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100人の仕入れリスト #008 寺﨑貴視(Patisserie Chocolaterie Recit)

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article: Tomomi Sumida
pictures: Yuya Okuda

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製菓・製パンに携わる人の数だけ、その人にとって欠かせない材料や道具だったり、礎となっているような大切なものがある──。 常に仕入れリストに居座っているような必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の用途や魅力、その材料にまつわる思いを語っていただくシリーズ企画『100人の仕入れリスト』。

今回お話を訊いたのは、Pâtisserie Chocolaterie Recit(パティスリー ショコラトリー レシィ)の寺﨑貴視さん。店名のRecitは、フランス語で「物語」という意味。白を基調としたギャラリーのような美しい空間には、物語を紡ぐように丁寧に作り上げられたガトーやショコラ、焼き菓子が並びます。壁には昔から集めていたという挿絵画家アーサー・ラッカムの本が飾られ、寺﨑さんがかつて小説家を目指す若者だったことをそっと伝えます。
食材を作る生産者の方の想いや、お客さまが召し上がるまでの時間も大切にしたいと語る寺﨑さんにとって、欠かせない材料や道具とは。

<プロフィール>
寺﨑 貴視(Terasaki Takashi)
1984年生まれ、宮城県七ヶ浜町出身。吉祥寺「アテスウェイ」や三軒茶屋「プレジール」など東京の名店で修行を重ねたのち、自由が丘「マジドゥショコラ」で本格的にショコラを学ぶ。2021年12月に、世田谷区東松原に「Pâtisserie Chocolaterie Recit」をオープン。地域に根差した人気店となっている。

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「人前に出るのは、苦手です」

僕は、元々お菓子屋を目指していた人間ではありません。幼い頃から、小説家を志していたんです。ただ、色々な出来事がありその夢を高校卒業間際に諦めたので、地元の宮城で就職することに決めました。人前に出るのは得意ではないし口下手なので製造業に的を絞ったのですが、当時の宮城は高卒の就職内定率が全国ワースト2位という状況だったので全く決まらなくて(苦笑)。カメラの精密部品を作る会社や、うどんの製麺所などを受けた中で、生どら焼きを作っている「菓匠榮太郎」という和菓子屋さんに拾っていただき、無事に就職できました。はじめは生どら焼きを作っていたのですが、しばらくして洋菓子部門に転属となったことがきっかけで、本格的に洋菓子を作りはじめました。ただ、しばらくして部門のシェフが体調を崩して退職されることとなってしまって。それならば一度しっかりと洋菓子について勉強しようと思い、シェフと同じタイミングで辞めて上京し、エコール辻で製菓を学びました。

卒業後はアテスウェイ、ル・コフレ・ドゥ・クーフ、プレジール、マジドゥショコラなど、東京にある様々なジャンルのお店で働かせていただきました。そして、独立して自分のお店を作る際に決めたコンセプトが「物語」です。やはり本を読むのは今でも好きなので、物語から着想を得てお菓子を作ることはよくあります。たとえば「ラヴィ」というホワイトチョコレートを使ったムースは、『不思議の国のアリス』の白兎をモチーフにしています。上に松の葉が1本飾ってありますが、以前は2本をクロスさせて時計の針をイメージしていました。他にも「エレス」は、『指輪物語』に登場する緑の宝石・エレスサールがモチーフだったりします。小説家の夢は諦めましたが、これまで重ねてきた自分の経験のひとつ一つが「お菓子」という形で作品になっていることを感じます。

essentials of 寺崎貴視

  1. 1. ピュアクリーム42% / オーム乳業
  2. 2. フレッシュへビィクリア41% / 森永乳業
  3. 3. グリーンカカオ62% / 明治
  4. 4. モロゴロミルク38% / ドモーリ
  5. 5. スーパーバイオレット / 日清製粉
  6. 6. 塩竃の藻塩 / 合同会社顔晴塩竃
  7. 7. パレット / マトファー

1. ピュアクリーム42% / オーム乳業

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Pâtisserie Chocolaterie Recitでいちばん使用料が多いのが、この生クリームです。牛一頭ずつにきちんと目が届く小規模の酪農家さんが生産する九州産の牛乳を原料として、少ロットで作られています。九州から東京まで距離があるので輸送費はかかりますが、それだけの価値を感じています。乳味の豊かさ、コクの深さとキレの良さが素晴らしいです。また、色が「白い」のも特長で、一般的な北海道産の生クリームに比べて黄味のない真っ白な仕上がりになります。人気商品の「フレイズ」にも使用しており、このクリームの白さのおかげで、苺の赤とのコントラストが美しく仕上がっています。

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2. フレッシュへビィクリア41% / 森永乳業

殺菌温度が低く、脱気製法で作られているため、強い乳風味と乳本来の香りがあります。主に「モンブラン」で使用している生クリームです。ピュアクリームと脂肪分は1%しか違いませんが、マロンクリーム に負けないどっしりとしたボディがあり、お互いを引き立て合います。オープン前に様々な乳業メーカーさんの見学をさせてもらい、その中で出会ったものです。モンブランのような定番商品は、せっかく足を運んでくださるお客さまのためにも他のお店としっかり差別化をして、Pâtisserie Chocolaterie Recitの味になるよう意識してお作りしています。その差別化にも、この生クリームが一役買ってくれています。

