパン屋の次元を超えていると思いましたね。お店で様々な実験をしていたり、永久凍土から採取したという菌があったりと、嘘か本当かわからないような菌にまつわる話がぽんぽん入ってくるんです。酵母の扱いは淳平さんから影響を受けましたね。例えばサーフィンに行く時に酵母も連れていって外の菌を取り入れてみたり、一緒に布団で寝たりお風呂に入ったり。そうするとちょうどいい発酵具合になるんですよ。本来は28℃程度に温度管理された空間に入れておけばいいのですが、酵母に様々な経験をさせています。
「コンビニエンスストア髙橋」をオープンしてから丸2年が経ちました。名前のとおり“コンビニ”を目指しているので、「パン屋さん」と言われないように気をつけています。僕はあくまでパンコーナーの人でありたいんです。だから今後はますます物販を強化していきたい。取り扱っている商品の基準は、見える距離に作り手がいることです。どんな人が作っているかわからないものは扱わない。これまでの出会いの集積として各地からいろんな物が集まっていったら楽しいでしょうね。
僕と妻のネイトの二人で始めた店ですが、最初からコンビニをやりたかったわけではありません。もともと妻のほうが地元の練馬区でお店をやりたがっていて、きっと違う場所だったらコンビニというスタイルを目指していなかったかもしれません。お店作りも僕にとっては旅をしているのと同じ感覚で、その場所にあるものでいかに楽しむかが大事なんです。薪窯にも興味はあるけどこの住宅地の中でやるには大変だし、無理に頑張る必要はないのかなと。今では旅をして各地に仲間が増えていくように、料理やバリスタといったそれぞれ特技を持つスタッフが一緒に働いてくれています。
essentials of 髙橋諒自
- 1. 米糀 / 糀屋三郎右衛門
- 2. 小麦粉 農林61号 / SOU FARM
- 3. 有機強力粉 / 田中製粉
- 4. 『タルティーン・ブレッド』チャド・ロバートソン / クロニクルブックス・ジャパン
- 5. クープナイフ
- 6. クーラーボックス
- 7. トロ箱
1. 米糀 / 糀屋三郎右衛門
自分にとって欠かせない材料として真っ先に思いついたのが米糀。パンに米糀を使いたいと思っていたら近所に糀屋三郎右衛門さんがあるのを知りました。日本発祥の食パンを作るなら、日本の国菌とされる糀を合わせようと思ったんです。最近では海外でも食パンは流行っていて、ちゃんと「食パン」という名前で売られている。糀は発酵力も強いし酸味も出るので、ファーマーズマーケットなどで海外のお客さんに対しては「これは食パンタイプのサワードウだ」と言えば通じますね。
実は毎回米糀の出来が違っていて、それによって酵母も変わってきます。糀屋さんに訊いてみたところ、ベストな状態はさらさらしているけれど、米の品種によっては米同士がくっついてしまうそうです。僕はくっついている状態のほうが実は好みなのですが。米を炊いて米糀と水を入れると分解が始まります。ゼロから酵母を起こすためには5日くらいかかりますが、1度出来上がれば、かけ継ぎをして6時間くらいで酵母を起こせるようになります。最初の頃は2カ月くらいしか継げなかったのですが、今では半年くらいは継げるようになりました。継ぎ方が上手くなったこともあるでしょうが、うちの店にいい菌が増えているのかもしれません。
2. 小麦粉 農林61号 / SOU FARM
埼玉県小川町で、不耕起、無農薬、無肥料で機械も使わず手作業で農業をされているSOU FARMという農家さんがいます。お客さんから地元におもしろい農家がいると紹介されて知り合ったのですが、僕と考え方も似ていて出会えて嬉しかったですね。土の中の環境まで考えているという点では向こうのほうが知識は深い。だって土の中こそ菌の世界じゃないですか。パンですらこんなに複雑なのに、土ともなると規模が大きすぎて……。土の世界を教えてもらいながら、こちらはパンでそれに応える。そうやってお互いの得意分野を活かして付き合えるのがいいですよね。SOU FARMの敷地で、土で作ったアースオーブンを使ってパンを焼いてみんなに振る舞ったことがあるのですが、そのような特別な時にこの小麦粉を使っています。
3. 有機強力粉 / 田中製粉
全粒粉は福岡県産のパン用小麦「ミナミノカオリ」を使った田中製粉のものを愛用しています。箱根のホテルに併設された「パラダイスアレイ」の分店で以前働かせてもらった時に、後に福岡の糸島で有機小麦にこだわったベーカリー「OKUZOE SEIPAN」を始める奥添くんと仲良くなったんです。彼がうちの店に来てくれた時に持ってきてくれたのがこの粉で、この粉を使って一緒にパンを焼いたんです。それ以来仕入れるようになりましたね。
