100人の仕入れリスト #011 新田あゆ子(菓子工房 ルスルス)
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article:Miyo Yoshinaga
pictures:Daisuke Nakajima
editor:Eriko Furuya
製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具だったり、礎となっているような大切なものがある──。 常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。
今回お話を訊いたのは、東京・浅草に工房を構える「菓子工房 ルスルス」の新田あゆ子さん。材料はベーシックなアイテムが中心という新田さんのmust-haveな材料をフィーチャーします。
<プロフィール>
新田あゆ子(Ayuko Nitta)
1979年千葉県生まれ。短大卒業後、都内洋菓子店で現場経験を積んだのち、菓子教室運営を目指して製菓専門学校で技術指導を担当。その後都内の菓子教室スタッフとして勤め、2006年、東麻布に菓子教室を開業。翌年、菓子の販売を求める声に応えるべく妹のまゆ子さんと「菓子工房 ルスルス」をオープン。教室運営の傍ら、週に数日の焼菓子販売を始める。12年に浅草店、15年に松屋銀座店を開店。22年4月、第2子の出産を機に、約1年間、浅草店の店舗販売を休止し、ゆるやかに充電。23年4月、浅草店の営業を再開する。
“ロングセラー”が強さの秘密
私たちの焼くお菓子は、どこか“ノスタルジー”がテーマです。目指すのは、温かみがあって、食べた時にほっとするようなお菓子。甘いものって食べるとみんな笑顔になるでしょう? そこにやりがいを感じます。妹のまゆ子と二人三脚で店を始めて、形をかえながら気づけばもう16年以上経ちます。今は浅草店と松屋銀座店(木曜、金曜、土曜日のみ)でお菓子を販売しています。小さく始めた店からコツコツ地道にやっていて、気づけば月日が流れていました。
現在、店舗で販売する商品は焼き菓子が中心です。焼き菓子は限られた材料でも、製法で豊かなバリエーションが作れるのが魅力です。クッキー1つとっても、ホロホロ、ザクザク、サクサク、パリパリ、シュワシュワ、ガリガリ……全く違う食感が作れる。
この面白さを結集させたのが、10番目の元素記号“ネオン”から名付けた10種のクッキー缶「ネオン缶」。テーマは、すべてのクッキーの食感を変えることでした。印象が全く違うから、まるで全アイテムが互いの口直しとなるような詰め合わせです。10年以上少しずつマイナーチェンジをしながら作り続けています。
毎日、地道にコツコツと。ロングセラーが多く、頻繁にレシピを変えない私たちにとって、材料は長く愛される菓子づくりの土台。流行に左右されず、時代が変わっても作り続けるために、できるだけ身近で普遍的な良い材料を使います。菓子教室の生徒さんには「なるべく混ぜものや余計な加工がされていないものを」と伝えています。この選び方だと、どんなメーカーでも多少の違いはあっても、硬さやふくらみ方など、到達点のブレが最小限に抑えられるからです。
それでは、私たちの菓子づくりのベースとなるアイテムを紹介しましょう。
essentials of 新田あゆ子
- 1. 発酵バター(食塩不使用)[明治]
- 2. MGP純粉糖[徳倉]/ KHGグラニュー糖(細目)[和田製糖]
- 3. 那須の御養卵[稲見商店]
- 4. ライスクリスピー[ケロッグ]
- 5. マイヤーズ ラム オリジナルダーク/ ロンサカパ 23年
1. 発酵バター(食塩不使用) / 明治
贅沢だけど、発酵バターがベースです。
焼き菓子がメインなので、ほとんどのお菓子にバターを使います。副材料が比較的少ないシンプルな焼き菓子が多いので、食べた時にバターのリッチな風味を感じられるようにしたい。だから濃厚な香りとコクのある「明治 発酵バター」をメインに使います。ただ、チョコレートなど特定の素材の香りを引き立てたい時、強すぎる発酵バターでは香りがぶつかってしまうので、「よつ葉」の無塩バターを使います。バターの配合量が多い場合は2種類のバターを混ぜたりします。
2. MGP純粉糖 / 徳倉
KHGグラニュー糖(細目) / 和田製糖
砂糖選びは、食感のバリエーションを作るキーアイテムの1つ
焼き菓子を単調な印象にしないために、食感のバリエーションには心を砕きます。食感はもちろん砂糖だけで決まるものではないですが、口溶けや歯触りに砂糖の果たす役割は大きいので、数種類を使い分けます。一番多く使うのは、溶けやすく作業性のいい微粒子グラニュー糖。特に口溶けをよくしたい場合は、混ざりもののない純粉糖を使います。
