100人の仕入れリスト #002 田中真司(TOLO PAN TOKYO)
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長年使い続けている材料、思い入れの強い材料、これがなくなると困る!というような材料、どうしてもハズせない材料―――。
『100人の仕入れリスト』は、製菓・製パン分野のシェフの皆さんに、それぞれの「私にとって欠かせない材料」や「記憶に残る材料」を語っていただく…という企画です。
常に仕入れリストに居座っているような、必要不可欠で大切な材料を、製菓・製パンのシェフにいくつかご紹介いただき、それらの材料の魅力・どのような目的でどのように使っているのか?その材料にまつわる思い出や思い入れの程をお聞かせいただきます。
今回お話いただくのは、東京・三宿で営業する「TOLO PAN TOKYO」の田中真司さん。手法や材料に「古き」と「新しき」とを織り交ぜながら、常に動的な状態に身を置くというスタイルを貫く田中真司さんのmust-haveな材料とは?
田中真司(Shinji Tanaka)
1979年兵庫県生まれ。子供のころからボクシング一筋だったが、あるときパンの温かみに触れ、パン職人をめざすことに。神戸のホテルなどを経て、東京・青山の「デュヌ・ラルテ」に入店。同店をプロデュースした料理人の淺野正己氏やシェフの井出則一氏、井出氏のあとを継いだ柴田知実氏のもとで研鑽を積み、スーシェフも務めた。6年勤めたのち、2009年に上野将人氏と「TOLO PAN TOKYO
」を開業し、シェフに就任。みずから「パン研究員」を名乗り、日々パンの研究に勤しみつつ、ベーカリーのプロデュースや講習会の講師もこなす。10年には「TOLO COFFEE&BAKERY」もオープンした。
変わらずに使うもの、新たに採り入れるもの
店の近くに住んでいるので、定休日も厨房に入って試作をしています。僕の店では「本日パン」という取り組みをしていて、毎日新しいパンを2~3品考案して提供していますからね。新しい食材やそれらの組み合わせについては、つねに考えています。スーパーに買いものに行くときも、なにか使える食材はないかなと探すし、なにか役立ちそうな発想や技術がないかと料理本や料理雑誌も読み漁っています。
うちの部屋には世界地図を貼っていて。同じ緯度の場所で生産される食材は、相性がいいのではないかという仮説のもと、それらを組み合わせて本日パンのレシピを開発したりしています。ゴマとデーツとか、パッションフルーツとクミンとかね。たとえ別の国であっても同じ緯度の場所で育った作物どうしなら相性が良いのではないか? と
その一方で、変わらずに使い続けている材料や機器、参考にしている本などがあります。製パン業界もどんどん進化していて、便利な材料や機器も生まれていますが、それに頼りすぎると工夫をしなくなる。あえて以前と変わらない条件を自分に課して、そのなかでどうやっておいしいパンをつくるかを追求する。これが僕の基本姿勢なんです。
それでは僕が最近気に入って使っている機器や材料と、傍らに置き続け変わらずに使い続けているものを紹介します。
essentials of Shinji Tanaka
- 1.BAKERTOP[UNOX]
- 2.オニオン塩 [自家製]
- 3.五島つばき酵母 [五島の椿]
- 4.ミキサー室
- 5.『新しい製パン基礎知識』竹谷光司[パンニュース社]
1. BAKERTOP[UNOX]
画期的なオーブン。職人としてのレベルが上がりました。
現在提供しているパンの大部分をUNOXのスチームコンベクションオーブンで焼成しています。いまは平窯も併用していますが、今後はすべてUNOXに切り替える予定です。きっかけは、販売代理店FMIの管理栄養士の方からお声がけいただいたことでした。いまから5年くらい前だと思います。
いや、画期的でしたね。これまで使っていたオーブンにはない機能が満載で。このマシンは無限の可能性を秘めていると思って、焼成についていちから勉強し直しました。展示会で提案するレシピ開発を依頼されたこともあって、このマシンに出会って3か月は1日1時間しか寝ていない(笑)。焼成のステップを組むために、ずっとオーブンの前でパンが焼けるのを見ていましたから。結果として、パン職人としてのレベルが上がったと思っています。
特色を簡単にまとめると、蓄熱板が内蔵されていること、ぼくが使っているモデルはファンが縦に2個設置されていること。加えて設定した温度になるとファンが自動的に止まり、温度が下がるとふたたびファンがまわるパルスファンという機能がすばらしくて。これだと庫内が一時的に無風状態になるので、風の影響を受けずに生地を焼成できます。このとき庫内では生地から出てくる水分と蒸気が合わさった“やわらかい熱”が生まれるので、いわば石窯でパンを焼いているようなイメージですね。