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3. グリーンカカオ62% / 明治

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ショコラトリーということもあり20種類ほどのチョコレートを使い分けているうち、いちばんよく使うのがこちらです。僕がいちばん好きなチョコレートで、これをベースに味づくりをすることが多いです。試作をする時も、まずこのグリーンカカオで行ってから、イメージに合わせて他のチョコレートを掛け合わせて調整しています。ドライフルーツのようなフルーティな酸味と、力強いカカオ感が特長です。シンプルにカカオの味わいを表現したい、チョコレートクリームや焼き菓子に使用しています。

また、「アグロフォレストリー」というアマゾンの森林保全や生物多様性の回復、ブラジルの小農家で働く方たちの経済的安定や持続的発展にも寄与する農法で作られているので、応援の意味も込めて使っています。パティスリーはブラックな労働環境になりがちですが、自分の店のスタッフたちには、なるべく休みを取りながら健やかに働いてもらいたいと思っています。オーナーとして人件費は大変な部分も多いですが、アグロフォレストリーのように良い循環を生み出していきたいですね。

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4. モロゴロミルク38% / ドモーリ

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営業の方におすすめいただいて、最近使いはじめました。ムースケーキなどの生菓子に使っています。タンザニア産トリニタリオ種カカオを使った、ミルクチョコレートです。繊細なシトラスの香りと、はちみつやマロンのような芳醇なアロマが特長です。ドモーリ社はカカオの木の選定から収穫、発酵まですべての工程を独自にコントロールしていて、チョコレートを一貫製造しているんです。そのクオリティが素晴らしく、以前は別の会社のものを使っていましたが、ドモーリ社のものをよく使うようになりました。

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5. スーパーバイオレット / 日清製粉

もう20年ほど使っています。クリームは7種類ほど、チョコレートは20種類ほど在庫を抱えているので、粉はたんぱく含有量が少なく汎用性のあるスーパーバイオレットをベースに据え、他の粉と組み合わせて変化をつけています。たとえば、サクサクほろほろ感を出したい時は「カメリヤ」を足したり、焼き菓子の時は「エクリチュール」を混ぜたりと、配合を変えて食感に違いを作っています。パティシエの想像力と腕次第で変幻自在に使える、とても頼れる粉です。

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6. 塩竃の藻塩 / 合同会社 顔晴れ塩竈

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故郷の宮城で「塩の聖地」と呼ばれている塩竃市の塩です。伝統的なかまど炊き製法で作られていて、まろやかで上品な味わいが特長です。ガレットなど塩味がわかりやすいもの以外にもほとんどのお菓子に使用していて、加えることで味に奥行と深みを与えてくれます。入れるタイミングも大切です。はじめに入れると生地に満遍なく塩が行き渡ってしまうので、全体に塩の印象を与えたいのか、あるいは甘さの中に所々塩味を感じさせたいのか、味の着地点を考えながら作るものに応じて変えています。また、塩の粒の大きさでも味の感じ方が違うので、さらさらのパウダータイプと粗めの結晶タイプ、その中間の3種類を使い分けています。

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7. パレット / マトファー

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専門学校を卒業して、はじめて働いたパティスリーの先輩から退職する際にプレゼントしてもらった、思い出のパレットです。道具に対して強いこだわりはなく、「いかに使いこなすか」を考えるタイプなので、思えばずっと使い続けている道具はこのパレットだけですね。20年近く経った今も、大切に使っています。

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「自分のお店を持つ、苦労と喜び」

これまで7つのお店で修行をさせていただき、良き先輩方に恵まれてきました。有名なお店で働いてきたことを認めていただくこともありますが、僕自身は経歴ではなく自分の作り上げたお菓子で評価されるべきだと考えています。

もし今、働き先を悩んでいる方がいたら「有名店だから」という基準で決めない方がいいと思います。たとえば僕は、ル・コフレ・ドゥ・クーフは焼き菓子がとびきりおいしいお店だから、その技術を学びたくて決めました。アテスウェイは生菓子がおいしいのと、大きなお店での業務の流れを知りたくて。アンテノールは、工場での仕込みや配送方法を実際に自分の目で見たいと思って決めています。

今は自分のお店を持つといっても形は様々で、SNSでファンを獲得して、店舗を持たずに大きな売り上げを立てている方も沢山いらっしゃいます。ただ僕は古い人間なので、自分のお店を持つことを目標に走ってきたし、そのために修行先も決めてきました。材料費も家賃も光熱費もどんどん上がる中で、若い子たちに気軽に「お店を持とうよ」とは言いづらくなっています。でもだからこそ、漫然と経験を重ねるのではなく、実店舗のある・なしに関わらず、目的意識を持って進むことが大切だと思います。

……と、お店を持つ苦労を語ってしまいましたが(苦笑)、やはり自分の作品をお客様に愛していただけるのは嬉しく、とても大きな喜びがあります。これからも、自分の目の届く範囲でしっかりと作品を作り上げ、お届けしていきたいです。

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Pâtisserie Chocolaterie Recit
住所:東京都世田谷区松原5-26-15 松原パレス1F
電話:03-4362-9185
営業時間:11:00~19:00(定休日:月曜日+不定休)
Instagram : @recit_tokyo
HP : https://recit-tokyo.studio.site/