微粒子のグラニュー糖はザクザク、パリッなどアクセントのある食感が欲しい時によく使います。ナッツの食感と合わせて、ザクッとしつつも軽い食感にしたい「ピーカンナッツクッキー」(写真・左)では、グラニュー糖と硬さの出る強力粉、ベーキングパウダーを合わせます。さらに焼成前にもグラニュー糖をまぶしてザクザク感を強調します。グラニュー糖をまぶして焼くと、焼成中に生地の水分を吸って、違う生地のように軽くなるんです。さらに見た目からも噛み応えのある印象を連想させるために、通常のアイスボックスクッキーよりも直径を小さくして、厚みを感じるころんとしたビジュアルにしています。
猫型の「ミカモトサブレ」(写真・右)も、ザクザク、ガリガリとした食感になるようグラニュー糖を選んでいます。ジンジャーの風味に合わせて、豊かな風味を出せるカソナードも併用。ベースはスペキュロスクッキーですが、「鳩サブレー」のイメージで大きく仕上げました。
純粉糖はホロホロっと崩れるクッキーや、サクサクっと軽い歯触りがほしい焼き菓子に使います。例えば仏菓子のロミアスをベースにした「アルル」(写真・左)では、真ん中の薄く仕上げたヌガーと同じタイミングでパリッと割れる薄く軽いクッキーにしたくて、純粉糖を加えたバターにたっぷり空気を含ませるように泡立てます。
ほろほろとした食感の「きな子」(写真・中央)にも純粉糖を使います。周りにまぶしているのは粉糖ときな粉を混ぜたもの。きな粉餅のイメージで、ほんの少し粗塩を入れて甘塩っぱく仕上げています。
「バニラクッキー」(写真・右)も純粉糖ですが、こちらは生地をなるべく練らずにサクッとした歯触りに。以前はアクセントとして周りにグラニュー糖をまぶしていましたが、そのザクザク感も少し邪魔に感じて、数年前からやめました。
「ネオン缶」に含まれるクッキーの1つ、棒状の「絞り出しクッキー」にも純粉糖を用いて、目一杯空気を含ませています。特にココア生地には、たっぷり加えたココアとアニスによる苦味を抑えるために純粉糖は2倍の量に。砂糖が倍になるとダレやすいので、あまり触らず手早く、太くならないように作っています。砂糖が多いクッキーは、オーブンから出した後も余熱で焼き色が濃くなるので焼成の見極めに注意しています。
3. 那須御養卵 / 稲見商店
素材の味が強く前に出るものだから。
「那須御養卵」は卵黄が濃厚で、コクのあるしっかりした味わいの卵です。独立するまで使ったさまざまな卵の中で、圧倒的な違いを感じました。うちのお菓子は生菓子や焼き菓子も素材の味を感じるものが多く、卵を使い分けると管理も大変なので、少し贅沢ですが、すべてのお菓子にこの卵を使います。
全卵を使うマドレーヌには、卵の風味を引き立てるように、あえて発酵バターではなく「よつ葉」の無塩バターを使います。そこに予めレモンの皮を擦り込んで少ししっとりさせた微粒子グラニュー糖を加えます。レモンの役目は、風味よりバターの重さを軽くするため。お酒を入れて甘味を飛ばすのと同じ考えです。シェル型ではなく、ルスルスらしくあえて昔懐かしい形に。この形のマドレーヌって、子供の頃の嬉しい記憶の中にあるものですよね。台紙をはがすとき、そんな幸せな記憶を喚起できたらと。
卵白のみを使うフィナンシェは、アーモンドパウダーと粉を多めにしています。仏菓子らしいバター感豊かなジュワッとしたフィナンシェもいいけれど、ルスルスとは違う。だから発酵バターと無塩バターを2対1で合わせて使って、焦がしバターのリッチな風味を感じさせつつ、少しカジュアルな印象に。バターが少なめなので、焼きすぎると卵白がパサパサになってしまう、焼成の見極めが難しいレシピです。
4.ライスクリスピー / ケロッグ
私が最初、と思ってます(笑)。
ルスルスのビスコッティに革命を起こしたのが、「ケロッグ」のライスパフ。一般的にはビスコッティはガチッと硬いイメージですが、ビスコッティの硬さが苦手な人も食べてほしくて、生地にライスパフを加えることを思いつきました。
生菓子のムースの底にフィアンティーヌやロイヤルティーヌを加えると、サクサク軽くておいしいですよね。あれがヒント。最初は生地にロイヤルティーヌを入れてみたんですが、それほど軽くならず、ライスパフで試してみたらすごく良かった! ロイヤルティーヌと違って甘味がないのも使いやすいです。
