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FOOD GEEKS | 抹茶の劣化とクロロフィル

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article:Shintaro Harada

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自分の好きを探究し、優れた知見を持つギークと呼ばれる人たち。科学的方法や食文化などを手がかりに、食にまつわるあらゆる「なぜ?」と向き合う“食のギークたち”が、今気になるトピックや偏愛を思い思いに語るシリーズ企画

今回話を訊いたのは、科学的なアプローチでお菓子の美味しさを探究する Pâtisserie CONSTELLAS の原田晋太郎シェフ。食材の個性を理解することは美味しいへの近道、そう考える原田シェフが興味を示すのは抹茶の劣化のメカニズム。抹茶が退色しやすいのはなぜなのか、食材として上手に付き合っていくにはどうしたらいいのでしょうか、原田シェフに解説してもらいました。

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海外でブレイクし、逆輸入という形で昨今のスイーツ市場でも再び注目されるようになった抹茶。実は劣化しやすい原料のひとつです。劣化した抹茶は退色し見た目が悪くなったり、酸化した抹茶は味も香りも悪くなるため、非常にデリケートな扱いを求められます。

抹茶が劣化する主な原因は、抹茶に含まれるクロロフィルと呼ばれる成分の化学変化によるものです。クロロフィル自体は緑色の成分で、分子構造としては中心部にマグネシウム(Mg)が配置された環状の構造(図A)です。

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(図A)クロロフィル

このクロロフィルは、紫外線、pH、熱などの外部要因に晒されるとその分子構造が変化するのですが、この分子構造の変化がいわゆる劣化と呼ばれる現象です。具体的には、以下の条件がクロロフィルの劣化を引き起こします。

1.紫外線による影響:
クロロフィルは紫外線に敏感であり、特に波長300nm以下の紫外線の影響を受けます。紫外線はクロロフィルの分子構造にダメージを与え、その結果として劣化が進行します。

2.酸性条件:
pH5以下の酸性域においても、クロロフィルは劣化します。酸性条件下では、クロロフィルの分解が促進され、劣化が加速します。特に保存中の酸性度が上がることで、劣化が進むことがあります。

3.高温条件:
40℃以上の高温下でも、クロロフィルは変化します。高温下ではクロロフィルの分子が不安定になり、劣化が進行します。特に長時間の加熱や高温の環境下では、劣化が顕著になります。

これらの条件に晒されると、クロロフィル分子の中心にあるマグネシウム(Mg)がマグネシウムイオン(Mg2+)に変化しクロロフィル分子から離脱して、クロロフィルはフェオフィチン(図B)という成分に変化します。このフェオフィチンはくすんだ緑色を呈するため、結果として劣化した抹茶は緑褐色になってしまいます。

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(図B)フェオフィチン

コンビニやスーパーの抹茶商品をよく観察してみると、ほぼ全ての商品がアルミ蒸着袋に入れられ陳列されています。これは紫外線による劣化を防ぐためで、袋にアルミの膜を張ることで外部からの光をシャットアウトアウトして紫外線による劣化を抑制します。

また業務用ではありますが、退色対策商品としてクロレラを添加した抹茶が販売されています。クロレラ入り抹茶は熱に強いため焼成後の退色が少ないのが特徴で、焼き菓子などで多く使われていますが、クロレラそのものが藻の一種であるため、抹茶そのものと比べると独特の青臭さがあります。

上記の2つのメジャーな方法以外にも、科学の知識を応用した解決策としてフェオフィチンに銅イオン(Cu2+)を結合させる、という方法があります。

マグネシウムイオン(Mg2+)が抜けてしまったクロロフィルがフェオフィチンになるわけですが、クロロフィルとして本来マグネシウムイオン(Mg2+)があったところに銅イオン(Cu2+)を結合させると銅クロロフィル(図C)に変化します。銅クロロフィルは鮮やかな緑色を呈するので、銅クロロフィルを含む抹茶は再び本来のきれいな緑色を取り戻します。

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(図C)銅クロロフィル

少し深掘りするために話が逸れますが、哺乳類の赤い血液は鉄(Fe)が含まれています。一方、タコや海老などの軟体動物の血液は鉄(Fe)ではなく銅(Cu)が含まれており、そのため血液の色は青色を呈します。海老の卵などで見られる青色もその一例ですね。銅(Cu)を含む物質は青色や緑色を発色するという傾向があるため、銅(Cu)を含んだクロロフィルも鮮やかな緑色を発現させる理由の一つです。

それではどのようにしてマグネシウム(Mg)を銅(Cu)に置換するのでしょうか。実は複雑な化学処理をしなくても厨房にある調理器具を使って簡単に反応させることができます。そう、銅鍋です。

加熱によりクロロフィルのマグネシウムイオン(Mg2+)が抜け出し、フェオフィチンに変化してしまいます。しかし、銅鍋で加熱し続けることにより銅イオン(Cu2+)が溶け出し、フェオフィチンと結合し銅クロロフィルになります。

青梅を使った翡翠煮などもこの化学反応を応用したものです。煮ることによって梅は一度緑褐色になりますが、そのまま銅鍋で煮続けると銅イオン(Cu2+)とフェオフィチンが結合し銅クロロフィルとなり、梅は緑色に戻るのです。

さて、ここまで読んで銅鍋なんてないよ、とガッカリされている方に朗報です。実は銅イオンとの化学処理を施した抹茶が登場しているのです。
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現状の食品表示法では銅イオンに関しての記載義務はなく、また、銅素材の調理器具の歴史も長く、多く出回っていることから、銅イオンに対して健康被害の報告はなく問題ないとされています。しかし、酸化銅は健康被害をもたらすため、銅鍋を使う際は、表面の酸化銅を磨き落としてから使用してくださいね。

<プロフィール>
原田 晋太郎(Harada Shintaro)
1988年生まれ、長野県出身。東京農業大学食品科学科を卒業後、シャトレーゼ、モンテールにて商品開発に携わる。都内ホテルのパティシエ、Pâtisserie easeなどを経て、2022年に千葉県流山市にPâtisserie CONSTELLASをオープン。「お菓子の美味しさを科学する」をコンセプトにしたお菓子づくりを心がけている。