さらに10%、20%……と蒸気量を調整することにより、庫内温度を昇温させつつも、生地の表面温度が炭化する190℃にならないように焼き込むことができる。
こうやってカンパーニュ、バゲットといったハード系を焼くと、ピザのような単純に粉の焼けた香りではなく、スチームを入れながら焼成しているので、焦げ臭ではなくてキャラメル化による香ばしくて甘い香りが出るんです。
もちろんデニッシュやクロワッサンなどハード系以外も焼けますし、タンドーリチキンやサバといった惣菜も芯温調整によって自家製しやすくなったし、総菜を焼いたあとも自動洗浄してくれるので臭いが残らず、すぐにパンが焼ける。ベーカリーにとってはこれ1台でなんでも焼けるうえに、オーブンの前に立っている時間が、それまでの5分の1で済むようになったので作業効率も上がりました。トロパンにはなくてはならないマシンです。
このマシンを使わせていただいたことで、FMIが主催する講習の講師なども担当させていただく機会に恵まれました。UNOXの本拠であるイタリアに自作のパンを持って行ったこともありますよ。本社の方にも「こんな使い道があるのか」って驚かれました(笑)。各地で講習をさせてもらうと、同業者同士の知り合いも増えて、そこからまた刺激を受けられるので、いいこと尽くめですね。
2. オニオン塩[自家製]
料理人の知恵を拝借。
製パンに欠かせない塩ですが、最近は自家製の「オニオン塩」を多用しています。発想のもとになったのは塩釜焼きです。肉や魚を塩と卵白で覆って蒸し焼きにする調理法ですね。ぼくは製パンに関する文献はもちろんですが、料理の専門書や専門誌なんかもチェックして、採り入れられる手法や発想はないかといつも模索しているんです。
まず、皮がついたままのタマネギにフォークを刺して穴を開け、バットにのせて塩で覆います。この塩は、いわゆる普通の食塩です。それをスチコンを使って180℃で1時間半加熱。そのまま半日置いておくとタマネギから水分が出てきて塩に移ります。この水分が重要で、果糖が含まれているので、生地に加えたときに酵母の反応がよくなるんです。もちろん、タマネギも総菜パンの具材として用います。
以前はゲランドをはじめとしたミネラルを多く含む、そして高級な(笑)塩もよく使っていたのですが、このオニオン塩はそれに匹敵するうま味を持ち、なにより原価がとても安い(笑)。生地の発酵が早く進むので、これまで2日間かけて熟成していた生地が1日で済むようになるなど、仕込みの工程も短縮できます。発酵を促すために使用していたモルトなどの副材料を使う必要もなくなりました。酵母の反応のおかげで、焼き上がりの香りもよくなりました。いまは砂糖が入らないパンにはほとんどこの塩を使っていますが、いいこと尽くめですね。
こうしたアイデアが生まれるのも、修業中に「自分の発想を出せ!」と言われ続けたおかげ。もう習慣になっているんでしょうね。当時は鬱陶しくて仕方なかったけど(笑)、いまになると本当に大事なことだと思います。ほかのスタッフにも、家に帰ってからではなくて、現場にいる忙しいときにマックススピードで頭を使えと指導していますよ。そのほうがいいアイデアが出てくるから。
3. 五島つばき酵母[五島の椿]
「最適な条件」の発見に心血を注ぐ。
粉のバリエーションはたくさん持っていて、いまでは20種類くらいを使っています。個性的な小麦を育てている個人の農家さんともつながりがあります。全粒粉であったり、イタリア系の小麦であったり。
一方で酵母に関しては、「サフ赤」(ルサッフルのインスタントイースト赤ラベル)のほか、セミドライイーストと4種類のリキッド種、サワー種など7~8種類をパンによって使い分けています。なかでも最近気に入っているのが、2020年に発売された「五島つばき酵母」です。長崎県の五島列島に群生しているツバキの花びらから採取した酵母を原料に使った生イーストです。ツバキを原料にした化粧品なども製造しているユニークな会社で、完成するまで10年近くかかったという話です。
先方からお声がけいただいて使ってみたのですが、テストを続けていくうちに増殖する温度帯が一般の生イーストよりも高いことがわかりました。ですから、普通の生イーストと同じような環境で使ってしまうと、発酵力がないと思われるようです。逆に温度をはじめ、時間や分量など、最適な条件さえ見つけてしまえば、あとは簡単に使うことができます。