ライスパフを入れたことで無理なく噛める食感になり、コーヒーに浸けるとほどける硬さになりました。パフの量は、少量だけでは意味がないし、加えすぎるとまとまらないので、配合はかなり考えてピンポイントです。リピーターも多い、オープン当初からある完成度の高い自信作。ちなみに、ビスコッティにライスパフを入れたのはうちが最初だと自負しています(笑)。みなさんにもぜひ取り入れてほしいです。
5. マイヤーズ ラム オリジナルダーク / フレッド・L・マイヤーズ&サンズ
ロンサカパ 23年 / ディアジオ社
お酒はすべて、バーでも飲めるものを。
ジャマイカの「マイヤーズ ラム」は焼き菓子の中でもしっかり焼き込むガレットに使います。うちでお酒を使う焼き菓子はこれだけ。お菓子にお酒を使う時は、そのまま飲んでおいしいお酒であることが基準です。製菓用は使いません。お子さまも食べられるお菓子にしたいのでさほど多く使いませんが、隠し味程度にほんの少量加えるだけで、味の輪郭を際立ててくれます。
うちのガレットは、外はサクッと、中はしっとりと、焼成前2.5cm、焼き上がり3.5cmの厚みを持たせています。しっかり焼き込むのでこのラム酒の味を直接的には感じませんが、いいラム酒はツンとせず甘やかなニュアンスが出るんですよね。ちなみにラム酒の風味がダイレクトに伝わるラムレーズンやクリスマスに作るフルーツケーキには、熟成感のある23年ものの「ロンサカパ 23年」を使います。
全力でやった時期が、働き続ける力になる。
製菓学校で働いていたこともあり、お菓子づくりを教えること、技術の共有に悦びを感じます。だからこれまでは独立する意欲のあるスタッフと積極的に一緒に働いてきました。
でも3年前の末、そんな彼女たちも卒業しました。ちょうど私の2歳の息子の育児と第2子の出産が重なったこともあり、このタイミングで一度働く手を緩めて、今後のアウトプットのかたちを考えたいと思ったんです。妹と相談して費用の算段をして、2022年の4月から1年間は店頭販売を松屋銀座店のみに、あとの2店舗は予約販売のみで営業していました。
菓子製造は体力仕事。出産や育児でキャリアにブレーキがかかったような気持ちになることもあります。でも焦る必要はないと思います。菓子づくりは確かな技術さえあれば一生これで生きていける。書籍出版や料理教室、形は変われど、私はお菓子を作り続けるでしょう。焦るより、時間がある若い時に着実に経験と技術の研鑽を重ねていくこと。それが一番大事だと思います。手に入れた技術は自分だけのものです。
今の時代は、とかく頑張らなくていいと言われがちでしょうか。 この仕事を生涯続けたいなら、まずは自分が頑張れるときに全力で学ぶべきだと思います。体を壊すほど働く必要はないけれど、熱意があって一生懸命やりたい若い人には「頑張ることを疑問に思わなくていいよ」と言ってあげたい。その努力は、いつか自分のペースで人生を組み立てるための力になるから。だって、私が新しい店のあり方を考えられたのも、やれるときに一生懸命頑張ったおかげ。コツコツやってきた自信があるから、自分なりの表現を考えたり、状況に応じて休業もできる。
お菓子作りを仕事にするためには、やっぱりやり方を覚えるだけでは足りないと思っていて。毎日同じことを反復して、体で自分のものにしていく必要があります。ここ数年は、1つの店にとどまらず、短期間で修業先を変えたり、並行して複数の店で働く若い人が増えました。他人の芝生、ではないけれど、他人が眩しく見えたり、自分のできることと表現したいものの距離がわかりづらくなったり、難しいこともできるような錯覚に陥ったり。早く自分を表現したいと焦るのでしょう。でも自分なりの表現をするためには時間をかけて積み重ねるほかないし、その方が絶対に強い。
女性ということで結婚も出産も経験するかもしれません。それを諦める必要もありません。意欲さえあれば全部自分でできるようになるから、焦らず積み重ねてほしい。自分で思い通りにやれるって本当に楽しいよって。私自身、仕事に全力で没頭した時期って、今振り返ってもすごく楽しかったなと思うから。頑張れるタイミングで、力をふり絞って働くことが、未来の自分を助けてくれます。
歳を取ればゆったりなんていくらでもできます。“頑張らなくていい”が蔓延している今、頑張っておけば、10年後にはきっと、思い描く自分になれていると思いますよ。
菓子工房 ルスルス 浅草店
住所:東京都台東区浅草3-31-7
電話:03-6240-6601
定休日:日・月曜日(他、臨時休業あり)
※焼菓子販売のみ。イートインと生菓子はお休み中。
Instagram : @rusurusu_
HP : https://www.rusurusu.com/