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100人の仕入れリスト #009 原田晋太郎(patisserie CONSTELLAS)

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article: Tomomi Sumida
pictures: Yuya Okuda

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製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具だったり、礎となっているような大切なものがある──。 常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。

今回お話を訊いたのは、千葉県流山市にあるpâtisserie CONSTELLAS(パティスリー コンステラス)の原田晋太郎シェフ。東京農業大学で食品科学を学び、大手洋菓子メーカーのシャトレーゼで商品開発に携わったことをきっかけにパティシエの道へ進んだ、ちょっと変わった経歴の持ち主だ。そんな原田さんが作るお菓子は、すべて科学に基づいて作られている。美味しさには「理由」があるのだ。
お菓子の美味しさに科学からアプローチする原田さんにとって、欠かせない材料や道具とは。

<プロフィール>
原田 晋太郎(Harada Shintaro)
1988年生まれ、長野県出身。東京農業大学食品科学科を卒業後、シャトレーゼ、モンテールにて商品開発に携わる。都内ホテルのパティシエ、Pâtisserie easeなどを経て、2022年2月千葉県流山市にpâtisserie CONSTELLASをオープン。都市開発が進み「住みたい街」として人気の流山市の中で、存在感を放っている。

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勘と経験のみに頼らず、美味しさを追求

大学で食品科学を学んだことを活かして、pâtisserie CONSTELLASは「お菓子の美味しさを科学する」をコンセプトにしています。でも実は僕、元々大学では味噌や醤油、日本酒やワインなどの醸造について勉強したかったんです。漫画『もやしもん』の世界ですね。ただ落ちてしまったので、仕方なく食品科学科へ進みました。北海道の網走にキャンパスがあるので、入学前は「成績優秀者になって、東京にある醸造科に転科するぞ!」と意気込んでいたくらい(笑)。

だけどいざ入ってみたら、食品に関する法律や分子科学の授業が面白くて。というのも母が無添加食品を好む人だったので、子供の頃から着色料や保存料の入ってない茶色いハムが食卓にのぼるような暮らしだったんです。でも食品科学を学んだことで、それらが入っていないから一概に安全とは言えないことを知りました。危険な摂取量も実験の結果として分かっているし、日本は食品添加物に厳しい国なので基準をはるかに下回る量しか入っていない。添加物が入っていてもそれが規定量以下なら、茶色よりピンク色のハムの方が美味しそうですしね(笑)。

こんなふうに食品科学の知識がベースにあるので、お菓子づくりに対しても「先輩から習ったから」「そういうものだから」というアプローチはしたくないんです。なんでそうなるのかを調べて、やってみて、自分の中でかみ砕いて理論に納得してから実行したいと思っています。

たとえばアングレーズを作る時に、卵黄とグラニュー糖をすり合わせてブランシールをしますよね。僕が新人の頃、先輩に「とにかく混ぜろ」と教わりましたが、実はそんなに混ぜなくてもいいんです。卵に砂糖を加えるのは、卵への火の当たりをブロックして、アングレーズがスクランブルエッグにならないようにするのが目的です。それが、かき混ぜ過ぎると空気がたくさん入ってしまい、卵になかなか火が通らなくなります。ダウンコートが空気の層を作ることで外気を遮断する仕組みと同じで、卵に火が通らなくなるんです。そうすると、卵が殺菌温度まで温まらないうちに周りの温度が上昇して、一生懸命混ぜたのにアングレーズが煮えてしまう。だからある程度混ざれば、白っぽくなるまで混ぜまくらなくてもいいんです。

材料の温度管理も、何度まで温めればいいのか科学を元に理解していれば、レシピに55℃と書いてあっても実は40℃まで温めればよい、なんてこともあります。無駄な工程は省きたいじゃないですか……(笑)。