製品の特色としては、ほかの無添加生イーストと違ってネバッとした質感なんです。生イーストは独特の臭みが感じられて素材のよさを消してしまうようなイメージがあったため、これまで使っていなかったのですが、この製品に関しては焼成後にそういった臭いが感じられませんでした。僕のパンは、繊細な粉の風味やバターの味わいなどを前面に出すのが基本なので、あまり生地を熟成させることはせず、ストレート法で仕込むのが基本です。この酵母は、そういった考え方にマッチしていると言えますね。
生イーストなので、アミノ酸が生成されやすく、うま味が強くなります。生イーストには乾燥酵母では存在しない液胞があるため、そこにアミノ酸を貯蔵する。それが焼き上がったパンから感じるうま味につながるという理屈です。とくにタンパクが高い粉と好相性です。そして、冷めても自然なもちもち感が持続しやすい印象です。いまは食パン、ハード系、本日パンにもだいたい使っています。価格の問題もあるので、天然酵母やリキッド酵母と併用することが多いですが。
4. ミキサー室
真摯にパンと向き合う。
4年ほど前に店の近くに工場を開設しました。もともと病院で、いちばん奥のレントゲン室だったところをミキサー室に改造しました。ここが僕にとってはとても大事な場所で、ほかのスタッフは入れません。見ていただければわかるとおり、毎日徹底的に清掃してピカピカの状態を保っています。ミキサーを回せばどうしても粉が四方に飛び散ってしまうのですが、それを毎日拭き上げる。ペンキのついた壁や買いたてのタッパー、ボウルなどがあればイースト液で洗います。この部屋には酵母が息づいていますから洗剤や薬品などは使いません。
ここまで徹底するのは、もちろん衛生面を考えてのこともあります。ただ、それだけでなく、精神的なことのほうが大きいですね。この清められた部屋に入ると、凛とした気持ちになる。精神を集中させて真摯にパンと向き合うことができるというか。修業先である「デュヌ・ラルテ」の厨房も、それはきれいなものでしたから。シンクに水が1滴残っているだけで怒られました(笑)。
ちなみにここのミキサー自体は、ごく普通の縦型のもの。スパイラルなど、もっと使い勝手のいい機種はたくさん出ていますが、利便性ばかりを追いかかけると工夫をしなくなる。粉や酵母にしても同じです。「カメリヤ」(日清製粉)や「サフ赤」といった基本の材料も使い続けています。変わらない環境でパンをつくり続けることによって、新しい発想が生まれるのです。
5. 『新しい製パン基礎知識』 竹谷光司 [パンニュース社]
まさにバイブル。
僕のバイブルといえる一冊が、この竹谷さんの著書です。技術書もいろいろ読みましたが、この本がいちばんしっかり書かれているのではないでしょうか。「デュヌ・ラルテ」の面接のときに井出さん(田中さんが「デュヌ・ラルテ」に入った当時の井出則一シェフ)に教えてもらい、それ以来20年間毎日読んでいるんです。もう、ボロボロでしょう。
最初の面接のときに「塩とは?」と聞かれ、恥ずかしながら「しょっぱいです」としか答えられなかった(笑)。このときに、あぁ、自分はなんにも知らないでパンをつくっていたんだなと実感しました。そこからこの本で勉強をはじめたんです。修業時代の3年間は毎日3時間読んでいました。当時は、シェフや先輩から課題を出してもらうのではなく、自分で課題を見つけて、この本を読んでそれを解決していくということをずっと繰り返していました。
ミキサー室のところでも話しましたが、同じ環境に自分を置き続けるというのが大事だと思うのです。この本を完全にマスターし、そのうえでほかの文献などから情報を増やして掘り下げていくことを大切にしています。
そう、昨年竹谷さんにお会いする機会があってサインをいただいたんです。素敵なコメントと一緒に。もう感激です。やっとお会いできた! と。これからも読み続けていきますし、みなさんにおすすめしたい本ですね。
動的なパン職人でありたい
新しいことはどんどんやっていきたい。いまはヴィーガンのパンや自家製醤油をつくったりとか。そうだ、9月からは一緒に働いている妻とともに南米を半年かけて縦断します。バックパックで。ボランティアで現地の方にパンのつくり方を教えたりしながら、地域の食材にも積極的にアプローチしたいと考えています。
アルゼンチンから入ってウルグアイに抜ける予定で、キューバ、コロンビア、ジャマイカにも寄るかな。チェ・ゲバラとホセ・ムヒカが大好きなんです(笑)。ゲバラの本をたくさん読んでいて、人間らしさというか、そういうところに共感していました。今回の旅でまた新しい発想が生まれ、今後のパンづくりに生きてくると思います。
article=Tetsuo Ishida / pictures=Kousuke Kobayashi
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