つくると食べるをつなぐ、お菓子の健康
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article: Juri Mita(@j_l_s_n)
pictures: Ryuji Suzuki (@ry_u_u_ji)
「用途ごとに色んな種類があるけど、結局どれを選んだら良いんだろう…」そう感じた経験のあるシェフも多いのではないだろうか。 製菓を仕事にする人なら誰でも一度は直面するであろう、鮮度保持剤の悩み。
鮮度保持剤には、独特の難しさがつきまとう。それは何かと言えば、「自分がつくったお菓子に合うものを、何を基準にどうやって判断するか」という点に尽きるだろう。 鮮度保持剤は、用途やお菓子の大きさにあわせて様々な種類から自由に選ぶことができる。一方、仮に「クッキー」ひとつ取ってみても世の中には数多のレシピや形が存在するため、選定基準が見えづらいという難点もある。
鮮度保持剤は、人間にとっての薬と似ている。 薬には身体の不調を緩和したり、正常な働きを促すなど、健康的な生活を助ける働きがある。しかし適切な用法容量を理解しそのルールに則らなければ、期待される効果は発揮されない。 また、薬の効き方は人それぞれ異なるため、その人の置かれた状況や体の大きさ、その日の体調などを正しく把握することが服用する上での重要なポイントになる。 大分県津久見市の鮮度保持剤メーカー・鳥繁産業が、シェフたちに向けた相談窓口「お菓子屋さんの相談室」を開設したのはおよそ20年前。自社の鮮度保持剤に関するアドバイスだけでなく、衛生管理の観点から食の現場を支え続ける彼らが抱くのは、「鮮度保持剤は、正しい知識と環境があってこそ生かされる」との思いだ。
「お菓子の健康診断」?
「残念ながら、何にでも効く特効薬はありません。だからこそ適切に理解することが重要なんです。そこをどうやって伝えていくか、どうやって意識を向けてもらうかというのが私たちの一番の課題ですね」そう話すのは、鳥繁産業品質管理課を統括する工藤豊さん。
鮮度保持剤を入れているのにお菓子がパサつく、色が変わった、カビが生えたーーなど、品質管理課には日々様々な相談が寄せられる。
[現役シェフ50名に質問] 鮮度保持剤や衛生管理に関する悩みはありますか?
- ・アルコール揮散剤を使用したところ、お菓子にアルコール臭がついてしまいました。
- ・乾燥剤を脱酸素剤対応の袋に入れても問題ないのでしょうか?
- ・菌検査で得た賞味期限内にも関わらずカビが発生しました。
- ・アルコール揮散剤と脱酸素剤、どちらも使いましたが翌日にはまるで別物のようになってしまいました。これはもう添加物がないと持たないのかもしれない。じゃあ日持ちさせなくてもいいか…と投げやりな気持ちになっています。
このような悩みを解消すべく、品質管理課では「お菓子の健康診断」と銘打ちお菓子と外装にまつわる様々な検査を実施。取り組みは2000年ごろからスタートし、これまでの対応件数は実に5,000以上にものぼる。
「お菓子の健康診断」では各種検査を通じてトラブルの原因を徹底追及。解消に向けた注意点や適切な鮮度保持剤について記した診断レポートを作成し、シェフたちの課題解決に取り組んでいる。
トラブルの根源を理解する
食品の嗜好的品質や栄養価が下がる大きな原因は、食品中に含まれる成分の酸化。酸化は食品の色や風味に大きな影響を及ぼし、廃棄ロスや消費者クレームの一因にも繋がる。
これを防ぐためにパティスリーやベーカリーで多く用いられるのが、脱酸素剤だ。 脱酸素剤は、鉄が錆びる時に酸素と結合する働きを活かして、密封した容器内の酸素を吸収し酸化による食品への悪影響を防いでくれる優れもの。 とはいえ一口に「脱酸素剤」と言っても様々なサイズや特性があり、どれが自分のお菓子に合うものなのか頭を悩ませた経験のあるシェフも多いだろう。お菓子屋さんの相談室には「商品の鮮度保持がうまくいかないので脱酸素剤選びを見直したい」といった悩みも多く寄せられる。
「でも実は問題ってその手前にあることが多いんです。脱酸素剤がどうかと言うより、そもそも容器の密閉に不具合があるケースはお店の規模感や年数関係なくよく見受けられますね」
品質管理課では、お菓子そのものの検査に取り掛かる前にまず専用の測定器を用いて容器内の酸素濃度をチェックする。 脱酸素剤が入っているにも関わらず酸素濃度が規定値を上回る場合は、どこからか空気が流入している可能性が高い。その場合はシールチェッカーと呼ばれる浸透性の高い液体を袋のシール部分に垂らし、問題箇所の洗い出しを行う。
「最近は包装にガゼット袋を使う方が多いと思うのですが、ガゼット袋はフィルムが何枚も重なるので失敗しやすい。特に古いシーラーだと熱がかかりにくいので、厚みが出る部分の接着が難しいんです。