これからも勘と経験だけに頼らず、それを裏付ける根拠を探求しながら、お菓子づくりをしていきます。

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essentials of 原田晋太郎

  1. 1. 手作りのラミネートスケール
  2. 2. 3口ディスペンサー
  3. 3. ミニL字パレットナイフ
  4. 4. 18-8ステンレスボウル
  5. 5. ピストレマシン / アネスト岩田
  6. 6. バニラペーストMA-1010 / ミコヤ香商
  7. 7. グアナラ / ヴァローナ

1.手作りのラミネートスケール

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pâtisserie CONSTELLASで出している生菓子や焼き菓子の幅に合わせて自作した、ラミネートスケールです。50mmなどキリのいい数字なら定規で切り分けるのも苦になりませんが、29mm幅なんかは流石に理系の僕でも暗算がまどろっこしいので(笑)。これならケーキの前に置いたまま、両手を使って落ち着いて目印をつけられるので仕上がりが美しく均等です。数字が並んでいる方は、充填量の一覧表です。いちいちスケールの風袋を押して「0」に戻さなくていいので、作業が捗ります。しかも、洗えて清潔。
中の厚紙はケーキベルトを使っていて、ラミネーターもPOPなどを作るためにどこのパティスリーもあると思うので、ぜひ試してみてほしいです。

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2. 3口ディスペンサー

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生地にシロップをアンビベする時に使っています。刷毛を使うと、せっかく計量している割に、一発目だけ量が多くなって絶対に均等に打ててないよなぁと思って、これに辿り着きました。シロップが出る3口同士が少し離れているので、1回目に打ったあと、その隙間を埋めるように2回目を打つのがポイントです。ムラなく均等になるので、フレジエなどは刷毛との差がはっきり出ます。これも洗えて清潔です。

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3. ミニL字パレットナイフ

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ムースを仕込む時や、クリームを伸ばす時に使っています。もっと長いものも持っているんですが、どうしても小回りが利かずに塗りが雑になってしまうんですよね。長いからといってすべての面を使っているわけでもないので、ミニサイズを全面使いながら塗るやり方に変えました。持ち手が木ではないので、腐食しないのもいいんです。これまた清潔に使えます。メーカーの工場で働いていた経験もあるので、衛生管理は徹底して大切にしています。

4. 18-8ステンレスボウル

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金気のキーンとした感じって、嫌ですよね……(苦笑)。クリームなどを繊細に扱いたいので、ホイッパーで攪拌しても丈夫で傷の付きづらいこのボウルを愛用しています。ステンレスは鉄にクロムやニッケルを加えた合金鋼で、その名の通り「サビの少ない〈stain-less〉鋼〈steel〉」という特長があります。また、数字の「18-8」はクロム18%、ニッケル8%を含んでいるという意味で、ニッケルが8%加わることで金気の削減につながるんです。同じステンレスボウルでも「18-0」の方がニッケルが入っていない分安価なので、直火で湯煎する時はそちらにするなど使い分けています。

5. ピストレマシン(食液用スプレーガン デコエアーFOG-50R-12Cミニコンプレッサ IS-925) / アネスト岩田

このピストレマシンは、空気を吹き付ける圧力と噴霧する量を細かく調整できて使い勝手がいいんです。全体に霧状に吹きかけるのはもちろん、ボンボンショコラのドットのような模様もノズルを調節すればピッピッと出てくるので、歯ブラシや刷毛をわざわざ持ち出す必要がありません。これ一台で作業が完結します。生菓子への吹き付けもできるので、「トライアンフ」の緑のパーツもこれで仕上げてザラっとした質感を出し、赤のツヤっとした見た目との差を作っています。以前は別のマシンを使っていたんですが、コンプレッサーの音がうるさい上に、振動も激しくて使っていると手が痺れるような代物で。たまたま買い替えたこれが大当たりだったので、おすすめします(笑)。