4. 『タルティーン・ブレッド』チャド・ロバートソン / クロニクルブックス・ジャパン
ベーカーにとっては有名な本ですが、北カリフォルニアの人気ベーカリー「TARTINEBAKERY & CAFE」のオーナーシェフ、チャド・ロバートソンが書いた『タルティーン・ブレッド』から影響を受けましたね。『bread Book』もいいですが、それこそ「OKUZOE SEIPAN」の奥添くんの家にお邪魔した時に『タルティーン・ブレッド』の日本語訳のものが置いてあって、彼の家で読みふけっていましたね。著者はサーファーでもあって、最初は友人からサーフィンを教わる代わりにパンの焼き方を教えていたそうです。サーフィンとパン作りという点でも、自分の持っているスキルを交換するという著者のスタンスにも共感できて、この本からレシピを学んでいました。この表紙のパンのように焼こうと思ってもやっぱり難しい。今も変わらず僕のパン作りの原点であり目標です。
5. クープナイフ
クープナイフって一般的にはカミソリを使うことが多いんです。切れ味が悪くなれば使い捨てるのですが、以前働いていた「パーラー江古田」ではパンの種類によってはこういうナイフを使っていて、研ぎながら使い続けていたのがすごくいいなと思っていたところ、開店祝いに妻がプレゼントしてくれたんです。鎌倉の有名な刃物屋さんのもので、妻の母はそこでしか包丁を買わないそうです。本来何用のナイフなのかわかりませんが、切れ味もいいし使うほど愛着も湧いてくる。カバーは手芸が得意な妻の母が縫ってくれました。
6. クーラーボックス
うちにはドウコンとかホイロといった温度管理する機械がなく、このクーラーボックスの中に保冷剤やお湯を入れて温度調整して生地を発酵させています。パン屋って必要な機材が多く、機械に囲まれてしまうことにすごく違和感があったんです。沖縄のベーグルショップ「カクタス・イートリップ」で働いていた時に、捏ねた生地を店内の適した温度の場所に置いて帰ったり、クーラーボックスに入れて安定させていたのを見て、このやり方はいつか自分の店でも取り入れたいなと思っていました。機械って壊れたら自分では何もできないじゃないですか。その無力感が僕は嫌だし、ホームベーカリーの延長で今もパンを焼いているので、あまり背伸びしないでパンを作っていたいですね。
7. トロ箱
この海産物などを入れるトロ箱で生地を手捏ねしています。ミキサーの代わりですね。ヒノキの蓋は大工をやっている妻の父に作ってもらいました。作業量は増えますが、生地の感触を手で確かめながら捏ねるほうが、生地の中で起こる変化がわかりやすい。ミキサーを使えば、このモードで何分間回して次はこのモードで2分回して、という感じでマニュアル化できるのかもしれませんが、自分の感覚を大事にすることで人間のスキルが上がると言いますか、どんどん機械化されていく世の中にこうして抗っていきたい。
コンビニを超えたコンビニ
何店舗もお店を持ちたいわけではないし有名になりたいわけでもないのですが、おもしろそうなことには積極的に参加したいと思っています。ちなみに今は、オーストラリアで知り合ったバリスタをやっているサーフィン仲間から一緒にお店をやらないかと誘われていて、その計画が進行中です。ただ、今のスタイルでどこまで通用するのか……。店舗が増えて、生地にしてもすべて僕の手が行き届かなくなるなら、やっぱりミキサーを使った方が安定するでしょう。でもミキサーやドウコンを導入することで、どんどん個性がなくなってしまう怖さもあります。どのお店も最適なスタイルを考えた結果今の形があると思うので、僕たちもスタンダードからどう崩して自分たちのスタイルを築いていけるかを模索しています。
パン以外の部分で言えば、外側から関わってくれる人がもっと増えたらいいなと最近は思っています。SOU FARMのような関わり方以外にも、食とは違うジャンル、例えば自転車好きな人がうちの店の前で自転車整備をやっていてもおもしろいと思うんですよね。街には必要な仕事ですし、それがコンビニにあれば便利ですよね。僕らが行きたいコンビニというのがもともとのコンセプトだから、コンビニを超えたお店になってほしい。斬新なことができるのもスモールビジネスの強みですからね。
article/pictures=Yuya Okuda
コンビニエンスストア髙橋
東京都練馬区春日町3-4-4 春日町3丁目第2アパート4号棟
03-5848-9127
10:00~18:00
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@convenience_store_takahashi/