あるいは機械の設定に原因がある場合もあります。長年店をやられていると包装材を変えたり種類を増やしたりするタイミングがあると思うのですが、その際初めに使っていた包装材用の設定のままやってしまうのはトラブルの素。手間はかかりますが、包装材ごとに設定を見直せばトラブルは減らせるはずです」
いくら鮮度保持剤を使っても、適切な条件下でなければその能力は生かされない。だからこそ、鳥繁産業ではお菓子以外の要因から幅広く考察し、衛生管理全般に関する包括的なアドバイスを行うのだという。
美味しさと安全のバランス
もうひとつ、鮮度保持の要となるのが水分活性値だ。
食品に含まれる水にはたんぱく質や炭水化物と強く結びつき離れない「結合水」と、蒸発や移動が起こりやすく微生物の繁殖に使える「自由水」の2種類がある。カビはこの「自由水」を利用して増えていくため、自由水の割合が高ければ高いほど、腐敗は進みやすい。
食品に占める自由水の割合を示した指標は「水分活性(Aw)」という単位で示される。お菓子の健康診断ではこの水分活性値を測定し、カビの原因や繁殖の可能性を調査しているという。
「取り組みを始めて20年ほど経ちますが、はじめのうち水分活性値はほとんど重視していなかったんです。お菓子の健康診断自体『脱酸素剤が使える商品かどうか』という相談から始まったので、当時は酸素濃度さえわかればそれでよかった。ですが、ただ脱酸素剤を入れるだけではなくそもそもなぜ菌が繁殖するのかを知っていただかないとまた同じことが起きてしまうということが徐々にわかってきて、それを伝えるのも私たちの役目だと考えるようになりました。 もちろん、脱酸素剤でカビやおおよその菌はおさえられます。ですが酸素がなくとも繁殖する嫌気性の菌は防ぎきれない。それに関してはレシピでお菓子そのものの水分をコントロールしていただいて、嫌気性の菌に都合の良い環境を与えないといった対策もやはり必要なんです。そういったことをきちんとした数値でお伝えできればわかりやすいんじゃないかということで、途中から水分活性値にも重きを置くようになりました。 ただこういった対策を通じてシェフたちが理想とする味が損なわれてしまうのは本末転倒ですし、そこのバランスは正直難しいなと思います。現場でも既にある程度は配慮していただいていると思いますので、そこへ私たちが鮮度保持剤と衛生管理の両面からサポートしていくことで良い塩梅を見つけていければ」
真相は現場にある
今回orderieの調査に協力していただいたシェフのうち、「過去に衛生管理に関するトラブルに見舞われたことがある」と答えたのは全体の2割強。またそのうちの約7割が、「その場の解決には至っても、根本原因はわからないまま」と回答した。
鳥繁産業では発生した「事象」と「現場の状況」を紐づけて捉えることに重きを置き、品質管理部と営業部が密にコミュニケーションを取ることで、トラブルが発生したその時その瞬間の状況をできる限りリアルに把握することに注力している。
「トラブルそのものだけでなく、それがどんな環境で起きたのかまで把握しないと根本的な解決にはつながりません。鮮度保持剤の選定依頼をしてきたシェフが依頼しようと思ったきっかけは何か、その店ではどのような衛生対策がとられていたか。物事の背景まで理解できないと、二度と同じことを起こさないような本質的なアドバイスってできないんです。シェフと直接やりとりをするのは基本的に営業担当の役割なので、彼らと連携しながら現場の状況をできるだけ細かく把握して、店ごとに適切な提案ができるよう心がけています」
これからも、シェフたちと共に
シェフたちの良き相談相手として、彼らの悩みに寄り添い続けて20年。「でもまだ、他にももっとできることがあるんじゃないかって。今が最善だとは思っていません」と工藤さん。
「レポートの書き方ひとつとっても、やっぱり伝わらなかったら意味がないじゃないですか。特に衛生管理はシェフたちにとって副次的なものなので、そこは専門である私たちが伝え方を工夫していかないといけない。
鮮度保持はお菓子そのものに対してだけ施せば良いわけではありません。全国のお菓子屋さんが消費者の皆様に愛される店であり続けていただけるように、私たちは衛生管理全般のサポートをさせていただきたいと思っています。 シェフの皆さんが消費者に提供しているのは、『美味しいお菓子』と、その先にある『心豊かな時間』。お店と消費者の絆を深める機会を、これからも一緒につくっていけたら」
鳥繁産業
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