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FOOD GEEKS | 脂質の結晶化の秘密

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article:Hiroya Kawasaki

自分の好きを探究し、優れた知見を持つギークと呼ばれる人たち。科学的方法や食文化などを手がかりに、食にまつわるあらゆる「なぜ?」と向き合う“食のギークたち”が、今気になるトピックや偏愛を思い思いに語るシリーズ企画

前回に引き続き、話を訊いたのは調理科学者の川崎寛也さん。今回のテーマは「脂質」。料理やお菓子づくりにおいて、脂質はただのエネルギー源ではありません。その「結晶化」をデザインすることで、味わい、食感、さらには視覚的な美しさまでもコントロールすることができます。特にパン職人やケーキ職人、シェフにとって、脂質の扱い方は仕上がりを大きく左右する要素。今回は、チョコレート、マーガリン、ホイップクリームという身近な例を通して、脂質結晶化の秘密を深掘りしてもらいました。

1.脂質はデザインできる?

1-1. 脂質結晶化の基本

脂質の結晶化とは、脂肪分子が規則正しい構造を形成する現象を指します。この結晶構造は、脂質の物性、すなわち硬さ、なめらかさ、融点に大きな影響を与えます。パンの生地の中で均一に混ざった脂質が焼成後にふわふわの食感を作り出すように、結晶化は素材の持つ力を引き出す鍵となります。

例えば、食品中で脂質が不均一に結晶化すると、表面に白い斑点が現れる「ブルーム現象」が発生します。これは、結晶化の管理がうまくいかなかった結果です。逆に、結晶化を適切にデザインすることで、理想的な食感や口どけが生まれます。これはパンの層を際立たせるマーガリンや、繊細なチョコレートの口どけにも関わる重要な要素です。

また、脂質の結晶構造は温度によって変化するため、冷却や加熱のプロセスを正しく管理することが必要不可欠です。

1-2. チョコレートの結晶化:理想の口どけとパキッと感

チョコレートは、カカオバターに含まれる脂質の結晶化が質を決定する代表的な食品です。カカオバターには6種類の結晶形があり、その中でも「V結晶」と呼ばれるものが理想的とされています。この結晶は、滑らかな口どけと独特の「パキッ」とした割れ方を実現します。

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テンパリング(温度調整)は、V結晶を育てるための重要なプロセスです。チョコレートを溶かして特定の温度で冷やし、再度加熱して安定した結晶構造を作ることで、光沢のある仕上がりと理想的な食感が得られます。一方で、このプロセスが適切に行われないと、不安定な結晶が生成されてブルーム現象が発生します。これは、お客さんにとって見た目が悪いだけでなく、チョコレートの食感や味わいにも悪影響を与えるため、避けたい問題です。

テンパリングでは、30~32℃を正確に保つことが成功の鍵です。温度計を使い、温度管理を徹底することで、失敗を防ぐことができます。

1-3. マーガリンの柔らかさ:脂質が生む使いやすさ

マーガリンは、その滑らかさや扱いやすさがパンやパイ生地に与える影響で知られています。この特性は、脂質の結晶化を微細に調整することで生まれます。

マーガリンに求められるのは、「柔らかすぎず硬すぎない」絶妙なテクスチャーです。これは、マーガリンの製造時に脂肪酸の種類とその比率を調整することで実現されています。例えば、パイ生地に使うマーガリンは、層を形成するためにある程度の硬さを保ちながら、塗り広げやすい柔らかさも必要です。一方、パン用のマーガリンは、生地に均一に混ざる滑らかさが求められます。

マーガリンの取り扱いでは、温度管理が特に重要です。冷蔵庫から出したばかりの状態では硬すぎて扱いにくく、室温で少し柔らかくしてから使用するのが理想的です。これにより、生地との一体感を生み出し、焼成後の食感を最適化することができます。

1-4. ホイップクリームのふんわり感:脂質が支える軽さ

ホイップクリームの魅力は、その軽やかなふんわり感です。この特性を生むのも、脂質の結晶化です。乳脂肪が冷えて安定した結晶を形成すると、空気をしっかり包み込み、クリームを軽く仕上げます。

泡立ての過程で重要なのは温度です。ホイップクリームを泡立てる際、理想的な温度は5~8℃です。冷やしすぎると脂質が硬くなって泡立てにくく、逆に温度が高すぎると脂質が柔らかくなりすぎて分離するリスクがあります。また、植物性脂肪を使ったクリームでは、乳脂肪よりも安定性が高い一方で、風味が異なるため用途に応じて使い分けることが重要です。

特にパティシエにとっては、ホイップクリームのふんわり感と安定性は仕上がりの美しさに直結するため、細やかな温度管理が求められます。

2. プロの現場で活かす脂質結晶化の応用

脂質の結晶化に関する知識は、トラブルシューティングにも役立ちます。例えば、チョコレートのブルーム現象は、湿度や温度の管理が不十分な場合に起こります。また、マーガリンが硬すぎたり柔らかすぎたりする場合には、室温に戻す時間を調整することで適切な硬さに調整できます。

さらに、温度帯による脂質の使い分けも重要です。チョコレートやマーガリンは20℃前後で安定した状態を保ちやすく、ホイップクリームでは冷蔵温度帯が鍵となります。

このような結晶化の仕組みを理解し、温度や時間を適切に管理することで、理想の食感や味わいを引き出すことができます。日々の現場での試行錯誤に、この知識を役立ててください。脂質を味方につけることは、職人としての新たな可能性を切り開く鍵となるでしょう。

<プロフィール>
川崎寛也(Hiroya Kawasaki)
1975年兵庫県生まれ。生家は明治20年創業の西洋料亭「西洋亭」(現在は廃業)。2004年京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。現在、味の素株式会社食品研究所エグゼクティブスペシャリスト。特定非営利活動法人日本料理アカデミー理事。専門は調理科学、食品科学、官能科学、味覚生理学。著書に「だしの研究」「料理のアイデアと考え方」(柴田書店)、「日本料理大全 だしとうま味、調味料」(シュハリ・イニシアティブ)、「味・香り『こつ』の科学:おいしさを高める味と香りのQ&A (柴田書店)」など。
https://hiroyakawasaki.wixsite.com/sensorydesignlab