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6. バニラペーストMA-1010 / ミコヤ香商

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鞘ごと粉砕したバニラが入っているペーストです。バニラを使う時、「種」をしごいて入れますが、香りが強いのは「鞘」の部分なので、より香りを立たせるためにペーストを使っています。鞘を粉砕して砂糖に混ぜてバニラシュガーとして使うという方法もありますが、口当たりがどうしても硬くなるので、クッキーなどザクザクした食感のものにしか使えなくて。ペーストなら、ビスキュイなど柔らかい生地に入れても気にならないんです。あとは、食品表示が種だけしか入ってない場合は「バニラシード」ですが、鞘が入っていると「バニラビーンズ」になるんです。お客さまが見た時、バニラビーンズの方が馴染みがあるし美味しそうに見えるというのも、使っている理由です。

7. グアナラ / ヴァローナ

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カカオ70%で、力強いアロマと品の良いビター感が特長です。ギフト商品として一番人気の「テリーヌショコラ・メルテ」に使用しています。テリーヌはチョコレートが好きな方が購入されるので、チョコレートの味がしっかりと楽しめて、食べた後も余韻が長く続くこれを使っています。展示会に行くたびに様々なメーカーのものでも試作してみるんですが、結局これに戻りますね。pâtisserie CONSTELLASの前身であるECブランドを立ち上げた時から使用していて、その時に比べてかなり値上がりしているのですが、使い続けるつもりです。

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知識は共有財産。シェアすることで、深めたい。

最近は、有機化学についても勉強しています。食品科学に比べると苦手なんですが、素材そのものがどう構成されているかを知ることで、より効果的に素材を使えるからです。はじめて使う素材でも、化学の教科書に載っている六角形のあれ。「構造式」を理解していれば、この素材は親水性だから水分で、こっちの素材は疎水性だから生クリームで煮出して、味や香りを抽出しようと判断できます。また、素材の構造を理解していれば、定番とされている以外の素材の組み合わせのアイディアも無限に広がります。

たとえば、桃と薔薇の組み合わせは定番ですよね。これは「ラクトン」と呼ばれる、甘くやわらかな芳香を有する複素環式化合物をどちらも含むからです。当たり前のように組み合わせていますが、同じ香気成分を持つ素材同士は相乗効果を生むので相性がいい、というれっきとした理由があるんです。そしてこのラクトン、含有濃度こそ違いますが和牛肉にも含まれています。いい和牛を食べて「甘い」と感じるのは、このラクトンの作用が関係しているんです。創作フレンチで目にする桃に牛肉を巻いたメニューなど一見「?」と感じるような組み合わせも、化学を元に紐解けば理に適っていることが分かります。構造を知れば、素材の持つ魅力を上手く引き出せるんです。

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もっと簡単な考え方だと、素材の「色」も組み合わせ方のヒントになりますよ。カシスとブルーベリーが合うのは、同じアントシアニン色素を持っているから。似た色彩の素材同士は、100%ではありませんが同じ成分から構成されていることが多いので相性がいいんです。そこから派生すれば、アントシアニンを含む紅芋やさくらんぼ、赤ワインなども掛け合わせると相性がよいのでは、と考えることができます。果物や野菜の色味は自然に発生したものなので、色の出方の成分がある程度限られています。手軽に調べられるので、試作時のアイディアとしておすすめです。

僕は知識って、共有財産だと思うんです。ひとりで抱え込むよりも、アウトプットして、様々な人の意見を取り入れれば、より良いものになる。美味しさを追求しているのは、パティシエなら誰でも同じはず。僕もどんどん科学の知識を発信するので、皆さんも是非僕に知恵を授けてもらえたら嬉しいです。

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pâtisserie CONSTELLAS
住所:千葉県流山市おおたかの森北1-8-3
電話:04-7189-8182
営業時間:11:00~13:00/14:00~18:00(火曜・水曜+不定休)
Instagram : @patisserie_constellas @patisserie_constellas_shintaro
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HP : https://constellas.net/